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2007年01月06日 近頃思うこと

教師という仕事

 礼というものについて、昨年の8月5日のブログでも触れましたが、この礼に関することを、周から漢にかけて儒学者がまとめた書物のことを「礼記」といいます。49篇にわたり、唐代以降には五経の1つとして尊重されました。この礼記の中の学記編に次のような文があります。「君子之教喻也,道而弗牽,強而弗抑,開而弗達。道而弗牽則和,強而弗抑則易,開而弗達則思」(君子の教喻(ゆ)するや、導きて牽(ひ)かず、強(つと)めしめて抑へず、開きて達せしめず。導きて牽かざれば則ち和(やわら)ぎ、強めしめて抑へざれば則ち易(やす)く、開きて達せしめざれば則ち思ふ)これは、「教師は、指導はするけれども無理に引っ張ってはいけない。強く励ますけれども抑えつけてはいけない。いとぐちを開いてはやるがすぐに答えを出すところまでは教えないで、自分で考えさせるようにせよ。なぜなら無理に引っ張らなければ生徒は抵抗せず、抑えつけなければ生徒の心は和やかであり、糸口を与えるだけにすれば自分で考えるようになるからである。」ということです。昨日のブログの教師ではありませんが、どうしても、口があれば、目があれば子どもたちを無理やり引っ張ろうとしてしまったり、抑えつけようとすることをしがちです。この礼記に書かれている教師のあり方は、「見守る」に通じます。子どもが自ら持っている「伸びようとする力」を信じ、教師は、教え込むのではなく、自発的に学ぼうとする意欲を育て、そのような環境、ヒントを与えることであるのです。論語の述而編には、こう書いてあります。「不憤不啟,不悱不發,舉一隅不以三隅反,則不復也。」(憤せざれば啓せず、悱(ひ)せざれば発せず、一隅を挙げて三隅を以て反せざれば復(ふたた)びせざるなり)この前半のほうの意味は、「生徒自身に何かをしようとする心が盛り上がってこなければ、教え開いてあげることはむずかしい」ということです。まず、教師は、意欲を育てなければいけないと言っています。しかし、どうすればいいのでしょうか。その方法を、後半の部分で言っています。「生徒に四角いもののひとつの隅をヒントとして示し与えて、あとの三つの隅については、与えられたヒントから類推し、何らかの反応を生徒が示すまでは、静かに生徒の思考が成熟するのを待つようにせよ」ということです。辛抱強く子どもを「見守っていなさい」ということです。しかし、見守るというのは、放って置くのではなく、ひとつの隅は示さないといけないのです。また、その子によっては、二つの隅を示さなければならないときもあるでしょう。示すためには、その子の発達や理解をきちんと把握しておく必要があるのです。同じ論語の雍也編に冉求(ぜんきゅう)という弟子が孔子にこう言ったと書かれています。「非不說子之道,力不足也。」(子の道を說(よろこ)ばざるに非ず、力足らざるなり)「私は、先生の教えを喜ばないのではありませんが、力が足りなくて、なかなか思うようについていけないのです。」これに対して、孔子は、こう答えます。「力不足者,中道而廢。今女畫。」(力足らざる者は、中道にして廃す。今汝は、画(かぎ)れり)「本当に力のない人はここまで来る途中にとっくの昔に脱落してしまっているはずだ。だが、お前は今日まで皆とともに歩いてきたではないか。今、お前は、自分の力がこれしかないと限定してしまっているだけで、本当は、もっと能力はあるのだ。」と励ましています。意欲を持つためには、ヒントと、励ましが必要であり、それ与えるのが教師です。

投稿者 fujimori : 2007年01月06日 22:22

コメント

『礼記』や『論語』については、中学高校の古文漢文の時間に少し習ったと思いますが、残念ながら、もっともっと読みたい、もっともっと学びたい、という学習意欲向上に繋がる授業ではなかったように思います。若かったからそう思ったのか、あるいは受講するこちら側の能力の問題なのか、いずれにせよ、今日、当臥龍塾ブログを通して湧き上がる『礼記』や『論語』に対する学習意欲は当時ありませんでした。そして東洋の古典の中に現代の教育を形成する上で必要不可欠な要素がしっかりと存在することが今日のブログからわかります。「学習指導要領」等に反映させてもいい内容なのでは、と思いました。

投稿者 toshi123 : 2007年01月07日 07:40

「見守る」という言葉の深さを感じました。藤森先生に教えていただくまで、「見守る」というのは見ているだけで何もしないという意味だと思っていました。放って置くのでなくヒントを示す、子どもに応じて示すヒントを変える、意欲を持たせるために励ますこともする。このように「見守る」ことをみんなでやっていければいいのにと思います。今回のブログから、何故か藤森先生の強い思いを特に感じました。

投稿者 あいやま11 : 2007年01月08日 17:25

憤せざれば啓せず・・の意味について、調べていましたが、このブログを読んで、よく理解できました。どうもありがとうございました。他の人のブログもいくつか読んでみましたが、残念ながら、ここまで理解されている人は、余り見当たらなかったです。論語全体を読めば、ある程度は推測できますが、無理に引っ張ってはいけない、一つは示してやらなければいけない、思考が成熟するまで辛抱強く待ちなさい、という所までは、なかなか、読み解くことができませんでした。

投稿者 田舎のPARIS : 2007年05月29日 06:38

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