癒しの香

 ドイツに行って、改めて「癒し」ということについて考え、保育室の中で、子どもたちに癒しを与えるものを考えてきました。もともと「癒やす」というのは、病気や傷をなおす。飢えや心の悩みなどを解消するということです。そして、体の疲れを取り、心を鎮めて自分を見直し、気持ちを楽にすることで、「ホッとする」気持ちになれるということです。気分転換や癒やしの方法は、数多くあるので、それを考えてみましたが、今日は、香りの癒やしを考えて見ます。というのは、先日お年寄りが集う健康センターに行ったときに、玄関を入った瞬間、消毒のにおいがしました。そのにおいをかいだ瞬間、なんだか、その場ではくつろげなくなってしまったのです。あの消毒のにおい、薬品のにおいはなぜか心を不安にさせます。最近、少なくなりましたが、かつて、保育室は薬品のにおいがしていました。もちろん、それは清潔にするために床とか、遊具を消毒していたのですが、そこで、子どもが癒されるとは思いません。それに比べて、今の時期かすかに漂ってくる「梅の香」、冬を越え、いっせいに芽吹いた草の香、なんといっても癒される香りといえば、草、木、花といった自然の植物から発する香りが一番です。これからの季節では、その香気は邪気を払うとされ、古くから魔よけに用いられたほか、入浴にも使われてきたものに「蓬」があります。蓬の葉の香りはストレス解消や安眠にもよいといわれています。蓬は、日本各地の山野や道端などに自生するキク科の多年草の植物です。蓬は漢方名で「艾葉(がいよう)」と呼ばれ、「疾(やまい)を艾する(止める)」という意味を持つほど、とても身近な薬草です。その薬効は、通称『万能薬草』といわれるほど高く、栄養価も高いことから健康食としても注目されています。ですから昔から草餅や草だんごの材料として親しまれているほか、蓬の葉の裏の灰白色の綿毛を乾燥させたものは「モグサ」と呼ばれ、お灸として幅広く利用されています。この蓬は「キク科」の植物ですが、「キク科」の植物は、癒しにおいて私は、ナンバーワンという気がします。菊の芳香には、カンフェンなどの精油成分があり、皮膚を刺激して血行を促進し、身体の痛みをやわらげる効果があります。中国名で「母菊」と呼ばれるキク科の植物は、「ハーブの女王」といわれている「カモミール(和名:カミツレ)」です。カモミールは、クレオパトラが薫香として愛したほか、ピーターラビットの童話にもおなかの調子をととのえるハーブティーとして登場するなど、幅広い効能・効果があります。医薬品のない時代、昔の人々は身の回りにある薬草(ハーブ)の癒しの力を利用して病気を予防したり治療してきました。ハーブとは、「生活に役立つ香りのある植物」というのが一般的な定義です。それが、白い薬と言われる現代の医薬品が次々と開発され、緑の薬(ハーブ)は姿を消していました。しかし、今の私たちを取り囲んでいる複雑な環境から生み出されているストレスは、近代医学の白い薬では効力がありません。そんな時、昔から行われてきた自然療法が見直されてきました。さらに 人々は白い薬が人間に与える害に気が付き始めました。そして緑の薬であるハーブの存在に再び気が付き始めたのです。ハーブは、多種多様な有効成分を含み、それぞれの成分の調和がとれています。ハーブは穏やかに私たちの身体を包んでくれます。そして、ハーブ療法は植物の持っている癒しの力を使って、私たちが持っている自然治癒力に働きかけるものです。音同様に、自然のものにはかないませんね。

