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2007年02月28日 近頃思うこと

癒しの香

 ドイツに行って、改めて「癒し」ということについて考え、保育室の中で、子どもたちに癒しを与えるものを考えてきました。もともと「癒やす」というのは、病気や傷をなおす。飢えや心の悩みなどを解消するということです。そして、体の疲れを取り、心を鎮めて自分を見直し、気持ちを楽にすることで、「ホッとする」気持ちになれるということです。気分転換や癒やしの方法は、数多くあるので、それを考えてみましたが、今日は、香りの癒やしを考えて見ます。というのは、先日お年寄りが集う健康センターに行ったときに、玄関を入った瞬間、消毒のにおいがしました。そのにおいをかいだ瞬間、なんだか、その場ではくつろげなくなってしまったのです。あの消毒のにおい、薬品のにおいはなぜか心を不安にさせます。最近、少なくなりましたが、かつて、保育室は薬品のにおいがしていました。もちろん、それは清潔にするために床とか、遊具を消毒していたのですが、そこで、子どもが癒されるとは思いません。それに比べて、今の時期かすかに漂ってくる「梅の香」、冬を越え、いっせいに芽吹いた草の香、なんといっても癒される香りといえば、草、木、花といった自然の植物から発する香りが一番です。これからの季節では、その香気は邪気を払うとされ、古くから魔よけに用いられたほか、入浴にも使われてきたものに「蓬」があります。蓬の葉の香りはストレス解消や安眠にもよいといわれています。蓬は、日本各地の山野や道端などに自生するキク科の多年草の植物です。蓬は漢方名で「艾葉(がいよう)」と呼ばれ、「疾(やまい)を艾する(止める)」という意味を持つほど、とても身近な薬草です。その薬効は、通称『万能薬草』といわれるほど高く、栄養価も高いことから健康食としても注目されています。ですから昔から草餅や草だんごの材料として親しまれているほか、蓬の葉の裏の灰白色の綿毛を乾燥させたものは「モグサ」と呼ばれ、お灸として幅広く利用されています。この蓬は「キク科」の植物ですが、「キク科」の植物は、癒しにおいて私は、ナンバーワンという気がします。菊の芳香には、カンフェンなどの精油成分があり、皮膚を刺激して血行を促進し、身体の痛みをやわらげる効果があります。中国名で「母菊」と呼ばれるキク科の植物は、「ハーブの女王」といわれている「カモミール(和名:カミツレ)」です。カモミールは、クレオパトラが薫香として愛したほか、ピーターラビットの童話にもおなかの調子をととのえるハーブティーとして登場するなど、幅広い効能・効果があります。医薬品のない時代、昔の人々は身の回りにある薬草(ハーブ)の癒しの力を利用して病気を予防したり治療してきました。ハーブとは、「生活に役立つ香りのある植物」というのが一般的な定義です。それが、白い薬と言われる現代の医薬品が次々と開発され、緑の薬(ハーブ)は姿を消していました。しかし、今の私たちを取り囲んでいる複雑な環境から生み出されているストレスは、近代医学の白い薬では効力がありません。そんな時、昔から行われてきた自然療法が見直されてきました。さらに 人々は白い薬が人間に与える害に気が付き始めました。そして緑の薬であるハーブの存在に再び気が付き始めたのです。ハーブは、多種多様な有効成分を含み、それぞれの成分の調和がとれています。ハーブは穏やかに私たちの身体を包んでくれます。そして、ハーブ療法は植物の持っている癒しの力を使って、私たちが持っている自然治癒力に働きかけるものです。音同様に、自然のものにはかないませんね。

投稿者 fujimori : 23:39 | コメント (4)

2007年02月27日 講演先にて

癒しの音

 日常と違う環境におかれることで癒されることがあるということ、その環境を、保育室の中に意図することを、ドイツに行って学びました。そのほかにも考えてみると、様々な癒しの工夫が考えられます。昨日の日曜日、福岡での講演の合間で時間が取れたので、福岡県の中で、まだ行ったことがなく、行きたいと常々思っていたところに行ってみました。そこは、白秋ゆかりの地「柳川」です。着いたのは、夕方近くでしたが、念願だったドンコ舟に乗りました。ほぼ1時間あまり、船頭さんがさお1本で操る舟に乗って、堀割を下ります。今の時期は寒いので、中にコタツが置かれ、そこに足を伸ばして座ります。時間が時間だけに他の客は、子ども連れの家族一組だけでした。
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 その舟に揺られていると、なんだかゆったりとした気持ちになり、心が癒される感じがしました。それには、癒されるある条件がそろっていたからです。まず、音です。この舟は、船頭さんが、自分の力だけを頼って、力まず、流れにゆだねながら操っていきます。まず、乗って気がついたのが、まったく音がしないことです。この堀川の脇の道もほとんど車が通りません。シーンとしています。この堀川は、一般の人も、許可なしに自分の舟を浮かべることができるそうです。途中で、カヌーを家の脇に縛り付けているのを見かけました。しかし、唯一の条件が、人力だけで動かすものということです。電力を使って動くものは禁止だそうです。人力で動くということは、音だけでなく、動きも人の気持ちに沿う速さです。心臓の鼓動、目の動き、思考の展開、これらの速さは、ひとの力、自然の力にマッチします。ですから、保育室の中で音の出るもの、動きを楽しむものは、人の力や、人の息や、自然の風や、自然の光の動きによって動くものが癒しを与えます。ですから、ドイツでは、装飾は壁に貼るのではなく、天井からつるし、人の動きや、風によってかすかに動くものとなっています。そして、部屋には、たいてい、打楽器が置いてあります。太鼓やタンブリン、そして、鳴らして見せてくれたのは、日本では仏壇においてあるあのチーンと鳴らす鐘でした。
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 日本人ならみんなよく知っているものであるのに、自慢げに鳴らして説明をしました。しかし、そのときに、「ほら、聞いてみてください。」と言ったのは、鳴らしたときの音ではなく、そのあとにいつまでも鳴り響いている、いわゆる「余韻」といわれる音でした。園庭から部屋に入る合図も、ドラをたたきます。これも、叩いた時の音というよりも、その音の余韻で子どもたちは合図を感じます。確かに、音は、余韻に癒しを感じます。そういえば、いろいろな分野において、海外では日本文化が外国では見直されているそうです。それは、日本文化には、癒し効果が意図されているものが多いからでしょう。たとえば、「食」です。栄養に関してだけでなく、見た目、容器、とても癒されます。そして、「光」。障子紙や、すだれを通過した光は、とても癒されます。そして、この余韻を大切にする「音」。そんなものを大切にする海外に比べ、今の日本では、夜でも真昼間と同じような明るさの電灯、自動販売機、コンビニ、そして、やたらとヘッドホンから聞こえてくる電気音や、街にあふれる車やバイクの騒音。そして、電気で動くゲームやテレビ。もう一度、保育室の中の光や影、音を見直すべきかもしれません。ゆったりと時が流れていくような、そんな日々をたまには過ごす必要があるかもしれません。柳川で、ゆったりと揺れる舟に乗り、船頭さんの時折混じる歌声と、少ししわがれ声でゆっくりする案内を聞きながら、そんなことを思いました。
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投稿者 fujimori : 21:54 | コメント (3)

2007年02月26日 記念日

ひいな

日本人形協会編の「ひな祭の歴史」によると、ひな祭の歴史は古く、元々は奈良時代に人形(ひとがた)を作って、人形で身体をなでてケガレを拭い、その人形を川や海へ流して身を清めるという神道の行事でした。そこで、「災いを託す」ということで、「おひなさま」というように「さま」をつけて呼ぶ人形が生まれたのです。平安時代になると、平安貴族の女子の間では「ひいな遊び」というものが行われていました。ひいなとは人形のことで、これは男女一対の小さな紙人形をつくり、調度品も揃えて遊ぶという、今のままごと遊びのようなものです。この「ひいな」には「小さくてかわいいもの」という意味があって、いつかしら「ひいな」から「ひな」へ、そして平安貴族の人形遊びとしてのおひなさまが生まれたというわけです。この事は紫式部の『源氏物語』や、清少納言の『枕草紙』にも見られます。鎌倉・室町時代に入ってからは、武家の女児にも受け入れられ、ままごとは急速に広まっていきました。一方、室町後期になると、雛人形は川へ流すという神事は、流さないで家に祭られて女子の祈願・愛玩・鑑賞するものになっていきました。そして、武士の世界では、人形が上司への贈答の品となって立派なものが作られるようになり、人形はしだいに本来の意味が希薄になり、家の中で飾られるようになっていったのです。そして、女子の理想の結婚像を示すものとなり、江戸時代になるとこの風習は庶民層にも広がり、かつては質素な作りであった雛人形がだんだん立派なものに変わっていきました。こうしてみると、当初の雛人形は、人形という「ひとがた」で遊び、様々な道具を取り揃えて、それを使って遊ぶ「ままごと遊び」につながっていることは容易に判断できます。
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しかし、あの豪華な人形、精密な道具を見ると、次第に子どものものから、大人の観賞用に移ってきただろうこともわかりますね。昨日のブログの「箱庭療法」という精神療法として人形、おもちゃなどのアイテムを自由に配置させることで小世界を体験し、癒しを与えていたということをみると、もしかしたら、この人形遊びとか、ままごと遊びは、女子が、家事の所作を学んでいるといわれていますが、他にも、子どもにとって、癒し的効果のある遊びだったのかもしれませんね。だから、いつの時代でも、ままごとは子どもに人気のある遊びのひとつですし、最近は、男子も喜んで遊んでいます。きっと、癒されるのでしょうね。
もうすぐ、3月3日のひな祭りです。これは、五節句のひとつですが、これらは、必ず季節の草や木に関連していますが、季節に応じた植物を食することで邪気を払うのが目的でした。たとえば、1、人日の節句 お正月の七草(七草粥)、2、桃の節句 3月の上巳の桃・よもぎ(桃花酒→江戸時代以降は白酒)、3、端午の節句 5月の端午の菖蒲(ちまき→江戸時代以降は柏餅)、4、七夕の節句 7月の七夕の竹・瓜(さくげ→江戸時代以降はそうめん)、5、重陽の節句 9月の重陽の菊(菊酒)です。3月の節句が桃の節供と呼ばれるのは、その季節のものというのも理由のひとつでしょうが、桃には邪気を払うという魔除けの信仰があったからだそうです。この節句には、今は、各地で様々な特徴があるようです。昨日歩いた柳川では、「さげもん」といって、江戸中後期から場内の奥女中が着物の残り布で子どものおもちゃとして作ったものを、雛人形の周りにぶら下げていました。
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投稿者 fujimori : 22:16 | コメント (2)

2007年02月25日 研修

癒しグッズ(ドイツ事後報告)

