学力

 昨日のブログで書いたPISAの学力調査の結果は、かなり各国で影響を与えています。日本と並んで常に上位を占めている国は、韓国です。韓国は、日本が下がってきているのに反して、相変わらず上位を占めています。少し前に、韓国の保育、教育事情を聞く機会がありました。テレビなどでみな知っているように韓国では、受験が過熱し、親が月収以上の教育費をかけてまで子どもの教育に入れ込んでいます。また、国を挙げて幼児からの英語教育を始め、早期教育が盛んです。その様子の報告を聞いて、日本のある女性の園長がこんな感想を漏らしました。「こんなに小さいうちからやらせるよりも、もっと、充分と遊び、いろいろな体験をすることが必要ではないか。子どもの目がきらきら輝くようなことをするべきです。」これに対して、報告をした人が、「今の日本の子どもたちは、やる気がなく、目が死んでいる場合が多いけれど、韓国の子達は、みんな目がきらきらしています。」また、これに反発し、「でも、この韓国の子達の将来が心配ですね。」と言う言葉に、「では、日本の子どもたちが受けてきた保育、教育の結果、今の若者は心配がないのですか?」韓国は、国を挙げて頑張ろうというエネルギーに満ちている気がします。そんな韓国だからこそ、PISAの学力調査で上位を維持しようと、今までの教育を見直そうとしているのかもしれません。今月の19日の朝日新聞に「韓国、「人間教育」に力 詰め込み反省、多様化の兆し」と言う記事が掲載されていました。「豊かな環境で自発性を養うフリースクールが存在感を増し、情操面を育む塾にも人気が集まってきた。」というのです。このフリースクールは韓国で「代案学校」と言われ、進学を目指す従来の学校の代わりに、主に自発性や感性を養う「全人教育」を目指しています。ここの授業は、理科系の科目は減らし、「自立」授業と呼ぶ農業や住宅建設、「感性」授業といわれる音楽や陶芸などに充てます。また、授業以外の運営ルールは生徒自身が決めるのも特徴です。教育人的資源省関係者は、「親たちは入試優先で暗記式の教育方針に満足しなくなり、入試準備と全人教育の両方を求め始めている」として、政府はこうした要望に応えようと今春、「開放型自律学校」という代案学校の趣旨を採り入れた高校をソウルや釜山など4カ所で試験的に立ち上げるそうです。 一方、「リーダーシップ講座」が人気で、課題解決能力を養成しています。リーダーといっても、本物のエリート育成が目的ではなく、グループの中での意見交換や役割分担を通じて課題を解決する過程を学ぶのです。「昔はガキ大将と子分の関係から人との距離感や役割分担を体で覚えたが、それを担う地域が崩れた。学ぶ機会がほとんどなくなった人間的な力の育成を親たちは求めている」と人気の背景を説明しています。白淳根ソウル大教授(教育学)は、「代案学校などの人気や論述重視の入試など一連の動きは、最近韓国でよく言われる「創意的な問題解決能力の重視」というキーワードにつながる。韓国社会が成熟化するなか、新たな考え方を受け入れる余地が生じた結果だ。」と言っています。コミュニケーション能力、問題解決能力はなど、これからの子どもたちに求められる力です。その力をどのようにつけていったらよいか、教育、保育の質を考え始めています。決して、それは教える時間を長くすることでもなく、体罰を与えて教えること事でもなく、その内容の見直しです。まず、幼児教育を見直さないといけないかもしれませんね。

