右利き

 今日の朝日新聞の日曜版に「左に回りたがるヒト」という記事が掲載されていました。秋が深まった今、ほとんどの園や学校では運動会が終わったと思いますが、そのメインイベントとしてリレーがあります。私の園でも年長児はリレーを行いました。トラックをバトンを渡しながら回る姿は、とても感動し、熱が入り、盛り上がります。そのときのトラックは、右回りか、左回りかどちらでしょうか。今日の記事によると、1912年に創設された国際陸上競技連盟が、「走る方向は左手を内側に」と定めて以来、左回りのルールに決めたそうです。その記事は、なかなか興味深いことが書いてあります。1896年の近代オリンピック第1回アテネ大会は右回りだったそうです。どうして途中で変わったかはよく分からないそうです。この記事に、実験をして、どちらのほうが有利か調べた結果が書いてありましたが、あまり関係なかったようです。しかし、どうも、右利きでは、左に曲がるほうが走りやすいようです。人は、右利きと、左利きの人がいます。しかし、世界の国々を見渡してもほとんどが右利きで、左利きの人は、全体の約10%しかいないと言われています。しかも、右利きが圧倒的に多いのは、生き物の中でも人類だけに見られる顕著な特徴だそうです。利き手と脳は、よく知られているように右手は左脳と、左手は右脳と繋がっています。人類は二足歩行をはじめ、道具を使い、言葉を操るようになる進化の過程で脳が大きく発達し、それとともに右利きが増えたと言われています。それは、子どもたちを見ていると、その発達の過程でもわかります。0?2歳くらいの子どもたちは、右手で物をつかんだり、左手でつかんだり、左右どちらの手もあまり偏らずに使っています。その子どもたちの利き手が、3歳から4歳児になるころに、次第に決まってきます。そのときに、なぜ右利きになる子どもが多いかは、よく分かっていません。左利きになる理由にはいろいろな説があります。ひとつは遺伝説です。しかし、これは一卵性双生児でも一人は右利き、もう一人が左利きになる子どもがいることで、あまり確かではないようです。もうひとつは、利き手が決まる3?4歳くらいまでに左手を使うことが多かった子は左利きになるという環境説。ですから、そのころになるべく右手に物を渡したほうがいいといわれています。または、胎内での成長過程もしくは出産時に何らかの原因で左脳を圧迫する事態が発生し、その左脳のはたらきを補うために右脳が活発になって左利きになるという説もあります。それにしても、現在のところは、どの説が有力か、決め手がありません。昔、とても感動した本に、住井すゑさんの「橋のない川」があります。これは、映画化されましたので、すぐに見に行ったのですが、あまり内容が原作ほど深くなく少しがっかりした思い出があります。その本を電車に中で読んでいて、大勢の人がいる中で、あまりに感動をして涙を流してしまったことがあります。ずいぶんと昔のことなので、はっきりと、正確には覚えていませんが、その中で、左利きの子に説明する場面がありました。昔は、左利きの子は、他の子と違うことで、みんなにいじめられたり、先生から注意をされました。それを切なく思っている子に、「昔は、人間は左利きだった。それは、人同士がとても平和で幸福な時代であった。それが、人と人が戦いをするようになったときに、大事な心臓を手で覆いながら剣を持って戦った。そこで、心臓がある左側を押さえるために左手を使い、あいたほうの右手で剣を持ったのだ。だから、人を殺し合いはじめて、右利きの人が増えてきた。左利きを誇りに思いなさい。」というような趣旨だったような気がします。もう一度、読んでみたい本のひとつです。

右利き” への4件のコメント

  1. 先日行われたGT主任セミナーのセッションで、利き手と反対、私の場合は左手を使って、決められた時間と枠内で線を書く、というワークショップがありましてた。利き手で書いてもミミズが張ったような線しか書けないのに、利き手でない左手で書くとそれはそれは何ともおぞましい線になっていることに愕然としました。かつて学習塾をやっていた時、左利きのとても優秀な生徒がいて、とても上手に字を書いていました。右利きの私が書く字はとても乱雑で、お世辞でも褒められる代物ではなく、それゆえ、左利きで達筆なその生徒に私はいつも感服しておりました。4歳のわが子は右利きになったようです。食事の時、左手をお椀にそえずに右手だけで食事をします。左手が要らないのか、要らないのなら、のこぎりで切り落とそうか、と持ちかけると、イヤダ、と言って左手をちゃんと使って食事をします。残酷なことを言いますが、食事をする時、お椀に手を添える、あるいはお椀を口元近くまで運んで食事をするのは、我が家の伝統です。別な言い方をすれば、我が家の文化です。こどもにはそうしたことをしっかりと伝えていきたい、と思います。クチャクチャ食べたり、麺以外のものを音をたてて食べたり、利き手でないほうの手をぶらつかせたり、そうしたことは我が家の食事のマナーではないので、その都度わが子には気をつけさせます。食事を皆で楽しむルールをわが子に伝えている最中です。住井すゑさんの「橋のない川」、いつか是非読んでみたいと思います。藤森先生同様、感動による落涙を経験できる、そんな予感がします。

  2. 左脳が発達して右利きが多い、3?4歳くらいまでによく使っていたほうが利き手になるなど、いろんな説があるんですね。以前小学校の授業を見学した地域の方が児童の中に左利きの子がいるのを知り、「直させたほうがいいのでは」と校長先生に言っていたのを聞きました。そのとき複雑な気持ちになったのを思い出しました。
    「橋のない川」の内容はあたたかい気持ちになりました。利き手が決まるいろんな説も興味深いですが、このような考え方も大切なんだろうなと思いました。

  3. 利き手が左右どちらかになる要因はまだまだ分かっていないのですね。理由がはっきりしていそうなイメージを勝手にもっていたので少し驚きました。確かに、あまり「〇〇だから左利きになるのよ」というような言葉は聞いたことがありません。かなり前に左利きと右利きの人の事故率に違いがあるという話を目にしました。その時は「いや関係ないでしょ」と思ったのですが、なんだか未だに覚えています。周りと違うということでいじめられることもあったのですね。かつては双子もそのような目にあっていたと聞きました。それを聞いた時にとても悲しい気持ちになりました。周りと違うということを仲間外れの対象にしないそんな雰囲気を築いていけれる一員になりたいと思います。橋のない川での言葉は感動します。このような言葉が生まれる作者の方の本の内容が気になります。

  4. 「左利きの人は、全体の約10%しかいない」ということで、世の中のあらゆるものが、右利きの人のことを考えて作られていることが多いということでしょうか。少し調べてみると、エレベーターのボタン・パソコンのエンターキー・カメラのシャッターボタン・自動改札機の投入口・急須・定規など、右利きが使いやすいように設計されていると書かれてありました。しかし、だからといって無理矢理利き手を変えさせようとしたり、その違いを認めずにいじめの対象としてしまうことの方が問題ですね。そのような違いを尊重し合える集団を作ろうとすることが重要であるのですね。

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