床屋

 皆さんは、髪の毛を切ってもらうときにはどこに行きますか?こんなことを聞くのは、かつては、男性は「床屋」、女性は「美容院」と決まっていましたが、今は、男性でも美容院に行く人が多いですし、最近は、女性でも床屋に行く人もいるようです。実際に、私の息子は美容院に行っているようですが、私は床屋に行きます。近所の付き合いの関係から、住居のある町内の床屋に行っています。床屋とか美容院は、地域の情報収集と発信の場です。町内のいろいろな噂話をします。髪を切っている間、口は暇だからでしょう。しかし、私には、いる間じゅう一言も声をかけません。終わってから「はい!お疲れ様でした。」としか言いません。私しか店にいないと、1時間あまり沈黙の世界です。皆さんは信じないかもしれませんが、私は、町内では無口で通っています。話すのが嫌いだと思われているので、声をかけてはいけないと思われているようです。そんな床屋ですが、最近困ることがあります。それは、週末に地方に行くようになってウォーキングができなくなると同じように床屋になかなか行くことができません。そういえば、私は高校生のときから30年余り床屋には行きませんでした。自分で髪を切っていました。後ろのほうは、合わせ鏡で見ながら切っていました。ずいぶんと、床屋代が助かったと思います。それは、ひとつには、高校生のころからビートルズ旋風が起き、長髪がはやったので、刈り込む必要がなくなったからです。ですから、30年ぶりに床屋に行き始めた最初の日は緊張しました。体に布を巻かれただけで冷や汗が出ましたし、ひげを剃るために顔に熱いタオルを乗せられたときには、やけどをするのではないかということと、窒息するのではないかという恐怖に駆られました。
 理容は古代エジプトから始まり、中世ヨーロッパ時代で理容業がスタートしたといわれています。よく知られているように、当時の理容師は外科医を兼ねて「理容外科医」と呼ばれていました。中世は、血や膿にまみれた汚い傷を触るのは医者の仕事ではなく、床屋外科医 barber surgeonの仕事だったわけです。そこで、床屋の前にある赤青白の3色縞のくるくるねじり棒型の散髪屋マークは、赤は動脈、青は静脈、白は包帯という説をはじめとして、外科的な意味があります。日本での発祥には次のような逸話があります。亀山天皇(1259?1272)の時代に、京都北面の武士「藤原基晴」は宝刀紛失の責任をとって、その息子「釆女之亮(うねめのすけ)」と共に下関で探索を始めます。当時は蒙古襲来のころで、鎌倉幕府が長門に大軍を配備していたため、下関にも沢山の武士がいました。 親子は、当時下関で髪結いを商売にしていた新羅人から技術を学び、武士を相手に髪結いで生計を立てつつ、宝刀を探したわけです。 この基晴親子が暮らしていたのが、亀山八幡宮裏の中之町で、ここが「床屋発祥の地」とされているのです。また、この店の床の間には、亀山天皇を祀る祭壇と藤原家の掛け軸がありました。そこで、この店は「床の間のある店」と言われるようになったそうです。それから「床場」と呼び、さらに「床屋」へと呼ぶようになったと言われています。以前、石見銀山に言った時に古い町並みの中に、古い床屋がそのまま保存されていました。
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 なんとなく、日本でも昔は外科医だったという事が感じられる室内ですね。

床屋” への6件のコメント

  1. ご講演で何時間でも話せる方が、ご近所では無口で通っていらっしゃなんて、おかしくなってしまいました。それにしても床屋さんが外科医とは・・・。そういえば、私の行きつけの美容師さんも、西洋医学には見向きもしませんが、ある意味医者のような方です。ヒーラーでもあり、かなり博識の女性です。
    本がずらりと並んでいて、貸し出してもいるし・・・。なぜかストーンと腑に落ちました。

  2. 「床屋」さんはゆっくりと休める癒しの場です。髪を切ったり髭を剃ったりしてもらうほかに、髪を洗ってもらったり首や肩をもんでもらったりします。私の場合は眉毛も整えてもらいます。整髪のしかたを注文をした後は理容師さんに身を委ねます。アレコレと考える時間です。もっとも気持ちが良くなって眠くなります。ウトウト感がなんともいい。これまで引越しをするたびに「床屋」さん探しには苦労しました。ニ、三軒試してみて、自分の気に合ったところに落ち着きます。初めて入る「床屋」さん、結構勇気がいります。特に「髭剃り」の時にはとても緊張します。行き始めると「癒しの場」になりますが。慣れるまでは大変です。今度引越しをします。近場に良い「床屋」さんがあることを祈るばかりです。

  3. 「1時間あまりの沈黙の世界」は緊張感たっぷりなんでしょうね。緊張感の漂う光景を勝手に想像しています。
    私は美容院に行っていますが確かにいろんな情報が集まってますね。面白いところだといつも思います。
    「床屋」という漢字だけを見ると、畳屋みたいな感じですね。「床の間のある店」「床場」「床屋」という流れを知って初めてきちんと理解できます。今回も勉強になりました。石見銀山の古い床屋も知りませんでした。今度行くときにはよく見てみます。

  4. 床屋のくるくる看板は動脈と静脈を意味している程度は聞いたことはありましたが、はっきりとは知りませんでした。床屋について勉強になりました。私は、中学までは床屋で散髪していました。高校に入ってから色気づいて美容院へ行き始めてそれ以来床屋へは行っていないのですが、中学生のときは床屋の漫画本が読みたくて、わざと込んでいる時間を狙って紙を切りに行ったのを覚えています。考えてみると、床屋って地域の情報屋のような感じがします。私のときは切るのをやめて井戸端会議が始まっていました。最高で1時間待たされたこともありました。その床屋が今でもあるので懐かしいです。久々に床屋もいいかなと思っている今です。

  5. 床屋さんのあのくるくるねじり棒の意味はそんな説があるのですね!理容外科医というところからきていたとは!また、日本での床屋の発祥も知ることができました。床の間のある店で床屋と今でのその頃の名前が残っているというのはいいですね。近所で藤森先生は無口で通っているのですね。なんだかそんな床屋での様子を想像してしまいました。私は美容院に行っていますが、髪を切ることはもちろんですが、美容師さんと話をする時間という感覚もあります。とにかくいろいろな話をします。ほぼ、ずっと話しをしているくらいです。地域の話もいろいろ教えてくださるので、とっても貴重な時間になっています。

  6. 私も、美容院に行けば一言も話しません。必要最低限の会話や話しかけられれば答えますが、基本こちらから話を切り出すことがないのは、何かを考えている時間が好きなのか、はたまた、自分のことを話すのが恥ずかしいのかは不明です。また、美容院の「院」という字に関心が向きました。「院」といういうと、なんとなく広くて大きくて高貴なイメージを持ちます。そんなところからも、美容院が“病院”のように「理容外科医」を担っていたことがつながっているのかもしれないとも感じました。床屋の3色のクルクルが「動脈・静脈・包帯」であったことを知れてよかったです。常にクルクルと動いているのは、常に流れている血液のイメージを表現したかったのでしょうかね。

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