良問

 今日は、センター試験でした。どんな問題だったのでしょう。この年齢になると、自分の今の仕事に関係のあるところしか普段触れていませんので、たぶんちんぷんかんぷんでしょうね。それなのに、そのころは一生懸命に勉強したものです。私のころはセンター試験はありませんでしたが、この試験を受けた人は、その内容を将来使うことがあるのでしょうか。本当に将来に役に立つようなことを問題に出してほしいものです。そのような問題をOECDのPISA(国際的な学習到達度調査)では模索しているそうです。ですから、00年に始まったPISAは、国際的な学力の指標として関心が高まっているのです。03年の第2回での日本の成績は、「科学的リテラシー(活用能力)」こそ00年に続いて2位だったものの、「読解力」が00年の8位から14位に、「数学的リテラシー」は1位から6位に転落したことが、今回の教育再生会議での学力低下論議のきっかけになっています。今年4月、全国学力調査が約40年ぶりに復活しますが、文科省は、PISA型学力の指導資料を作成するなどてこ入れを急いでおり、全国学力調査の問題もこの方針に沿って練られると見られています。この調査に先駆けて実施した予備調査の問題の一部を、昨年末に公表しました。最大の特徴は、問題文を読み取って自ら文章にまとめ、記述式で答える問いが含まれていたことです。この問題に対して、現場の教師に戸惑いが広がっています。どんな問題だったのでしょうか。たとえば、算数の問題では、複数のグラフと表を使って考える設定の中で、解答を求めるのではなく、その解答の「わけ」を書く設問でした。「一つひとつの問題は簡単だが、問題文とグラフ、表を読む力がいる。算数と言ってもまるで国語のようで、慣れが必要」といわれています。全国学力調査は、基本的な計算や漢字など「知識」の問題と、知識や技能を実生活で「活用」できるかを問う問題に分かれます。この問題は「活用」のほうです。 この問題が現場の教師には不評ですが、それと対照的に、塾の関係者や研究者では「良問」との見方が多いようです。全国学習塾協会の稲葉秀雄専務は、「?マークをいつも頭に浮かべるような思考の訓練が必要になる。答えの理由にまで踏み込むことが今後、学校の授業で重視されるだろう。各設問は基本問題だけに、解けなければ大人が問題を読んであげ、一つひとつ丁寧に解く訓練をすれば理解できるようになる」と言っていますし、東京学芸大の藤井斉亮教授(数学教育)は、「単なる計算だけでなく、実生活の生のデータで算数、数学が使えなければ意味がない。教室の外でいかす能力を見ている」と言っています。この予備調査では、中3の数学でも、表とグラフを一つずつ示し、「理由」を記述させる問いが盛り込まれていますし、国語では小6で、グリーンピースを説明する資料を基に、グリーンピースが健康に良い理由を放送原稿にまとめさせる設問がありました。世界の学力調査から、次第にテスト問題が変わろうとしています。将来を見据えて、子どもたちが生きていくうえで必要な力をつけていこうとしています。そんな中で、ただ知識だけを覚えさせるような、言ったとおりに動く子どもを作っているような保育、教育を行っているようでは、世界においていかれるでしょう。親たちも、子どもには、どんな力をつけてあげなければならないかを考えてほしいと思います。

