大晦日

 今日は、大晦日です。1年の最後の日です。毎月の最終日を晦日といい、晦日のうち、年内で最後の晦日、つまり12月の晦日を大晦日といいます。しかし、言葉の意味からすると、「みそ」とは「三十」なので、「みそか」とは30日の意味のような気がしますので、昨日が大晦日ではないのですかね。といっても、どうということのない年末年始ですが、なぜか特別な意味を持つ気がするのはどうしてでしょう。子どものころ、大晦日だけは遅くまで起きていてよいことになっていました。それは、年越しの夜のことを除夜といい、大晦日には、様々な年越しの行事が行われたからです。昔から、除夜は年神を迎えるために一晩中起きている習わしがあり、この夜に早く寝ると白髪になるとか、皴が寄るとかいった俗信があったほどです。そして、この大晦日、正月を挟んで、12月29日(御用納めの翌日)?翌年の1月3日(正月三が日、御用始め=1月4日の前日)の期間の総称を年末年始といいます。この間も、特殊な職業だけでなく、店を開けたり、仕事をする人が増えました。官公庁では、行政機関の休日に関する法律(昭和63年12月13日、法律第91号)により、12月29日から1月3日までを休日として定めており、12月28日を御用納めとして、その年の最後の業務日となっています。思い切って、みんな休みにしたら、年末年始における日本の伝統的行事が見直せるのにと思います。年末につく餅つきの意味、おせち料理の意味、大掃除の意味など、この年末年始休みに関係があるのです。
 今、町の大きな会社の前などには門松が飾られていますが、正月に、それぞれ門に立てる松は、年神様が訪れ、一年の幸福を授けてくれるといわれ、神様が最初に降りてくるのが、門松とされてきました。また、しめ飾りとはしめ縄で作ったお飾りのことで、神をまつる神聖な場所であることを示すものとして飾られます。新しいわらには、神様を迎えて祭る清浄な場所であり、占標(シメ)といいます。裏白を飾るのは「後ろ暗いところのないように」との願いで、長寿、橙は、「家が代々繁栄しますように」との願いで、昆布は「よろこんぶ」とのことで、このようにしめ飾り全体で一家の幸せを願ったのです。しめ飾りは玄関の軒下に飾るのが普通ですが、昨日、思いもかけないところで正月飾りを見ました。なんと、電車の中吊り広告でした。
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 もちろん、飲料商品の宣伝ですが、布でできた暖簾のつくりに、ちゃんと本物のわらと、よくできた橙が飾られています。この飾りは、いつ飾ったのでしょうか。まさか、一昨日ではないでしょうね。あんなによく伝統を守っていながら29日には飾らないでしょう。29日は「苦の日」,「二重苦」,「苦立て」などと解釈して苦に通じるし、31日だと一夜飾りといい、お正月のお飾りは28日までにするとされています。一夜飾りがよくないのは、ひとつは神様に失礼だからということ。もうひとつはお葬式の飾りは一夜のみ飾るので、それと同じになって縁起がよくないということだそうです。本来、門口にしめなわを飾るのは、外から災いが内に入らないようにとの願いが込められています。
 次第に、年末年始の大イベントが消えつつあります。同時に、1年の振り返りと、1年の抱負を語ることも少なくなっています。「気持ちを新たに」ということを、何かの区切りですることも必要だと思います。私も、明日からまた気持ちを新たに「ブログ」を書いていきたいと思います。