 ドイツのおける保育室での工夫の中で、子どもたちに癒しを与えるものは、空間だけではないようです。他にもいろいろと工夫されていますが、そのひとつに「観葉植物」があります。
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 観葉植物は、保育室内だけでなく、いたるところに観葉植物が置かれています。玄関にも、階段にも、トイレに中にも、室内運動場にも様々なところにおかれています。
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 最近の様々なアレルギー症状や喘息、目・鼻・耳・喉の炎症、疲労感、頭痛、神経系障害などの症状を引き起こす主な原因として 室内の空気の汚れが挙げられ、シックビル症候群と呼ばれています。室内環境を見直し、まめに掃除や換気を行うことは勿論ですが、最近は、室内の使う建築材料や家具の選定にも気を使う必要がありますが、空気を浄化する働きのある観葉植物をお部屋に置けば、より効果的だといわれています。植物は光合成により、二酸化炭素を吸収し酸素を排出すると同時に、有害物質(ホルムアルデヒド、キシレン、トルエンなど)を吸着・分解する作用があり、煙草の煙や新建材から出る化学物質に対する有効性が注目されているからです。ですから、よく昔から森林や滝の周辺ではマイナスイオン(-)は多く発生し、プラスイオン(+)の2倍~20倍以上の数が観測され、逆にプラスイオン(+)は空気の汚れた場所、ちり・ホコリなどに多く残留し、都会ではマイナスイオン(-)の数を大きく上回っています。室内ではテレビ、パソコンなどの電化製品から出るプラスイオンが、「イオンバランス」を崩し、慢性疲労・肩こり・腰痛・冷え性などの原因になっているということも言われています。ところが、マイナスイオンは身近な観葉植物からも発生して私たちを癒してくれるのです。また、植物を育てることで心が安らぎます。これが一番の効能のようです。また、「緑」は目を休める色で、視覚的にもリラックスできます。昨年11月の新聞に、「何となくやる気が出ない――。仕事に疲れたビジネスパーソンが軽い“うつ症状”に陥ることはよくある話だ。職場に緑が多いと、そんなストレスを軽減してくれるという。コクヨと愛媛大学の仁科弘重教授(農学部)が共同実験を行った結果を、2007コクヨフェアで展示していた。」という記事が掲載されていました。コクヨによれば、「目に見えるところに植物を配置することがストレスの軽減につながる」そうです。
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園長室にも観葉植物が
 植物に水やりをしたり、葉を拭いたりすることで、なんとなく落ち着いた気分になれますし、新芽が出た、丈が伸びたなど、成長をしていく姿を見ることで、元気付けられます。そして、植物が元気よく育つ環境は、子どもにとっても優しい環境なのです。
 また、今年のドイツでは、いくつかの園の室内に箱庭を見ました。
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 箱庭は、もともとユング派のセラピスト、カルフによって始められ、日本で河合隼雄らによって広められた精神療法です。この療法は、言葉で表すことが難しいイメージの世界を箱庭で表現し、それを自分で客観的に見つめることに効果的だといわれています。そして、継続して箱庭を作っていくことで、より深く本質的な効果が期待できます。そんな精神療法的な意味ではなく、単純に、砂箱の中に石、人形、おもちゃなどのアイテムを自由に配置させることで、その砂場遊びのような行為そのもので、その人の心を癒す効果を狙っているようでした。それをもう少し拡大解釈して、以前紹介した「廊下に砂場」というようになったと思われます。

投稿者 fujimori : 16:02 | コメント (2)

2007年02月24日 研修

癒し空間(ドイツ事後報告)

 今日,宿泊した宿の部屋に「癒しのたび」が置いてありました。これは、「足袋」と「旅」をかけているのでしょうね。人は、毎日の生活の中で、ストレスを感じることがあります。ストレスは、人間だけでなく動物も感じるようです。そのストレスは、どんなときに感じるでしょうか。手に持っているゴムボールを握ると、ゴムボールはへこみます。このように、外部からの刺激(「ストレッサー」といいます)を受けて、生体に起こる反応を「ストレス」といいます。ですから、原因は、外からのことが多いのです。この「ストレス」という概念を医学の世界で初めて用いたのは、カナダの生理学者ハンス・セリエ博士です。日本では、ストレッサーにあたる「原因」に関しても「ストレス」といわれることが多いのですが、本来はストレッサーに影響されて起こる生体反応のことをさすようです。しかし、同じように外部からストレスの影響を受けても、強く感じる人と、それほど感じない人がいます。それは、ゴムボールの空気圧が強ければ、へこんだボールが元に戻る力が強くなります。逆に、空気圧が低ければ、少しの力でも大きくゆがんでしまいますし、元に戻らないこともあります。ですから、ストレスによるダメージは、受け手の心身の状態によって大きく変わるのです。ですから、自分自身でストレスを解消する方法を見つけておいたほうがいいのです。まずは、ストレスの溜めるようなことにはなるべく関わらないことです。また、どうしてもかかわらなければならないときには、思考方法を見直すことです。次に、たまったストレスは発散します。次に、以前にブログで書いた早寝、早起きで生活のリズムを整えることです。そして、朝食といわれています。では、ストレスを発散する方法として最も効果があるのは、心身ともに疲れを癒すことです。
 子どもたちも園の中で、大きな集団、大きな部屋で、いつも大人に見られ、管理され、言われたとおりに動かされ、かなりストレスを感じているでしょう。ですから、癒される時間、空間、物を用意してあげる必要があります。ひとつの方法として、日常の環境を変えることがあります。小さな集団、狭い部屋、大人に見られない、自分から行動できる時間の設定です。そのために「ロフト」が有効であるということを昨日のブログで書きました。そのほかに、ドイツでは様々な工夫がありました。小さな集団で、過ごせるような空間を部屋の隅に作るのです。いわば「癒しのコーナー」というようなものがどの園でも、どの部屋にも作られていました。部屋が広いということもあるのですが、逆に広いからこそこのような空間が必要なのでしょう。
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そして、そこには、心が癒されるような様々なグッツが置かれています。まず、日常から離れるために、床が柔らかいマットやソファアなどで敷き詰めます。保育室は、どの空間も床は硬い素材でできています。ですから、一部やわらかい素材の上で過ごすことは心を癒します。
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あとは、園によって違うのですが、「薄い布で覆う」「ミラーボールなどで、光がゆっくり動く」「電飾などやわらかい光で照らす」など心が落ち着くような環境を演出していました。
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上を薄い布で覆って、他の違う空間を作る
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  電飾によって、やわらかい光を演出する
1日が長い子どもたちにとって、大人と同じように「ほっと、一息つける」様な空間が必要なのでしょうね。

投稿者 fujimori : 20:46 | コメント (3)

2007年02月23日 研修

ロフト(ドイツ事後報告)

 ドイツの幼稚園、保育園を訪問して気がつくことのひとつに、どの園にも「ロフト」があることです。日本でロフトというと、日本全国で展開されている雑貨を取り扱うチェーン店のことを思い浮かべます。東京でロフトというと新宿とか渋谷を思い浮かべますが、新宿店は今年の1月に閉店してしまいました。また、マニヤックな話ですが、若い人は、東京・新宿などにあるライブハウスのことを思い浮かべるかもしれません。しかし、もともとは建築用語で、物置用の屋根裏部屋のことをさします。工場・倉庫などに上階を作って、そこに物をしまったのです。それは、空間を有効的に使おうとしたからです。しかし、その空間が独特の空間を演出するために、その倉庫などを改装したアトリエやスタジオをつくり、それも「ロフト」というようになって、ライブハウスの名前もそのイメージなのでしょう。また、住宅では、「ロフト」というと、天井高を高くして部屋の一部を2層式にした上部空間のことをさします。この用途も、最初は屋根裏部屋ということで主に物入れに使ったりしていましたが、最近は、様々な使い方をするようになりました。ロフトに上がるための専用のはしごや階段が設置され、寝室や書斎、子ども部屋などちょっとした個人的なプライベート空間として使われることが多いようです。この空間が、部屋としての空間になるのか、屋根裏になるかで、このロフトが床面積に参入されるかどうかきまります。住宅で床面積に算入しないロフトにするには、天井高が1.4m以下であること、はしごが固定されていないこと、直下の階の8分の1以下の面積であることなどが主な条件になっています。私は詳しく走りませんが、保育施設では、遊具として扱われることがおおいようです。あのアルプスの少女ハイジでも、その部屋に寝泊りをして楽しそうでした。子どもにとっては、隠れ家的な、基地のような感覚を持つようです。作り方としては大きく二通りあります。ひとつは、部屋の中の一部が2階建てのように作るやり方です。しっかりとして階段で上れるようになっています。
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その使い方としては、やはり2階のようなイメージですので、お昼寝のスペースであったり、ままごとコーナーであったりするところが多い気がします。ただ、その高さを非常に低くしてあるところがありました。その場合は、ロフトの上の活用というよりも、その下の空間の使いかたがとても面白く使われています。子どもでもやっとくぐっては入れるくらいで、天井が低い部屋という感じです。
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日本でも、押入れの下を工夫すれば同じようになります。もう一つの作り方としては、部屋の中に大きな二段ベッドがあるというイメージです。
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この場合も、下の空間は、狭い部屋のようになるので、小さな家のように家具を置いてままごとコーナーにしている場合が多く見られました。
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 または、マットなどを敷いて、寝転んだり、くつろいだり、子ども同士でじゃれあったりする空間が演出されていました。
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 また、上部も下の空間と同じような使われ方をしていたところが多かったような気がします。ただ、上の空間の上部は部屋の天井になってしまうので、特別な空間の雰囲気を出すために、上のほうを薄い布で覆ってしまうこともありました。
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 どのような使い方をする場合でも、このロフトで作られる空間は、子どもにとっての大人の視線から逃れられる「死角」として意味があるようです。もちろん、先生はそこに子どもがいることは把握していますが、子どもたちは、ここで、先生の目を盗んで秘密のことをしているつもりなのでしょう。

投稿者 fujimori : 23:29 | コメント (3)

2007年02月22日 近頃思うこと

床屋

 皆さんは、髪の毛を切ってもらうときにはどこに行きますか?こんなことを聞くのは、かつては、男性は「床屋」、女性は「美容院」と決まっていましたが、今は、男性でも美容院に行く人が多いですし、最近は、女性でも床屋に行く人もいるようです。実際に、私の息子は美容院に行っているようですが、私は床屋に行きます。近所の付き合いの関係から、住居のある町内の床屋に行っています。床屋とか美容院は、地域の情報収集と発信の場です。町内のいろいろな噂話をします。髪を切っている間、口は暇だからでしょう。しかし、私には、いる間じゅう一言も声をかけません。終わってから「はい!お疲れ様でした。」としか言いません。私しか店にいないと、1時間あまり沈黙の世界です。皆さんは信じないかもしれませんが、私は、町内では無口で通っています。話すのが嫌いだと思われているので、声をかけてはいけないと思われているようです。そんな床屋ですが、最近困ることがあります。それは、週末に地方に行くようになってウォーキングができなくなると同じように床屋になかなか行くことができません。そういえば、私は高校生のときから30年余り床屋には行きませんでした。自分で髪を切っていました。後ろのほうは、合わせ鏡で見ながら切っていました。ずいぶんと、床屋代が助かったと思います。それは、ひとつには、高校生のころからビートルズ旋風が起き、長髪がはやったので、刈り込む必要がなくなったからです。ですから、30年ぶりに床屋に行き始めた最初の日は緊張しました。体に布を巻かれただけで冷や汗が出ましたし、ひげを剃るために顔に熱いタオルを乗せられたときには、やけどをするのではないかということと、窒息するのではないかという恐怖に駆られました。
 理容は古代エジプトから始まり、中世ヨーロッパ時代で理容業がスタートしたといわれています。よく知られているように、当時の理容師は外科医を兼ねて「理容外科医」と呼ばれていました。中世は、血や膿にまみれた汚い傷を触るのは医者の仕事ではなく、床屋外科医 barber surgeonの仕事だったわけです。そこで、床屋の前にある赤青白の3色縞のくるくるねじり棒型の散髪屋マークは、赤は動脈、青は静脈、白は包帯という説をはじめとして、外科的な意味があります。日本での発祥には次のような逸話があります。亀山天皇(1259~1272)の時代に、京都北面の武士「藤原基晴」は宝刀紛失の責任をとって、その息子「釆女之亮(うねめのすけ)」と共に下関で探索を始めます。当時は蒙古襲来のころで、鎌倉幕府が長門に大軍を配備していたため、下関にも沢山の武士がいました。 親子は、当時下関で髪結いを商売にしていた新羅人から技術を学び、武士を相手に髪結いで生計を立てつつ、宝刀を探したわけです。 この基晴親子が暮らしていたのが、亀山八幡宮裏の中之町で、ここが「床屋発祥の地」とされているのです。また、この店の床の間には、亀山天皇を祀る祭壇と藤原家の掛け軸がありました。そこで、この店は「床の間のある店」と言われるようになったそうです。それから「床場」と呼び、さらに「床屋」へと呼ぶようになったと言われています。以前、石見銀山に言った時に古い町並みの中に、古い床屋がそのまま保存されていました。
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 なんとなく、日本でも昔は外科医だったという事が感じられる室内ですね。

