2006年12月23日 [近頃思うこと]
ヒイラギ
園では、どこでもクリスマス会は済ませたでしょうね。そして、学校では冬休みに入ります。今は、天皇誕生日が12月23日なので、年末は学校ではなんとなく休みに入ってしまうという感じですね。ですから、学校でクリスマスプレゼントを自慢しあう機会もありませんが、子どもたちは、どんなクリスマスプレゼントをもらうでしょう。私の子どもは大きくなったので、もう何年もプレゼントをあげる楽しみはありません。つくづくプレゼントは、もらうほうよりも、あげるほうが楽しみなのだということを実感します。また、以前に紹介したように、最近は家庭や町はクリスマスイルミネーションで華やかですので、終わってからその片づけが大変だろうと思ってしまいます。まだ、クリスマスを迎えてもいないのに、もう終わってからのことを考えるのは、日本人の特徴かもしれません。というのは、私のように多くの日本人は、クリスマスに特別な宗教意識がない不謹慎ものだからでしょうね。私の園では、毎年子どもたちへのクリスマスプレゼントは、職員がひとつひとつに絵を描いて、園の窯で焼いたお皿です。今年の絵柄は、今年のテーマの「楽器」にちなんで、ヒイラギの葉とリボンで結ばれたベルでした。この組み合わせは、リースにすることが多いのですが、ヒイラギのグリーン、リボンの赤、ベルの黄色という華やかかつ温かみのある配色は、まさにクリスマスカラーです。
ヒイラギの木は、北欧では森の中のすべての木の中で、最も高貴な木とされています。そして、ヒイラギの棘は、イエスが十字架につけられた時にかぶせられた、いばらの冠の象徴、即ち受難を表し、また、そのヒイラギの赤い実は、イエスが十字架上で亡くなられた時、流された血を表すという意味で、クリスマスと言えば、いつも赤と緑が使われるようになったのです。クリスマスに教会で飾られたヒイラギを家に飾ると、その部屋は翌年中幸せになるといわれています。日本では、ヒイラギの葉というと、「まめまき」のときに、鬼が入ってこないように玄関の戸の外に飾る葉をイメージしますが、クリスマスのヒイラギとは種類が違います。クリスマスの飾りでよく使うのは、いわゆる「柊」ではなく、柊黐(ひいらぎもち)で、柊が白い花をつけるのに対して、これは、赤い実がなり、葉っぱのとげの形も違います。しかし、どちらも葉は固くて、ふちはギザギザしています。ですから、さわると痛いということで、さわると「ひいらぐ(疼く。ひりひり痛む)」ということから、「ひいらぎぎ(疼木)」となり、次第に「ひいらぎ」になりました。古くからその鋭いトゲによって邪気を払う木とされ、庭に植える習慣がありました。また、鬼が目を突かれて退散したという伝説(別名「鬼の目突(おにのめつき)」)から、2月の節分には、イワシの頭を柊の枝葉に刺して戸口に立て、魔除けにする、という厄除けの習慣が現在も残っています。
葉のふちのギザギザを見て、なにを連想するかは、国によって違って面白いですね。私が連想するヒイラギの葉というと、この葉のギザギザを親指と中指で挟んで、葉の面に息を吹きかけて、くるくる回して遊んだ思い出があります。この時期、玄関に飾るものとして、最近頻繁に目にするにリースがありますが、私の子どものころは、年末になると鳶の人が家々を回り、飾り立てていく門松の方を思い出します。クリスマスリースのあとに、しめ縄のリースを飾るのも、日本人らしいですね。
投稿者 fujimori : 2006年12月23日 22:42
コメント
クリスマス、といえば「もみの木」を思い出します。クリスマスツリーですね。でも、「ヒイラギ」と聞くと、クリスマスのもつ宗教性が前面に出てきて、何となく「キリストのミサ」という荘厳さに包まれます。どうして、そう思うのか、よくわかりませんが、おそらく、聖歌を歌っていた時歌詞の中にあって今そんな風に思うのかな、と気づきます。ヒイラギは英語でhollyです。「神聖な」を意味するholyに由来するとか。クリスマスケーキに添えられている葉はヒイラギの葉のイミテーションですね。今晩は家族でクリスマスケーキを食べる予定です。節分に柊を用いることは知りませんでした。節分の夜は柊と鰯の頭・・・そうした風習があるのですね。今日のブログからまた一つ学びました。
投稿者 toshi123 : 2006年12月24日 13:29
先週ぐらいから門松の準備があちこちで始まっていました。クリスマスと縁のない生活をしているせいもあると思いますが、クリスマスの飾りよりも門松のほうが見ていてなんとなく落ち着きます。それにしても日本は昔からの行事や外国の行事を色々取り入れて楽しむことの出来るおもしろい国だと思います。何でも楽しむことができるのはいいことかもしれませんね。
投稿者 あいやま7 : 2006年12月24日 17:35