21日の日記

 昨日、夜ホテルで見ていたニュースでこんなことを放送していました。「アメリカの一部の州で鬼ごっこが禁止になった」というものです。これは、以前 USATODAY の記事でも取り上げられていましたが、なぜ禁止するかと言えば、鬼ごっこは、簡単に、平手での打ち合いや、殴り合いに進展するからというらしいです。けんかになるから禁止する、という考え方は、今のアメリカの銃社会と、裁判にすぐ訴える国らしいと思いますが、日本でもなんとなく、そうなってきそうな気がします。その番組でも言っていましたが、「アメリカの一部学校区でドッジボール禁止」と報じる新聞記事が2001年6月の朝日新聞に出ていました。禁止の理由は、「人間を標的にするのが好ましくない」「攻撃的な子どもが増える」などの指摘が父母や教育学者から相次いだからのようです。また、コネティカット州の大学のニール・ウィリアムス教授は、「運動神経の鈍い子どもがまっ先に狙われ、いじめや仕返しを誘発しやすい」といっています。皆さんは、どう思いますか?子どもを取り巻く大人の思いやり?が、もっと子どもを変にしてしまいそうです。これは、いろいろなところに見られます。こんなことを考えながら床についたホテルは、起きてみると、あの有名な「はりまや橋」の近くでした。また、今日も夜は遅くなるかもしれないので、朝、近くを散歩して来ました。よさこい節に歌われ、高知といえばはりまや橋と言われるほど有名な橋です。昔は高知城の堀川にかかった本当の橋だったようです。以前に来たときは、はりまや橋といっても、なんとなく道の脇に欄干らしきものがあるだけで、「日本3大がっかり」の一つと言われたりしていました。
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 今は、きちんと橋が架かっています。それでも、最近は、ほとんど見学者はないそうです。朝食後、今日の講演は、高知市保育士会主催で、14時から16時までですので、午前中はのんびりです。3人の園長と、「龍馬の生まれたまち記念館」と、「高知県立美術館」で所蔵のシャガールの作品を見ました。これは、地方講演のありがたいところです。
 ところで、昨日の保護者向け講演会では、保護者たちはどう考えたでしょうか。まだ、はっきりと反響は聞いていませんが、先日、富山県私立幼稚園保護者会研修会で話したことの下記のような感想を、メールで戴きました。ありがたいですね。
「とても興味深いお話をありがとうございました。メモ用紙10枚も書いてしまいました。「おやつを分ける」については、我が家ではプリン1個でも家族4人で分けていました。よそのご家族と昼食をする事が多いのですが、「いつもデザートは子供に取られる。ちょうだいといってもくれない」と嘆くお母さん方が多いのに気づきます。うちはなにかおいしいものをみつけると上の娘(4歳)は「半分おとうさんにとっておこうね」などと可愛いことを申します。先生のおっしゃる通り、「分ける」はいろいろなスキルにつながる大切な生活習慣だとおもいます。ちゃっかり上の子は0.5秒で一番大きそうな唐揚げをそ知らぬ顔でササッと持っていき、大小の区別がよくわかってます(^^ゞ「自己主張のできる人間にする」祖父の口癖が「自分というものをしっかりもたんといかん。で、何食べに行きたい?」でした。世界に通用する人間に、ひいては世界を牽引する人間に、と、考えた時、日本人の「相手の気持ちを察して動く能力」に、欧米の「自分の意思をはっきり言える勇気」が加われば、力強いリーダーになりえるのではないだろうか、と思いました。異年齢交流(縦割り保育)が日常的になればなるほど、「おもいやり」や「協力すること」や「待つこと」や「反論する力」「仲裁する力」などなど いろいろなスキルが身につくとおもいます。是非その現場を見学してみたいものです。とってもエキサイティングな光景なんだろうと想像しています。」