富太郎と栄一

 昨日18日は、私のブログによく登場する植物分類学者である「牧野富太郎」の没後50年の忌日でした。そのことに関して、 読売新聞の編集手帳にこんな記事が書かれていました。
「植物学者の牧野富太郎は小学校を中退したあと、学校と名のつく所では学んでない。49歳で東京帝大の講師となり、77歳で退職するまで肩書は講師だった。学識の世評は高くとも学歴のない老講師に、ひと恥かかせる魂胆だろう。野外観察の折、ひとりの学生が枯れ草の根を取り出し、牧野の前に黙って差し出した。名前を当てられるものなら当ててごらん。学生たちが好奇の目で見つめるなか、牧野は草の根をそっと口に含むと、関東地方では見られない南方種のヒルガオの名を静かに告げた。特徴として、その根にはサツマイモに似た甘味のあることを言い添えた。渋谷章著「牧野富太郎」に記された挿話である。生涯に50万点の標本を採集し、1000種の新種を発見した植物分類学の巨人が94歳で死去したのは1957年(昭和32年)の1月18日、きょうは没後50年の忌日にあたる。「学者には学問があれば何も要らない」。冷遇と貧窮の時代にも、そう語っていたという。学者の誇りを捨てた「論文捏造(ねつぞう)教授」や、欲に良心を売り渡した「研究費流用教授」が世を騒がす昨今、折に触れて思い出される人である。たわむれに詠んだ都々逸が残っている。「草を褥(しとね)に木の根を枕 花を恋して五十年」。教育というのも煎(せん)じ詰めれば、ひと筋に恋する人をつくることかも知れない。」
 彼については、時に触れこのブログに登場すると思いますので、特に今日はあまり触れませんが、同じようにあくまでも在野にこだわり、考古学を研究し続けた人がいます。以前にやはりブログで紹介をしたことがある「藤森栄一」です。「藤森栄一を読む 人間探究の考古学者」という昨年3月に発行された本の書評が 読売新聞に掲載されていました。「部数はともかく、著作が最も読まれた考古学者は、江上波夫でも佐原真でもなく、間違いなく藤森栄一(1911?73)であろう。本書を読めば、その理由がよくわかる。1978?86年にかけて学生社が刊行した『全集』(全15巻)に掲載された解説と、亡くなる5か月前に行われたインタビューを収録した1冊。戸沢充則・明治大名誉教授(編集代表)ら教え子を中心に11人が、師の学問や生き方を深い敬愛の念をこめてつづっている。松本清張の短編「断碑」で知られる夭折の考古学者、森本六爾を師と仰ぎ、信州・諏訪で在野を貫いた藤森には、縄文農耕や諏訪大社の研究など、今なお色あせることのない数多くの優れた業績がある。そして、激しい情念から生まれた「かもしかみち」「旧石器の狩人」「古道」など珠玉の作品たち。そこに共通するのは、古代に生きた人間の「心」をひたむきに追い求める、歴史探求のあるべき姿であると教えられる。一刻も早くじかに藤森に触れたくなって、放り投げてしまいそうになる皮肉な本である。」
 彼が小中学生向けに書いた「心の灯」という本のあとがきで本人がこういっています。「自叙伝を読んでいただくほど、私は豪傑でも、偉人でもありません。それどころか、学校はできない、学歴もない、財産も地位もない、それでいて執念ばかり強く、妄執は人一倍というぐあいで、本来なら、まるで他人につまはじきされて終わるべき、まったくの雑草でしかなかったのですが、ここまで来てみますと、すくなくともわたしひとりは、ああよかった、おれという人間は幸福だったと、すこしは誇らしく思っています。」他人の評価よりも、自分の人生が誇れるようになりたいものです。

フォント

 そろそろ新1年は、小学校に入学する準備が始まっているでしょう。机を買い、ぴかぴかのランドセルも買い揃え、わくわくしていることでしょう。反面、新しく始まる勉強についても不安があるでしょう。特に保護者の皆さんは、心配でしょうね。今、ニュースで、さまざまな学校での事件や、問題が報道されているからです。また、勉強についていけるか、まだ文字が書けない、数がわからないという心配もあるでしょう。よく、学校の先生は、自分の名前が書ければいいですよと言いますが、実際は、ほとんどの子が、文字を書くことができます。しかし、実際は、書けるかどうかよりも、1年生になって文字を習ったときに、習った文字が書けるかです。それは、文字を書くには、まず、手首の動きが自在にできるようになっていないといけないからです。そして、適度な筆圧が必要です。ですから、十分に落書きをしたり、迷路遊びをしたり、なぞり書きをしたりすることが、文字を習ったときに、見本のとおりに書けるようになるのです。
 子どもにはそう言っておいて、大人になると、文字を書くことが減りました。ワープロが出来、パソコンがあるので、手書きが少なくなりました。ですから年賀状だけは、一時は、パソコンで宛名を印刷していたのですが、今は、できるだけせめて宛名だけでも手書きで書くことにしています。手書きで書くと、字の形、大きさなど、宛名の住所の長さや、相手によって少し雰囲気を変えることができます。それが、パソコンで書くとなると、「フォント」という字の形を決め、「フォントサイズ」という字の大きさを決めます。本来フォントとは、同一書体で同一の大きさの大文字・小文字・数字など、欧文活字の一揃いのことを指すのですが、コンピュータの普及に伴い、コンピュータ上で表示したり印刷したりする際の文字の形、という解釈が生まれたのです。また、文字の形をデータとして表したものをフォントと呼ぶ場合もあります。主に使うフォントには、ゴシック体、明朝体など多くの種類があり、文章の種類に応じて使い分けることで、文書の表現力を向上させることができます。その中で、MSが着くゴシック、明朝体がありますが、これはマイクロソフト社が作ったということです。そして、すべての文字を同じ幅で表現するフォントを等幅フォント、文字ごとに最適な幅が設定されたフォントをプロポーショナルフォントと呼ぶびます。ですから、Windows日本語フォントで、「MS ゴシック」というと、Microsoft 等幅ゴシックのことを言い、「MS Pゴシック」というと、Microsoft プロポーショナルゴシックのことを言うのです。しかし、子どもたちが実際に教科書でお目にかかる書体は、パソコンには入っていません。文部省の学習指導要領(その中でも漢字の学年別配当表)で提示されている字体は、「教科書体」といいます。低学年では手書き文字から離れた明朝体では同じ字形と認識することは難しいということで、「手書き文字に近い書体を教科書にしよう」と教科書体が生まれました。しかし、教科書に使われている文字は教科書体だけではなく、ゴシック体、丸ゴシック体もありますが、これらも字形は教科書体に近いものになっていて、中にはそのために「教科書用のかな」をもつ写植の書体まであります。ずいぶんと、手書き文字への影響ということから、使われる書体に関してはかなりの配慮がなされていますね。もう少し、パソコン上でも、そんな配慮をしてほしいと思います。