癒しの音

 日常と違う環境におかれることで癒されることがあるということ、その環境を、保育室の中に意図することを、ドイツに行って学びました。そのほかにも考えてみると、様々な癒しの工夫が考えられます。昨日の日曜日、福岡での講演の合間で時間が取れたので、福岡県の中で、まだ行ったことがなく、行きたいと常々思っていたところに行ってみました。そこは、白秋ゆかりの地「柳川」です。着いたのは、夕方近くでしたが、念願だったドンコ舟に乗りました。ほぼ1時間あまり、船頭さんがさお1本で操る舟に乗って、堀割を下ります。今の時期は寒いので、中にコタツが置かれ、そこに足を伸ばして座ります。時間が時間だけに他の客は、子ども連れの家族一組だけでした。
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 その舟に揺られていると、なんだかゆったりとした気持ちになり、心が癒される感じがしました。それには、癒されるある条件がそろっていたからです。まず、音です。この舟は、船頭さんが、自分の力だけを頼って、力まず、流れにゆだねながら操っていきます。まず、乗って気がついたのが、まったく音がしないことです。この堀川の脇の道もほとんど車が通りません。シーンとしています。この堀川は、一般の人も、許可なしに自分の舟を浮かべることができるそうです。途中で、カヌーを家の脇に縛り付けているのを見かけました。しかし、唯一の条件が、人力だけで動かすものということです。電力を使って動くものは禁止だそうです。人力で動くということは、音だけでなく、動きも人の気持ちに沿う速さです。心臓の鼓動、目の動き、思考の展開、これらの速さは、ひとの力、自然の力にマッチします。ですから、保育室の中で音の出るもの、動きを楽しむものは、人の力や、人の息や、自然の風や、自然の光の動きによって動くものが癒しを与えます。ですから、ドイツでは、装飾は壁に貼るのではなく、天井からつるし、人の動きや、風によってかすかに動くものとなっています。そして、部屋には、たいてい、打楽器が置いてあります。太鼓やタンブリン、そして、鳴らして見せてくれたのは、日本では仏壇においてあるあのチーンと鳴らす鐘でした。
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 日本人ならみんなよく知っているものであるのに、自慢げに鳴らして説明をしました。しかし、そのときに、「ほら、聞いてみてください。」と言ったのは、鳴らしたときの音ではなく、そのあとにいつまでも鳴り響いている、いわゆる「余韻」といわれる音でした。園庭から部屋に入る合図も、ドラをたたきます。これも、叩いた時の音というよりも、その音の余韻で子どもたちは合図を感じます。確かに、音は、余韻に癒しを感じます。そういえば、いろいろな分野において、海外では日本文化が外国では見直されているそうです。それは、日本文化には、癒し効果が意図されているものが多いからでしょう。たとえば、「食」です。栄養に関してだけでなく、見た目、容器、とても癒されます。そして、「光」。障子紙や、すだれを通過した光は、とても癒されます。そして、この余韻を大切にする「音」。そんなものを大切にする海外に比べ、今の日本では、夜でも真昼間と同じような明るさの電灯、自動販売機、コンビニ、そして、やたらとヘッドホンから聞こえてくる電気音や、街にあふれる車やバイクの騒音。そして、電気で動くゲームやテレビ。もう一度、保育室の中の光や影、音を見直すべきかもしれません。ゆったりと時が流れていくような、そんな日々をたまには過ごす必要があるかもしれません。柳川で、ゆったりと揺れる舟に乗り、船頭さんの時折混じる歌声と、少ししわがれ声でゆっくりする案内を聞きながら、そんなことを思いました。
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ひいな

