菜の花忌

 今年の暖冬は、過ごしやすくてありがたいですが、なんだかいやですね。やはり、寒い寒いといいながら、また、雪が多くていやだねといいながら春を待つのが自然です。小さな川の土手をふと見ると、一面に菜の花が咲いていました。
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 水仙とか、菜の花はまだ冬の盛りに、春の訪れを感じる花です。この菜の花といって思う出すものはいろいろとあります。このブログを書いていると、すぐに思い出すものから順に取り上げて書いています。昨年は、お台場に咲いている菜の花から、「朧月夜」という歌と、二宮金次郎の業績について書きました。(4月13日)また、4月22日のブログでは、正岡子規の歌に出てくる菜の花を紹介しました。そのほか、八戸では食べる菜の花が有名です。というように、四季折々の花について、いろいろな話題があります。今年、菜の花といって思い出すもので、1冊の本を紹介します。数年前に読んだ本で、ちょうどその本を読んだあとの2000年に、NHKで竹中直人主演・竹山洋脚本による連続テレビドラマ化がありました。その本は、「菜の花の沖」という本で、司馬遼太郎の長編小説です。1979年4月から82年1月まで『産経新聞』に連載されていて、文藝春秋から刊行されたものです。私は、文春文庫に入ってから読みました。作者の司馬遼太郎の命日(2月12日)を、菜の花忌といいます。それは、司馬遼太郎が、野に咲く花、とりわけタンポポや菜の花といった黄色い花が好きだったこともあるのですが、この「菜の花の沖」という長編小説の題名にも由来しています。この本は、江戸時代の廻船商人である高田屋嘉兵衛を主人公とした歴史小説です。内容は、江戸後期、淡路島の貧家に生れた高田屋嘉兵衛は、悲惨な境遇から海の男として身を起し、ついには北辺の蝦夷・千島の海で活躍する偉大な商人に成長してゆく…。というものです。ロシア船に囚われ、遠くカムチャツカに拉致されても、もつれたロシアと日本の関係を独力で改善しようと、努力します。この嘉兵衛の行動を通して、子どもとは違う、大人としての行き方を訴えています。「しかし子供が大人より決定的に劣っているところはある。子供は衝動的で、志を持たないということである。ふつう、十四,五歳での元服のときに、烏帽子親が、「童心を去れ。」という。武家社会でも庶人社会でも、そのように言われる。しかし童心を去って何をするのか、そのことは説かれない。童心を去るとは、どうやら社会の縦横の関係の中での自分の位置を思いさだめ、分際をまもり、身を慎み、いわば分別くさくなれということらしいが、嘉兵衛のなかでの大人はそういうものではなく、自分の世界をつくりだす者といったことのようでもある。」おたがいがもたれあって生きてゆく多くの人々がいるなかで、嘉兵衛は自分の技能によってひとり生きてゆかねばならなかったのです。いまでも、依存から自立をしていくことが「大人になる」ということが、身に迫って感じていたのです。違う巻ではこうも言っています。「しかし大人というものは仕様のないもので、子供がもっている疑問を持たなくなる。天地人のさまざまな現象についてなぜそうであるのかという疑問を忘れたところから大人が出来上がっている。」子どもは、日々伸びようとしています。成長していきます。そのために必要なもののひとつに、私は、「疑問」があると思います。それは、子どもに限らず、伸びようとする大人には必要なものです。維持をすればいいだけの大人には「疑問」は要らないかもしれませし。疑問を持たない人は、成長しないでしょう。