忍と「やりがい」

 昨日と今日二日間で保育環境セミナー埼玉ブロックが開催されました。対象者は、保育園、幼稚園、保育関係者で、二日目の今日は参加者200名あまりの参加がありました。昨日の公開保育に続き、今日の最初は、実践園の発表でした。その中で、保育者が保育に取り組む中で、「大変だ大変だ」と言いながら、顔が輝き、生き生きとしているという話がありました。確かに保育という仕事は、体とかは大変かもしれませんが、充実感があるようです。以前、仕事の満足度調査をしたことがありましたが、保育者は仕事が大変であると思っている人の率は他の職業に比べて多いのですが、その仕事への満足度はどの職種の人より高いのが特徴でした。人を相手にする職業、特に子どもを相手にする職業はそういうものかもしれません。仕事ではなくとも、子育てに対しても、マスコミでは、子育ての負担感を感じる親が多いという報道が多いのですが、実際は大変だけれど、子育ては楽しく、充実感があると思う親は多いようです。少し前、なにかに団塊の世代のアンケートが掲載されていたことがあります。そのひとつに「働くことを漢字一字で表すと?」の質問では、「忍」が71人とトップで、以下、「生」(34人)、「苦」(17人)、「耐」(15人)と、シビアなとらえ方が多かったようです。仕事に対する印象としてそのような言葉で象徴されることが多いとしたら、保育、教育という仕事はどんな一文字で表されるでしょうか。今日の研修会に集まった人たちは、たぶんそんな言葉を挙げないような気がします。また、「仕事で得られたこと」(複数回答可)という問いに対しては、「知識・教養」が178、続いて「忍耐力」(169)、「専門的スキル」(162)、「協調性」(161)、「社会的信用」(145)の順でした。この答えでも、忍耐力が2位というのは、なんだか切ないですね。団塊の世代は、よほど仕事で「忍」の毎日だったのですね。
 ニート問題の第一人者として有名な玄田有史氏が「働く過剰」の中でこういっています。「希望=求職欲求の実現が重要なのではない。確かに調査によれば、小さい頃求職欲求を抱いていた者は、その後ついた職業に「やりがい」を感じることができている者が多い。」そういう意味では、保育者は子どものころの、なりたい職業の上位にいつの時代でも挙げられています。私の園にも、職員として私の園の卒園児がいますが、彼女の卒園文集の「将来なりたい職業」欄に「保母さん」と書かれています。そんなころから思い描いていた職業に実際に付くことができるなんて、幸せですね。しかし、この本の中では、それだけでなく、こう言っています。「もちろん、求職欲求がなかった者も、その後「やりがい」を見つけることができている。また、当初の求職欲求が挫折したとしても、その挫折の経験の中で別の求職欲求が生まれ、結果的に「やりがい」に出会うケースも多い。」それは、自分が希望する職業でなくても、その仕事をしているうちに、充実感を得てくると、やりがいを感じてくるということのようです。「やりがい」と出会うための導入部分として、仕方なく仕事に就くということも大切であるということです。そして、その仕事が「仕方なく」から「やりがい」に変わるときは、「他者の承認」が必要といっています。そういう意味で、今回のセミナーでの公開保育は、公開した園の職員が、「やりがい」をより強く確認したきっかけになった気がします。