北欧

 今年4月、千葉県船橋市のららぽーとスキードーム跡地にオープンして話題になった「イケア船橋」に続いて、9月に「イケア港北」が、神奈川県横浜市のヤナセ横浜デポー跡地にオープンしました。ミュンヘンにも大きなイケアがありましたが、今日は、イケア港北に行ってみました。
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 イケア(IKEA)は、スウェーデンの大手家具店です。ですから、家具にはスウェーデン語の名前がついているのが特徴です。カタログやインターネットによる販売もしていますが、特徴は、郊外に「イケアストア」と呼ばれる大規模な店舗を構える方法で展開していることです。IKEA、とは創業者のイングヴァル(I)・カンプラード(K)のイニシャルに、彼が育ったエルムタリッド農場(E)があるアグナリッド(A)の町の頭文字をつなげ合わせたものです。創業は、1943年17歳だったイングヴァルが設立した安売り雑貨店が元になっています。今後も、大阪府や兵庫県や埼玉県などにオープンする予定のようです。また、最近ナンバーポータビリティー制度とソフトバンク参入で話題の携帯電話の世界では、さまざまな機種が発売されていますが、世界では「ノキア」というフィンランドの電気通信メーカーが有名で、携帯電話の世界シェアでは、1位で、29.3%です。ちなみに2位の米モトローラ社は16.6%、3位の韓国サムスン電子社は13.1%、4位が独シーメンス社、5位が英ソニー・エリクソン・モバイル・コミュニケーションズ社で、日本の会社は影も見えません。このスウェーデンのイケア、フィンランドの「ノキア」のような北欧の会社が最近元気です。しかし、日本人にとって、北欧諸国は理解しにくい社会のようです。日本人認識では、高福祉であるが税や社会保険料が重く、国民負担率が高いというイメージです。そして、自殺が多いと聞かされてきました。ところが、北欧諸国は世界最上位の所得水準や生活満足度を維持するだけでなく、短めの労働時間と充実した家庭生活・余暇活動、先進国としては高い出生率など、「豊かな社会」を実現しており、自殺者も世界で一番多いロシアについで2番は日本です。また、最近のピサの学力調査でも北欧はかなり高く注目されています。最近ラジオで言っていましたが、北欧をはじめ経済、教育が高い水準の国では、共通点が三つあるといわれています。一つ目は、そこの国もIT先進国であるということです。インターネットは人の付き合いを薄くするなどといまだに言っている国はおいていかれます。もっと、積極的な活用を考えていかなければならないでしょう。二つ目の共通点は、女性や障がい者の社会進出が積極的だということです。北欧においては、議員の半数近くが女性であるのに対して日本では数%しかいません。もうひとつの共通点は、政治の清廉さだそうです。そして、北欧では、無理が利かない人には仕事量や勤務時間を減らしたり、一時休職を認めるなど、個々人の事情に応じた労働環境を提供することで、誰もが働き続けることを可能にしています。みんなが働くから、一人当たりの労働負荷は減り、長時間労働や過労死とは無縁で、充実した家庭生活が可能になり、男女とも育児に十分な時間が割け、少子化も進みにくいのです。そして、教育にお金を注ぎ込み、独創的な想像力を培うような教育を行い、経済成長を促進させることに成功しています。日本は、どんな方向に進もうとしているのでしょうか。経済成長を促進するために、お金を注ぎ込むところが違う気がします。

