ままごと

 昔の子どもの遊びには、大人になるための訓練の要素がありました。特に大人の模倣をする「ままごと」は、その意味合いが強いものでした。しかし、子どもの世界は、そんなことに関係なく、大人のまねをすることの楽しみとして「ままごと」が長くつづいてきました。1歳児くらいから、園でも「ままごと」のゾーンがとても人気があります。しかし、その様子を見ていると、それぞれの年齢によって遊び方が違います。1歳児では、みんなそろって、頭にナプキンを巻いてもらって、なんとなく大人の雰囲気を楽しんでいます。そして、それぞれ一人ひとりがキッチンに向かい何かを見立てて遊んでいます。たまに、大人の顔を見て、確認するために振り返ります。それが、2歳児くらいになると、用意されたハンバーグとか目玉焼きなどをさらに乗せて、他の子に「どうぞ」と差し出します。もらった子は、食べるまねをします。お母さん役をしたり、子どもの役をしたり役割を分担し始めています。それが、3歳以上になり始めると、調理の真似を始めます。野菜を刻んだり、フライパンでいためたり、なべで煮込んだりします。
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 そのころから、子どもたちは、園では本当のクッキングをします。クッキーを作ったり、うどんをこねたりします。子どもたちは、料理の時間になると目を輝かせます。なぜかというと、大人と同じことをしているという喜びだけでなく、水で洗ったり、ちぎったり、こねたり、丸めたり、切ったりといった、料理の作業の一つ一つには、遊びと同じ作業が入っているからです。子どもにとって料理は、最高の遊びでもあるのです。しかも、これほど目的がはっきりしていて、結果が明確に表れる体験は、ほかにありません。また、料理をすることによって、生活上必要な技術が身につきますし、手や脳など、身体的な発育にもよい影響があります。これは、小学校の「総合教育」といわれているものと同じです。幼児期においても、子どもの発達に関する領域といわれているものが含まれているのです。家でも、子どものお手伝いは、かえって親にとっては面倒くさいことも多いのですが、とても重要な意味があるのです。
 しかし、最近、さまざまな事情から、子どもたちに手伝ってもらうことが少なくなりました。たとえば、私がよく親の手伝いをしたものに「障子貼り」とか「玄関の掃除」などありましたが、今は、ほとんどしないと思います。その中で、食育の面でもとても大切な「買い物」も、昔は子どもの役目でした。「のびちゃん、おつかいに行ってきてちょうだい!」とアニメ「ドラえもん」の中で、お母さんはすぐ買い物かごを、のび太にわたします。同じように、ジャイアンの家庭でも、サザエさんの家庭でも子どもにお使いを頼みます。いまは、「初めてのお買い物」という番組の中だけになりつつあります。この番組を見ているとわかりますが、「お買い物」には、買うものを覚えていくこと、お店でその素材のよしあしを見分けること、買うものを注文すること、時には値段の交渉をすること、お金のやりとりをすること、などその中には、生活に必要な様々なことが含まれていました。今は、残念ながら、車や不審者の危険が町にあふれ、宅配を頼んで買い物に行かない家庭が増えたりして、なかなかそんな環境はありません。そこで、園ではできるだけそんな体験をするようにしています。子どもクッキングを計画する時、できるだけその材料の買い物からするようにしています。毎月の誕生会では、その月の4,5歳児の誕生児が、みんなのおやつを「クッキング」して振舞うのですが、前日にその材料を買いに行っています。鬼ごっこにしても、ドッジボールにしても、子どもたちが遊びや体験から学ぶ場は減ってきていますね。

ままごと” への6件のコメント

  1. 小さい頃、買物を頼まれてわくわくドキドキしながらお店に行っていたことを思い出しました。障子貼りや玄関の掃除はもちろんやらされましたし、薪割りや風呂焚きなどもさせられました。今考えるととても贅沢な体験をたくさんさせてもらってきました。確かに大人の手伝いで身に付く生活に必要なものはたくさんありますね。
    誕生児が買物に行ってクッキングというのは楽しそうです。自分の誕生月を待つのも楽しそうです。いろんな工夫をして、子どもたちに様々な体験をさせてあげようと思います。