日本人形協会編の「ひな祭の歴史」によると、ひな祭の歴史は古く、元々は奈良時代に人形(ひとがた)を作って、人形で身体をなでてケガレを拭い、その人形を川や海へ流して身を清めるという神道の行事でした。そこで、「災いを託す」ということで、「おひなさま」というように「さま」をつけて呼ぶ人形が生まれたのです。平安時代になると、平安貴族の女子の間では「ひいな遊び」というものが行われていました。ひいなとは人形のことで、これは男女一対の小さな紙人形をつくり、調度品も揃えて遊ぶという、今のままごと遊びのようなものです。この「ひいな」には「小さくてかわいいもの」という意味があって、いつかしら「ひいな」から「ひな」へ、そして平安貴族の人形遊びとしてのおひなさまが生まれたというわけです。この事は紫式部の『源氏物語』や、清少納言の『枕草紙』にも見られます。鎌倉・室町時代に入ってからは、武家の女児にも受け入れられ、ままごとは急速に広まっていきました。一方、室町後期になると、雛人形は川へ流すという神事は、流さないで家に祭られて女子の祈願・愛玩・鑑賞するものになっていきました。そして、武士の世界では、人形が上司への贈答の品となって立派なものが作られるようになり、人形はしだいに本来の意味が希薄になり、家の中で飾られるようになっていったのです。そして、女子の理想の結婚像を示すものとなり、江戸時代になるとこの風習は庶民層にも広がり、かつては質素な作りであった雛人形がだんだん立派なものに変わっていきました。こうしてみると、当初の雛人形は、人形という「ひとがた」で遊び、様々な道具を取り揃えて、それを使って遊ぶ「ままごと遊び」につながっていることは容易に判断できます。
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しかし、あの豪華な人形、精密な道具を見ると、次第に子どものものから、大人の観賞用に移ってきただろうこともわかりますね。昨日のブログの「箱庭療法」という精神療法として人形、おもちゃなどのアイテムを自由に配置させることで小世界を体験し、癒しを与えていたということをみると、もしかしたら、この人形遊びとか、ままごと遊びは、女子が、家事の所作を学んでいるといわれていますが、他にも、子どもにとって、癒し的効果のある遊びだったのかもしれませんね。だから、いつの時代でも、ままごとは子どもに人気のある遊びのひとつですし、最近は、男子も喜んで遊んでいます。きっと、癒されるのでしょうね。
もうすぐ、3月3日のひな祭りです。これは、五節句のひとつですが、これらは、必ず季節の草や木に関連していますが、季節に応じた植物を食することで邪気を払うのが目的でした。たとえば、1、人日の節句 お正月の七草(七草粥)、2、桃の節句 3月の上巳の桃・よもぎ(桃花酒→江戸時代以降は白酒)、3、端午の節句 5月の端午の菖蒲(ちまき→江戸時代以降は柏餅)、4、七夕の節句 7月の七夕の竹・瓜(さくげ→江戸時代以降はそうめん)、5、重陽の節句 9月の重陽の菊(菊酒)です。3月の節句が桃の節供と呼ばれるのは、その季節のものというのも理由のひとつでしょうが、桃には邪気を払うという魔除けの信仰があったからだそうです。この節句には、今は、各地で様々な特徴があるようです。昨日歩いた柳川では、「さげもん」といって、江戸中後期から場内の奥女中が着物の残り布で子どものおもちゃとして作ったものを、雛人形の周りにぶら下げていました。
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癒しグッズ(ドイツ事後報告)

 ドイツのおける保育室での工夫の中で、子どもたちに癒しを与えるものは、空間だけではないようです。他にもいろいろと工夫されていますが、そのひとつに「観葉植物」があります。
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 観葉植物は、保育室内だけでなく、いたるところに観葉植物が置かれています。玄関にも、階段にも、トイレに中にも、室内運動場にも様々なところにおかれています。
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 最近の様々なアレルギー症状や喘息、目・鼻・耳・喉の炎症、疲労感、頭痛、神経系障害などの症状を引き起こす主な原因として 室内の空気の汚れが挙げられ、シックビル症候群と呼ばれています。室内環境を見直し、まめに掃除や換気を行うことは勿論ですが、最近は、室内の使う建築材料や家具の選定にも気を使う必要がありますが、空気を浄化する働きのある観葉植物をお部屋に置けば、より効果的だといわれています。植物は光合成により、二酸化炭素を吸収し酸素を排出すると同時に、有害物質(ホルムアルデヒド、キシレン、トルエンなど)を吸着・分解する作用があり、煙草の煙や新建材から出る化学物質に対する有効性が注目されているからです。ですから、よく昔から森林や滝の周辺ではマイナスイオン(-)は多く発生し、プラスイオン(+)の2倍?20倍以上の数が観測され、逆にプラスイオン(+)は空気の汚れた場所、ちり・ホコリなどに多く残留し、都会ではマイナスイオン(-)の数を大きく上回っています。室内ではテレビ、パソコンなどの電化製品から出るプラスイオンが、「イオンバランス」を崩し、慢性疲労・肩こり・腰痛・冷え性などの原因になっているということも言われています。ところが、マイナスイオンは身近な観葉植物からも発生して私たちを癒してくれるのです。また、植物を育てることで心が安らぎます。これが一番の効能のようです。また、「緑」は目を休める色で、視覚的にもリラックスできます。昨年11月の新聞に、「何となくやる気が出ない――。仕事に疲れたビジネスパーソンが軽い“うつ症状”に陥ることはよくある話だ。職場に緑が多いと、そんなストレスを軽減してくれるという。コクヨと愛媛大学の仁科弘重教授(農学部)が共同実験を行った結果を、2007コクヨフェアで展示していた。」という記事が掲載されていました。コクヨによれば、「目に見えるところに植物を配置することがストレスの軽減につながる」そうです。
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園長室にも観葉植物が
 植物に水やりをしたり、葉を拭いたりすることで、なんとなく落ち着いた気分になれますし、新芽が出た、丈が伸びたなど、成長をしていく姿を見ることで、元気付けられます。そして、植物が元気よく育つ環境は、子どもにとっても優しい環境なのです。
 また、今年のドイツでは、いくつかの園の室内に箱庭を見ました。
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 箱庭は、もともとユング派のセラピスト、カルフによって始められ、日本で河合隼雄らによって広められた精神療法です。この療法は、言葉で表すことが難しいイメージの世界を箱庭で表現し、それを自分で客観的に見つめることに効果的だといわれています。そして、継続して箱庭を作っていくことで、より深く本質的な効果が期待できます。そんな精神療法的な意味ではなく、単純に、砂箱の中に石、人形、おもちゃなどのアイテムを自由に配置させることで、その砂場遊びのような行為そのもので、その人の心を癒す効果を狙っているようでした。それをもう少し拡大解釈して、以前紹介した「廊下に砂場」というようになったと思われます。

