食育

 今日は、珍しく「食育」についての講演をしました。食育基本法が、平成16年の第159国会に提出され、平成17年6月10日に成立したので、最近は、その研修が多くなりました。しかし、もともと「食育」とは、消費者に対し、「食」の安全に関する知識、「食」の選び方や組み合わせ方などを教えることです。ですから、園や学校での取り組みだけではなく、国民運動のひとつです。しかし、「食育」という言葉は、我が国では明治時代以降、体育や知育とならぶものとして用いられてきました。また、出版物などでは、1898年に石塚左玄が、「通俗食物養生法」の中で「今日、学童を持つ人は、体育も智育も才育もすべて食育にあると認識すべき」といっています。また、1903年の報知新聞連載の人気小説「食道楽」の中で「小児には徳育よりも、智育よりも、体育よりも、食育が先き。体育、徳育の根元も食育にある。」と、「食育」について記述しています。ということから、食育なしでは健全な心身を育むことができず、他の教育も身につけることはできないという考え方があるので、学校とか園での取り組みが中心になっているのです。もちろん、食べることは重要なのはわかりますが、「食育」となると、ただ食べることが大切というだけではないはずなので、何をすることなのでしょうか。食育基本法では、食育を「知育」「体育」「徳育」という三つの教育の基礎と位置付けています。そのうえで、食に関する知識と、選択する力を身につけ、健全な食生活を実践することができる人間を育てると規定しています。こうした基本理念を踏まえ、(1)国民の心身の健康の増進と豊かな人間性の形成(2)食に関する感謝の念と理解(3)食育推進運動の展開(4)子どもの食育における保護者、教育関係者の役割(5)食に関する体験活動と食育推進活動の実践(6)伝統的な食文化、環境と調和した生産などへの配意および農山漁村の活性化と食料自給率の向上への貢献(7)食品の安全性確保などにおける食育の役割――の七つの観点から、家庭、学校、保育所、地域などの役割を明記しています。はっきりいって、よくわかりません。まず、前提の「食に関する知識」と「選択する力」とどう関係するのでしょう。選択するために知識が必要だというのであればわかるのですが。「力」となるとわからなくなります。結局は、本文の中の第二十五条の「国及び地方公共団体は、すべての世代の国民の適切な食生活の選択に資するよう、」ということのようで、「食に関して根拠のない情報が多過ぎて「何を選択したらいいか分からない」といった悩みや、牛海綿状脳症(BSE)やO―157、鳥インフルエンザの発生などによる食品の安全性に対する不安もあります。」しかし、何を選択したらいいかをわからなくしているのは政府で、私たちにその力を付けろというのは、なんだかへんです。など、どうも屁理屈を言うことが多くなりました。ただ、確かに最近の「食」文化は変になってきています。そのひとつに、五つの「こ食」があります。(1)孤食(一人で食べる)(2)小食(食べる量が少ない)(3)個食(自分が好きなものをおのおのが食べる)(4)粉食(スパゲティやパンなど粉を使った主食を好んで食べる)(5)固食(固定された自分の好きなものしか食べない)です。こ食も、ずいぶんと幅広くなったのですね。また、十代女性の七〇%がダイエット願望をもち、朝食を食べない子どもは二〇%もいます。確かに問題ですが、この問題は、食育の問題というよりは、生活の持ち方であったり、人としての生き方の問題でしょうね。

食育” への2件のコメント

  1. 藤森先生が「食」についてお話しされても保育教育同様、うんうんと聴衆に納得してもらえる話をされることは岩手にお出で頂きご講演を頂戴した時にわかりました。今回の講演もさぞかし皆さん頷かれたのではないか、と思います。「食育」については明治期から言われていたとは知りませんでした。勉強不足を痛感します。そして、今の時期になってそのことを法律に仕立て上げてまでも取り上げる、一体何故?と思ってしまいます。昨今の日本の子どもたちの様子がおかしい、それは食が家庭でも学校でもできていないからだ、と言うのはわかりますが、じゃあ外国からの輸入に頼る率を減らして安全な国産品の生産量と質の向上を国策としてやっているのか、外食産業やその他の食品に「子どもたちを守るため」ということで徹底したチェック体制はとられているのか、そうした疑問が湧いてきます。以前、マ○ド○○ドという米国のファストフード会社が「食育」と称して学校だかどこだかに出かけて行って子どもたちにレクチャアしたとか、そんな話を耳目にしましたが、その一事で日本の「食育」とやらがよくわかるような気がしました。学校給食現場は「食育」どころか、どうしたら給食を食べさせられるかで頭を悩ましているということを聞いたことがあります。私が住む町には「学校給食」がありません。お弁当です。生徒の親の大半は安い冷凍食品を一生懸命探しています。こうした実態に対して食育基本法はどの程度の効力を発揮できるのでしょうか。「食育」などというと、そのために「食べる」ことを嫌う子どもたちが増えるような気がします。「知育」「徳育」「体育」と「育」という漢字が強調されるたびに子どもたちはやる気もなにもかもそがれて行っている様な気がします。「教育」などという熟語を決して発することのなかった親に育てられたおかげでいまだに勉強が大好きです。親に感謝しています。

  2. 私は恥ずかしながら「食育」というものがよくわかりません。「食」の大切さは理解しているつもりなのですが、盛んに叫ばれている「食育」となると正直ピンときません。「私たちは食育に取り組んでいます」とか「食育は大切です」と言っている人に、「食育ってどういう意味ですか?」と聞いても「食育は大切なことなのに知らないのか」といった反応しか返ってきません。なんとなく「食育」という言葉だけが一人歩きしている感じがしていました。今日のブログで「食育」のややこしさがわかりました。
    藤森先生が話される「食育」の講演を聞きたかったです。少しはもやもやした思いがすっきりしそうな気がします。

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