コアラ

 今日の読売新聞に、神戸市灘区の市立王子動物園で飼育されていたコアラの「モモジ」(オス、10歳)が死亡したという記事が書かれてありました。この「モモジ」は繁殖力が強く、各地の動物園に貸し出されるなど人気者でした。コアラの平均寿命は12歳で、人間ならば50?60歳とみられます。私の住んでいるところから近くにある多摩動物公園で、昨秋、母親の袋から出てきたコアラの赤ちゃん(雌)の名前が「モミジ」に決まったというニュースがありましたが、この赤ちゃんの父親は、この「モモジ」です。「モミジ」という名前は、父親の「モモジ」という名前と「母親の「ミリー」の名前から、「モ」か「ミ」で始まるカタカナ5文字以内の名前を来園者から募集した中から決めたものです。今、各地の動物園で人気者のコアラですが、オーストラリアから日本の動物園にコアラが初めてやってきたのは、1984年10月25日のことでした。この日、名古屋市の東山動物園と鹿児島市の平川動物公園、そして多摩動物公園にコアラが2頭ずつ到着したのです。ちなみに、オーストラリアからコアラが贈られた際、日本からはそのお返しにオオサンショウウオを贈っています。多磨動物園に来た2頭はオスで、「タムタム」と「トムトム」といいました。トムトムは来日して2年後に死亡しました。「タムタム」は、2005年2月25日、22歳で死亡しましたが、野生のコアラの寿命が10年から13年といわれ、飼育下での寿命は15年程度とされていますので、「タムタム」はギネス級の長寿コアラでした。初来日するコアラの受け入れ先に日野市の都多摩動物公園が決まり、飼育課長から「お前が担当してくれ」と宮本さんが頼まれた時「それだけは勘弁して下さい」と言ったそうです。それは、その12年前、パンダが初来日した時の上野動物園の苦労を聞かされていたからです。想像を絶する重圧が飼育係にかかるのは目に見えていたからです。すでに「コアラフィーバー」がわき起こっていました。マスコミにも盛んに取り上げられ、ぬいぐるみや菓子などの関連商品も次々と出現していました。そのとき、コアラの歓迎会を計画したときの話です。多摩動物園がある日野市では、歓迎会に市内の幼稚園児を招待しました。保育園の園長たちは、「どうして、保育園児も招待してくれないのですか?」と聞いたところ、「保育園児は、歌が歌えますか?踊りが踊れますか?」と言われたそうです。それを聞いて、市内の保育園では、保育展を開いて、市民に保育園児の歌や、運動や、踊りを披露し始めたという話を聞きました。そのときは、動物園の人はなんて失礼なと思ったのですが、今考えると、たぶん、何かと国民に注目されている中、プレッシャーだったのではないかと思います。ですから、上手な歌を披露しようとしたのでしょう。今の私は、そんなことはどうでもいいと思うようになりました。何で子どもたちは歌を普段歌っているのか、踊りを踊っているのか考えてみると、なにもコアラのためではないので、コアラの前で歌わなくてもいいのではないかと思います。園児は、普段、楽しそうに歌を歌っています。手話を交えたり、体で表現したりして、とても楽しそうです。コアラの前や、市民の前で練習した出し物として披露するためではありません。園は、子ども劇団でも、子ども合唱団でもありません。大人になって、日々の生活を豊かに、潤いのある日常を送るために、歌というものの楽しさを感じてもらっているのです。その中で、特に歌が好きだったり、上手だったり、歌手になろうとする夢を持つ子がいたら、課外で習いに行けばいいのです。一部の子の為に、他の子がリスキーである保育は避けるべきでしょう。

コアラ” への5件のコメント

  1. 私なら動物園の人の話を聞いてどうでもいいとは思えないでしょう。すぐに冷静でなくなり一番大切にしないといけないことを考えられずに、カッとなってしまうと思います。思いが子どもの事から外れて自分が前面に出てきてしまいます。子どもから思いがぶれない藤森先生のすごさに触れるたびに、自分の不安定さを気づかせてもらい反省ばかりしています。自分の軸をもつことができるのはまだまだ先のことのようです。ブログを読みながら今日もあれこれ反省です。

  2. 動物園が近くにあると、パンダを見れたり、コアラを見れたり、いいですね。今私が住んでいるところから最寄の動物園までは約130キロメートル、車で3時間、その次に近いのが多分約220キロメートル離れているところですか・・・。それらの動物園でもパンダやコアラはみることはできません。コアラの歓迎会に市内の「幼稚園児」。そして「保育園児は、歌が歌えますか?踊りが踊れますか?」とはまた随分な物言いです。確かにプレッシャーもあったのでしょうが、驚きあきれ返りました。その反動で「保育展」。・・・いろいろと考えさせられます。どこへ行って歌ったり踊ったりしてもいいと思いますが、そのために、子どもが踊りや歌が嫌になったりしたら、悲しくなります。発表会、もそうですね。そのためにやってきたことが嫌になったら、もう最悪です。私たち大人はそうさせないように気をつけなければなりません。

  3. 先日、初めてパンダを見ることができました。そして、二人で動物園を回りながら話したのは「飼育員さんは大変だよね」ということでした。それぞれの動物が過ごしてきた環境も様々ですし、エサだって毎日あげなくてはいけませんし、身の回りの世話も必要だと思うと、なんだかそんなことを思ってしまいました。「保育園児は歌が歌えますか?踊りが踊れますか?」という言葉には嫌な気持ちがします。ですが、そんな言葉が出てくる背景を想像する藤森先生の姿に、私もそのように考えれるようになりたいと思います。人の思いを想像し、本質を考え、じゃあどうすればいいのかということを考えずに、ただ批判するだけの人間にはなりたくないなと思います。

  4. コアラは一日の大半を寝て過ごすというのを聞いたことがあります。動物園にいって、動いているコアラを見れたら運がいいということでしょうか。日本で初めてコアラを飼育するというプレッシャーは凄まじいものでしょうね。まさに、日本中の期待を背負ったかのように宮本氏は感じたことだと思います。また、日本における保育園と幼稚園の求められ方に、未だ違いがあることに、うまく消化できずにいます。同じ時期の子どもなのに、入った場所によって求められるのが異なってしまっては、将来子どもが混乱をきたす要因になってしまう気もします。藤森先生が言われる「保育の質のスタンダード化」の重要性が、ヒシヒシと伝わってきます。

  5. コアラを日本に入れるだけでも、どれだけのプレッシャーを感じ、危機感を覚えるような感覚に落ちいてしまうのですね。メディアに取り上げられたことで、様々な人からの目が気になり、期待という重圧が生まれる、これは、子どもたちへ大きな期待を寄せすぎることがかえってストレスとなり、子どもの好奇心や探求心の部分を削り取ってしまうことのようにも感じました。”大人になって、日々の生活を豊かに、潤いのある日常を送るために、歌というものの楽しさを感じてもらっている”とあることが親しむことの必要な考え方だと感じます。そのなかで、いくら大人が音楽は素晴らしいものだと伝えても、本人がどう感じているか次第で、変わってくると思います。大人の刷り込みを子どもたち伝えることは、子どもの感覚的な部分へ大きな影響を与えていることを頭にいれておかなければなりません。

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