癒し空間(ドイツ事後報告)

 今日,宿泊した宿の部屋に「癒しのたび」が置いてありました。これは、「足袋」と「旅」をかけているのでしょうね。人は、毎日の生活の中で、ストレスを感じることがあります。ストレスは、人間だけでなく動物も感じるようです。そのストレスは、どんなときに感じるでしょうか。手に持っているゴムボールを握ると、ゴムボールはへこみます。このように、外部からの刺激(「ストレッサー」といいます)を受けて、生体に起こる反応を「ストレス」といいます。ですから、原因は、外からのことが多いのです。この「ストレス」という概念を医学の世界で初めて用いたのは、カナダの生理学者ハンス・セリエ博士です。日本では、ストレッサーにあたる「原因」に関しても「ストレス」といわれることが多いのですが、本来はストレッサーに影響されて起こる生体反応のことをさすようです。しかし、同じように外部からストレスの影響を受けても、強く感じる人と、それほど感じない人がいます。それは、ゴムボールの空気圧が強ければ、へこんだボールが元に戻る力が強くなります。逆に、空気圧が低ければ、少しの力でも大きくゆがんでしまいますし、元に戻らないこともあります。ですから、ストレスによるダメージは、受け手の心身の状態によって大きく変わるのです。ですから、自分自身でストレスを解消する方法を見つけておいたほうがいいのです。まずは、ストレスの溜めるようなことにはなるべく関わらないことです。また、どうしてもかかわらなければならないときには、思考方法を見直すことです。次に、たまったストレスは発散します。次に、以前にブログで書いた早寝、早起きで生活のリズムを整えることです。そして、朝食といわれています。では、ストレスを発散する方法として最も効果があるのは、心身ともに疲れを癒すことです。
 子どもたちも園の中で、大きな集団、大きな部屋で、いつも大人に見られ、管理され、言われたとおりに動かされ、かなりストレスを感じているでしょう。ですから、癒される時間、空間、物を用意してあげる必要があります。ひとつの方法として、日常の環境を変えることがあります。小さな集団、狭い部屋、大人に見られない、自分から行動できる時間の設定です。そのために「ロフト」が有効であるということを昨日のブログで書きました。そのほかに、ドイツでは様々な工夫がありました。小さな集団で、過ごせるような空間を部屋の隅に作るのです。いわば「癒しのコーナー」というようなものがどの園でも、どの部屋にも作られていました。部屋が広いということもあるのですが、逆に広いからこそこのような空間が必要なのでしょう。
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そして、そこには、心が癒されるような様々なグッツが置かれています。まず、日常から離れるために、床が柔らかいマットやソファアなどで敷き詰めます。保育室は、どの空間も床は硬い素材でできています。ですから、一部やわらかい素材の上で過ごすことは心を癒します。
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あとは、園によって違うのですが、「薄い布で覆う」「ミラーボールなどで、光がゆっくり動く」「電飾などやわらかい光で照らす」など心が落ち着くような環境を演出していました。
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上を薄い布で覆って、他の違う空間を作る
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  電飾によって、やわらかい光を演出する
1日が長い子どもたちにとって、大人と同じように「ほっと、一息つける」様な空間が必要なのでしょうね。

ロフト(ドイツ事後報告)