投稿者 fujimori : 22:41 | コメント (4)

2007年02月21日 近頃思うこと

早寝

今日、園に東京都からこんなパンフレットが送られてきました。「3歳児 子どもの生活リズム」というものです。「子どもの生活リズムの3本柱「睡眠」「食事」「遊び」を大切に」というもので、「ああ、あれか!」と誰もが思い当たるほど、大々的に国では、このキャンペーンをはっています。それは、あるデータによるものです。
 午後10時以降に就寝する就学前の幼児は、29%(平成17年、民間調査結果)、朝食を食べないことがある小学生が15%、中学生が22%(平成17年、文部科学省委嘱調査結果)、毎日朝食とる子どもは、ペーパーテストの得点が高い傾向である(国立教育政策研究所調査結果)というものです。そこで、「子どもの望ましい基本的生活習慣」づくりを、解りやすい「早寝早起き」や「朝食」から地域ぐるみで取り組むことにより、「地域と家庭の教育力」を向上させることを意図しています。「子どもの生活リズムの向上」を切り口に、「社会の環境の整備」と「家庭のあり方」について国民全体の議論を促すことも意図しているといわれています。そこで、「早寝早起き朝ごはん」という言い易いリズムの標語を打ち出しているのです。これには、一昨日のブログではありませんが、地球がじわじわ破壊されていっているのと同じように、最近の子どもたちが、じわじわ壊れようとしている危機感からです。深刻化する少年非行(刑法犯少年の検挙件数は134,852件(16年中))増え、同時に子どもの基本的生活習慣の乱れとして、1、午後10時以降に就寝する幼児(6歳以下)の割合が、10年前と比べ大幅に増加)(平成2年:31%→平成12年:50%)(平成12年度 幼児健康度調査結果より)2、朝食を食べないことがある小中学生の割合が5年前と比べて増加<平成7年度:小学生13%、中学生19%→平成12年度:小学生16%、中学生20%>(平成12年度 児童生徒の食生活等実態調査結果より)
今年の1月にJR東日本などとのタイアップ企画として、電車内の中吊り広告や駅ポスターにそのキャンペーンが掲出されていました。しかし、その中吊りを見たときに、隣の広告が目に留まりました。それは、最近増えている「エキナカ」のポスターです。そこには、「朝はゆっくり起きて、朝ごはんは食べずに、エキナカでほっと一息」というような内容でした。なんだか、変な気持ちでした。この変な気持ちは、ほかでも感じます。今、新宿の園の開園準備をしているのですが、そのとき国の補助を受けて建設する場合の条件に、保育時間を13時間(7時30分から20時30分)にすることがあります。その園の保護者説明会のときに、保護者から「親として子どもに対して気をつけることは何かありますか?」と聞かれて、「早寝早起き朝ごはんですね。」と答えたところ、「何時に寝れば早寝になるのですか?」と聞かれました。考えてしまいました。園から帰るのが20時30分とすると、何時に寝ることができるのでしょうか。国では、子どもたちの将来のために「早寝早起き朝ごはん」を提唱していながら、保育時間をどんどん延ばしています。仕事もどんどんきつくなっています。ただ、キャンペーンを張るだけでなく、子どもたちが「早寝早起き朝ごはん」が保障されるような環境を作ったり、それがかなう様な社会を作ってほしいものです。遅寝の弊害が叫ばれれば叫ばれるほど、遅くまで園に預けなければならない親たちは板ばさみになっているのです。

投稿者 fujimori : 23:57 | コメント (5)

2007年02月20日 近頃思うこと

コアラ

 今日の読売新聞に、神戸市灘区の市立王子動物園で飼育されていたコアラの「モモジ」(オス、10歳)が死亡したという記事が書かれてありました。この「モモジ」は繁殖力が強く、各地の動物園に貸し出されるなど人気者でした。コアラの平均寿命は12歳で、人間ならば50~60歳とみられます。私の住んでいるところから近くにある多摩動物公園で、昨秋、母親の袋から出てきたコアラの赤ちゃん(雌)の名前が「モミジ」に決まったというニュースがありましたが、この赤ちゃんの父親は、この「モモジ」です。「モミジ」という名前は、父親の「モモジ」という名前と「母親の「ミリー」の名前から、「モ」か「ミ」で始まるカタカナ5文字以内の名前を来園者から募集した中から決めたものです。今、各地の動物園で人気者のコアラですが、オーストラリアから日本の動物園にコアラが初めてやってきたのは、1984年10月25日のことでした。この日、名古屋市の東山動物園と鹿児島市の平川動物公園、そして多摩動物公園にコアラが2頭ずつ到着したのです。ちなみに、オーストラリアからコアラが贈られた際、日本からはそのお返しにオオサンショウウオを贈っています。多磨動物園に来た2頭はオスで、「タムタム」と「トムトム」といいました。トムトムは来日して2年後に死亡しました。「タムタム」は、2005年2月25日、22歳で死亡しましたが、野生のコアラの寿命が10年から13年といわれ、飼育下での寿命は15年程度とされていますので、「タムタム」はギネス級の長寿コアラでした。初来日するコアラの受け入れ先に日野市の都多摩動物公園が決まり、飼育課長から「お前が担当してくれ」と宮本さんが頼まれた時「それだけは勘弁して下さい」と言ったそうです。それは、その12年前、パンダが初来日した時の上野動物園の苦労を聞かされていたからです。想像を絶する重圧が飼育係にかかるのは目に見えていたからです。すでに「コアラフィーバー」がわき起こっていました。マスコミにも盛んに取り上げられ、ぬいぐるみや菓子などの関連商品も次々と出現していました。そのとき、コアラの歓迎会を計画したときの話です。多摩動物園がある日野市では、歓迎会に市内の幼稚園児を招待しました。保育園の園長たちは、「どうして、保育園児も招待してくれないのですか?」と聞いたところ、「保育園児は、歌が歌えますか?踊りが踊れますか?」と言われたそうです。それを聞いて、市内の保育園では、保育展を開いて、市民に保育園児の歌や、運動や、踊りを披露し始めたという話を聞きました。そのときは、動物園の人はなんて失礼なと思ったのですが、今考えると、たぶん、何かと国民に注目されている中、プレッシャーだったのではないかと思います。ですから、上手な歌を披露しようとしたのでしょう。今の私は、そんなことはどうでもいいと思うようになりました。何で子どもたちは歌を普段歌っているのか、踊りを踊っているのか考えてみると、なにもコアラのためではないので、コアラの前で歌わなくてもいいのではないかと思います。園児は、普段、楽しそうに歌を歌っています。手話を交えたり、体で表現したりして、とても楽しそうです。コアラの前や、市民の前で練習した出し物として披露するためではありません。園は、子ども劇団でも、子ども合唱団でもありません。大人になって、日々の生活を豊かに、潤いのある日常を送るために、歌というものの楽しさを感じてもらっているのです。その中で、特に歌が好きだったり、上手だったり、歌手になろうとする夢を持つ子がいたら、課外で習いに行けばいいのです。一部の子の為に、他の子がリスキーである保育は避けるべきでしょう。

投稿者 fujimori : 21:24 | コメント (2)

2007年02月19日 映画

環境

「地球は人類にとって、ただひとつの故郷。その地球が、今、最大の危機に瀕している。キリマンジャロの雪は解け、北極の氷は薄くなり、各地にハリケーンや台風などの災害がもたらされる。こうした異変はすべて地球の温暖化が原因といわれる。年々、上がり続ける気温のせいで、地球体系が激変し、植物や動物たちは絶滅の危機にさらされる……。傷ついた地球を救うため、一体、今の私たちに何ができるのだろう?」
 昨日、ここ数十年来はじめての暖冬の年を迎えていたドイツから帰ってきました。季節はずれの花が咲き始めていました。帰ってきた日本は、ドイツよりは少し寒い気がしましたが、東京では今年の冬はまだ雪が降りません。やはり暖冬です。これは、うすうすなんだか怖い気がしていましたが、本当は、人類は、もっともっと危機感を持たないといけない気がします。最初の文面は、昨日、見に行った映画での問いかけです。毎週日曜日に出かけるので、なかなか映画を観る機会がないので、ドイツから帰ったばかりでしたが、夕方、妻の勧めで「不都合な真実」を見に行ったのです。この映画は、様々な賞を受賞していて、アカデミー賞においても「長編ドキュメンタリー賞」「オリジナル歌曲賞」ノミネートされました。温暖化によって引き起こされる数々の問題に心を痛めたアメリカの元副大統領、アル・ゴアは、人々の意識改革に乗り出すべく、環境問題に関するスライド講演を世界中で開き、地球と人類の危機を訴えてきました。そして、その真摯で、ユーモラスな語り口に共感した製作者が、彼を主人公にした映画の製作を決意し、作ったのが、この「不都合な真実」という映画です。映画の中で明かされますが、彼がこの運動に突き進んだ本当の動機はとても個人的なものだったようです。彼の息子が6歳のとき交通事故に遭い、1ヶ月間、生死の境をさまよった末、奇跡的に命を取りとめた時、将来の息子が生きる場所への危機感を強めたのです。さらに追い討ちをかけたのが、大統領選でのブッシュへの敗北だったのです。その印象を「打撃だった」と、劇中で素直に告白しています。しかし、彼は失意から立ち上がり、自分の本当に進むべき道を見出したのです。ここで明かされる危機は、見た人に何とかしなければという思いにとらわれます。北極はこの40年間に40%縮小し、今後、50〜70年の間に消滅するといわれ、氷を探して100キロも泳いで溺死した北極グマの悲劇的なレポートもアニメで伝えられます。また、数百万におよぶ渡り鳥が温暖化の被害を受け、種の絶滅の割合は過去の記録の1000倍に達しているといいます。さらにこの四半世紀の間に、鳥インフルエンザやSARSといった奇病が発生。昨年、ニューオリンズを襲ったハリケーン"カトリーナ"のような大きな自然災害も増え、環境破壊のせいで、今後、20万人もの難民たちが大移動するとも言われています。 多くの政治家たちが耳を貸そうとしない「不都合な真実」、しかし、私たちが日々の暮らしの中で小さな努力を重ねることで、地球を変えていける、とゴアは訴えています。「冷暖房を夏は1°C高めに、冬は1°C 低めに設定する」「ボイラーやエアコンのフィルターを清掃・交換する」「電気製品を購入する際には省エネルギー対応モデルを選ぶ」「お湯をなるべく使わない」「使っていない電気製品のプラグを抜く」「家庭でのリサイクルを心掛ける」「再生紙利用商品を購入する」「冷凍食品ではなく生鮮食品を購入する」「過剰包装商品を購入しない」「肉料理を少なくする」「徒歩や自転車、公共交通機関の利用などでマイカーの走行距離を減らす」ちょっとしたことの積み重ねが大切ですね。

投稿者 fujimori : 22:31 | コメント (5)