THE WAR

 先日のメールで、「八月のメモワール」と言う映画について少し書きましたが、最後を意味深で終わりました。なんだか、不消化を感じた人も多いと思います。この映画を見たことのある人はわかるのでしょうが、あまりこの映画は評判が今一だったこともあり、そんなに話題になりませんでした。ですから、ネットでもそのあらすじは紹介されていません。しかし、私の中でベスト3に入っているというのは、様々な批評と違う観点で感動したことにあります。この映画の原題は、「THE WAR」と言うものです。「戦う」、「争う」ということはどういうことであるかということがテーマになっています。
「ベトナム戦争から帰還した父親は、精神的にも深い傷を負っています。それは、彼は、何かをすればどこかで何かが変わるという父の言葉を信じて、良いことをしたいとベトナム戦争に従事したのですが、親友を殺す羽目になってしまって、自分を責めます。しかし、マイ・ホームを持ちたいという夢を抱き、危険な仕事に励むのです。それは、「子どもたちには希望を与えたい。奇跡を信じ、不可能はないと思う子に」という思いからです。そのころ、子どもたちが夢中になっていたのは、森にある大きな樫の木に“ツリーハウス”を作ることです。そのちっぽけな木の家は、彼らにとって日常の貧困や不安定な世界から逃れる唯一の場所だったのです。それを作る為に、仲の良い友達と材料を探し始めます。彼らが目をつけたのは近所の悪がきの縄張りであるガラクタ置き場です。ここに踏み入ったことで、この悪がきと喧嘩をします。父親はそんな子どもたちに「我慢を忘れると一生後悔することになる」と、忍耐と相手を理解する気持ちの大切さを説きます。そんな中で、次第にツリーハウスは出来上がっていきます。しかし、子どもたちと近所の悪がきたちとの間の縄張り争いは次第にエスカレートしていきます。そして、このツリーハウスを守るために戦いを始めます。ショベルカーを持ってきたりして、その戦いは激化していきます。そして、最後には、子どもたちは悪がきに勝つことができます。勝ち誇って喜ぶ子どもたちですが、改めて振り返ってみると、大切なツリーハウスは無残にも壊され、そこに残っているのは、ただの廃材だけです。いくら、大切なものを守るためであっても、戦うことで、人と争うことでは、結局は大切なものは守れないのです。そんな子どもたちに、父親は静かに語ります。「俺はお前に絶対に戦うなとは言えない。俺がどう思っているか知りたいかい?俺は人々の真の平和と幸せを与えるのは愛だけだと思う。愛が存在しないなら、この世に戦う価値のあるものは何もない。争うことの虚しさを知ってほしい…」
 この後に、悲惨なことがこの一家を襲い、父親は亡くなってしまいます。しかし、私は、そのあたりは、どんなストーリーだったのかよく覚えていません。この戦いの虚しさ、「THE WAR」とは、どういうものであるかが深く胸に残っているからです。戦いの後に残るものは、決して勝利ではなく、虚しさと、その後の様々なひずみです。今、アメリカでベトナム戦争の後のひずみが出ているように、日本でも、戦後何十年もたった今でも、様々なひずみが、いろいろなところで出ている気がします。戦いとは、何世代にも影響を及ぼすほど、恐ろしいものです。決して、子どもたちに戦いごっこなどさせるべきではありません。