 ドイツの幼稚園、保育園を訪問して気がつくことのひとつに、どの園にも「ロフト」があることです。日本でロフトというと、日本全国で展開されている雑貨を取り扱うチェーン店のことを思い浮かべます。東京でロフトというと新宿とか渋谷を思い浮かべますが、新宿店は今年の1月に閉店してしまいました。また、マニヤックな話ですが、若い人は、東京・新宿などにあるライブハウスのことを思い浮かべるかもしれません。しかし、もともとは建築用語で、物置用の屋根裏部屋のことをさします。工場・倉庫などに上階を作って、そこに物をしまったのです。それは、空間を有効的に使おうとしたからです。しかし、その空間が独特の空間を演出するために、その倉庫などを改装したアトリエやスタジオをつくり、それも「ロフト」というようになって、ライブハウスの名前もそのイメージなのでしょう。また、住宅では、「ロフト」というと、天井高を高くして部屋の一部を2層式にした上部空間のことをさします。この用途も、最初は屋根裏部屋ということで主に物入れに使ったりしていましたが、最近は、様々な使い方をするようになりました。ロフトに上がるための専用のはしごや階段が設置され、寝室や書斎、子ども部屋などちょっとした個人的なプライベート空間として使われることが多いようです。この空間が、部屋としての空間になるのか、屋根裏になるかで、このロフトが床面積に参入されるかどうかきまります。住宅で床面積に算入しないロフトにするには、天井高が1.4m以下であること、はしごが固定されていないこと、直下の階の8分の1以下の面積であることなどが主な条件になっています。私は詳しく走りませんが、保育施設では、遊具として扱われることがおおいようです。あのアルプスの少女ハイジでも、その部屋に寝泊りをして楽しそうでした。子どもにとっては、隠れ家的な、基地のような感覚を持つようです。作り方としては大きく二通りあります。ひとつは、部屋の中の一部が2階建てのように作るやり方です。しっかりとして階段で上れるようになっています。
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その使い方としては、やはり2階のようなイメージですので、お昼寝のスペースであったり、ままごとコーナーであったりするところが多い気がします。ただ、その高さを非常に低くしてあるところがありました。その場合は、ロフトの上の活用というよりも、その下の空間の使いかたがとても面白く使われています。子どもでもやっとくぐっては入れるくらいで、天井が低い部屋という感じです。
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日本でも、押入れの下を工夫すれば同じようになります。もう一つの作り方としては、部屋の中に大きな二段ベッドがあるというイメージです。
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この場合も、下の空間は、狭い部屋のようになるので、小さな家のように家具を置いてままごとコーナーにしている場合が多く見られました。
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 または、マットなどを敷いて、寝転んだり、くつろいだり、子ども同士でじゃれあったりする空間が演出されていました。
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 また、上部も下の空間と同じような使われ方をしていたところが多かったような気がします。ただ、上の空間の上部は部屋の天井になってしまうので、特別な空間の雰囲気を出すために、上のほうを薄い布で覆ってしまうこともありました。
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 どのような使い方をする場合でも、このロフトで作られる空間は、子どもにとっての大人の視線から逃れられる「死角」として意味があるようです。もちろん、先生はそこに子どもがいることは把握していますが、子どもたちは、ここで、先生の目を盗んで秘密のことをしているつもりなのでしょう。

