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2007年01月22日 近頃思うこと

駄菓子

 今年は暖冬のためか、そろそろ各地で梅の開花が伝えられてきます。梅といって思い出すのが、まず、今の時期受験生が頼りにする天神様です。これは以前にブログで書きました。もうひとつ、とてもマイナーな話として「梅ジャム」があります。
umejamu.jpg
 これは、たぶん、私くらいの年配で、下町育ちでないとわからないかもしれません。というのも、梅で作るジャムのことでなく、駄菓子のひとつだからです。駄菓子とは、子どもの持つ小銭程度で買える菓子のことです。この駄菓子を売っているのが、「駄菓子屋」です。私が子どもの頃には、家の近くにこの駄菓子屋がありました。駄菓子屋は、子どもたちが小銭を持って集まる社交場のようなところでした。特に、異年齢の子がつどい、そこには一種のコミュニティが成立したほか、店の屋号以外に世代を超えて利用された愛称があり、その名前を言えることが同じ地域で育った証でした。その駄菓子屋に売っている駄菓子は、その種類も豊富、安い値段というだけでなく、糸引き飴など、選ぶ楽しみと飽きさせない工夫がなされていました。クジ引きが出来たり、当りが出ればおまけが貰えるのも多くあり、子どもたちに人気がありました。しかし、私が子どもの頃は、この駄菓子屋では駄菓子を買ってはいけないと言われていて、ずいぶんとうらやましく見ていた思い出があります。しかし、駄菓子屋は、菓子だけでなく、玩具の販売もしていました。玩具類では銀玉鉄砲やカンシャク玉や爆竹・ロケット花火から花火セットまでさまざまな花火類、ベーゴマなどの独楽やめんこ・竹とんぼ・風船/水風船といった安いものから「スパイセット」や「昆虫採集セット」ちょっとした「プラモデル」など多岐にわたっています。この駄菓子屋は、日本では1980年代以前の町村では普通に見られていましたが、最近は、デパートとかスーパーの中に売り場を持っていることが多くなりましたが、もともとは、個人経営であり、何らかの商売(タバコ屋や文具店・雑貨商・軽食堂など)のついでに営業していた店も多く、その店番にお年寄りが多かったのも子どもの社交場になっていた要因かもしれません。そして、営業時間は子どもたちが外に出てよい時間まで(とーふ屋とかのラッパが聞こえ始める頃)であり、その店の作りは、ほんの3畳ほどの狭い広さの土間に、商品陳列用の棚に所狭しと大きなビンに入った駄菓子が並び、店の中央の木箱の上にも菓子などの入った、上にガラス板をはめ込んだケースが並べられ、天井から下げたフックには、くじとか、小さい袋入りの玩具が引っ掛けられてつるされていました。そして、その店は、その家の居間と障子一枚隔てて隣接しており、子どもたちがいないときには、その畳の部屋にいて、子どもが来ると出てきます。しかし、基本的には、セルフサービスとなっており、客である子どもたちは買いたいものを手にとって、店主に声を掛け、店主がそれらを合計して値段を伝え、その金額を支払うという形でした。たくさん買うと商品を入れる紙袋をくれますが、その紙袋は、大抵お年寄りの手作りで、片手間に新聞紙で作ったものでした。店の前には木箱や縁台が置いてあり、たまには、清涼飲料水やアイスクリームといった涼を取るために利用する大人も休んでいました。そこで売っていたあまりすっぱくない梅ジャムを、ミルクせんべいのような軽いせんべい2枚に挟んで食べるのが、「梅ジャムせんべい」といいます。ちょっと贅沢に1枚を半分に割って2枚に挟むとウサギになります。些細なことが喜びと感じた子どもの頃が懐かしいですね。

投稿者 fujimori : 2007年01月22日 23:21

コメント

今日のブログでは駄菓子屋さんの情景を思い浮かべながら読みました。私は藤森先生とは違う、地方の小さな町で子ども時代を過しましたが、駄菓子屋の風景は東京も地方もあまり違わないような気がしました。「糸引き飴」などはすぐにその情景が思い浮かべられて懐旧の念で胸がいっぱいになります。「梅ジャム」と言われてもピンとはきませんでしたが、最後の方に書かれていた「ミルクせんべいのような軽いセンベイ2枚に挟んで食べる」のところで「梅ジャム」の存在が凄く身近なものに感じられました。もしかすると別のものかもしれませんが「梅ジャム」みたいなものを食べた記憶があります。

投稿者 toshi123 : 2007年01月22日 23:46

なつかしいですね~!
駄菓子屋!
うちの近所にもありました。通称「かわらや」という駄菓子屋さんで、この通称は、この地域の子どもしか知らないものでした。
私も駄菓子屋のお菓子を食べることを禁じられていたクチですので、小さいころは、友だちがうらやましくて仕方ありませんでした。小学校の高学年になると、許してもらえたので、そのころには毎日のように通ってました。道路のすぐ横にお店が建っていて、お店の中に入るまでにトラックなど大型の車が道路を通っていると大変でした。とにかく怖くて・・・。「かわらや」の中に入って、ほっとしていたことを、思い出しました。
ところで・・・。
梅ジャム、私もよくセンベイに挟んで食べてました・・・。
あのウソっぽいチープな梅に似せた味が大好きでした。
まずい・・・。
年齢詐称疑惑が取り立たされそうです・・・。

投稿者 楢崎 : 2007年01月23日 12:21

駄菓子を売っているお店はあったのですが、玩具は扱っていませんでした。玩具も扱っていなければ本物の駄菓子屋とは言わないんでしょうか。
それにしても駄菓子には不思議なものがたくさんありました。「梅ジャム」もそうですが「大根」「イカ」など子ども向けのお菓子とは思えないものが多いです。「一種のコミュニティが成立」していたことなどを考えると、駄菓子屋は大人の社会を疑似体験できるような存在でもあったのかなと思いました。

投稿者 あいやま7 : 2007年01月23日 19:13

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