2007年02月18日 研修

ドイツの保育

 今日、日本に帰ってきました。日本ではネットがストレスなく充分にやれるので、いろいろなことがゆっくり考えられます。ドイツでの研修を終えて、国としての取り組みと課題、州としての取り組みと課題、園ごとの取り組みとそれぞれのレベルは違いますが私たち日本では、それらをどう参考にして、取り入れ、独自のスタイルを作っていくかが今後の課題でしょう。それは、決して、保育園、幼稚園としてだけではなく、国としての保育、教育のあり方、子育てのあり方、人としての行き方も見直す時期かもしれません。ここまで発展し、人の意識が代わり、国という概念が変わってきた中で、もう元には戻れないのです。また、ただ闇雲に前に進んでいた時代から、人として成熟し、国家として成熟した社会を作ることこそ、今後日本人が世界に何かしらの貢献ができていくのだと思います。など、難しいことを考えてしまうのも、新ためて、海外からもう一度日本という国を眺めてみたからでしょう。
 今後どのような保育の形がいいのか、ドイツでの幼稚園、保育園での平均的な取り組みから考えてみます。(これは、私の園で今行っている保育の形に非常に近いものがあります)まず、今後は、ますます0歳児から6歳児までの園が増えていくでしょう。お迎えは、家庭によって、14時以降自由です。(それも、コアタイムを持つ幼児に対してで、乳児はもう少し早くてもいいと思います)園児はさまざまな異年齢で、グループを作ります。(グループによって異年齢の幅が違います)そして、各グループの部屋には、様々な活動ができる「ゾーン」が作られています。
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このグループごとの部屋の間は、ある時間自由に出入りできます。子どもたちは朝登園すると、各ゾーンで好きに過ごします。登園時間は7時半から8時半までの間にします。その時間内に家庭から持参した朝食(朝の捕食)を希望者だけ取ります。ある時間に、子ども同士の話をするために、食べない子も椅子に座るところもあります。8時半になると、自分が属しているグループの部屋に戻り、お集まりをします。そこでは、出欠席を取るほか、子どもたちは自分で今日は何をして遊びたいか、何をしたいかを考え、保育者からは、今日はどんな遊びが用意されているかなどの提案を行うミーティングをします。そして、昼まで自由遊びが始まります。それと同時に対象の子をピックアップして、プログラム保育が行われます。この内容は、週案によって定められており、いつ、何を、どんな構成で行われるか、保護者にもわかりやすく掲示されています。たとえば、色別の表示方法です。
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紫は2歳児、緑は2~3歳児、青は3~4歳児、黄色は4~5歳児、赤は5~6歳児です。内容によって、年齢別に行ったり、様々な異年齢で行ったりします。火曜日の2コマ目は2~6歳児の異年齢で行います。月曜日の1コマ目は3~6歳児、火曜日の2コマ目は3~5歳児、月曜日の3コマ目は、5~6歳児といった具合です。対象でない年齢の子は、ゾーンで遊んでいます。各年齢で行う内容は、ホール(日本ほど広くなく、ひとつの部屋程度の広さです)などで、運動遊び(用具を使ったり、外遊びも含みます)、音楽、創作遊びなどです。特に、最近は、学びの部屋が用意されており、文字、数、科学などの体験をします。そして、昼食、お昼ね(4~6歳児は、静かな活動)、午後のおやつを食べ、それぞれのゾーンで自由遊びをしながら降園を待ちます。園児が減るにしたがって、合同になっていき、過ごす部屋数が減ってきます。大体平均的にこのような取り組みが行われています。

投稿者 fujimori : 12:40 | コメント (3)

2007年02月17日 研修

ドイツ最終日

 いよいよ今日でドイツでの研修が終わります。昨年訪れたときは、着いたときから雪が積もっており、ホテルの周りも真っ白でした。それも当然で、ミュンヘンの緯度は、日本でいえば樺太あたりと同じですから、気温はマイナスになることが多いからです。しかし、ブログでも書いたとおり、今年はミュンヘンでも異常な暖冬で、雪どころか、近くの公園では、クロッカスが咲き始め、一面黄色や紫で覆われ始めていました。
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 毎年に比べて1ヶ月あまり早いそうです。あまり色のない冬の公園に色が着き始めた姿は、花壇に色とりどりの花を植えたのと違って、あまり派手ではありませんが、冬から春がもうすぐ訪れるであろう喜びが感じられ、とてもきれいです。今まで、研修で歩いていた日々は、天気はすぐれず、陽が出たかと思うと雨が降ったり、1日どんよりした天気が続きましたが、今日は最終日ということでの恵みかと思われるほど、とても気持ちよい、雲ひとつない快晴でした。そんな快晴の中、午前中は夏の宮殿と呼ばれているニンフェンブルク城に行きました。ここは、1664年、フェルディナント・マリア侯が妃アーデルハイトのために造営した別荘が歴史の始まりだそうですが、バスが近づくにつれ、白鳥が浮かぶ運河の後ろに、次第に現れてくる優雅な姿は、左右対称のバロックの城です。
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中央入口から入ってまず目を奪われるのが、圧倒されるほど美しい天井画が描かれているロココ様式の大広間です。公開されている各部屋も、天井画や、美女36人の肖像画や、古伊万里の陶器などが飾られていました。また、その城の後ろに広がる大きな庭園と森も、葉や花のない季節でも充分に荘厳さが伝わってきます。
 その後、町に戻って昼食です。毎度のことながら、大きな伝統的なビアホールでの食事です。私はそれほど呑みませんでしたが、何人かは、1リットルのビールとプリッツェルというパンを食べます。こちらでは、ビールは親同伴であれば14歳から飲んでもよいというように、昼間からみんなビールを飲みます。値段も、水やコーラよりもやすいくらいですので、ついみんなビールを飲みます。
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 午後は、美術館(ピナコテーク)めぐりです。通りを挟んで向かい合っているアルテ(古い)とノイエ(新しい)のふたつのピナコテークか、この二つに隣接しているモダン・ピナコテークを選びます。アルテ・ピナコテークには15~18世紀のヨーロッパ絵画が展示されています。宗教画が多く、レンブラント絵画の所蔵は世界一だそうです。ノイエ・ピナコテークには19世紀~20世紀初めの作品が中心に展示されています。教科書に登場するようなルノワール、モネ、ゴーギャンなどの印象派の絵が中心です。特に、ゴッホのひまわりは有名です。モダン・ピナコテークは、20世紀から現代までのアート作品を展示する美術館で、2002年にオープンしたばかりです。クレー、マティス、ピカソ、ウォーホルなどの絵画だけでなく、ポルシェのクーペ・フェルディナンドの型からシャープの液晶テレビまで、優れた工業デザインや、トーネット社製のイスなど家具のコレクションもあります。私は、どこも行ったことはあるのですが、今回は、アルテ・ピナコテークを見ました。
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 何度見ても、名画には圧倒されますね。昼から、夜までの研修の毎日の中で、ほっと一息ついた1日でした。明日は、帰国の途につきます。かなりハードな、研修づくめのドイツでしたが、もう一度来たいと思う参加者が多いのは、うれしいことです。

投稿者 fujimori : 07:58 | コメント (4)

2007年02月16日 研修

園見学研修を終えて

 今回のドイツ研修では、いろいろなところの見学で、様々な課題について考え、参考になることが多くありました。それぞれの園では、たくさんのことを学びましたが、一箇所ずつポイントを整理してみようと思います。
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   園の外観のあれこれ
12日の月曜日の午前中キンダーガルテン見学では、「学びの部屋」という就学のための保育の取り組みがポイントでした。これは、今、ミュンヘン全体での取り組みであり、日本でも就学前教育をどのように位置付けるかという課題のヒントになるものでした。特に「文字」「数」「科学」についてのコーナーとしての設置が参考になることが多かったような気がします。午後の見学先であるコープでは、0歳児から6歳児までの保育をどのように展開するかが、日本における子ども園の取り組みに参考なることが多くありました。これは、ミュンヘン市全体での取り組みですが、この施設では、どのような年齢の子をいっしょにしたグループがよいのか、コアタイムをどのように持っているかなどはとても興味深いものがありました。13日の午前の見学先であるキンダーガルテンでは、小学校の先生が週1回いっしょに保育に当たり、幼少連携をどのように進めているかが参考になりました。また、キンダーガルテンでは、地区ごとに保育の品質を保証するために、コンサルをする人が配置されていて、見学にも立ち会っていました。ここで、「日本での保育者の重要な資質は、笑顔とか優しさですが、ドイツでは、何が重要と考えますか?」という質問に「子どもを子どもとして受け入れられること」と答えたのが印象的でした。午後のコープの見学では、グループは、乳児と幼児に分け、学びの部屋では、5領域(書きかた、読みかた、数、音楽、立体)での実践が重点項目でした。ここで聞いた話では、初めて預けられる子どもが園になれるための「慣らし保育」が1~2ヶ月あるという話を聞いて、日本の保育園では、ほぼ1週間程度しか取らないことに対して、これから長い間預けられる子どもにとってはどうなのだろうと考えてしまいました。また、「園の保育で欠かせないものは何ですか?」という質問に対して「保護者の理解、尊重、バックアップ」ということだと答えました。14日の午前中の見学先のキンダーガルテンでは、今ドイツ全体、ヨーロッパ全体の課題である多国籍の子への対応が課題でした。多国籍の子が全体の園児の8割以上いるために異文化理解のための保育者が配置されており、ある時間、別室で、ドイツ語についての保育が展開されていました。午後もキンダーガルテンを見学しました。ここでは、人形などを使った食育指導、世界をテーマにしたプロジェクト保育の取り組みを聞きました。そして、今日の午前中は、ミュンヘンの隣の市のハール市で、キンダークリッペ(0~3歳児までの保育施設)を見学しました。しかし、正確に言うと、コープでした。数年前まで乳児だけのキンダークリッペだったのが、幼児も入れて子ども園への移行の様にコープへの移行した園での改修やマネジメントの工夫の話を聞きました。午後は、学童クラブという放課後児童施設であるホルトの見学です。この施設は、市から委託されて、NPOとして株式会社が設立した施設です。ざっとこんな研修の日々でしたが、どこに行っても感心するのは、見学者を歓迎する心です。飲み物だけでなく、食べ物も用意されており、きれいにテーブルに並べられているのを見るだけで、心が豊かになる気がします。忙しい中でも、ちょっとした心遣いが必要ですね。
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投稿者 fujimori : 07:22 | コメント (8)

2007年02月15日 研修

廊下

 昨日の見学先、今日の見学先それぞれ特徴はありますが、どこでも共通点は、とても多国籍の子が多いことです。昨日の午前中の見学園では、3~6歳児まで75名の園児たちの国籍は、22カ国に及びます。今日の午前中の見学先では、75人に園児に対して、ドイツ人は10名だけで、残りの65名は多国籍の子だそうです。しかも、ドイツ人というのはパスポート上であって、もし、両親のうちがどちらかが外国人でも、ドイツ人ということもありますので、両親ともドイツ人は、珍しいくらいです。この園では、異文化理解のための職員が派遣されていました。全園児の8割多国籍の子がいる園には加配があるそうです。昨日の見学先では、いくら22カ国の園児がいても加配はありませんでした。この加配されている職員は、常勤職員が週38.5時間勤務に対して、週30時間分の補助が出るそうです。ミュンヘン市内200園あまりある中で、40人いるそうです。この職員が、多国籍の子に対して別室でドイツ語についての保育を行っていました。日本は、このようにたくさんの多国籍の移民を受け入れないだろうといわれています。ですから、逆に移民をあまり多く受け入れないで、少子高齢社会をどう乗り切るかが世界の中では注目されているそうです。
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   多国籍の子達で午前のおやつ
見学先は、すべて公立の園ですが、それぞれにきちんとした「コンセプト」があります。そのコンセプトのもと、職員が保育を行っています。ですから、基本的には園長の移動は、本人希望以外はないそうです。日本では、公立園の園長、職員の移動が頻繁に行われますが、どうしてでしょうね。「マンネリ?」「癒着?」のためかわかりませんが、マンネリではなく「保育の習熟」として捕らえ、癒着ではなく「地域との連携」とは捕らえることはできないのでしょうか。これは、小学校の校長先生にもいえます。どうして、コロコロと変えるのでしょうね。幼小連携をする上でとてもやりにくいと思うのですが。幼少連携といえば、昨日の見学先で異文化理解のための加配職員はいませんでしたが、小学校が隣接しているため、小学校の先生が週1日は園に来て保育に当たっているそうです。教科担任のために空く授業があるので、その時間に来るそうですが、園にとっても、小学校にとってもいいですね。幼少連携が課題になっていますが、こんな方法はどうでしょうか。
あと、見学先で目立ったのは、「廊下」の活用です。日本では、監視するためや移動のための廊下ですが、ドイツでは、ひとつのコーナーです。
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 日本でもたまに図書コーナーがあったりしますが、ままごとコーナー、木工コーナーであったり、中でもとてもびっくりしたのが、廊下に「砂場」があることです。
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 教育再生会議の提案で、「廊下に出すこと」というのが体罰に当たらないということが出されていますが、それは、活動の外に出すというイメージですが、もともと園内、校舎内に子どもの居場所でない場所があること自体おかしいことです。園内どの場所でも、子どもにとって意味のあるものにしないといけないと思います。避難路としての確保は必要ですが、廊下をただの通路としてだけではなく、活動のひとつの場として見直すこともよいことだと思います。
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投稿者 fujimori : 07:15 | コメント (5)