巻頭言

 昨日、このブログを読んでいる人に「少しも保育のことや子どものことが書いてないから、参考にならない。」と言われました。私のブログは、その題名のところに書いているように子どものことをいっしょに考えようという趣旨ではありますが、何を書けば子どものことになるのでしょうか。私は、先日、ある研究者の集まりに呼ばれて、保育者の研修についての意見を求められました。保育者というのは、教師同様、人、特に子どもを相手にする職業です。そのような職業では、子どもに何を伝えるか、伝わるかと言うのは、たとえば手遊びのやり方を伝える、折り紙の折り方を教えるというようなことであれば、本を見るなり、資料を見ればすみます。しかし、保育、教育とはそれ以前に保育者、教師の人格が子どもに伝わるのです。ですから、研修として一番大切なことを、その人の人格を高めてもらうことですと答えました。ですから、人格を磨くために、道端の花を見、夜の星を眺め、その土地の歴史を知り、人々との出会いのよって学んでいくのです。また、ブログは、読む人を特定しませんので、どの人にも自分に興味のある話題が見つかるように、様々な分野について書くことを意識しています。ただ、それは、切り口であり、どの分野からも子どものこと、保育・教育のこと、人としての生き方について関連してきます。そういう意味で、このブログを主体的に読んで欲しいと思っています。
 そうはいっても、少しは保育のことを書いてみようと思います。私は、毎月園便りの巻頭言で、保護者向けに保育について書いています。そのひとつを紹介します。
「われわれの仲間、ほ乳類の多くはもともと夜行性でした。恐竜が闊歩していた時代に出現したほ乳類は、体の大きな恐竜など天敵に襲われないように、暗い夜に活動することで生き延びてきたのです。そのころの地球は、昼と夜の温度差が激しく、夜は太陽熱から体の乾燥を避けられるというメリットもありました。そして、6500万年ほど前、恐竜が絶滅するとほ乳類は一気に行動範囲を広げ、多様に進化していきました。霊長類の祖先はすでにこのころ出現しており、昼行性の行動をとるサルが多く出てきました。このなかに人間の祖先がいたであろうと考えられています。」東京大学大学院理学系研究科助教授の石田貴文さんが、「人類の進化の決め手は、夜からの移行?」という記事の中で書いています。霊長類が夜行性から昼行性に変わったことが、人への進化につながったといっています。昼間の世界に進出することによって視覚が発達し、色彩を識別し、三次元のものが見えるようになります。そこで、目が顔の表面に移ることによって顔のつくりが変わり、三次元の情報を頭の中に呼び込むことによって脳が大きくなったと考えています。しかし、夜行性から昼行性へ、昼行性から夜行性への移行は起こりやすいといいます。そして、こう言って結んでいます。「もしかしたら、今後、人間が夜行性になることだってあるかもしれませんよ。もちろん何百万年も先のことでしょうが。」どうも、最近の子どもたちを見ると、夜行性になってきたのかと疑うことがあります。昼間から眠くなる子が多くなり、夜遅くいつまでも起きている子が多くなりました。夜行性になってきたということは、退化してきたということで、脳も小さくなってくるということかもしれません。」

