子どもの名札

 先生がつける名札をブログで書きましたが、子どもはどうでしょうか?ぴかぴかの1年生のイメージは、「黄色いカバーをつけたランドセル、黄色い帽子、胸につけた名札」です。それが、朝日小学生新聞にこんな記事が掲載されていました。「みなさんは登下校のときや学校内で、名札をつけていますか。名前や学年を人に知られることで起こる犯罪をふせぐため、学校を出るときにはずしたり、裏返せる名札を使ったりする学校がふえています。校内でも名札をつけず、上ばきに名前を書いて対応する学校もあります。」かつては、名札の表面には、「学校名」、「学年」、「組」、「氏名」が書いてあり、裏面には「保護者の氏名」、「住所」、「電話番号」、「血液型」まで書いてありました。そして、「学校に限らず、家から出るときはいつも名札を付けるように」と、先生方や親はいつも子どもたちに注意をしていました。それは、万一、事故などに遭った際には、名札に記載してある情報からすぐに保護者に連絡してもらえるので、結果として子ども達を守ることができるからです。そのような意味で名札を付けていたとなると、戦争中や、戦後まもなく子どもたちだけでなく、みんな、布に名前を書いた札を胸からぶら下げていましたね。しかし、小学生新聞ではありませんが、最近では、この名札を見て「○○君」などと、いかにも親しげに声を掛けてくる不審者が現れている事などがあり、登下校時など、学校外では名札を着用しないように指導しているところが多く、さらに、体操着なども、昔は遠くからでも分かりやすいように、大きく背中や胸に苗字を書き込んだりしていましたが、これについても犯罪防止の観点から書き入れるのをやめている学校が多いようです。しかし、本当は、その名札を見て親しげに声をかける地域の人がいるということは、子どもにとってはうれしいことでなければならないはずです。子どもは、名前を読んでもらえることで満たされことがあるからです。私が小学校で教員をしていたときに、ちょうど名札をどうするか議論になったことがありました。そのときに、名札は学校の中だけにしていました。登校すると、教室にある箱から自分の名札を出して、服にとりつけます。そして、帰りの会のときに、名札係が、みんなの名札を集めます。しかし、その取り外しが面倒ということもあって、名札はやめようという話になったのです。担任は、クラスの子はみんな名前を知っているはずだから、名札なんかなくてもいいのではないかということでした。その意見に、校長と私は反対でした。なぜかというと、校長と私は、ある競争をしていました。それは、どちらが先に全校生徒の名前を覚えるかの競争をしていたのです。全校生徒に、どこで会っても、名前を読んで話しかけようとしていたからです。しかし、そのころの教員たちは、自分が担任していないクラスの子どもに声をかけるのは、越権行為だと思っていました。直接私に言った先生がいました。担任しているクラスの子が、他のクラスの先生と話をすると、クラス経営がやりにくくなると言われたのです。ですから、自分のクラスの子の名前を他のクラスの先生が覚える必要はないといいます。その時は若かったので「あなたのクラスの子どもたちは、あなたの所有物ではありません。」と、食って掛かったものです。子どもたちは「登下校時も名札をつけて、近所の人に『○○さんちの○○ちゃん』とおぼえてもらえる方がのぞましい。でもいまは、そのプラス面よりも危険度の方が高い。」という、残念だけど仕方ない状況ですね。

子どもの名札” への3件のコメント

  1. 今日の『臥竜塾』ブログを開きました。「名札」が目に留まりました。な~んだ、まだ「教師の名札」か、と思いコメント欄をみると「楢崎」とあります。楢崎さんのコメントを読ませて頂き、そしてまた「戻る」と、ムムム、同じ「名札」でも今日は「子どもの名札」です。よし、きたぁ、ってなもんで、今日もコメントです。私の近所の小学校も名札の着用は学校内だけだそうです。こちらは「個人情報保護」の観点からなのだそうです。学校に着いたら名札をつけ、帰りには名札をはずして帰るのだそうです。私が勤める園では、子どもたちは名札をつけたり、つけていなかったりさまざまです。先生は名札をつけていませんから、子どもたちにも名札の着用は強要しません。先生たちはみなさん、すべての子どもたちを知っているからです。ただし、子どもたちの持ち物はみんな名前を書いてもらっています。流行を追っている親子のありようは都会も田舎も同じです。従って、同じものが多いです。名前をつけておいてもらわないとどれが誰のか全くわからなくなります。100名以上の子どもたちが当園に通ってきています。当たり前ですが、全ての子どもの名前はわかります。それでも年のせいでしょうか、名前が出てこなかったり、本人のお兄さんお姉さんの名前を言って、子どもたちからの訂正を受けることもしばしばです。その時は名札があると助かります。私は名札、あったほうがいいな、と思っていますが、ご時世には勝てません。そう言えば、ネパールに行ったとき、露店の古着屋さんがありました。そこに見慣れた小学生の運動着がありました。しっかりと日本人の名字が縫い付けてあり、驚きました。ボランティアの皆さんが古着を贈って差し上げたのでしょうね。ボランティアの皆さんの善意はかの国の経済を支えていました。

  2. 寂しい世の中になりました。こういうことがどんどん増えていくんでしょうね。
    「他のクラスの先生と話をするとクラス経営がやりにくくなる」と考える教員がいたというのは驚きです。もし同じように言われたとしたら、今の藤森先生ならどのように対応するんだろう?と考えてしまいました。私だったらやはり食ってかかると思います。

  3. あいやま先生と同じく、私も同じ状況ならば喰ってかかるでしょうね・・・。なんせ、特技「かみつき」ですからね~。
    自分のクラスを所有物と考える人は、教員だけではないですね。
    うちの園でも、各職員、自分のクラスの部屋も子どももおもちゃも、全部担任の所有物と勘違いしている人が多くいます。
    みんなで子どもを育て、みんなで子どもを守っていくべきなのになあ~・・・。
    きっと自信がないんでしょうね、いろんなことに。
    確かに、時代がそれを許してくれない部分もあります。名札の件もそうですよね?(まあ、うちは定員が60名なので、名札なくても覚えられますが・・・。)
    寂しい話ですね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">