手帳

 年末の個人的イベントは、来年の手帳を購入することです。手帳は手帖とも書くことがありますが、どちらも「手」という字があるように、手の中に納まるような小さな記録本のことをさします。今は、いろいろな種類のものが出ていて、その用途も様々になりました。メモ的な記録だけではなく、予定管理や行動の記録、路線図などの資料、身分関係記録、身分証明書を兼ねるものもあります。園では、お便り帳というものを使いますが、それも手帳の一種でしょう。毎日の出欠席や園からの報告、保護者からの連絡、中には、身長、体重の記録など健康手帳を兼ねているものもあります。先日、ある保育業者からこのお便り帳に関する意見を求められました。今、様々な工夫された手帳が出ている割には、お便り帳は、縦か横の形か、絵柄が違う程度の工夫しか見られません。私は、帰りに文具店の手帳売り場にでも寄って、いろいろな手帳を参考にしたらどうかと助言をしました。私は、今日、手帳売り場に行ってみました。すると、最近の傾向は、手帳の形を提案している人の名前のついたものが多く出ていて、びっくりしました。今まで、手帳というと、「能率手帳」が有名ですが、もともと、日本能率協会のコンサルタントが使っていた手帳を会員向けに配布したのが起源です。 タイムマネジメントの行える手帳としては、わが国の先駆と言われています。最近の主流は、私も使っている「システム手帳」です。これは、本体がバインダーでリフィルと呼ばれる用紙部分が交換可能なものをいいます。イギリスで1921年に発売され、本来は牧師や副官がいない尉官クラスの将校が、自分の教区や率いる部隊に関する記録を収めておく為の物でした。日本では1980年代より次第に流行するようになりました。リフィルには、無地や罫線のみの入ったメモ帳、日付の入っているダイアリー(日記や予定表)、住所と電話番号欄の並ぶ住所録などを基本として、地図(都市図、鉄道路線図など)、分類のための各種インデックスシートなど挟み込むもので個性が出せます。最近は、電卓や物差し、様々な紙片を入れて保存するためのプラスチック袋や、磁気カード入れ、プリクラ台紙なども販売されています。少し前にはやったものでは、「電子手帳」がありましたが、現在では児童向け玩具としてやパソコンとの連携として使われることが多くなりました。他にも「生徒手帳」「母子手帳」「 年金手帳」「プリクラ手帳」など様々あります。今年12月4日に「カンブリア宮殿」で放送されたものに「仕事の達人たちの手帳術 手帳でビジネスに勝て!」がありました。ゲストは、『「超」整理法』で有名な野口悠紀雄さんでした。彼は、最近、『超手帳法』の著者です。番組の中で、言っています。「スケジューリングというのは難しい作業です。人間はもともと農業をやって生活してきました。農業はスケジューリングが簡単。春に種まきをして秋に刈り取る、という年単位で考えればよいわけですから。たぶん本来の人間の能力はそこまでです。今のように複雑なことをやるようになったのは古いことではないのですね。たとえば、締め切り期限の違う仕事を平行して進めている。それらをうまく秩序づけるのは難しい。多くの手帳は見開きで1週間単位になっています。次の週はページを繰らないと見られない。予定を入れるときに、次の週を考えずに入れてしまうのはそのためです。」彼の提案する手帳は、2ページで2週間分、長い1枚のシートを蛇腹状に折り込んであり、A4の短辺どうしを2枚貼り合わせたサイズで8週間分のスケジュールが書き込めます。必要な分だけ差し込んで持ち歩く方式になっているこの手帳を、来年は使ってみようと思います。

 ほぼ1年前の12月26日のブログに、幕末の越後・長岡藩家老で、司馬遼太郎の小説「峠」の主人公、河井継之助のことを書きました。それは、今年の正月特別時代劇で放映されたからです。先月28日の 読売新聞によると、その継之助の市立記念館が昨日の12月27日に、新潟県長岡市の生家跡地にオープンする予定と書いてありましたが、オープンしたでしょうか。すでに、継之助の終焉の地である福島県只見町には、「河井継之助記念館」があります。今回開館する記念館は、市制百周年記念事業の一環として、中心部にある生家跡の民家を土地ごと購入し、建物の改修を進め、展示品として、江戸から備中松山藩までの旅の記録をつづり、河井の唯一の著書とされる「塵壺」の原本をはじめ、道中に身につけた蓑や生前の写真など、ゆかりの品約40点を展示されるそうです。彼は、地元では藩政改革に尽力した「郷土の偉人」、「幕末の戊辰戦争で戦禍に巻き込んだ張本人」と今もって評価が分かれています。そこで、戦火に焼かれた長岡では、記念館構想が持ち上がるたびに賛否両論が上がり、まとまりませんでしたが、市は「河井の評価は分かれるかもしれないが、足跡を後世に伝えることが重要」ということで記念館を作ることにしたそうです。私も司馬遼太郎の「峠」を読んで大ファンというか、いろいろと考えさせられたところがありました。それは、多分に司馬遼太郎の継之助の言葉を借りて語らせている考えであるかもしれません。その「峠」の直筆原稿などもこの記念館に展示されるそうです。
 その中の印象に残った言葉のいくつかを挙げてみます。「人の一生は短いものだ。おのれの好まざることを我慢して下手に地を這いずりまわるよりも、おのれの好むところを磨き、のばす、そのことのほうがはるかに大事だ」私は、一度重い病気になり、人生を考えたことがありました。そのときに、同じようなことを考えたのです。人生の長さは決まっているので、自分の納得いく、自分でなければできないこと(天命)をやろうと思ったのです。そして、自分の好きなことをしよう(志)と思いました。また、継之助に、こう言わせています。「志は塩のように溶けやすい。男子の生涯の苦渋というものはその志の高さをいかにまもりぬくかというところにあり、それをまもりぬく工夫は格別なものではなく、日常茶飯事の自己規律にある、という。箸のあげおろしにも自分の仕方がなければならぬ。物の言いかた、人とのつきあいかた、息の吸い方、息の吐き方、酒ののみ方、あそび方、ふざけ方、すべてがその志をまもるがための工夫によってつらぬかれておらねばならぬ、というのが、継之助の考えかたであった。」志を持つことは容易にできても、それを持ち続けることは容易ではありません。常に自分に、今やっていることがその志に向かっているのかを問い直す必要があります。それが、私の考える「省我」です。ほかのところでも、「志」について語っています。「世は、絵でいえば、一幅の画布である。そこに筆をあげて絵をかく。なにを描くか、志をもってかく。それが志だ。継之助の志とは、男子それぞれがもっている人生の主題(テーマ)というべきものであろう。どういう絵をかく、ということになれば主題があらねばならない。その主題をどのように描くということになれば工夫(モチーフ)が必要であろう。主題と工夫(テーマとモチーフ)というのが、継之助のいう志という意味であるらしい。」人は、志を持って生きるべきです。

