左右

地方に行くと戸惑うことのひとつに、その地方ならでは習慣があります。それは、民俗学的にというほど学問的ではなく、ほんの日常的なことでもあります。たとえば、昨日は大阪にいたのですが、関西に来て戸惑うのは、エスカレーターに乗ったときに、歩く側と止まっている側が、東京と反対ということです。東京では、左側に立っていて、「急いでいる人のために、右側を空けましょう。」というコメントが書いてあることがあります。それが、関西に来ると、止まっている人は右側で、歩く人は左側です。昨日も着いて最初にエスカレーターに乗ったときに間違えました。そして、慣れてきたころ東京に帰るとまた間違えてしまいます。どうして、そうなったのでしょうね。同じにすればいいのにと思ってしまいます。同じように戸惑ってしまうのが、道を歩くときに人は右側通行なのに、駅などの階段を登るときに,左側通行のところが多いからです。所によって、場所によって違うのは、たぶん、そのほうが、人がクロスしないとか、近道だとか、人の動線を考えて決めているのでしょうが、統一されていないと、人とすれ違うときに、どちらによけてよいかわからなくなり、同じほうによけてぶつかってしまうことがあります。この右か左は、もっとややこしいのは、国によっても違うことです。これは、みんな良く知っていることですが、外国の多くの国では、車は右側通行です。まっすぐ走っているときにはまだいいのですが、右折したり、左折したりするときに、反対の車線に入ってしまいそうになります。どうして、こうも違うかということには、様々な説があるようです。最も一般に流布している説によると、日本の左側通行は、江戸時代頃から武士などが左腰に差している刀が触れ合うことを避けて、自然と左側通行になっていたといわれています。また、また、襲われたときに、すぐに刀を抜いてきりつけるのには、相手が右側にいたほうが、右手で刀を抜いたまま相手を切れるので、自然と、左側によけてすれ違ったのでしょう。それに対して、欧州大陸諸国の右側通行は、馬車の馭者は右手で鞭を振るうので、対向する馬車に鞭を当てないために自然と右側通行になったといわれています。しかし、どうして日本は、人間だけが替わったのか知らない人が多いと思います。日本では、自動車が登場してきたころは、自動車も人と同じように左側通行をしていました。しかし、自動車の交通量が増え、それに連れて交通事故が増えてきました。ですから、車と人は対面交通をさせようということになりました。そのときに、本当は、人がそのまま左側通行で、車のほうを変えるべきだったのですが、自動車の通行区分のほうを変更すると、全国的に莫大な費用がかかることから、自動車のほうの通行区分をそのまま維持して、人の通行区分の方を変更したのです。そして、昭和24年に道路交通法が改正され、人は右側、車は左側に変更されたのです。変更した当初、つい人も左側を歩いてしまうので、やたらと、「人は右、車は左」と叫ばれてきたのです。そして、これを定着させるために、日本の小学校では廊下の右側通行を指導する事例が多く見られるのです。しかし、鉄道駅では、人が左側通行をすることを前提に設計されてきた為、一般道路で人の右側通行が採用されてからも、駅では人の左側通行が採用されているのです。エスカレーターの立ち位置が関東と関西が違うのは、「関東と関西こんなに違う辞典」(日本博学倶楽部著)によると、古い慣習を今に残しているのが関西で、関東は新しい習慣に従っていると書かれています。ちなみに、米国、欧州をはじめ、“右側に立つ”国が多いようです。慣習は、政策上の都合や人の心の動きなどで作られていきますね。

左右” への4件のコメント

  1. 人が多いと大変ですね。エスカレーターに乗るのも右側だとか左側だとか、いろいろと規則的ことがら科せられます。それに比べて過疎化少子化経済不況に喘ぐ田舎ではデパートのエスカレーターに乗ってもとことこ駆け上がる人はいませんし、それゆえ右だ左だと気にすることもありません。全体がファジーです。別に言えば、臨機応変、変化自在、・・・、極めていい加減、というところが田舎にはあります。その癖、古来のからのしきたり、すなわち村落社会の名残は様々かたちで残存しています。その名残が結構複雑で、大方は対人関係の不文律です。日本の東西はおそらく中央地溝帯で分かれるのでしょう。そういえば、うどんつゆの濃さも東西で違うようです。日本が単一民族国家だということはこの事実を見ても不自然なことだ、と思ってしまいます。

  2. 右を歩くか左を歩くかが行く先々で違うのでいつも迷ってしまうことがあります。慣習の違いに悩んでしまうこともありますが、それが楽しかったりします。地域の特色と考えたら同じ国でもいろいろあっておもしろいです。慣習の裏にあるその土地の人の生活や考え方、心の動きをいろいろ考えるのも楽しいですね。

  3. そのような習慣が分からないので、とにかく知らない土地ではそこにいる人たちがやっていることを自然と真似している自分がいます。他の人がしているのを見て、「なるほど、そういう意味があるのか」と分かって、次に自分もやってみようと思える時と、なんだかよく分からないけど、とりあえず同じようにやっていたら、「なるほどこういうことなのかな」とその行動の意味が分かったりという場合もあります。満員電車での乗り降りや、混んでいる電車の詰め方など些細なことですが、田舎にいたらなかなか知ることもなかったことなのかなと思うとおもしろいなと思います。それにしてもやはり都会にいると歩きますね。昨日は20㎞以上歩いたとなっていました。田舎にいると一日でそんなに歩くことはまずないですね。

  4. 江戸時代の武士が、刀を抜きやすいようにということで自然に左側通行になったことが意味するのは、右利きが多かった、またはそれを前提に考えられていたことが予想されます。陸上のトラックが反時計回りなのは、右利きが多いということと関連しているという話しを聞きました。左右どちら側を歩くかは、伝承されてきた文化と利き手との関連性があるのかもしれないと感じました。政策や人の都合で作られた慣習に気づいていくのも楽しいですね。

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