2007年02月14日 研修

ドイツ報告その2

 昨日は、午前中の見学先しか報告ができませんでしたので、まず、昨日の午後の見学先の話をします。午後は、コープという0歳児から6歳児までいる園を見学しました。
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もし、皆さんが園の経営者であったときに、以下のような園児を預かるとしたら、どのようなクラス分けをするでしょうか。0~3歳児までが24名、3歳児から6歳児までが50名在園しています。日本では、普通、年齢児ごとにクラスを構成するでしょうね。しかも、その区切りは年齢ごとではなく生年月日の3月生まれと4月生まれで区切ると思います。ドイツに来たときに最初よくわからなかったのは、0~3歳児までがキンダークリッペという保育園にいて、3~6歳児までがキンダーガルテンという幼稚園にいると聞いたときに、3歳児がどちらにもいるので、どうしてだろう、また、6歳児までいるのだろうかと思ったのですが、日本でいうクラスの言い方はせずにまさに年齢でいうのです。ですから、日本流に言うと、0歳児から2歳児クラスまでがクリッペ、3歳児から5歳児クラスまでがキンダーガルテンということになります。今後、ブログを書く上でややこしいですね。ということで、日本流の言い方をします。0歳児~2歳児までの幼児が24人、3~5歳児までの幼児が50名の場合のクラス構成を、見学先では、4クラス(グループ)に分けていました。1、2グループは0歳から5歳児まで、3グループは1歳児から5歳児まで、4グループは2歳児から5歳児までです。面白いわけ方ですね。しかも、どのクラスも異年齢児クラスです。
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日本ではまだほとんど年齢別クラスです。しかも、異年齢児クラスにしようとするときに、保護者にどう説明するか悩みます。そこで、いつごろから異年齢保育にしたのかを聞いてみました。そのときにどう説明したのかを聞いてみたかったからです。すると、年齢別にしたことはなく、昔からだと言います。一度もないのか聞いたところ、幼稚園創設者の「フレーベルがキンダーガルテンを作ったときからずっと異年齢保育でした。」という答えでした。後で、通訳の方の聞いたのですが、保護者の要望は、何度か年齢別をしてほしいとか、せめて4,5歳児だけで保育してほしいということがあって、試みようとしたことはあったそうですが、うまくいかず、すぐに元に戻ったそうです。ですから、異年齢保育をしているという感覚とか、積極的に異年齢児を触れ合わすとかいうことが見られず、まったく当たり前に異年齢児が同じところにいるという感覚でした。説明によると、子どもは0歳から10歳までは「お互いに学びあう年齢」と位置づけているということでした。たぶん、最近話題の「脳の臨界期」までという話なのでしょう。もうひとつ、日本では考えられないことを聞きました。保育時間が、月曜日から木曜日は17時半までですが、金曜には16時半までです。金曜日だけ1時間も早く終わって保護者のお迎えは大丈夫だろうかと思って聞いてみたら、保護者の職場も、金曜日だけは早く終わるそうです。日本では、金曜日は逆に普段の日より遅く終わりそうな気がします。
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そういえば、昨日、局長さんと食事をしたレストランの席が、町の中心部でとてもにぎやかなメインストリートと、車の乗り入れができず、人ごみであふれる広場が見下ろせるところだったのですが、夜の9時を過ぎるとあっという間に人通りがなくなり、年配の人がちらほら犬の散歩をさせている姿を見かけるくらいでした。夜遅くまで若者がたむろするとか、酔ったサラリーマンがふらついて歩いているとかいう姿はまったく見られませんでした。とても不思議な光景でした。

投稿者 fujimori : 07:40 | コメント (3)

2007年02月13日 研修

2月13日のドイツ

 今日から、ミュンヘン市内の幼児施設見学研修が始まりました。今日の午前中は、キンダーガルテンといって3歳児から6歳児(日本では、3歳児~5歳児クラス)の園児が25名4グループ(3~6歳児の異年齢)100名の園の見学でした。ドイツでは、0~3歳児までの施設をキンダークリッペ、3~6歳児までをキンダーガルテン、0~6歳までの園をコーポレーション(コープ)、学童保育をホルトといいます。日本での訳のキンダーガルテンを幼稚園、キンダークリッペを保育園と言うこともありますが、ドイツと日本では制度が違うためにちょっと意味が違います。日本における違いは、保護者の状況(保育にかけているかいないか)によって分かれることが主ですが、ドイツでは、年齢によるわけ方をします。ですから、今日の見学先であるキンダーガルテンの開園時間は、月曜日から木曜日までは7時から17時半まで、金曜日は7時から17時までです。そして、14時には、半分の子が帰ります。その後まで残る子で、小さい年齢の子はお昼寝をするそうです。これは、日本でも最近増えてき始めている「認定 こども園」に似ています。そして、必ず園にいてもらうのが、(コアタイムでしょうが)9時から13時までです。デイリープログラムとしては、8時から8時15分までは職員朝会、8時30分から10時まではおやつ(食べたい子だけですが、子ども同士の会話を促すために、たべない子でも席には座ります)を食べます。10時からは自由時間です。そして、11時15分になるとグループごとに園庭に出て遊びます。そして、11時30分~12時15分までは交代でランチタイムを取ります。そして、寝たい子だけ12時15分~13時までお昼寝です。これが、大体キンダーガルテンです。
 今日見学したところの特徴のひとつは、各クラスでテーマがあることです。「役割の部屋」「製作の部屋」「感覚の部屋」「積み木の部屋」です。それぞれの部屋は、そのテーマに沿った装飾や、教具や遊具がそろえられていました。子どもたちは、月曜日には、それぞれのグループで活動します。そして、火曜日から金曜日には、どの部屋の活動に参加してもよいことになっています。この園は、19世紀に小学校として使われていた校舎をそのまま使っていますので、各クラスに部屋が区切られ、分かれています。それを、テーマごとに特徴を出しているのです。もうひとつの特徴は、水曜日と木曜日に交代で訪れる「学びの部屋」があることです。これは、原則的に年長さんがプレスクールとして過ごす場所です。
そこのコーナーは私にとっては、とても興味のあるもので、今度の園で取り組もうと思っていたものでした。
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文字コーナー
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  数のコーナー
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  科学コーナー
 今日の午後の見学の報告は明日にします。

投稿者 fujimori : 08:23 | コメント (4)

2007年02月12日 研修

ドイツについて

 今日はドイツに着きました。
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 来る飛行機の中は、浦和レッズの選手であふれていました。私は知らない人ばかりでしたが、ずいぶんと有名な選手も多いそうです。テレビ局の人が何人かいました。
 外国に来て戸惑うことのひとつに習慣の違いがあります。最初に戸惑うのは、チップです。日本にはありませんから、つい忘れてしまったり、即座にいくら払うか計算ができません。ドイツでもチップがあります。ホテルのポーター、ベルボーイ、ルーム・キーパーなどに対しては大体2ユーロ(1ユーロはほぼ160円)程度払います。レストランは料金の5~10%程度、タクシーは料金の10%程度が目安です。よく、外国の人は、誰でもとっさに計算ができますね。同じように、外国の人が日本にきたらいろいろと戸惑うことが多いようです。先日新宿区役所に行った時に、「しんじゅくニュース」という外国人向けの広報が置いてありました。そこに、「日本生活 ワンポイントアドバイス」という特集が組まれており、世界各国の方々が来日して驚いたり、困ったりしたことが描かれていました。中国の方からは、「日本語は、中国語に比べ微妙な表現を使い分けることが難しい。また日本は礼儀を大事にする国ですから、敬語を上手に使えば相手に良い印象を与えられます。まさしく“マナーは世界のパスポート”です。」「100円ショップはまるで博物館みたい。」「日本の賃貸住宅は、敷金、礼金システムや保証人探しなど大変です。先輩、友人などの人脈を活かして、外国人に理解のある不動産屋を紹介してもらうのが早いですよ。」タイの方より「はじめは浴槽の湯を家族で共有するのに驚いたけれど、今はすっかり慣れました。お湯も節約できてよいですね。」「どうせ日本に住むなら好きにならなきゃもったいない。まず日本食から好きになるよう努力しました。食文化が理解できたら、その他のことも自然に受け入れられるようになりました。」インドネシアの方より「イスラム教徒なので豚肉が食べられません。ラーメンのスープなど内容表示を必ず確認します。国際化が進んだアメリカのスーパーでは、宗教に配慮して食品を陳列してありました。日本もいつかそうなるといいな。」韓国の方より「信号のシステムが違うのにびっくり。日本では横断歩道の信号が青なのに、車が左折してくるのには驚きました。」「日本人を食事に誘ったとき“今度ね”と言われた。断っているのか、ただ単に忙しいのか、よくわからなかった。韓国人はストレートに感情を表現しますから、日本人のあいまいな態度は、今でも判断が難しいですね。」フィリピンの方より「日本に来て花粉症になりました。また冬になると乾燥して肌が荒れて大変。気候が違うから体調には注意を。」こんなアドバイスもあります。「本人もあせらず周囲も強制しないこと。日本の習慣は変えられないから、自分がゆっくりでも変わるしかないですね。」
 そういえば、日本ではそろそろ花粉症の季節です。花粉症を持っている人は大変ですね。花粉症を持っているメンバーがいれば、ここドイツに来たらどうなったかを聞いてみたいと思います。地域によって、気象、環境は違いますが、暖冬は世界中の問題なようです。今年のドイツはずいぶんと暖かい冬のようです。何百年かぶりだそうで、なんだかこわいですね。

投稿者 fujimori : 06:15 | コメント (3)