国際化

 ここ数日間、来年度開園する園の保護者説明会を開催しています。今度開園する園は新宿という地にあり、よく人からは、さぞかし多国籍の子が多く、夜までにぎやかで、にぎやかな町にあるだろうと思われますが、意外に、夕方から夜にかけては今のニュータウンよりは静かなくらいです。しかし、説明会に参加する保護者は、やはり多国籍の保護者が多いようです。説明会に参加する家庭は熱心な家庭とか、子どものことが心配な家庭が多いためか参加者の2?3割は多国籍の家庭でした。これは、何も新宿に限らないことですが、外国籍の保護者が最近多くなりました。そうなると、今まで無神経に行っていたことにも、今後気をつけなければならなくなるでしょう。妻から言われましたが、アメリカなどでは、クリスマスにやたらと「メリークリスマス!」と声をかけないで「ハッピーホリデイ!」と言うそうです。それは、他宗教の人への配慮だそうです。そんなことを含めて、「保育の国際化」を考える必要があるでしょう。当然、まず、外国人の保育に対する保育者養成、保育現場での対処の仕方を見直さなければなりません。日本は、周りを海で囲まれ、他国と国境を陸続きでは持たず、また、他国から特に侵略を受けることなく、無理やりに他国文化を強制されたことはありませんでした。また、周囲から孤立(鎖国)する政策を徳川幕府300年ものあいだ行われていました。その中で、日本独特の文化を築いてきました。そのために、明治期、二次大戦終戦期において外国文化に驚きを感じ、差を感じ、憧れ、文明の進歩の遅れを認識し、その遅れを取り戻すために、軽薄な追いつけ・追い越せ主義で急速な西欧化への道を歩みだしたのです。この方針は、幼稚園、保育園制度にも影響しています。その傾向は、日本人特有の国民性に根ざすこともありますが、既成宗教に強いこだわりがないことも影響しています。ですから、イスラム教のように戒律も厳しく、またそれを厳守している人々への理解が薄く、また、生活様式や習慣とくに儀礼、接待の様式や程度、対人関係などの考え方の理解の教育がなされていません。習慣や形式が異なるだけでなく、親の育児観、教育観についても、家庭保育への認識度、保育施設についての認識と価値観などの違いについての理解も必要でしょう。また、日本や日本人に対する感情も、必ずしも友好的に感じているわけではなく、反目的、嫌悪の情があることに対しての歴史的背景も理解をしておく必要があります。私たちは、単純に、外国の子どもたちを受け入れることに対して「語学」の問題として捉えようとしますが、これからの課題は、それだけでないことを学ぶべきでしょう。
外国の子どもたちを受け入れるにあたって気をつけなければならないのは、保育者だけではなく、子どもたちや、その保護者へも、多国籍の子どもたちへの理解をしてもらうような働きかけが必要になります。昨年、ドイツのミュンヘンで行われた保育世界大会でのテーマであった「インクルージョン」という考え方の保育が必要になります。その考え方は、来年度から始まる障害児に対する特別支援の考え方や、学習の困難な子や不登校の子どもたちに対する支援の考え方と同様です。今まで、単一民族の中で、統一とか、一斉とか、みんなそろってという考え方から、一人ひとりを大切にし、その一人ひとりが他と関係を持ち、他と共生していく行き方をしていかなければならないのです。真の国際化とはそういうことのような気がします。