床屋

 皆さんは、髪の毛を切ってもらうときにはどこに行きますか?こんなことを聞くのは、かつては、男性は「床屋」、女性は「美容院」と決まっていましたが、今は、男性でも美容院に行く人が多いですし、最近は、女性でも床屋に行く人もいるようです。実際に、私の息子は美容院に行っているようですが、私は床屋に行きます。近所の付き合いの関係から、住居のある町内の床屋に行っています。床屋とか美容院は、地域の情報収集と発信の場です。町内のいろいろな噂話をします。髪を切っている間、口は暇だからでしょう。しかし、私には、いる間じゅう一言も声をかけません。終わってから「はい!お疲れ様でした。」としか言いません。私しか店にいないと、1時間あまり沈黙の世界です。皆さんは信じないかもしれませんが、私は、町内では無口で通っています。話すのが嫌いだと思われているので、声をかけてはいけないと思われているようです。そんな床屋ですが、最近困ることがあります。それは、週末に地方に行くようになってウォーキングができなくなると同じように床屋になかなか行くことができません。そういえば、私は高校生のときから30年余り床屋には行きませんでした。自分で髪を切っていました。後ろのほうは、合わせ鏡で見ながら切っていました。ずいぶんと、床屋代が助かったと思います。それは、ひとつには、高校生のころからビートルズ旋風が起き、長髪がはやったので、刈り込む必要がなくなったからです。ですから、30年ぶりに床屋に行き始めた最初の日は緊張しました。体に布を巻かれただけで冷や汗が出ましたし、ひげを剃るために顔に熱いタオルを乗せられたときには、やけどをするのではないかということと、窒息するのではないかという恐怖に駆られました。
 理容は古代エジプトから始まり、中世ヨーロッパ時代で理容業がスタートしたといわれています。よく知られているように、当時の理容師は外科医を兼ねて「理容外科医」と呼ばれていました。中世は、血や膿にまみれた汚い傷を触るのは医者の仕事ではなく、床屋外科医 barber surgeonの仕事だったわけです。そこで、床屋の前にある赤青白の3色縞のくるくるねじり棒型の散髪屋マークは、赤は動脈、青は静脈、白は包帯という説をはじめとして、外科的な意味があります。日本での発祥には次のような逸話があります。亀山天皇(1259?1272)の時代に、京都北面の武士「藤原基晴」は宝刀紛失の責任をとって、その息子「釆女之亮(うねめのすけ)」と共に下関で探索を始めます。当時は蒙古襲来のころで、鎌倉幕府が長門に大軍を配備していたため、下関にも沢山の武士がいました。 親子は、当時下関で髪結いを商売にしていた新羅人から技術を学び、武士を相手に髪結いで生計を立てつつ、宝刀を探したわけです。 この基晴親子が暮らしていたのが、亀山八幡宮裏の中之町で、ここが「床屋発祥の地」とされているのです。また、この店の床の間には、亀山天皇を祀る祭壇と藤原家の掛け軸がありました。そこで、この店は「床の間のある店」と言われるようになったそうです。それから「床場」と呼び、さらに「床屋」へと呼ぶようになったと言われています。以前、石見銀山に言った時に古い町並みの中に、古い床屋がそのまま保存されていました。
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 なんとなく、日本でも昔は外科医だったという事が感じられる室内ですね。

早寝

今日、園に東京都からこんなパンフレットが送られてきました。「3歳児 子どもの生活リズム」というものです。「子どもの生活リズムの3本柱「睡眠」「食事」「遊び」を大切に」というもので、「ああ、あれか!」と誰もが思い当たるほど、大々的に国では、このキャンペーンをはっています。それは、あるデータによるものです。
 午後10時以降に就寝する就学前の幼児は、29%(平成17年、民間調査結果)、朝食を食べないことがある小学生が15%、中学生が22%(平成17年、文部科学省委嘱調査結果)、毎日朝食とる子どもは、ペーパーテストの得点が高い傾向である(国立教育政策研究所調査結果)というものです。そこで、「子どもの望ましい基本的生活習慣」づくりを、解りやすい「早寝早起き」や「朝食」から地域ぐるみで取り組むことにより、「地域と家庭の教育力」を向上させることを意図しています。「子どもの生活リズムの向上」を切り口に、「社会の環境の整備」と「家庭のあり方」について国民全体の議論を促すことも意図しているといわれています。そこで、「早寝早起き朝ごはん」という言い易いリズムの標語を打ち出しているのです。これには、一昨日のブログではありませんが、地球がじわじわ破壊されていっているのと同じように、最近の子どもたちが、じわじわ壊れようとしている危機感からです。深刻化する少年非行(刑法犯少年の検挙件数は134,852件(16年中))増え、同時に子どもの基本的生活習慣の乱れとして、1、午後10時以降に就寝する幼児(6歳以下)の割合が、10年前と比べ大幅に増加)(平成2年:31%→平成12年:50%)(平成12年度 幼児健康度調査結果より)2、朝食を食べないことがある小中学生の割合が5年前と比べて増加<平成7年度:小学生13%、中学生19%→平成12年度:小学生16%、中学生20%>(平成12年度 児童生徒の食生活等実態調査結果より)
今年の1月にJR東日本などとのタイアップ企画として、電車内の中吊り広告や駅ポスターにそのキャンペーンが掲出されていました。しかし、その中吊りを見たときに、隣の広告が目に留まりました。それは、最近増えている「エキナカ」のポスターです。そこには、「朝はゆっくり起きて、朝ごはんは食べずに、エキナカでほっと一息」というような内容でした。なんだか、変な気持ちでした。この変な気持ちは、ほかでも感じます。今、新宿の園の開園準備をしているのですが、そのとき国の補助を受けて建設する場合の条件に、保育時間を13時間(7時30分から20時30分)にすることがあります。その園の保護者説明会のときに、保護者から「親として子どもに対して気をつけることは何かありますか?」と聞かれて、「早寝早起き朝ごはんですね。」と答えたところ、「何時に寝れば早寝になるのですか?」と聞かれました。考えてしまいました。園から帰るのが20時30分とすると、何時に寝ることができるのでしょうか。国では、子どもたちの将来のために「早寝早起き朝ごはん」を提唱していながら、保育時間をどんどん延ばしています。仕事もどんどんきつくなっています。ただ、キャンペーンを張るだけでなく、子どもたちが「早寝早起き朝ごはん」が保障されるような環境を作ったり、それがかなう様な社会を作ってほしいものです。遅寝の弊害が叫ばれれば叫ばれるほど、遅くまで園に預けなければならない親たちは板ばさみになっているのです。