隠れ家

1月12日の 読売新聞に、こんな記事が掲載されていました。「男は縄張りにこだわる」という目白大(東京)の渋谷昌三教授(社会心理学)のレポートです。高い緊張感を強いられる現代社会では、ストレスを完全に断ち切る時間がほしいと思うのが当然で、特に、職場で神経をすり減らす男性はなおさらのようです。また、神経をすり減らすのは、職場だけではなく、満員の通勤電車、渋滞する道路、込み合う繁華街……。いつも他人と隣り合わせでいるうちに「自分だけの空間に避難したい気持ちが強くなる」と言っています。これは、集団の中で生活するものの宿命かもしれません。しかし、集団で生活するというのは、人間社会では普通のことであり、一人でいるときに不自然を感じるのが普通ですが、その中でも自分の領分を持ちたいと思うようです。書斎のような小部屋やスペースを指す「DEN」という言葉が数年前、住宅業界で使われました。この「デン」というのは、本来は英語で、獣のすみか、穴倉を意味しますが、不動産用語では、お父さんのための書斎、隠れ家の意味で用いられます。特に広さや形、機能での基準はなく、住宅の中では小部屋を指し、趣味を楽しむための部屋や家事室として使用される空間も含み、使い方自由の多目的スペースをさす場合もあります。また、「アルコーブ」という空間も提案されています。アルコーブとは、部屋や廊下、ホールなどの壁面の一部を後退させてつくった空間のことで、たとえば、マンションの玄関前で、外壁面から少しくぼんだ形になっている空間の事を言います。この空間があることで、玄関ドアを開け閉めするときに共用廊下を人が歩いていてもぶつかりませんし、外からの視線が遮られるなどのメリットがあり、プライバシーを高めます。語源は、凹所を表すアラビア語です。建築用語では、部屋の壁を後退させて設けた付属的な入り込み空間、奥まった私室、書斎コーナー、床の間などもアルコーブの一種です。このアルコーブ、デンは、学校建築や保育園、幼稚園建築の中で、あるとよい空間として提案されています。2006年4月に開校した同志社小学校の校舎の説明文にこう書いてあります。「校舎内部は一つの巨大な空間になっています。広々とした自由空間は、子どもたち同士が自然な形でふれ合える場。「あそび」や「無駄」の空間が随所に散りばめられ、隠れ家のようなデンと呼ばれる空間が配されるなど、子どもたちの創造性をかきたて、夢がいっぱいに広がるような、温かい工夫がなされています。」ここに記されているように、子どもにとっても、広々とした空間と、隠れ家のような、もぐりこめるような空間が必要なようです。それに比べて、ほとんどの今の校舎建築は、なんだか貧しい気がしますね。子どもを閉じ込め、管理し、いっせいに教育をすることが効果的な空間を持った校舎、保育室は子どものためでないというだけでなく、人間のためでない、人格を尊重していない施設という感じがします。そういえば、1994年制作で、ケヴィン・コスナー主演の「八月のメモワール」という映画がありました。この映画は、私の好きな映画ベスト3に入っているものなので、その内容はまたゆっくりと書きたいと思いますが、その映画は、子ども達が、遊び場としての秘密基地であるツリーハウスを巡って争う事が物語の中心になっています。必死に守るために戦う姿は、その基地が子どもたちにとってとても大切なものであることがわかります。しかし、その大切なものは、戦いでは守れないのです。