なれあい

 私が教員だったころ、子どもたちといろいろなことをしました。いっしょにハイキングに行ったり、キャンプに行ったり、映画に行ったりとさまざまなところにもクラスで出かけました。しかし、そのころの私のことを子どもたちはどう思っていたのでしょうか。30年近く前、1年生のときに担任し、今は、よく食べに行くお蕎麦屋さんをやっている教え子に聞いてみると、「こわい先生」と答えました。また、そのころ一人で住んでいた私のところによく遊びに来たり、泊まっていったりしていた中学生に聞いても同じことを言うだろうと思います。私は、中学生のいわゆる「ワル」の子に対しても、決して偏見を持たず、一人の人格を持った人間として接していました。ですから、私の家では、たとえば決してタバコを吸うことを許しませんでした。そのころの私は、かなりのヘビースモーカーでしたので、よくタバコを買ってきてもらい、子どもの前でも吸っていたのに、子どもたちには決して勧めませんでした。それは当然のことのようですが、その子たちはタバコを吸っていたので、中学校では、喫煙室を設けたり、本音で話し合おうと教師からタバコを勧めるようなことも多かったようです。そのころ、私はそのような対応は、逆に差別だと思っていました。いくら悪い子でも、いけないことはいけないと言うべきでしょうし、その子の体を本気で心配するのであれば、成人になるまでは吸わせるべきではないと思っていました。都留文科大学の河村茂雄教授(心理学)が学級崩壊についての調査研究をしました。それによると、学級崩壊は平均で10校に1校の割合で起きており、そのプロセスは2種類の形があります。ひとつは、管理重視で、指導好きの教師に一部の子どもが反発、それが広がっていく「反抗型」です。もうひとつは、優しい教師による友達感覚の学級運営が、瓦解を招く「なれ合い型」という形です。16年の大規模調査では、なれ合い型のケースが特に小学校で急増しているそうです。首都圏の小学校で崩壊した学級の60?70%がなれ合い型だったほか、地方でも、県庁所在地や人口密度が高い新興ベッドタウンなどの学校で増えているといいます。なれ合い型の学級崩壊は、こんなプロセスをたどります。年度当初、保護者は「自分の子どもは受けいれられている」と感じ、教師との信頼関係が築かれます。しかし、内実は先生と個々の子どもの関係ばかりが大切にされ、集団としてのまとまりに欠けているのです。教師は友達口調で子どもに接し、子どもに善悪を理解させず、曖昧な態度を取ることが多くあります。そして、学級のルールが守れなくても「今日は仕方がない」などと特例を設けたり、私語を許すなどルール作りがおろそかになり、子ども側には「ルールは先生の気分次第」という空気が生まれます。やがて教室内には、教師の気を引く言動が無秩序に生まれ、「あの子がほめられて面白くない」「先生は私と仲良くしてくれない」などの不満が噴出してきます。告げ口が横行し、学級の統制が取れなくなり、学級崩壊になるというものです。教授は、「最近の学校は個性重視が説かれ、個に寄り添える教師が増えた。その半面で教師も子どもも集団形成や統制が苦手で、学級は集団というより群衆に近い状態になっている」と語っています。「フレンドリー」と「なれあい」はちがいます。教師が子どもに対して「毅然」としているのは、決して権威を笠に着たり、権力を行使することではありません。行き方のモデルを示すことです。