2007年02月11日 研修

お知らせ

 今、成田空港にいます。これからドイツのミュンヘンに行きます。この毎年ドイツに視察研修に出かけています。海外研修というと、観光がほとんどであったり、自分で見て帰るしかない企画が多いので、私が企画したツアーを組んでいます。子どもの施設を見学するのですが、私の園への見学者を見てわかるのですが、当然目に映るのは環境です。しかも、まず目に飛び込んでくるのは、空間的な環境であったり、物質的環境であったりします。しかし、しばらく見ていると、人的環境(子ども同士であったり、子どもと保育者)のもとで、様々な「こと」が行われています。それは、空間や教具・遊具などの環境がその「こと」を増幅していきます。それが、教育であり、保育であると考えると、その営みを見ないと見学したことになりません。ですから、その場所にある時間滞在しないとわからないことが多いのです。「ザーッと見て、さあ次へ!」では、観光と変わりません。そこで、午前中に一箇所、午後一箇所じっくり見ます。次に見たものの自分の中へのインストールです。目に映るものを目に焼き付けるだけでなく、見たものに対してみんなで検証する必要があります。いわゆる「協同的学び」により定着するのです。そのためによるホテルで学習会が開かれます。それぞれが撮った写真を、プロジェクターに映しながらみんなで見て、話し合います。今回もそんなスタイルで、見学先を8箇所予定をしています。そして、1日は美術館見学です。私は、夜にバイエルン州の教育委員会の幼児教育局長さんに夕食の招待を受けますので、いろいろと政策やドイツでの幼児教育に対する取り組みをお聞きします。(この夜だけは、メンバーはフリーになります)私にとっては、毎年同じところに行くことになるのですが、逆に見えてくるものがあります。それは、ドイツをまねようとするのではなく、ドイツの取り組みを見て、日本での取り組みを考えようとするためです。また、ドイツを通して、今世界がどのように幼児教育を考えようとしているのか、学校教育との連続した連携のあり方、少子社会の中での地域、親子の関係、多国籍の子の受け入れ、ずいぶんと参考になることが多くあります。日本でも問題になっているピサの学力調査での学力低下がドイツでも問題になっています。
 そんなわけで、来週1週間は、ドイツからのレポートをお届けします。ただ、問題は、毎度のことながらネット環境です。毎年少しずつよくなっていますが、まだまだ日本のようにはいきません。うまくつながるといいのですが。このブログもずいぶんと多くの人に読んでもらっています。しかも、そのほとんどの人が、毎日読んでいる人が多いようですし、読むことによって様々なことを共有していこうとする人が多いような気がします。ですから、アップされるのが遅かったり、一度このブログのプロバイダーが外国からの連続攻撃にあって、その対応によってアップが次の日になってしまったことがありましたが、何人かの人から、体の具合が悪くなったのではないかというメールを戴きました。ありがたいことです。もし、明日から1週間アップされなくても、それは体の具合が悪くなったわけではありませんし、緊急の事態が起きたわけではありませんので、ご安心ください。帰ってからまとめてアップします。(書くのは、毎日書いておきます)そのときには、まとめて読むのが大変でしょうから、写真を多くします。では、次はドイツから。
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投稿者 fujimori : 12:23 | コメント (2)

2007年02月10日 近頃思うこと

土休

 今日は、また週末ですので、千葉の勝浦で講演です。勝浦では、来週から行われる「かつうらビッグひな祭り」の特別プレ公開ということで、2箇所の会場を見せてもらいました。
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今日は、朝早く出かけてきたので、電車がラッシュだと憂鬱になるのですが、土曜日はだいぶすいています。それは、サラリーパーソン(オフィスワーカーの和製造語)と学生がほとんどいないからです。電車が普段と比べてがらがらの状態を見ると、日本でもずいぶんと土曜日休みが広がっている実感があります。園でも、ずいぶんと土曜日に休む子が多くなりました。特に私の園の周りにはほとんど自営業の保護者がいないために、また、育児休業空けから預ける保護者がほとんどなので、育児休業が取れる職場は、土曜日休みのところが多いようです。しかし、土曜日に子どもを預ける保護者は、土曜日休みでなく、他の曜日に職場が休みの場合ですので、預ける場合は、夕方までいます。昼ころに帰る子はほとんどいません。いわゆる「半ドン」という職場はほとんどありません。いま、労働基準法では、労働時間が原則週40時間ということになっていますので、1日当たり8時間とすると5日間ということになるので、1日4時間勤務ということはないのです。園の就業規則でも、私が勤めたころは週48時間でした。それが、週44時間(土曜日だけ半日)になったときに、保育園など特殊な業務に限って、特例で48時間が認められていました。ですから、「特殊業務手当」というものを出していました。そのうちに、職員に1週44時間にして特殊業務手当をなくすのと、48時間で手当てをつけるのとどちらがよいか図ったところ、ほとんど44時間がいいということになり、土曜日だけ4時間勤務にするか、8時間勤務の隔週休みにしたのです。それが今、週40時間になりましたが、開園時間は、週66時間(月曜日から土曜日まで1日当たり11時間開所)ですので、そのやりくりが大変です。しかも、学校と違って日祝祭日年末年始(最近、年末年始に開園している園が増えました)しか休みがないために、ローテーションを組むのが大変です。その計算でいくと、自宅研修など含まずに出勤する総時間が大体年間2085時間程度になります。それを今、日本などは1800時間を目指していますし、世界では、1600時間、デンマークなどワークシェアリングをしている国では1300時間を目指しています。うらやましい限りです。ただ、勤務時間が半分になるということは、収入も半分になることを覚悟しなければならないようです。しかし、その分夫婦で働いて1にするという考えで、今の日本では夫婦で2取っている場合は、果たしてそうなるでしょうか。そんなわけで、先駆的に学校では土、日休みにしています。それが、どうも怪しくなってきています。「ゆとり」の見直しです。確かに、今日電車に乗ろうと駅に着くと、学生でホームはあふれていました。
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私立の学校では、土曜日も授業をするところが多いようです。確かに、土曜日くらいは、親子で博物館に行ったり、美術館に行ったりと様々な経験をしたり、親子のふれあいをしたりしてほしいと思います。しかし、現実そのようにする家庭がどのくらいあるのでしょうか。地域でサタデイスクールというような活動をしているところもありますが、そこに参加させようとする親はそうでなくとも親子のふれあいを大切にするようです。学校が休みにするということは、公的な責任を家庭にゆだねるということであり、それは、格差を生んでいくという気がします。土曜日に授業を復活するということではなく、土曜日に教員を主導にして、子どもたちに普段できない経験をさせるような計画をしてほしいと思います。

投稿者 fujimori : 19:38 | コメント (2)

2007年02月09日 近頃思うこと

子どもを真ん中

 絵本・児童書専門店「桃太郎」店主である田中さんが、今日の読売新聞の中でこう言っています。「数日前のことでした。2,3歳くらいの元気な男の子を連れた若いお母さんが来店。少し困り顔で「この子は“マンガっぽい”絵本ばかり見たがります。どうしたらいいのでしょうか」と、訴えかけるように話してこられました。「身近に置かないようにしてみてはいかが?」と応じたのですが、よく話を聞いてみると、「お父さんがマンガっぽい絵本ばかり買ってくるので、意見が合わずストレスになってしまう」と悩んでいらっしゃるのでした。子育て経験者なら、大いにうなずける話です。」こんなことが多い中、田中さんは持論があるそうです。「生まれてくる赤ちゃんのためにベッドは用意しても、“心の器”となる本箱(ダンボール箱でも)を用意する人はなかなかいません。子育てに迷った時など、子どもの心の中を覗いてみたくなったりしますよね。本箱があれば、いつでも覗くことができます。」
 同じようなことが、ゲーム好きなお父さんには困りますね。よく講演などで「子どもにはテレビゲームなどは時間を決めて、あまり長い間やらせないようにしましょう」と言うと、「父親自身、自分がやりたがるので困ります。」という悩みを聞くことがあります。自分がやっているのに子どもをしかるわけにはいかないのでしょう。子どもは、「学ぶ」という音の「まなぶ」は、人のやることを「まねる」ことから「まねぶ」になり、「まなぶ」担ったといわれるように、まねることから学習をすることが多くあります。もちろん、大人がテレビゲームをやることによっての脳への影響は、子どもの脳への影響に比べてずいぶんと少ないのですが、そんなことは子どもにはわかりません。「自分は、やっているくせに」とか、「大人はずるい」とか思ってしまいます。子どもが起きている間は、できるだけ子どもと会話をしたり、遊んだりしてもらいたいものです。そして、子どもが寝てからゲームをやればいいと思うのですが。私が今年4月から開園する園の保護者説明会のあと、ある保護者が不安を覚えたと他の保護者に漏らしたそうです。それは何かというと、「もっと、子どもと付き合いなさい!」と注意されそうだと言うのです。私は、何も女性は仕事をしないで子育てに専念しなさいというつもりはありませんし、子どもが熱を出てもすぐに迎えに来るべきだとも言いません。それは、女性も社会に出て自己実現を図ることも、家庭を守ることで自己実現を図ることも、それぞれ選択肢として認めるべきですし、男女ともに社会を作っていくべきだと思っています。しかし、仕事が終わったら家に帰ったら充分と子どもと付き合ってほしいのです。やはり保護者説明会の席でこう尋ねられました。「保護者会を作ったら、親同士のコミュニケーションが取れるようになり、とてもいいので、ぜひ続けたいのですが、どう思いますか?」私は、こう答えました。「保護者会はとてもいいと思います。親同士が仲良くなることは子どもにはとてもよい影響を与えます。しかし、それは保護者会であって、親会ではありません。決して、親だけで飲みに行ったり、カラオケには行かないでください」今の園の父親の会は、それをきちんと守っています。保護者会は、子どもを中心にする会でなければなりません。子育て中に、きちんと子どもを真ん中に置いた生き方をすると、かえって子どもの自立を促すことになるのです。

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2007年02月08日 近頃思うこと

園前町

建物を設計するときに、いろいろなことを考えます。私は最近講演に行くことが多いのですが、初めて講演に行ったときの事をよく覚えています。対象者は、小学校事務職の人でした。テーマは、「事務職から教育がかえられる」というもので、事務用品を購入するときに、どんなものを選ぶかで子どもの動線をコントロールすることができ、それによっての教育的効果を意図することもできるといった内容でした。たとえば、廊下に設置する教材を入れる棚を購入しようとするときに、その棚の戸を引き戸にするか、右開きにするか、左開きにするかを検討することによって子どもの動きをコントロールすることができます。最近、家庭家具でも、たとえば冷蔵庫などはどちらに開くようにするかを選べるようになっています。これは、動きをコントロールするというよりも、置き場所によって使い勝手をよくするというものです。また、部屋の出入り口の戸を考えるときにも同様のことがいえます。引き戸にすると部屋や廊下の面積を取りません。ただ、引き戸を収納するスペースが必要になります。そこの壁は使えませんし、二枚引戸ですとどちらかが常に閉まった状態になってしまい、広く開放するためには戸をはずさないといけなくなります。開き戸ですとその開放部だけでよいので、戸の周りには、いろいろな装飾ができたり、物を壁につけておくことができますが、戸が開く部分には物が置けません。ですから、内開きか外開きかを考える必要があります。また、開けるときには戸の外側に人がいるのかわかりませんので、人が頻繁に通るであろう廊下側には開かないようにしないと、開けたときにぶつかって危険です。特に、子どもの場合は気をつける必要があります。トイレの戸などは、戸越には人が見えませんので、公共的なトイレでは内開きにすることが多いようです。まだまだ、戸をひとつ取り付けるだけでも、その用途、つける場所、使う人など様々な状況を想定しないといけないのです。これが、よく私がブログでも書く、人や乗り物などが動く道筋のことである「動線」を考えるということです。この動線を考えることによって、人の関係性を増幅したり、遮断したりします。ですから動線を遮断する壁とか仕切りを、関係性をスムーズに構築する役割として見直す必要が出てきます。建物を建てようとするときでも、その建物にどのように近づいていくのか、建物のどの場所から入るのか、そして中に入るとどのように動いてどこに行って何をするのか、というように人の動きを考える必要があります。しかもその動くものが園では、それぞれの年齢の子です。登園から降園まで、どのように子どもが生活をするかに関係します。そして職員がそれに対して、どのように動くか、また、最近は保護者だけでなく、地域の人も園の中に来ることが多くなるので、そういう人たちの動きも考えなければいけません。これらの動きを計画することは、その建物の中で、どのように保育をするのかということと大きな関係があります。地域に対しても同様なことがいえます。広い空間にひとつの突起物があると、人はそれをよけて通るか、飛び越えようとするか、違う道を選ぶかなど何かの行動を起こします。地域にある施設があることで、そこに住む住民は、その施設を利用するという接点だけでなく、その建物がないときと違う行動をすることがあります。かつて、「門前町」、「城下町」が形成されてきたということはそういうことです。これからは、「園前町」とか「園下町」が形成されるような園の活動が必要でしょう。

