定年

 私は、いわゆる団塊の世代です。会社勤めをしていたら、もうすぐ定年です。定年という言葉でなにをイメージするのでしょうか。「定年」という言葉は、その漢字からそのまま考えると、「年が定まる」のでしょうか。関沢まゆみ氏『隠居と定年』(臨川選書)によると、定年の語源は明治期の旧陸海軍の「現役定限年齢」の略語として定着したものだそうです。定限年齢なのですね。しかし、この「定年」を「停年」と表記する場合があります。前述の書籍の中では、「明治?大正初年においては停年とは武官の進級に関する制度上の用語であったものが、昭和十年頃には退職の年齢を意味するようになった」と紹介されています。そして、「停年」という漢字を当てるよりは「定年」という字が多く使われるようになったのは、昭和三十年に「民間企業における定年制度等の実態調査」を人事院が行ったことからのようです。定年制度は、もともと軍で制度化され、やがて官僚へと定着し、昭和初期に民間企業にも普及したものです。今、知事の退職金問題が浮上しているのも、この辺りの歴史と関係があります。現在、定年といえば六十歳である場合が多く、来年からは六十三歳に、数年先には六十五歳になるようです。昭和五十年代半ばまでは五十五歳が多く、さらに遡って明治時代の海軍工廠では五十歳でした。この変化はもちろん、最近の少子高齢化と高齢者の健康とライフスタイルなどによってです。
 「定年」の私の勝手な解釈ですが、この「定」ということには深い意味がある気がします。仏教では瞑想のことを、jhqnaと呼びます。この音の「ジャーナ」から採って訳したものが「禅」とか「禅那」で、瞑想という意味を採ると「定」と訳します。それとか「静慮」です。それは、心を一点に「定めること」、心を「静めること」であり、「定まった状態・静まった状態」を意味します。この音と意味の両方をとった言い方として「禅定」というのもあります。ということは、会社勤めでない私にとっての「定年」というのは、心を一点に定め、その心を静める年齢ということになります。ということから考えると、論語の「五十而知天命。六十而耳順、七十而従心所欲不踰矩。」ということは、とても興味深いものになります。「五十歳で天命を知り、六十歳で人の言うことを逆らわないで聴けるようになり、七十歳で心の欲するままに任せても限度を超えなくなった。」ということなのです。定年を六十歳とした時に、心を定めるためには、五十歳代で天命を知らなくてはなりません。そうすると、六十歳になって、「耳順」になれるのです。この「順」は「逆らわないで適合する」ということで、どんな価値観が違う人でも受け入れる広い心を持つということでしょう。それは、決して、他人に迎合することではなく、自分の天命を知ったからこそ、素直に人に意見にも耳を傾けることができるのです。そして、七十歳になって、「従」は「放任する、放つ」、「踰」は「すぎる・こえる」、「矩」は「枠」ということで、意識しなくても自然と自分ながらの限度を知ることができるようになるということになります。団塊の世代に聞いたアンケートで、「定年後のイメージ」は、「質素倹約」が221人と、「悠々自適」(79人)の3倍近くありました。自由気ままになれるほど質素になるのですね。お金を使い放題に使っている人は、お金がある人ではなく、自らの限度をまだ持っていない若さの証拠かもしれませんね。

定年” への5件のコメント

  1. 「定年」という語が日本の軍隊からの用語であったとは今日のブログを読むまで知りませんでした。「定限年齢」、略して「定年」、なるほど、なるほど。事実はそうだとしても解釈は藤森先生の「心を一点に定め、その心を静める年齢」に全く同感共感です。私の場合、「定年」を意識するにはもう少し時間と経験が必要です。しかし、いずれはそのことを意識しなくてはなりません。そのための準備をする。どうやら私にとっての「四十不惑」とはこの「定年」の準備を一心不乱に行うこと、という意味のようです。生きているといろいろなことが勉強できて本当に楽しいですね。明日の臥竜塾ブログが楽しみです。楽勉です。

  2. 「定年」のことについてあまり考えたことがなかったので、じっくり読ませてもらいました。定年を「心を一点に定め、その心を静める年齢」と考える。一般的な定年はなんとなくその時が来るのを待つような感じですが、自分を見つめ続け、磨き続けなければたどり着けない年齢という感じがしていいですね。どの時点で心が定まったとするか。人それぞれ判断基準が違ってくると思いますし、仕事においてというより人生においての大切な節目という感じです。「定年」をこのように捉えることも出来るんですね。

  3. まだまだ「定年」と言われる年齢にはほど遠いのですが、30を過ぎてから一年経つのが早くなって、年を取ったときのことを考えることがあります。
    ただ漠然と年を重ねるのでなく、その日その日を大切にして、自分を常に振り返りながら年を重ねて行きたいです。常に謙虚で、周りに流されず、広い心で人生を送りたいですね。
    ・・・まだまだそんな理想には程遠い状態ですが、少しずつでもそうなりたいです。
    それにしても、藤森先生のブログには、仏教用語や論語などがよく出てきますね?。
    たぶん、そこらへんのお坊さんよりも勉強されてるのではないのでしょうか?

  4. 「五十而知天命。六十而耳順、七十而従心所欲不踰矩」という言葉の意味、私にはまだ理解ができません。五十歳で天命を知るとありましたが、天命とはどのようなものなのでしょうか。その天命があるはずだとなんだか訳も分からずに「あるはずだ、あるはずだ。これじゃない。それでもない」と動き回っているのが今の私の年齢でもある二十代でもあるのでしょうか。天命を感じ取ることができる心持ちになった時に、天命を知り、そして、それは逆らわないで適合するということに繋がっていく…ん〜まだまだぼんやりしています。では、今の私はどうすればいいのか…あまり悩み過ぎずに楽しくいろいろやってみる、そんなことも大切なのですかね。

  5. 「定年」が50歳から徐々にあがって、現在では65歳になった理由としては、やはり日本人の平均寿命の伸びが影響しているのでしょうか。そう考えると、今後も定年の年はますます上がっていくこともあるかもしれませんね。調べてみたら、1891年の平均寿命は男性42歳、女性が44歳でした。その頃に比べると、今では倍くらいの人生を送れるようになりました。その時代の28歳と、現在の28歳とではどこか異なるところはあるのでしょうか。もちろん時代背景が違うのですが、“残りの人生の感じ方”は今とは違うだろうなと感じます。死を身近に感じることで、心のどこかにあるスイッチが入るようにも思います。「これが人生最後のご飯かもしれない」「これが人生最後の挨拶かもしれない」と思うと、当たり前が当たり前でなくなりますね。「定年後のイメージ」のアンケートにあった「質素倹約」ですが、その時期ではお金ではないものに価値が向き、自らの限界を知った証でもあるのですね。

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