火の用心

 年末が近づいて思い出すものに「火の用心」の夜回りがあります。寒々とした冴えた冬の夜に、鋭く響く拍子木の音とともに思い出します。私の子どものころは、下町ではこの音を聞きながら寝入ったものでした。そのころは、誰が回っているのかなどは気にしていませんでした。今住んでいる地域では、地元の消防団の若者が、地域で持っている消防自動車に乗って、鐘を打ち鳴らしながら回ります。年末年始は、寒さが本格化し空気が乾燥するのに加え、火気を使用する機会が多くなり火災発生の危険性が高くなる時季のために夜回りをするので、年末というイメージなのでしょう。火事の四分の一が、この時季に発生している地域もあるそうです。この夜回りをしながら、注意を促す呼びかけを行います。私の覚えているのは、「火の用心。マッチ1本、火事のもと」というものです。最近でも年末に回っている自治体があるようですが、どんな呼びかけを行っているのでしょうね。今度開園する新宿の園では、オール電化なので、マッチはもちろん、火はまったく使いません。そんなときの呼びかけはどうなるのでしょうか。戦前から戦中にかけては、「米英撃滅火の用心 撃ちてし止まん火の用心 マッチ1 本火事の元 戸締まり用心火の用心 タバコの吸い殻火事の元 泥棒の用心願います カマドの不始末火事の元 ついでに戸締まり気をつけて」と言っていたように 火事のもとは爆撃されたときの火の手であり、かまどの火だったようです。そして、火事場の泥棒と言われたように、火事のときは、火だけでなく、泥棒にも気をつけなければならなかったようです。それが、昭和20年代になると、「火の用心 タバコの吸い殻火事の元 火事や盗難ないように 火の用心 カマドの不始末火事の元」とか、「火の用心 マッチ1本火事の元 おイモ焼いても家焼くな」のように、タバコの火が火事の原因に躍り出て、家庭では冬に焼き芋をして食べていたことがわかります。昭和50年代になると、「火の用心 マッチ1本火事の元 火事は国家の大損害」とか、「火の用心 マッチ1本火事の元 サンマ焼いても家焼くな」となると、聞いてもらうために語呂あわせを楽しんでいる様子が伺えます。「マッチ一本 火事のもと」という標語は、昭和28年に東京消防庁によって選ばれたものだそうですが、最近のものは、「あなたです 火のあるくらしの 見はり役」(H.17)「消さないで あなたの心 注意の日」(H.18)だそうです。
また、いっしょに打ち鳴らす拍子木は、「拍子」を取るための木の音具です。手に持って打ち合わせると、「チョーン、チョーン」と高い澄んだ音が出るために、この夜回り、夜警だけでなく、日本では古来様々な用途に用いられてきました。たとえば、相撲では、「呼び出し」が拍子木を打って、力士の名を呼びます。また、子どものころの思い出は、この拍子木が午後に聞こえると急いで跳んで行ったものです。それは、昭和初期から30年代にかけて下町で人気のあった街頭紙芝居屋が、自転車で町々を回って、拍子木を鳴らして子どもを集めて紙芝居を見せ、飴などを売ったのです。あと、人形劇や歌舞伎では、開幕、幕切れ、役者の登場などに拍子木が重要な役割を持っています。お祭りのときにも、みこしや山車の運行に、拍子木の音によって、止まれ、ススメ、回れ、などの合図をしました。
 私が子ども会の顧問をやっていたころ、子どもたちを父親たちが付いて夜に「火の用心」をして歩きました。異年齢の付き合いが大切であるイベントでした。