牡牛座

 この数年私は、ドイツの幼児教育、学童保育事情を勉強するためのツアーをくんで、ミュンヘンを訪問しています。昨年、訪問したときには、現地からその報告をブログでしました。そのブログを読まれた方はわかると思いますが、このツアーのうわさが口コミで流れている話は、「観光がほとんどなく、夜もホテルで研修が毎日あるらしい。」というものです。確かに外国にはめったにいけないかもしれませんが、観光で行くのであれば、今は安いパックがいくらでもあるので、思い切り観光で楽しめばいいと思います。その代わり、研修でいくのであれば、何か、自分の仕事に役に立つものを持って帰ることのできるような訪問をするべきだと思っています。どちらも中途半端になってしまうと、ただの思いで作りになるだけでしょう。今年も来月にドイツに行くので、その事前研修が今日行われました。訪問先では、じっくりと保育を見てもらいたいので、ドイツの子どもの環境や、制度などの現状の把握と、研修の目的とポイントなどを事前に理解してもらっておこうというものです。その研修をしていて思い出したことがありました。それは、昨日入間で行われたセミナー会場のあたりを朝早かったのでぶらぶらしていたら、隣にプラネタリウムがありました。まだ、開館していなかったのですが、そこの壁にこんな垂れ幕が下がっていました。
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「牡牛座物語」というものです。冬の星座の代表的なオリオン座に突きかかるように角を振り上げているのが牡牛座です。たぶん、この時期の星座である牡牛座にまつわる神話を特集しているのでしょう。この牡牛座と、来月訪れるドイツと少し関係があります。神話は、こういう話です。「フェニキアという国にエウロペという美しい王女がいました。天の神ゼウスは、海の近くの野原で花摘みをするエウロペの姿に魅せられてしまいました。そしてゼウスは真っ白な牡牛に姿を変えてエウロペに近づきました。ゼウスが変身した牡牛は全身が雪のように白く、やさしい目をしており、吐息はクロッカスの匂いがしました。エウロペは首をなでたり、つんだ草をあげたりしていると、牡牛はエウロペの手を甘えるようになめたりしました。そのうち、牡牛は美しいエウロペの足もとにすわり、背中を向けてエウロペを振り返り、背中にのりなさいというゼスチャーをしました。エウロペは牡牛にすすめられるままに背中にまがたりました。すると突然牡牛が走り出して海に飛び込みました。必死にしがみつくエウロペを乗せたまま、牡牛は海を渡ってクレタ島へ上陸しました。そしてもとのゼウスの姿にもどり、エウロペに愛を打ち明けました。こうしてエウロペはゼウスと結婚し、3人の子どもを生みましたが、3人ともそれぞれ偉大な王になったということです。このうちの一人が後にクレタ島のミノス王です。ゼウスはいつもエウロペに特別の愛情をいだいていました。彼はエウロペへの求愛を記念して星のシャンデリアを空にかけ、これを「牡牛座」と名づけたということです。」ドイツがあるヨーロッパという名は、このギリシア神話に登場する美女「エウロペ」 (エウロパ、ユーロパ) に由来するといわれています。現在のヨーロッパ及びユーラシア大陸を意味する地理的名称として「エウローペー」という名称を用いた最初の人は、「エジプトはナイルのたまもの」という有名な言葉を言った「歴史の父」といわれているヘロドトスです。ヨーロッパという言葉は、美女の名前だったのですね。

忍と「やりがい」

 昨日と今日二日間で保育環境セミナー埼玉ブロックが開催されました。対象者は、保育園、幼稚園、保育関係者で、二日目の今日は参加者200名あまりの参加がありました。昨日の公開保育に続き、今日の最初は、実践園の発表でした。その中で、保育者が保育に取り組む中で、「大変だ大変だ」と言いながら、顔が輝き、生き生きとしているという話がありました。確かに保育という仕事は、体とかは大変かもしれませんが、充実感があるようです。以前、仕事の満足度調査をしたことがありましたが、保育者は仕事が大変であると思っている人の率は他の職業に比べて多いのですが、その仕事への満足度はどの職種の人より高いのが特徴でした。人を相手にする職業、特に子どもを相手にする職業はそういうものかもしれません。仕事ではなくとも、子育てに対しても、マスコミでは、子育ての負担感を感じる親が多いという報道が多いのですが、実際は大変だけれど、子育ては楽しく、充実感があると思う親は多いようです。少し前、なにかに団塊の世代のアンケートが掲載されていたことがあります。そのひとつに「働くことを漢字一字で表すと?」の質問では、「忍」が71人とトップで、以下、「生」(34人)、「苦」(17人)、「耐」(15人)と、シビアなとらえ方が多かったようです。仕事に対する印象としてそのような言葉で象徴されることが多いとしたら、保育、教育という仕事はどんな一文字で表されるでしょうか。今日の研修会に集まった人たちは、たぶんそんな言葉を挙げないような気がします。また、「仕事で得られたこと」(複数回答可)という問いに対しては、「知識・教養」が178、続いて「忍耐力」(169)、「専門的スキル」(162)、「協調性」(161)、「社会的信用」(145)の順でした。この答えでも、忍耐力が2位というのは、なんだか切ないですね。団塊の世代は、よほど仕事で「忍」の毎日だったのですね。
 ニート問題の第一人者として有名な玄田有史氏が「働く過剰」の中でこういっています。「希望=求職欲求の実現が重要なのではない。確かに調査によれば、小さい頃求職欲求を抱いていた者は、その後ついた職業に「やりがい」を感じることができている者が多い。」そういう意味では、保育者は子どものころの、なりたい職業の上位にいつの時代でも挙げられています。私の園にも、職員として私の園の卒園児がいますが、彼女の卒園文集の「将来なりたい職業」欄に「保母さん」と書かれています。そんなころから思い描いていた職業に実際に付くことができるなんて、幸せですね。しかし、この本の中では、それだけでなく、こう言っています。「もちろん、求職欲求がなかった者も、その後「やりがい」を見つけることができている。また、当初の求職欲求が挫折したとしても、その挫折の経験の中で別の求職欲求が生まれ、結果的に「やりがい」に出会うケースも多い。」それは、自分が希望する職業でなくても、その仕事をしているうちに、充実感を得てくると、やりがいを感じてくるということのようです。「やりがい」と出会うための導入部分として、仕方なく仕事に就くということも大切であるということです。そして、その仕事が「仕方なく」から「やりがい」に変わるときは、「他者の承認」が必要といっています。そういう意味で、今回のセミナーでの公開保育は、公開した園の職員が、「やりがい」をより強く確認したきっかけになった気がします。

