教室

プレジデントファミリーの12月号の特集に「頭のいい子の勉強部屋」というものがあります。どんな部屋なのか興味はありますが、ほかの記事はあまり興味のないものばかりなので、この部分だけのために本を買う気にならないので見ていませんが、間取りが問題なのでしょうか。動線が問題なのでしょうか。それよりも、気が散らないとか、音が聞こえないとかいう「視覚」とか「聴覚」を遮断する部屋作りかもしれません。同じように、学校の教室は、どんなつくりが教育効果が上がるのでしょう。リヒテルズ直子さんの「イエナプラン教育に学ぶ」には一例にこう書かれています。
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「教室の一隅には、グループリーダー(担任)が記録をしたり事務的な仕事をしたりする机が置かれています。そのほかに二つ、大きなテーブルが置かれているのが普通です。一つは、教室のほぼ中央に置かれていて、子どもたちが、糊やハサミ、また、絵の具などを使って作業をする時に使うテーブルです。そして、子どもたちのテーブルは、5?6人分ずつ、壁や窓に沿って配置されています。教室の後方には、読書コーナーやコンピューターコーナーが設けられ、子どもたちが自由に本を読んだりコンピューターで仕事をしたりすることができるようになっています。また、廊下にも机が置かれ、子どもたちが一人で静かに自習することができます。黒板の後ろや下、窓際の窓の下、廊下側の壁など、ありとあらゆるところに棚が設けられ、さまざまな教材が備品として備えてあります。子どもが何かについて調べるための資料や遊びながら学ぶことのできるゲームなどが、廊下や踊り場などのコーナーに置かれています。また、廊下側や教室後方の壁には、生徒の学習の成果を展示するスペースが広く設けられています。また、イエナプラン教育では、いろいろな機会を捉えて、グループリーダーと子どもたちが輪を作って話し合う時間を設けるので、グループ全員ですぐに輪を作ることができるように、机や椅子は、できるだけ軽く移動しやすいものが選ばれています。教室の床は、清掃が簡単な、明るい色のリノリウムがよく使われています。」今までのオランダの教室をこのように表現しています。「大勢の子どもに対して画一的な授業を行ってきた旧来の学校では、子どもの注意を、いかにして授業をしている教員に向けさせるか、ということを基準にデザインされてきたものです。黒板の前には、教員が立つ教壇があり、それに向かって机や椅子が整然と並べられたものでした。」これを聞くと、今の日本の教室そのものですね。以前のブログでも書きましたが、このような変化は、アメリカの教室にも見られます。どの国も、少なからず、幼児における保育室も学校の教室に影響されています。それは、もちろん教育によってどんな力を子どもにつけるかという課題は、幼児期から共通だからです。実際に、ドイツなどでも、保育室も、ここで表現されているようなオランダの教室にとても近いものがあります。今年の2月に訪れた幼児施設でも、給食は、廊下に机を並べてみんなで食べていました。しかも、その廊下の幅は、それほど広くないのにです。もちろん、ランチルームのような食事専門の部屋があればいいのですが、それほど贅沢は言えません。そこで、廊下を含めてフレキシブルに部屋を利用しているのです。しかし、この部屋の利用の仕方は、日曜日に訪れた牧野記念館にあった、江戸時代の郷校の模型にそっくりでした。
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教室” への4件のコメント

  1. 新しい内閣は「教育再生」を会議で検討し始めています。しかしこの「再生」については藤森先生がブログの中で「いつごろの教育を再生しようとしているのか」と問題を提起しています。私はこの問題提起に「どんな形態の教育を再生しようとしているのか」というもう一つの問題を加えたいと思います。今日のブログでご紹介頂いたリヒテルズ直子さん紹介の「リビングルームとしての教室」はとても魅力的なものです。保育の再生として「生活を異年齢にし設定保育を発達年齢別に」という提案を藤森先生がなさっておられます。この保育園幼稚園の形態を学校に移した時の教室が「リビングルームとしての教室」ということになるのかな、と思います。日本の教育のあり方を考える上で「イエナプラン」はとても参考になると思います。そして同時に、藩政時代の藩校や郷校、あるいは寺子屋の教育形態を見直すと、新しい日本の教育の姿が見えてきます。この新しい教育の根底にあるのが、自立と自律、自発と意欲、そして関係性を重んじる子育て理念であることは言うまでもありません。お天気が悪いと難しい事を考えたくなります。

  2. 「イエナプラン教育」で強調されている「学校というのは子どもや先生が違うように1つ1つ違う。環境や生徒集団の特徴、親の学歴などもそれぞれ違う。そのように違っていて当たり前なので、教師はその環境に合わせて、その個別の条件に合わせた違った教育をしてよいのだ」ということに深く納得です。
    リヒテルズ直子さんが紹介してくれているオランダ教育の環境や考え方にはいつも刺激を受けています。それと同じようなものが江戸時代には日本にもあったと考えると、意外と日本人になじみやすいものなのではないか、とも思います。

  3. リビングで家族が同じ空間にいる中で学習している子の成績がいいということをいくつかの番組や記事で紹介されているのを見たことがあります。理由は覚えていませんが、子どもを監視できるからではなく、親子でのコミュニケーションが生まれる環境であってほしいなと思います。イエナプラン教育での環境も5~6人が一緒に座る机であったり、直ぐに話し合いができるように机や椅子が軽量になっているということからも子ども同士の関わり、コミュニケーションを大切にしているんだなと感じます。日本での教室の様子は教師から生徒にとにかく知識を与えやすいような教師の話しを聞いていればいいというような環境設定を感じます。大切にしなければいけない部分が変わらないといつまでも同じような環境で子どもたちは過ごすことになってしまいそうですね。

  4. 「机や椅子は、できるだけ軽く移動しやすいもの」「床は、清掃が簡単な、明るい色のリノリウム」などの環境設定は、子ども自らで発見したことに対してすぐに調べたり行動出来るということを意図したり、自発的な活動に十分に時間が取れるようにするための環境を整えているように思いました。「頭のいい子の勉強部屋」というのは、自発的な学びを自己選択できる異年齢集団ということであり、それが「江戸時代の郷校の模型」にそっくりであったことから、日本の学びの方法が実に効果的であったということですね。子どもの意欲や学びによって、フレキシブルに変化をして部屋作りができる、そんな環境がよい部屋ということですね。

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