味覚

 テレビ番組や本の特集で人気のあるテーマは、「温泉」と「美味しい食べ物」です。この特番も多いですね。私も、たとえばラーメンを食べに行くときには、「美味しいラーメン店」のような本を参考にします。しかし、そのような店は、誰でもよく知っていて、長い列を成していることが多く、そこまでして食べる必要がないかと思ってあきらめてしまうことが多いです。それでも、いつかは食べてみたいと思い、行く時間などを調整して挑戦します。やはり、推薦されたり、また、並んでいる店は美味しいことが多く、あまり外れはありません。しかし、ラーメンなどは味の好みは人によってずいぶん違うもののような気がします。また、年齢によっても違ってきます。他の食べ物でもそうですが、今の私は、ふきのとうとか、菜の花とか、「苦味」や「臭み」「渋み」に味の好みを感じますが、子どものころは、「甘さ」とか「味の濃さ」が好きでした。これら味覚は、動物の五感の一つで、口にする物の化学的特性に応じで認識される感覚ですが、人間は、その味覚をおもに舌で感じます。この生理学的な味覚を、他の感覚の嗅覚や視覚や記憶などが加味され、心理学的な感覚として味わうこととなり、「風味」と呼ばれます。普通、基本味というと、「甘味」「酸味」「塩味」「苦味」「うま味」の5つです。そのほかの味としては、辛味、渋味、刺激味、無味、脂身味、アルカリ味、金属味などがあります。中国で五種の味を意味する五味というのは。酸、苦、甘、辛、鹹(しおからい)をさします。それぞれ五行思想で、酸は五行の木 、苦は五行の火、甘は五行の土、辛は五行の金、鹹は五行の水に割り当てられています。インドでは、6つのラサ(6つの味覚)というものがあります。マドゥー(甘味)、アムラ(酸味)、ラヴァナ(塩味)、カトゥ(辛味)、テクタ(苦味)、ケシャイ(渋味)です。同じ味でも、年齢、国によって好みや感じ方は違うでしょうね。
先日の12月22日の朝日新聞に、東京都小平市の中学生に実施した給食内容についてのアンケート結果が載っていました。その結果、「おいしい」13%「どちらかといえばおいしい」39%「どちらかといえばおいしくない」23%「おいしくない」12%「その他」12%でした。そして、ひじきや切り干し大根などの和食で残食が多く、1日に出る約500キロの残飯は畜産業者に引き取ってもらっているといいます。一方、試食会に参加した保護者にアンケートしたところ、「おいしい」64%「普通」34%「おいしくない」2%だったそうです。その結果について、センター所長は「栄養や衛生を第一に考えているため、薄味になったり生野菜を出せなかったりする。センターで大量に作るため調理にも制約がある」と話しています。また、アンケートでは給食時間が足りないと答える生徒が全体の4割近くおり、「短い食事時間も味の回答に影響しているのかも」と言っています。ほぼ毎日出す牛乳を毎回飲んでいる女子生徒は、1年65%、2年59%、3年51%と、高学年になるほど牛乳を飲まない傾向が見らます。都の「学校給食の栄養摂取標準」では、カルシウム摂取のため約200グラムとるよう定めていますが、栄養価の高い牛乳は「太る」と思いこむ生徒が多く、ダイエットに敏感な高学年の女子が牛乳を敬遠しているとみられています。必ずしも子どもの嗜好に迎合する必要はありませんが、給食を通して、子どもたちになにを伝えるかをきちんと考える必要があるかもしれません。

ヒイラギ

 園では、どこでもクリスマス会は済ませたでしょうね。そして、学校では冬休みに入ります。今は、天皇誕生日が12月23日なので、年末は学校ではなんとなく休みに入ってしまうという感じですね。ですから、学校でクリスマスプレゼントを自慢しあう機会もありませんが、子どもたちは、どんなクリスマスプレゼントをもらうでしょう。私の子どもは大きくなったので、もう何年もプレゼントをあげる楽しみはありません。つくづくプレゼントは、もらうほうよりも、あげるほうが楽しみなのだということを実感します。また、以前に紹介したように、最近は家庭や町はクリスマスイルミネーションで華やかですので、終わってからその片づけが大変だろうと思ってしまいます。まだ、クリスマスを迎えてもいないのに、もう終わってからのことを考えるのは、日本人の特徴かもしれません。というのは、私のように多くの日本人は、クリスマスに特別な宗教意識がない不謹慎ものだからでしょうね。私の園では、毎年子どもたちへのクリスマスプレゼントは、職員がひとつひとつに絵を描いて、園の窯で焼いたお皿です。今年の絵柄は、今年のテーマの「楽器」にちなんで、ヒイラギの葉とリボンで結ばれたベルでした。この組み合わせは、リースにすることが多いのですが、ヒイラギのグリーン、リボンの赤、ベルの黄色という華やかかつ温かみのある配色は、まさにクリスマスカラーです。
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ヒイラギの木は、北欧では森の中のすべての木の中で、最も高貴な木とされています。そして、ヒイラギの棘は、イエスが十字架につけられた時にかぶせられた、いばらの冠の象徴、即ち受難を表し、また、そのヒイラギの赤い実は、イエスが十字架上で亡くなられた時、流された血を表すという意味で、クリスマスと言えば、いつも赤と緑が使われるようになったのです。クリスマスに教会で飾られたヒイラギを家に飾ると、その部屋は翌年中幸せになるといわれています。日本では、ヒイラギの葉というと、「まめまき」のときに、鬼が入ってこないように玄関の戸の外に飾る葉をイメージしますが、クリスマスのヒイラギとは種類が違います。クリスマスの飾りでよく使うのは、いわゆる「柊」ではなく、柊黐(ひいらぎもち)で、柊が白い花をつけるのに対して、これは、赤い実がなり、葉っぱのとげの形も違います。しかし、どちらも葉は固くて、ふちはギザギザしています。ですから、さわると痛いということで、さわると「ひいらぐ(疼く。ひりひり痛む)」ということから、「ひいらぎぎ(疼木)」となり、次第に「ひいらぎ」になりました。古くからその鋭いトゲによって邪気を払う木とされ、庭に植える習慣がありました。また、鬼が目を突かれて退散したという伝説(別名「鬼の目突(おにのめつき)」)から、2月の節分には、イワシの頭を柊の枝葉に刺して戸口に立て、魔除けにする、という厄除けの習慣が現在も残っています。
 葉のふちのギザギザを見て、なにを連想するかは、国によって違って面白いですね。私が連想するヒイラギの葉というと、この葉のギザギザを親指と中指で挟んで、葉の面に息を吹きかけて、くるくる回して遊んだ思い出があります。この時期、玄関に飾るものとして、最近頻繁に目にするにリースがありますが、私の子どものころは、年末になると鳶の人が家々を回り、飾り立てていく門松の方を思い出します。クリスマスリースのあとに、しめ縄のリースを飾るのも、日本人らしいですね。