  2. 子どもにとって、あそびはまなびなんですが、そのことを理解していないおとなが急増中のような気がします。
    保護者だけでなく、保育者にもその姿は見られ、言ってきかせる、とうことにばかり目が向きがちです。
    あそびの中からいろんなことにルールがあることや、待つこと、喜怒哀楽など、必要なことを身につけていけるんですがね?。
    おとなもあそび感覚で物事をやり始めると長続きしたり、予想以上の成果が得られたりしますよね?。
    子どもにとって、おとなのお手伝いやクッキングなどは、それはそれは楽しいもので、みんなすすんでやりたがります。
    福岡県は保健所が厳しくて、子どもが作ったものを提供してはいけないそうです。
    せっかく作ったものを食べてもらえない悲しみはどうしたらいいんでしょうかね??
    なので、うちでは子どもが作ったものは、おとなが楽しんで食べるようにはしてますが、本当は子どもたちに食べてほしいです。
    保健所の指導も、やはり自治体によって違うんでしょうか?

  3. 私の園でもクッキングをやっていますが、子どもたちは本当に楽しそうです。包丁を使う手が危なっかしくて、ヒヤヒヤもんです。子どもたちの嬉々としてクッキングに取り組む姿はほほえましくもあり、たくましくもあります。
    お家の方々はお手伝いをさせないようです。かつては当然の如くにお家の手伝い等をしていたのに、今はさせない。ですから、保育園でお手伝いを経験させるようにしています。これも時代を読んでのことです。お手伝いは子どもに経験させないといけない、と思います。さもなければ、何も知らない小学生になり、中学生になり、そして大学になる、という極めて貧しい現実を見せ付けられます。子ども相手の私たちは時代を感得して仕事にあたらなければなりません。

  4. 携帯で初めて藤森先生のブログを拝見しました。八戸での研修は、とても充実した楽しい研修でした。藤森先生の講演はどこをとっても一言一言が納得納得ですが、なかでもインクルージョンの考え方についてのお話はとてもわかりやすく、感動しなぜか涙が出そうでした。
    ところで、仙台でも子どもがクッキングしたものを食べるのは衛生面でだめです。去年、餅つき大会を保護者の方達としたのですが、それは大人が食べ、子どもはお餅屋さんのを食べて我慢しました。こっそり、一口づつつきたての餅を頬張りましたが、、、幼稚園は食べていいのに、変ですよね。“食育”とか騒いでいるわりには、大切にしなければならないものが見失われているような気がします。認定こども園の説明会の時に、こども園ではそのへんはどうなるのかと質問が出ていましたが、行政の人は答えることが出来ませんでした。私も他のところはどうなってるのか知りたいです。

  5. 小さい頃にした親の手伝いは割と覚えています。また、何か頼まれるのもうれしかった思い出があります。穴掘りや玄関掃除は頼まれたり、褒められたくてやっていたことを思い出しました。小さな自分でも誰かの(親の)役に立てたという思いはなんとも言えない充実感のようなものがあります。親としては面倒なことも増えると思いますが、社会を知る経験にもなる大人の世界のお手伝いは大切にしたいですね。なかなか今の時代、子どもだけでの買い物となるとほとんど見られないような気もします。だからこそ、保育園の役割が大切になってきますね。そんな視点で保育園の役割を考えることで、いろいろな物事が見えてくるのかもしれません。

  6. 子どもたちがクッキングをしている時の集中力や楽しそうな表情は、大人と同じことをしている喜びからくるものであると思っていましたが、そうではないのですね。「大人と同じことをしているという喜びだけでなく、水で洗ったり、ちぎったり、こねたり、丸めたり、切ったりといった、料理の作業の一つ一つには、遊びと同じ作業が入っているからです」という言葉のように、料理の作業行程には様々な遊びの魅力が詰まっていたのですね。そして、「お買い物」にも生活に必要なことがたくさんあるということで、料理における全ての行程が、子どもに大きな影響を与えているのですね。その行程が自然と出来なくなっている現状というのも寂しいです。保育園だからこそできる食との関わり方ができるといいのですね。

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