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2007年02月07日 講演先にて

千里浜

 一昨日、とても面白い体験をさせてもらいました。車で砂浜を走りぬけたのです。雰囲気は、四駆に乗って、砂浜に乗り入れた暴走族の気分でした。実は、能登半島にある「千里浜なぎさドライブウェイ」を走ったのです。ここは、海岸線のビーチを普通自動車はもちろんのこと、大型バス、軽自動車、オートバイ、自転車でも走ることができる、世界でも珍しく、日本では唯一、浜辺を走る天然砂浜のドライブウェイなのです。押水町今浜から羽咋市までの全長約8kmも続いています。砂浜を走るというと、暴走族だけでなく、思い出すものに「ダカール・ラリー(正式名称ユーロミルホー・ダカールラリー、通称パリ・ダカ)」と呼ばれるはラリー競技大会があります。このラリーは、「世界一過酷なモータースポーツ競技」といわれています。それは、途中サハラ砂漠を縦断するからということがあります。砂浜を走るのは、人が走ることでもわかるようにかなり体力を要します。足が砂にめり込むからです。当然、タイヤが砂で空回りをしてしまって、四輪駆動車でやっと走ることができます。では、なんでこの「千里浜なぎさドライブウェイ」はどんな車でも走れるかというと、その秘密は砂のきめの細かさにあります。しかも砂の大きさが均一なうえに、粒子の形がデコボコで、硬い材質のものが多いために剪断抵抗力が強く、しかも飽和度(水の含む割合)が91%もあるために舗装道路のように締まっているために、タイヤが砂に取られることなく、どんな車でも走ることができるのです。どうしてそんなにきめ細かくなったかというと、日本海へ吐き出された手取川の土砂が対馬海流によって能登半島を北上し、粒子の大きい土砂は途中で堆積、残った平均0.15~0.18mmの細かい砂が、滝崎から巌門にかけての湾曲地形に衝突してUターンし、千里浜に堆積したそうです。このドライブウェイは、24時間自由に走行可能ですが、潮風を受けながら、能登半島国定公園の雄大な自然の中をゆったりと走る爽快さは、かつて味わったことのない感動を覚えます。しかも、日本海に沈む夕日を見ながらのドライブはいいですね。砂浜には、何人もの人々がその写真を撮ろうと集まっていました。
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 水平線は少し雲で覆われていましたが、空と海の色が、青から紫、そして雲間からもれてくるオレンジの光は、このあと暗い海が訪れるであろうことを予感させるように最後の変化を見せています。この地名である「千里浜」は、「せんりはま」とは読まずに、「ちりはま」と読みます。「ちりはま」という語源は、「塵と散は同じ意味で、本来作物が出来ず、税のかからない土地を意味した」といわれています。しかし、俗説では、「海流の関係からゴミが流れ着く浜から、塵浜と称した」とか、「加賀の殿様が通られた折に、勤勉な農民を見て「働けよ、塵も積もれば山となる」と激励したことから、散浜村を塵浜村に替えた」との話もあります。しかし、塵浜村をゴミハマと蔑称する者もあって、昭和2年に千里浜村と替えられたことは、地元では有名なようです。日本国内には、他にも車が乗り入れられる海岸はありますが、どれも規模が小さく、これだけの規模のものは、ここしかないそうです。しかし、今年の暖冬のせいで、この砂浜に何匹ものハリセンボンが打ち上げられている姿は、なんだか切ない気持ちでした。美しい自然をどう残していったらいいのでしょうか。

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2007年02月06日 新聞記事より

美術館

 日経新聞に「年に何回ぐらい美術館に行く?」という特集が組まれていました。私は、よく美術館に行くのですが、人気のある企画展は、日曜日はとても込んでいて、つい入り口であきらめてしまうことが多くなります。先週の日曜日も、見たいと思っていた美術館に着いてみると長蛇の列で、なかなか進んでいないようだったので見ないであきらめました。こんな体験のたびに、ずいぶんと絵に感心のある人が多く、美術館を訪れる人が多いのだと感心します。そして、今年はわくわくするほど新しい美術館がいくつも開館します。楽しみですね。しかし、それはどうも年齢的、職業的にも偏っているようです。日経新聞の調査対象は、全国の20歳以上の男女会社員1032人が回答していますが、美術館に足を運ぶのは年に1~5回が5割、行っていないが45%も占めています。主な理由は「忙しくて時間がない」です。しかし、「アートNPO推進ネットワーク」を立ち上げた山下氏は、「実は、忙しいときこそ美術館に価値が出てくる。心の疲れを癒してくれる場なのだから。それでも人が行かないのは、魅力ある運営がされていないからだろう」と言っています。何を改善すればいいのかというアンケートでは、「入場料を下げる」が66%でトップです。確かに高いですね。何回も行くことをためらいます。しかし、映画にしても邦画がずいぶん健闘しています。人はブランド品を持ち、高い食事をすることが多いのを見ると、高いということではなく、優先順位が低いのではないかと思います。確かに、2005年度から無料化に踏み切った宮崎県立美術館は、予想以上の効果で入場者数が約2倍に増えたそうなので、値段もあるかもしれません。また、改善する項目として2位は、「カフェ、レストランを充実する」(38%)が挙げられています。本当かなと思ってしまいます。確かに、美術館に併設されているカフェやレストランは、モダンな店が多いですので、そこでゆっくりと飲み物でもと思うかもしれませんが、行った美術館では、必ずしもカフェが混んでいるとは限りませんし、近くにそのような店があれば充分なはずです。改善点3位は、「閉館を遅くする」(35%)です。日経によると、米国では夜間も開館する美術館が多いそうです。そのために必要なコストは地元の企業が援助するというメセナ活動が根付いているようです。確かに、平日の昼間は、仕事とかあって行きにくいですね。だから、日曜日に混んでしまいます。では、私が夜に行くかというと、行かない気がします。このアンケートの結果にはありませんが、美術館に行って気がつくのは、混んでいる場合は、企画が興味を引くものです。この間の日曜日に行こうとして混んでいてあきらめた企画は、「初公開 ギメ東洋美術館所蔵 浮世絵名品展」というもので、太田美術館で開催されています。この企画がとても魅力的なのは、ある新聞に掲載されたのを見たからです。世界でも指折りの質を誇る東洋美術コレクションを有しているフランスのパリにあるフランス国立ギメ東洋美術館は、浮世絵コレクションでも有名です。(ちなみに今回の展示の中には、高額な切手として有名な歌川広重の「月に雁」が展示されています)今回の展示の目玉は、このギメ東洋美術館に近年寄贈された葛飾北斎の「龍図」が、今回開催されている太田記念美術館所蔵の「虎図」と対幅であることがわかり、美術史上でもまれに見る大発見となった絵が展示されているのです。
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 それをどうしても見たかったのです。値段が高い低いは、絶対的な判断基準でなく、内容に対しての対価として妥当かによるのだと思います。やはり企画力がものをいいますね。

投稿者 fujimori : 22:35 | コメント (3)

2007年02月05日 講演先にて

小倉

 先日の北九州小倉での講演の時の夕食は、もちろん以前のブログ(2006年2月21日)で書いた小倉発祥「焼きうどん」でした。そして、宿泊するホテルに向かったのですが、途中、機内でもらった小冊子に紹介されている「旦過市場」がありました。
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折角なので、そこを歩いてみました。市民の日常の台所として親しまれているほか、北九州ならではの食材(この市場の中には「くじら」というのぼりが立っている店もありました。)や名物を求めて観光客を含めて、多くの人が訪れていました。しかし、なんといっても地域の商店街といったイメージで、夕方は地元のお年寄りが、店の人と会話しながら、安くなった品物をたくさん買い求めていました。入り口にあるスーパー「丸和」は日本初の24時間営業スーパーとして有名ですが、その他の店は、地元のお年寄り相手ということもあって早い時間で閉めていました。そのあとホテルに向かうと、その玄関の前にある石碑が建っていました。そこには、「無法松の碑」と書かれています。これは、小倉の作家岩下俊作が、小説「富島松五郎伝」のなかで創作した男の松五郎(無法松)の碑です。
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この原作をもとに数々の映画、演劇で「無法松の一生」という題名で上演されています。若い人はたぶん知らないかもしれませんが、わたしはその何本かを見た記憶があります。この内容は、か弱い吉岡母子の将来を思い、(身分差による己の分を弁えながらも)無私の献身を行う無法松と、幼少時は無法松を慕うも長じて(自身と松五郎の社会的関係を外部の視点で認識するようになったことで)齟齬が生じ無法松と距離を置いてしまう敏雄、それでも無法松を見守り感謝の意を表し続けてきた良子との交流と運命的別離・悲しい大団円などが描かれています。したがって、この無法松という人物像は、北九州人の代表というより、情義に生きた、日本人のあこがれの庶民像として全国的に慕われています。この碑は、無法松を愛する土地の人びとによって、昭和34年、小説で彼が住んでいたと設定されていたこの古船場の地に建てられました。碑銘は岩下俊作の筆により、碑の下には昭和33年ベネチア映画祭でグランプリを受賞した稲垣浩監督の「無法松の一生」のシナリオが埋められています。そして、毎年3月4日には碑前で供養が行われ、小倉祗園太鼓をたたき、無法松の好物とされた酒をそそぐそうです。このベネチア映画祭で受賞したのは、1958年に公開された、三船敏郎主演の映画です。この映画は、実は1943年に阪東妻三郎が主演で、大映で作られ公開されたものを、そのときの監督であった稲垣浩が無念の想いを晴らすため、また、カラー、シネマスコープで松五郎を撮るために東宝でリメイクしたものです。最初の映画は戦争の配色が色濃くなったころに作られたということもあって、内務省による検閲で松五郎が未亡人に想いを打ち明けるシーンが10分カットされたそうです。それは、時局柄軍人の未亡人の恋愛は戦地の将兵の士気を挫くと考えられたからでした。この時、検閲官は「本当はこれをカットするのは惜しい。あと何年かすれば戦争も終わるだろうからそれまで保留という扱いにしたらどうだろう」と言ったようです。しかし、戦後もアメリカ占領軍の検閲によって封建的だとされたシーンが8分カットされました。軍国主義であろうと民主主義の名の下でも、同じようなことが行われるのですね。いまも、本当のことを私たちは知らせされているのでしょうか。情報から真実を見る目を養いたいと思います。

投稿者 fujimori : 23:20 | コメント (2)

2007年02月04日 近頃思うこと

地図

 今、海外に行くときに飛行機に乗ると、テレビ画面で現在の飛行機の位置を表示するチャンネルがあります。その画面が切り替わると、現在の高度、速度、外気温、到着までの時間が表示されます。海外へ行くときには十何時間も乗っているために、その時間が長く感じられ少し気が重くなりますが、今どの辺まで来ているかとか、あとどのくらいかかるかという時間が表示されていると、なんだか気が楽になります。よくマラソンをするときでも、この先の長い距離を思い浮かべるよりも、すぐ近くの電柱を目指した方が走れると聞いたことがありますが、それと似ている感情でしょう。そんなに刻々と飛行機の位置が変わるわけでもありませんが、つい、じっと眺めてしまいます。この現在の飛行機の位置をスターフライヤーの機内では個人型液晶TVで表示されます。しかも、この飛行位置表示システムで表示される日本地図は、中規模の都市名も日・英語表記できるほど非常に細か区表示されます。おそらく大手地図製作会社『ゼンリン』が出資しているからかもしれません。このように地図を表示するシステムが、パソコン上ではどんどん進歩しています。皆さんは、どの地図をよく使うでしょうか。最近は、場所を調べようとして地図を開くだけでなく、さまざまな楽しみが企画されています。たとえばYahoo地図情報では、1月25日から3月15日までの期間限定で、同じ場所を「江戸」「明治」「現代」「航空写真」で表示しています。もちろん、江戸時代は、古地図で表示していますので、今、自分が住んでいるところは古地図ではどう表示されているかという好奇心を満たしてくれます。また、「江戸時代や明治時代に活躍した有名人宅を探して遊ぼう!!」という企画もあります。最近私が凝っているのは、「Google Earth」という地図表示です。この地図表示は、宇宙からたちまち街路レベルまでズームインしていきます。あっという間に、地球を眺めているかと思うと、どんどん近づいていく表現は、地上にどんどん落下していく気分です。また、地理的画像、建物の 3D 表示、地図、お店やサービスの情報を組み合わせたビューを見ることもできます。住所を入れるだけで、マウイやパリのような有名な観光地はもちろん、世界中の場所が衛星画像で表示されると、なんだか不思議な気分です。しかも、地図だけでなく、地元のレストランや学校まで見ることができます。つい、北朝鮮などアップ画像で、どんなところに村落があるかなど見てしまいます。この地図の広告に「衛星画像で子どもの頃住んでいた家を見つけたり、場所にちなんだウィキペディアなどの特集記事を読んだりできます。」「ディスカバリー ネットワークス ワールド ツアー - Google Earth を通して、世界の主要な歴史的建造物、都市、および自然の素晴らしい景観の仮想ツアーに参加することができます。」ということが書かれているように、地図の楽しみ方も提案しています。Yahoo地図の企画も面白いですが、このGoogle Earthでも「アフリカ 53 か国の国旗とその国に関する詳細な情報」「1680 年から 1892 年にわたっての世界の歴史地図」「世界中の美しい場所と現象の衛星イメージトップ 500」「読者が選ぶ世界のホテル、トップ500」「鳥インフルエンザの蔓延状況」「シェークスピアの戯曲で引用されたほぼすべての場所を示す89の目印」「高額住宅トップ 10」などを表示してくれます。しかも、このソフトは、個人使用に限り無料ですし、登録する必要もありません。一度見ると癖になりそうです。