味覚の歴史

 園に対してよく出る質問に「給食」があります。その悩みの多くは、「好き嫌いのある子にどう対応するのですか?」というものです。そこには、子どもにはいろいろなものを食べてほしいというかつての悩みから、最近は、嫌いなものを無理やりに食べさせないで欲しいと思う保護者が増えてきた気がします。しかし、そのどちらも栄養からの問題で、楽しく食べさせて欲しいとか、食べたいと思う意欲をつけてほしいということは少ない気がします。食べることに関して豊かになった今では、食べることの意味は変わってきています。特に、給食の役割も変わってきています。よく、私もブログに書きますが、食を文化として捕らえ、生きるための手段だけでなく、豊かに生きるための食事として見直さないといけないと思っています。最近、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で司会をしている脳科学者の茂木健一郎さんが、脳科学の最先端研究の視点から、様々な「食」のエッセイをまとめた『食のクオリア』(青土社刊)を出版したそうですが、日経の記事の中で、人間にとって本質的な「食」の現象学について脳との関係について、第2回「味覚とは脳内文化」では、こんなことを言っています。「海外のいわゆる三ツ星レストランのシェフには、漁村や農村出身の人が多いそうです。「食」は常に官能的なもので、自分の身体の成り立ちに関わっているものですね。そういう秘儀にかかわっているシェフが、農村や漁村出身だということに、不思議なつながりを感じます。昔で言えば、王侯貴族のような高い身分の人たちも、自分の官能を満たすときには、文化文明で統治してきたはずの自然が恵んでくれる素材に頼らざるを得ない。そこが「食」の面白いところですね。」食が文化であるということがこの話からもわかりますね。ですから、そこにはこだわりがあるのです。「生命を維持するだけでしたら、本当は何を食べてもいいわけです。イギリス人はそういう感覚を持っている人が多いですね。でも、「食」を芸術として極めていく人々もいます。生命維持を目的にするだけなら、ホワイトアスパラはどこの産地がいいとか、利尻の昆布じゃなきゃだめだとか、とりたてて突き詰める必要はない。官能を突き詰める姿勢が人間にはあるんですね。」食は、栄養を満たすだけではないはずですが、最近はサプリメントで済ます人が多くなりました。そこには、もう人間としての営みがなくなってきた気がします。しかし、人間にとって必要な栄養は、体にとってだけでなく、心の栄養もあるはずですし、心の栄養というのは、脳の栄養ということで、食が脳にどのような影響を及ぼすのかという考察も必要になるはずです。その観点から、こんなことを言っています。「味覚とは、脳内文化なんです。例えば、寿司なんておいしいのに、生魚はかたくなに食べない民族がいるわけです。逆に日本人は、牛とか豚の内臓を口にするのは遠慮しがちだった。フランス人はよく食べますが。これは文化の差なんですよね。文化とは、幼少期から脳の中に蓄積されていく記憶の連なりによって成り立っているので、何が自分の食欲をかき立てるのかは、記憶によるところが大きいわけです。」「味覚って、単においしいとか、食べているときに感じるクオリアだけじゃなくて、時間の流れの中で今まで自分がどういうものを食べてきたかっていう歴史が形づくっていくものなんですね。」子どもたちに、味覚の歴史を作って行ってあげたいですね。