コアラ

 今日の読売新聞に、神戸市灘区の市立王子動物園で飼育されていたコアラの「モモジ」(オス、10歳)が死亡したという記事が書かれてありました。この「モモジ」は繁殖力が強く、各地の動物園に貸し出されるなど人気者でした。コアラの平均寿命は12歳で、人間ならば50?60歳とみられます。私の住んでいるところから近くにある多摩動物公園で、昨秋、母親の袋から出てきたコアラの赤ちゃん(雌)の名前が「モミジ」に決まったというニュースがありましたが、この赤ちゃんの父親は、この「モモジ」です。「モミジ」という名前は、父親の「モモジ」という名前と「母親の「ミリー」の名前から、「モ」か「ミ」で始まるカタカナ5文字以内の名前を来園者から募集した中から決めたものです。今、各地の動物園で人気者のコアラですが、オーストラリアから日本の動物園にコアラが初めてやってきたのは、1984年10月25日のことでした。この日、名古屋市の東山動物園と鹿児島市の平川動物公園、そして多摩動物公園にコアラが2頭ずつ到着したのです。ちなみに、オーストラリアからコアラが贈られた際、日本からはそのお返しにオオサンショウウオを贈っています。多磨動物園に来た2頭はオスで、「タムタム」と「トムトム」といいました。トムトムは来日して2年後に死亡しました。「タムタム」は、2005年2月25日、22歳で死亡しましたが、野生のコアラの寿命が10年から13年といわれ、飼育下での寿命は15年程度とされていますので、「タムタム」はギネス級の長寿コアラでした。初来日するコアラの受け入れ先に日野市の都多摩動物公園が決まり、飼育課長から「お前が担当してくれ」と宮本さんが頼まれた時「それだけは勘弁して下さい」と言ったそうです。それは、その12年前、パンダが初来日した時の上野動物園の苦労を聞かされていたからです。想像を絶する重圧が飼育係にかかるのは目に見えていたからです。すでに「コアラフィーバー」がわき起こっていました。マスコミにも盛んに取り上げられ、ぬいぐるみや菓子などの関連商品も次々と出現していました。そのとき、コアラの歓迎会を計画したときの話です。多摩動物園がある日野市では、歓迎会に市内の幼稚園児を招待しました。保育園の園長たちは、「どうして、保育園児も招待してくれないのですか?」と聞いたところ、「保育園児は、歌が歌えますか?踊りが踊れますか?」と言われたそうです。それを聞いて、市内の保育園では、保育展を開いて、市民に保育園児の歌や、運動や、踊りを披露し始めたという話を聞きました。そのときは、動物園の人はなんて失礼なと思ったのですが、今考えると、たぶん、何かと国民に注目されている中、プレッシャーだったのではないかと思います。ですから、上手な歌を披露しようとしたのでしょう。今の私は、そんなことはどうでもいいと思うようになりました。何で子どもたちは歌を普段歌っているのか、踊りを踊っているのか考えてみると、なにもコアラのためではないので、コアラの前で歌わなくてもいいのではないかと思います。園児は、普段、楽しそうに歌を歌っています。手話を交えたり、体で表現したりして、とても楽しそうです。コアラの前や、市民の前で練習した出し物として披露するためではありません。園は、子ども劇団でも、子ども合唱団でもありません。大人になって、日々の生活を豊かに、潤いのある日常を送るために、歌というものの楽しさを感じてもらっているのです。その中で、特に歌が好きだったり、上手だったり、歌手になろうとする夢を持つ子がいたら、課外で習いに行けばいいのです。一部の子の為に、他の子がリスキーである保育は避けるべきでしょう。