投稿者 fujimori : 19:49 | コメント (3)

2007年02月03日 近頃思うこと

再建

 先日乗ったスターフライヤーは、後発ということもあり、機内だけでなく、さまざまな挑戦をしています。たとえば、2006年現在、日本の国内線旅客便で最も早く就航し、最も遅く就航する航空会社としても有名です。北九州5:30発→羽田7:00着の早朝便、羽田23:50発→北九州25:15(1:15)着の最終便があり、他社との差別化を図っています。ただ、難しいのは、それに接続する交通機関がないことです。昨日も、北九州地方が雪でしたが、飛行機は時刻どおり飛んだのですが、空港に行くバスが運休してしまったので、結局新幹線で帰る羽目になってしまいました。福岡空港と違って、バス以外では空港に近づけませんし、タクシーでも遠いので、雪では間に合いませんでした。ですから、羽田発の早朝便と羽田着の最終便では1割台と低迷し、結局、2006年11月より羽田発の早朝便、北九州発の最終便を運休すると発表しました。なかなか思うように行きませんね。一方、老舗のJALとANAは、攻防を繰り返しています。厳しい環境におかれる航空業界で、常に先を見据え、攻めの経営で勝利してきた全日空の大橋洋治会長が、以前ブログでも紹介した「カンブリア宮殿」というテレビ番組に、ゲスト出演していました。大橋氏が社長に就任した数ヶ月後に、米同時多発テロが起こり、その2ヵ月後にJALとJASが統合するなど、常に厳しい状況下で舵取りすることを強いられました。彼は社員の給与カットなど大規模なコスト削減を敢行、社員に理解を得るために全国をまわり直接対話するなどして難局を乗り切ったのです。 彼の信条は、「困難は心意気で乗り越えよう」というものだそうです。会長になった今も、大橋は攻めの姿勢を崩さず、そのやり方は全日空に脈々と続いています。番組では、2007年問題や燃料の高騰にどのように立ち向かっているのか、また中国に対する戦略などをVTRで取材しています。「ピンチをチャンスに変える」大橋流のモノの考え方は、経営者のみならず多くのビジネスマンにも有効なこと間違いなしと言っています。それと対照的にJALではLASとの安易な経営統合(JJ統合)によって、混迷しています。第2のダイエーになるかとまで囁かれていると、新幹線の車内誌に特集されていました。運行トラブルによる乗客離れ、長く続いた圧制による士気低下、派閥闘争、信用失墜、これら整理すべき諸問題を先送りしてきた付けが噴出しているといわれています。なんとなく、保育園の民営化、保育園と幼稚園の統合にも同じような問題があるような気がします。もともとJALは、国策会社ゆえに組織全体に危機意識が薄く、「問題を先送りする体質がある」といわれているのは、保育園が補助金で運営されているために、どうも今の子どもの問題に対しての危機意識が薄く、問題を先送りにしている気がします。また、統合による労使関係でのこじれが、モラルダウンを引き起こしています。きちんと労使が対峙し、現場の声を聴くという意識が薄かったようです。営業面でも、「国内線のノウハウを持っていたJASの流儀は否定し、JALの管理主義で営業部隊を統一した。」ことが原因であると関係者が言っています。また、数々の運行トラブルの原因は、「安直なコストカットに走り、整備のコアの部分を子会社に丸投げしたり外注化したりした。本社側で、整備を経営の目線で見る人がいなくなり、人材も枯渇したことが、整備力の低下を招いた」とJAL幹部が言っています。「JALの再建の成否は、企業経営者にとっても他人事ではないのである。」と最後にしめてあるのは、私たちの世界でも通用しそうです。

投稿者 fujimori : 21:42 | コメント (2)

2007年02月02日 講演先にて

フライヤー

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 昨日、北九州へ行くのに「スターフライヤー」という会社の飛行機に乗りました。うわさの飛行機にやっと乗ることができました。この会社は、北九州市小倉北区に本拠が置かれていることからわかるように、新北九州空港の開港日に合わせて、2006年3月16日に羽田との間を就航するためにつくられた新規航空会社です。この会社の設立の2002年12月17日はライト兄弟のフライヤー号初飛行からちょうど100年目にあたります。ですから、このフライヤー号にちなんで、「スターフライヤー」という社名です。皆さんの中で乗ったことのある人はいるでしょうが、私としての評価をしてみようと思います。まず、羽田での発着ゲートは、出入口から最も遠い位置にある1番が使われており、離着陸も後回しになることが多いようです。実際に昨日着陸が待たされて15分以上も上空を旋回していました。つぎに機体の外観です。これは、黒を基調とし、下のほうが白くなっていて目を引きます。機体を含めたトータルデザインはデザイナーの松井龍哉によるものだそうです。これは、デザイン的にシックというだけでなく、配色が機内で配られた小冊子によって解りました。たぶん「鯨」をイメージしたものでしょう。北九州はかつて「鯨のまち」だったそうです。あまり知られていませんが、このあたりが、鯨油による害虫(ウンカ)駆除法の発祥の地だそうです。そう思って改めて機体を見てみると、まさに鯨が泳いでいるかのようです。さまざまな職員の制服も、この黒を基調としたデザインになっています。また、客室乗務員の制服に全員パンツルックを採用しているのはアジアでは非常に珍しいそうです。中に入って、まず目に入るのが、全席黒の本革張りのシートです。座席は、標準で170席とるところ144席仕様に減らしているためにゆとりがあり、らくらくと足が組めます。また、片側3列で、よほど混んでいなければ真ん中には座らせないようにしているようで、隣とも余裕があります。前から起こすテーブルのほかに、真ん中の席の背もたれのところを開くとカクテルテーブルが出せるようになっています。そして、足元には、フットレストがあり、足を乗せ、動かすと土踏まずに当たってとても気持ちがいいです。ヘッドレストもスーパーシート並みに高さが変えられ、脇を起こすことができます。そして、前には個人型液晶TV装備されており、ラジオ同様メニューを選ぶことができます。NKHニューだけではなく、CNNなど外国語のニュースや、いくつかチャンネルがあります。イヤホンは座席ポケットに入っておらず、音楽を聞きたい場合は客室乗務員から受け取ります。ちょっとしたことですが、それを聞くイヤホンを差し込む穴が肘掛の前にあり、チャンネルは肘掛の上にあり、隣からは見えにくくなっています。普通は、内側にあるので、座っていると差し込みにくく、腿に当たりますし、チャンネルも変えにくいです。そして、機内誌は製作していませんが、代わりに市が発行している小冊子を希望者に配ります。新聞の配布、雑誌の貸し出しはありません。そして、ノートパソコンとか、携帯電話の充電用電源コンセントが座席についています。機内の飲み物もいいですね。お茶のほか、タリーズコーヒー、アップルジュースは完熟、日田天領水、オニオンスープには、具としてオニオンも入っています。今後、どのくらい採算が合うかわかりませんが、努力している企業はがんばってほしいですね。

投稿者 fujimori : 21:34 | コメント (5)

2007年02月01日 近頃思うこと

プリペイド

今、給食費や保育料の未納問題が話題になっています。払わなければいけないものでもためてしまうと、払うことがとても負担になってしまいます。少し違うかもしれませんが、私は、試験勉強のときに、勉強をためてしまった時は、かえって何もしなかったことを思い出します。また、散らかってしまった部屋を片付けようとするとき、あまりに散らかしすぎて、自分の力では無理だと思ったときに片付けようとしない子どもたちを思い浮かべます。そんなことから、自分で使うものは、後払いではなく、先に払ってもらおうというのが「プリペイド」です。もうひとつ、プリペイドのメリットがあります。それは、事前に払うので、使う金額を制限できるのです。そういう意味で、普及しているのが「プリペイド式携帯電話」です。これは、予め料金を前払いしておく方式の携帯電話のサービスです。このサービスは各国で行われており、短期滞在の外国人(居住者以外でも使用可能)や、子どもの使い過ぎを防ぎたい(予め前払いしている金額までしか使えない)、主に着信待ち受け(有効期限当たりの前払い金額が基本料金換算で安い)などとして利用されています。もうひとつよく使われているのは、「プリペイドカード」と呼ばれているものです。それは、ある特定の商品を買うときに利用するためのカードで、事前に代金を支払って購入するカードで、残額がゼロになるまで繰り返し利用できます。そして、また、そのカードに入金もできます。日本では1982年、旧電電公社がテレホンカードを作ったのがはじまりです。一時、財布の中は、これらのカードでいっぱいでした。しかし、これらのカードは、基本的には磁気で記録するカードなので、記録するデータ量がさほど多くなく、また市販のカードリーダ/ライタで偽造が行ないやすいために、高額なカードの発売を中止したり、ハイウェイカードやふみカードは販売が中止されています。いま、私の財布に入っているのは、パスネット(関東圏私鉄共通カード)、バス共通カード(東京都/神奈川県/埼玉県/千葉県バス各社局)で、予備に持っているのは、テレホンカード、オレンジカード(JR全会社)、図書カード、スルッとKANSAI(関西圏私鉄・バス共通カード)、などです。最近、このカードに変わって増えてきたのが、偽造対策のために開発されたICカードで、このカードの中には、繰り返し代金を追加して利用できるものあり、一部の電子マネーと近い機能を持っています。私がよく使うのは、JR東日本の「Suica(スイカ)」です。これは、同じような関西のイコカカードと相互乗り入れをしています。しかし、どうしても、JRと私鉄の間には溝があり、なかなか相互乗り入れをしませんでした。それが、今年の3月18日(予定)に、東京メトロや東急電鉄、小田急電鉄など、関東地区の私鉄やバス各社が共通IC乗車カード「パスモ」を導入します。このカードは、スイカとの相互利用もできるため、首都圏では「1枚のカードで大半の公共交通機関が使えるという状況が生まれます。しかも、電子マネー機能も持ち、駅構内の売店を中心に買い物に使えます。この「パスモ」という名称は、「PASSNET」の「PAS」と、「もっと」の意味を表す「MORE」の頭文字「MO」をとって名づけられました。さらに、「パスモ」の「モ」は、パスネットとバスが合体した「&」を表す助詞の役割も果たし、「電車も、バスも、あれも、これも」利用できるようになるという、拡張性を表す意味の「モ」の意味も込められているそうです。関西でもイコカカードは、来年1月21日から関西の私鉄・地下鉄の「ピタパ」と相互利用可能にするそうです。縦割りから、横がつながると便利になりますね。

投稿者 fujimori : 20:39 | コメント (2)