今日は、また週末ですので、千葉の勝浦で講演です。勝浦では、来週から行われる「かつうらビッグひな祭り」の特別プレ公開ということで、2箇所の会場を見せてもらいました。

今日は、朝早く出かけてきたので、電車がラッシュだと憂鬱になるのですが、土曜日はだいぶすいています。それは、サラリーパーソン(オフィスワーカーの和製造語)と学生がほとんどいないからです。電車が普段と比べてがらがらの状態を見ると、日本でもずいぶんと土曜日休みが広がっている実感があります。園でも、ずいぶんと土曜日に休む子が多くなりました。特に私の園の周りにはほとんど自営業の保護者がいないために、また、育児休業空けから預ける保護者がほとんどなので、育児休業が取れる職場は、土曜日休みのところが多いようです。しかし、土曜日に子どもを預ける保護者は、土曜日休みでなく、他の曜日に職場が休みの場合ですので、預ける場合は、夕方までいます。昼ころに帰る子はほとんどいません。いわゆる「半ドン」という職場はほとんどありません。いま、労働基準法では、労働時間が原則週40時間ということになっていますので、1日当たり8時間とすると5日間ということになるので、1日4時間勤務ということはないのです。園の就業規則でも、私が勤めたころは週48時間でした。それが、週44時間(土曜日だけ半日)になったときに、保育園など特殊な業務に限って、特例で48時間が認められていました。ですから、「特殊業務手当」というものを出していました。そのうちに、職員に1週44時間にして特殊業務手当をなくすのと、48時間で手当てをつけるのとどちらがよいか図ったところ、ほとんど44時間がいいということになり、土曜日だけ4時間勤務にするか、8時間勤務の隔週休みにしたのです。それが今、週40時間になりましたが、開園時間は、週66時間(月曜日から土曜日まで1日当たり11時間開所)ですので、そのやりくりが大変です。しかも、学校と違って日祝祭日年末年始(最近、年末年始に開園している園が増えました)しか休みがないために、ローテーションを組むのが大変です。その計算でいくと、自宅研修など含まずに出勤する総時間が大体年間2085時間程度になります。それを今、日本などは1800時間を目指していますし、世界では、1600時間、デンマークなどワークシェアリングをしている国では1300時間を目指しています。うらやましい限りです。ただ、勤務時間が半分になるということは、収入も半分になることを覚悟しなければならないようです。しかし、その分夫婦で働いて1にするという考えで、今の日本では夫婦で2取っている場合は、果たしてそうなるでしょうか。そんなわけで、先駆的に学校では土、日休みにしています。それが、どうも怪しくなってきています。「ゆとり」の見直しです。確かに、今日電車に乗ろうと駅に着くと、学生でホームはあふれていました。
私立の学校では、土曜日も授業をするところが多いようです。確かに、土曜日くらいは、親子で博物館に行ったり、美術館に行ったりと様々な経験をしたり、親子のふれあいをしたりしてほしいと思います。しかし、現実そのようにする家庭がどのくらいあるのでしょうか。地域でサタデイスクールというような活動をしているところもありますが、そこに参加させようとする親はそうでなくとも親子のふれあいを大切にするようです。学校が休みにするということは、公的な責任を家庭にゆだねるということであり、それは、格差を生んでいくという気がします。土曜日に授業を復活するということではなく、土曜日に教員を主導にして、子どもたちに普段できない経験をさせるような計画をしてほしいと思います。
私が現在勤めている法人は今年度から「特殊業務手当」を廃止しました。保育園という特殊な業務だから週48時間で、そのために「特殊業務手当」があったのだ、ということを今日のブログから知ることができました。結局、変形労働時間制を採用していますが、基本は週40時間ですから「特殊業務手当」の必要性はなくなる、ということです。勉強になりますね。土曜日学校を復活させるのであれば、藤森先生仰るように、普段できないことを経験できるようなプログラムを考案してほしいですね。授業カリキュラムをこなすための時間にあててほしくないと思っています。土日仕事が休みのときは、平日にできないことのために時間を費やしています。息子が小学生になったらあちこち連れまわし、やがて連れまわられたい、と思います。学力云々は極めて個人的レベルの問題であって、授業時間数を増やせば何とかなるという類のものではないと思っています。「授業時間数」云々は教える側都合なのであって、教えられる側にとっては「小さな親切大きな迷惑」の世界です。「ゆとり」は必要です。総合的学習の時間も重要です。再生会議の提言は時代の流れに逆行です。しかも徹底されないだろう、ということを考えると、無責任極まりない提言であると考えざるを得ません。
労働時間の短縮によって収入が減ることを考えると、時間のことをあれこれ言う前に生活に対しての考え方を変えないといけませんね。生活というより価値観でしょうか。何もかも今のままで労働時間だけ短くするのはやはり無理があると思います。「大切にしなければいけないものは何か」ということを考えなければ先に進んでいけない気がします。
学校の授業も同じだと思います。「ゆとり」とは何なのか、子どもたちに一番必要なのは何なのか、今起きている問題の原因がどこにあるのか。それらをきちんと議論していくことがまだまだ足りていないように思います。