今日は、明日から二日間開かれる「見守る保育 研究セミナー東北ブロック」のために八戸に来ました。ここ八戸は、私の住んでいる市と関連があります。どうしてかというと、私の住んでいる市は、「八王子」で、ここは、「八戸」ということで、どちらも数字の「八」がつきます。そういえば、全国の地名には、数字が着く市や町や名所があります。どのくらいあるか、知りたくなりました。そんな好奇心は、私はなかなか消すことができないので、忙しいのに、すぐに「中学校地図帳」の索引に載っている地名で、数字が着いているものを数えてみました。すると、全部で、146箇所ありました。意外に多いですね。検索項目に載っていないものを含めると、いたるところにありそうです。たとえば、今日八戸に向かう新幹線も「一ノ関」と「二戸」という駅を通ります。数がつく地名で、最も多い数は、45箇所あった「三」でした。数は、大きく分けて「量」を表す場合と、「順序」をあらわす場合があります。地名にもこの二つに分けられます。たとえば、「八王子」は、八人の王子から取ったので、「八」は、量を表します。それに比べて、「八戸」の「八」は、「二戸」という地名があることからわかるように、順序を表しています。岩手県北から青森県南にかけて一から九の数字に「戸」が付く地名が残されています。これらの地域は、古代末期から中世にかけて「糠部郡」と呼ばれていた地域です。そして、この「戸」は、古代律令に基づくものと考えられており、馬産地として知られていたこの地域の牧場に関連させる考え方や、蝦夷支配のために北進する朝廷側の前進基地とする考え方があります。そして、その地域を、糠部の中の地名として一から九の数字を順につけて呼ばれたものが残ったと考えられています。いずれにしても、八戸は「糠部」の中の8番目の「戸」ということを意味しています。まさに、順序数ですね。そう思って、皆さんの地域にある数字は、どちらを表しているか考えてみると、その由来がわかりやすくなります。しかし、それだけであれば、「三」という数字が特別に多くなるわけはありません。では、どうしてでしょう。それは、二番目に多い数を見ればわかります。二番目に多いのは、「八王子」の「八」という数字が着く地名で、31箇所もあります。次に多いのは、15箇所の「五」ですから、いかに「三」と「八」が多いかがわかります。それは、たぶん、数字そのもののもつ意味があるからです。縁起がよい数だとか、たくさんの数という意味を表しているとかです。そういう意味では、「八」が最も使われます。まず、「たくさんの」という意味で使われます。「八重」ということは、「幾十にも重なった」という意味で、地名の「八雲」などは、幾十にも重なった雲のことを歌った「八雲立つ出雲八重垣…」からとったといわれています。とくに「八百」とか、「八百万」はとても多い数の代表で、たとえば、「八百万の神」(やおよろずのかみ)とか「八百屋」(やおや)とか「江戸八百八町」(えどはっぴゃくやちょう)などに使われています。また、「八」は、漢数字で書くと、下のほうが広がっていて、「末広がり」という縁起のよい数字ともいわれています。また、たぶん、地名ではそんな意味で使われることはないでしょうが、「8」を横にすると、「∽」となって、「無限」を表しているということで、使われることがあります。数字は、占いにも使われることがあるなど、神秘的な意味を持つことがあります。数字の着く地名も、神秘を感じますね。
私は暇だったので島根県の郵便番号帳を調べてみました。細かい地名を合わせてもやはりトップは「三」で次が「八」でした。地名についている数字を気にすることはなかったのですが、こうして調べてみると予想以上に多くありました。由来など分かりませんがいろんな意味があるんでしょうね。そういえば「うその三八」という言葉もありました。「三」と「八」はいろんなところで使われているようです。
藤森先生は講演などでいろんな土地に行かれていますが、日本で行かれていない都道府県があるんでしょうか。私は東北地方に一度も行ったことがないので、八戸はどんなところだろうと思いながらふとそんなことを考えました。
八戸で乗ったタクシーが「三八五○○タクシー」でした。ちなみにこれは「ミヤゴ」と読みます。子どもの頃「三八五」の名前を付けた貨物トラックが家の近くの国道をよく通っていました。どういう意味があるのだろう、と疑問に思ったのでしたが、そのまま脳の奥深くに仕舞い込まれていました。それが今日のブログとそのブログを読んだ後に偶然乗り合わせたタクシーで表にひょっこり出てきました。するともういけません。そのタクシーの運転手に唐突に「三八五の由来は何ですか?」と尋ねました。運転手氏は「創業者が三戸郡五戸町生まれで、会社が八戸市にあって、それぞれの頭文字三八五をとってミヤゴです。」と答えてくれました。私は「なるほど」と言ったまま年来の疑問が氷解した喜びに浸っていたのですが、それも束の間。それなら何故「三五八」(ミゴヤ)じゃないのか?との新たな疑問が沸き起こりました。彼の運転手氏に再び訊くのも失礼かなと思ったことと語呂合わせが悪いからか、などと考えたこともあって、結局次回八戸市に行った時訊いてみようと思ったのでした。