支援

 テレビのプロフェッショナルの番組の中に、保育・教育のあり方のヒントとなる言葉が多くありました。生きている木などの生き物を相手にした関係は、生きている人間にも通じることや、学ぶべきことがたくさんあります。同じように参考になる言葉がちりばめられている本があります。『親と離れて「ひと」となる』(足立倫行著 NHK出版)という、不登校や引きこもりの青少年の共同生活を紹介した本です。この本の中の言葉は、今の教育・保育の問題点と共通します。「僕自身も含めて、トンネルの入り口や出口のあり方を性急に求めてしまうひとに問おう。いま、我々が立ちすくんでいる暗闇の深さはどのくらいなのか、トンネルの中のどの位置にいるのか、手を伸ばせば壁に届くのか届かないのか、足元はぬかるんでいるのかいないのか……まずはそこをしっかりと確かめなければ、出口に進むことも入り口に立ち戻ることもできないのではないか?長年、自立支援組織を運営してきた一人は言う。我々現場の実践者は、生きて変化する人間を毎日相手にしている。理論通りに行かないことなんてしょっちゅうなんだ。それでも言えることは何か。我々の言葉が大ざっぱだったり矛盾したりするのは、ある意味でしかたないんだよ。」
 今日、来年4月に開園する園の施設見学会がありました。まだ、家具などはそろっていませんが、とりあえず建物ができたので、入園希望の保護者と、今の仮園舎で保育をしている公立の職員に対して見学説明会をしたのです。まだ何もない環境の中で、こう説明をしました。それは、今の園を作ったときのコンセプトでもあります。「建物とか、壁とかを“ハード”といいます。それに対して、内容を“ソフト”といいます。建物をハードというのは動かないものだからです。その動かない空間にあわせて、保育内容を決めることになります。たとえば、教室という広さも形も変えられない空間に合わせてクラス集団の大きさを決め、教師が前にいて、一斉にその子どもたちに向かって、どんな内容のときも話をします。しかし、その子どもたちは生きています。生きて変化する人間を相手にしています。それを無理やりにある形に当てはめ、どんなときでも同じ集団で活動するのは無理があります。ですから、その生きている子どもたちや保育内容というソフトに対して、どれだけハードである空間を変化できるかが私たちの課題です。ですから、4月になって子どもたちが入園してから、その子どもをよく見て、地域を感じ、子どもたち個々の発達を理解し、その発達を援助するためには、助長するためにはどのような環境が必要であるかを考えたいと思います。ですから、今は、何もない空間のように見えますが、ここで子どもが活動し始めることによって、この空間も生きてくるのです。」また、壁というハードについては、こう考えています。「壁という動かないもので子どもを区切ることで、活動、音、視線をさえぎろうとします。しかし、子どもにとっての壁は、心の中に持つべきです。それは、規範であったり、決まりであったり、約束かもしれません。それらは、活動を制限するものではなく、お互いに共生し、より自由に活動するためのものであり、その自律していく力をつけていく環境を用意することで、その発達を支援することになるのです。」
重松清さんは最初に紹介した本の批評の中でこの本の内容をこう言っています。『この現場での実践は、「矯正」でも「治療」でもない「支援」で本質を示している。』