はやて

1958年(昭和33年)から1959年放映されたテレビ番組で、最高視聴率67.8%(平均40%台)を記録した超人気番組といえば、「月光仮面」です。この番組は、国産初のスーパーヒーローもので、そのころは、ほかにあまり面白いテレビ番組がないということもあって、ものすごい人気でした。しかし、あまりにもすごい人気のために、月光仮面の真似をして、高い所から飛降りて怪我をする子どもが続出し、惜しまれつつも短期で終わりになってしまいました。この人気は、まるで、「疾風」のように駆け抜けていきました。というと、その年代の人は、だれでも思い出すのが、この番組の主題歌です。「どこの誰かは 知らないけれど、誰もがみんな 知っている 月光仮面の おじさんは 正義の味方よ 善い人よ 疾風のように 現われて 疾風のように 去って行く 月光仮面は 誰でしょう 月光仮面は 誰でしょう」という1番の特にさびの部分、「はやてのように あらわれて、はやてのように さっていく?」というところは、思わず口ずさむでしょう。この「疾風」(はやて)という言葉は、普段はあまり使わなくなりました。しかし、思わないところで復活したのが、今日、八戸からの帰りに乗った、新幹線「はやて」です。「はやてのように」というのは、今の子だったら、新幹線の「はやて」のように速い、と思うでしょうね。本当は、はやての「はや」は「早い」の意味で、「て」は風を表しています。ですから、早い風ということで、「急に激しく吹く風」で、寒冷前線に伴って吹くことが多い風です。また、陣風(じんぷう)ともいいます。漢字では「疾風」と書き、「しっぷう」と読みこともあります。そのほか「早手」とも書かれ、「はやち」とも呼ばれます。このように「風」を「ち」と読むことがありますが、たとえば、「東風ふかば」の「東風」を「こち」と読むのと同じです。また、このように早いということから、「かかるとすぐ死ぬ」ということで、疫痢(えきり)のことをさすこともあります。しかし、何で、新幹線の名前に「はやて」が採用されたかというと、いろいろといきさつがあるようです。というのも、この「はやて(疾風)」は、農作物に被害をもたらす風や疫病の異名でもあるために、はじめは、採用されませんでした。公募したときは、「はやて」という名称はトップ10にも入っておらず、「みちのく」・「はつかり」などが上位だったのです。しかし、将来の新青森延伸も視野に入れ、斬新でスピード感を表す名称として、敢えて採用されたのです。この「はやて」が、盛岡で連結されるのが、秋田から来る「こまち」です。この列車名は、公募の結果1位でした。ちなみに、2位は「おばこ」、3位は「たざわ」でした。この「こまち」は、お米の品種の「あきたこまち」を思い出しますが、もともとは、あの美人で有名だった「小野小町」のことです。彼女は、秋田県湯沢市小野出身とされているのです。やはり、昔から、秋田美人ということがあったのですね。しかし、「はやて」と違って、逆におとなしい女性のイメージなので、秋田県内では「新幹線という超高速列車の名前としてふさわしくないのではないか」という意見もあったそうです。同じ路線で、仙台までと、盛岡まで走る新幹線に「やまびこ」があります。この名称は、「はやて」「こまち」と比べて、古い歴史があります。1959年 福島駅から盛岡駅間を運行する準急列車の愛称として使用されていたものが、格上げになったのです。列車の名称にもいろいろな歴史がありますね。