環境

「地球は人類にとって、ただひとつの故郷。その地球が、今、最大の危機に瀕している。キリマンジャロの雪は解け、北極の氷は薄くなり、各地にハリケーンや台風などの災害がもたらされる。こうした異変はすべて地球の温暖化が原因といわれる。年々、上がり続ける気温のせいで、地球体系が激変し、植物や動物たちは絶滅の危機にさらされる……。傷ついた地球を救うため、一体、今の私たちに何ができるのだろう?」
 昨日、ここ数十年来はじめての暖冬の年を迎えていたドイツから帰ってきました。季節はずれの花が咲き始めていました。帰ってきた日本は、ドイツよりは少し寒い気がしましたが、東京では今年の冬はまだ雪が降りません。やはり暖冬です。これは、うすうすなんだか怖い気がしていましたが、本当は、人類は、もっともっと危機感を持たないといけない気がします。最初の文面は、昨日、見に行った映画での問いかけです。毎週日曜日に出かけるので、なかなか映画を観る機会がないので、ドイツから帰ったばかりでしたが、夕方、妻の勧めで「不都合な真実」を見に行ったのです。この映画は、様々な賞を受賞していて、アカデミー賞においても「長編ドキュメンタリー賞」「オリジナル歌曲賞」ノミネートされました。温暖化によって引き起こされる数々の問題に心を痛めたアメリカの元副大統領、アル・ゴアは、人々の意識改革に乗り出すべく、環境問題に関するスライド講演を世界中で開き、地球と人類の危機を訴えてきました。そして、その真摯で、ユーモラスな語り口に共感した製作者が、彼を主人公にした映画の製作を決意し、作ったのが、この「不都合な真実」という映画です。映画の中で明かされますが、彼がこの運動に突き進んだ本当の動機はとても個人的なものだったようです。彼の息子が6歳のとき交通事故に遭い、1ヶ月間、生死の境をさまよった末、奇跡的に命を取りとめた時、将来の息子が生きる場所への危機感を強めたのです。さらに追い討ちをかけたのが、大統領選でのブッシュへの敗北だったのです。その印象を「打撃だった」と、劇中で素直に告白しています。しかし、彼は失意から立ち上がり、自分の本当に進むべき道を見出したのです。ここで明かされる危機は、見た人に何とかしなければという思いにとらわれます。北極はこの40年間に40%縮小し、今後、50〜70年の間に消滅するといわれ、氷を探して100キロも泳いで溺死した北極グマの悲劇的なレポートもアニメで伝えられます。また、数百万におよぶ渡り鳥が温暖化の被害を受け、種の絶滅の割合は過去の記録の1000倍に達しているといいます。さらにこの四半世紀の間に、鳥インフルエンザやSARSといった奇病が発生。昨年、ニューオリンズを襲ったハリケーン”カトリーナ”のような大きな自然災害も増え、環境破壊のせいで、今後、20万人もの難民たちが大移動するとも言われています。 多くの政治家たちが耳を貸そうとしない「不都合な真実」、しかし、私たちが日々の暮らしの中で小さな努力を重ねることで、地球を変えていける、とゴアは訴えています。「冷暖房を夏は1°C高めに、冬は1°C 低めに設定する」「ボイラーやエアコンのフィルターを清掃・交換する」「電気製品を購入する際には省エネルギー対応モデルを選ぶ」「お湯をなるべく使わない」「使っていない電気製品のプラグを抜く」「家庭でのリサイクルを心掛ける」「再生紙利用商品を購入する」「冷凍食品ではなく生鮮食品を購入する」「過剰包装商品を購入しない」「肉料理を少なくする」「徒歩や自転車、公共交通機関の利用などでマイカーの走行距離を減らす」ちょっとしたことの積み重ねが大切ですね。