20日の日記

 昨日のあわただしさに引き換え、今朝はとてものんびりでした。せせらぎの音で目覚め、朝食後、石畳を歩いてみました。ここ湯平は、寅さんシリーズ30作の舞台になったところで、その作品は、マドンナは田中裕子、その相手役が沢田研二で、結婚するきっかけになったことでも有名です。そのあと、「ゆふいんの森」号に乗るために湯布院に向かいました。湯布院は、最近NHKの朝の連ドラでも有名になりましたが、とても人気のある場所です。私は、以前泊まったことがありますが、熊本の黒川温泉とともに、町おこしが成功した例です。旅行雑誌で「日本で一番行きたい温泉」として紹介されている熊本県の黒川温泉を、名も知れない場所から全国の温泉ファンが殺到する人気の場所に変えた新明館の後藤哲也社長の取り組みが、先日NHK「経済羅針盤」で放送されていました。入湯手形を買えば、29の宿すべての露天風呂に入れる仕組みを取り入れたことや自然の風景を大切にした佇まい、それにきめ細やかなおもてなしを徹底することなどで、現在の黒川温泉の人気を作り出しました。また、後藤さんだけでなくそれぞれの旅館の経営者の人たちも、温泉街全体を活性化させようと共に協力して「人気のある温泉」を保つ努力を続けています。その成功を見て改めて思ったことは、競争するより、協力するほうが、質が向上するのだというを実感しました。そんなことを考えながら湯布院の町を歩いていて、どこかの町が、町全体の幼稚園、保育園が協力して、保育の質を高め、それによって町おこしをしないかなあと思いました。イタリア 北部 にあるレッジォ・エミリア市では、保育によって町おこしをして、世界中からの見学者を、住民みんなで支えることで有名になりました。など考えながら、天井桟敷でコーヒーを飲んでいるうちに列車の発車時刻が近づいてきました。ゆふいんの森号に乗って、まずは、博多まで移動です。由布院駅からまっすぐ伸びた道の突き当りには、由布岳がそびえています。
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別府から博多に行く「白いソニック号」も、その車体の外観と車内はすばらしいですが、このゆふいんの森の車体もなかなかしゃれています。座席の肘掛も木でできていたり、狭い、ガラス張り(なんだか、さらし者のような雰囲気)の喫煙室があったり、昼食として食べた車内販売の「あんかけ焼きそば」も、パリパリの細麺に、熱々の具沢山のあんがかかっています。乗客は、お年寄りが多いのですが、次々に売りに来るアイスクリームや、プリンなどを買って食べているのを見ていると、果たして私たちの年齢は、こんなに元気でいられるかなあと思ってしまいます。途中、速度をゆるめたかと思うと、すばらしい滝が車窓から眺められたり、連なる山々の説明をしたり、飴を持ってきてくれたりと、ずいぶんとサービスがよかったのですが、湯布院の町おこしが、こんなところにまで影響していると思うと、よい循環になるとこういうことですが、逆に悪循環になると、何でもよくならなくなるのですね。誰かが、頑張って、一度よい方向に引っ張る力が必要だと思います。博多に着くと休むまもなく空港まで行き、今度は、九州から四国へと移動です。高知空港に着くと、早速仲間の園に行き、職員研修を1時間半くらいやります。そのあと、その園の保護者向け講演会を1時間半しました。終わると、もう、9時近いです。そのあと、その園職員みんなで夕食を食べに行きました。保育に日々取り組んでいる職員たちは、食べているときでも相談したいことがたくさんあるようです。しかし、その悩みは、どう子どもを動かしたらよいか、なかなか言うとおりに子どもが動かないという悩みから、子どもがなにを考えているか、子どもがなにをしたいのかという悩みに変わってきていることを実感します。ホテルに入ると、もう11時近くなっていました。

19日の日記

 今日は、朝、別府で目覚めました。講演会場と宿泊会場が同じなので、朝はゆっくりです。朝のテレビでは、昨日の教育再生会議について取り上げられていました。今回の委員は、現場からは有名な人が入っています。朝のテレビには、その委員の中で、百ます計算で有名な陰山先生が生出演していました。蔭山先生の最近の主張は、「早寝、早起き、朝ごはん」です。私は、百ます計算のような基礎的学習や、家庭での生活の見直しについては、異議はありませんが、全体的には、少し違和感を感じます。それは、もともと「教育再生」というところから感じていました。再生しなければならないほど、昔がよかったのだろうかと思ってしまうからです。しかも、いつごろの教育を再生しようとしているのかと考えてしまいます。最近の話題の中心の「いじめ」について、司会の「みのさん」に質問しました。「昔はいじめがありましたか?」と。みのさんは、「ありました。」と答えたところ、蔭山先生は、「ですから、いじめがいけないのではなく、最近の子どもは、それに耐えられなくなったことが問題です。」ということも、確かにそう思います。では、耐える子にするために、我慢を教えるとか、やり返すことを教えるとか、昔に戻すことではないと思います。新しい生き方、自尊感情をどう育てるのか、個を大切にする教育はどうすればよいかというような、今の時代に沿った新しい教育を新生していかなければならない時代になっています。そういう意味で、世界では、オールタナティブ教育(過去のものに取って代わる)が構築されています。などを考えていて、講演時間に遅れそうになりました。今日の講演は、とてもありがたい計画です。というのも、私に与えられている時間は、午前9時半から12時までの2時間半と、午後1時から3時までの2時間あり、合わせて5時間半、たっぷりです。これでいろいろなことが話せると思っていたのですが、終わりのほうは言い足りないことが多く、急ぐ形になってしまいました。もう少し、時間が欲しかった気がしますが、聞いている方たちは、疲れたでしょうね。終わってから、会場の皆さんからいろいろと挨拶されました。ずいぶんと、いろいろな場所に知り合いが増えたなあという感じです。しかし、私は、どうも人の名前を覚えたり、顔を覚えるのがニガテというか、あまりに多すぎるというか、ほとんど親しげに挨拶されますが、申し訳ないのですが誰だっただろうかと考えてしまうことが多くあります。皆さん、ごめんなさい。そして、急いで、迎えの車で次の会場に移動です。サル山で有名な高崎山をぐるりと回り、まず、今日の宿泊所である「湯平温泉」に向かいます。着くと5時近くなっていました。急いで、役員さんと夕食を戴き、講演会場である由布市廻挟間町に向かいます。最近の町村合併で、湯布院で有名な由布市になった町です。そこで、講演が「由布市保育士研修会」19時から21時です。ちょっとバタバタして、終わったのが21時半。そして、また30分くらいかけて宿泊先に戻りました。
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ここ湯平温泉は、戦前までは、とてもにぎわったそうですが、今は、とても落ち着いた温泉町です。漂白の俳人の「山頭火」がこよなく愛した温泉地として有名です。花合野川のせせらぎを聞きながら、石畳の道を歩き、深い緑に囲まれた山あいの湯治場でゆっくりというのは夢のまた夢で、あわただしい時間を過ごします。宿に着くともう10時過ぎで、温泉は11時で終わるというので、急いで、3箇所に分かれている露天風呂のはしごです。そして、PHSの入らない部屋で、急いでブログ書きで1日が終わりました。

18日の日記

 今、さまざまなブログが書かれています。その中で、よく読むものは、お気に入りに入れてほぼ毎日読みます。若い人は、平均、お気に入りに5つ入っているそうです。また、ブログはとても人気があるものがあって、ずいぶんと読まれ、かなりの影響を与えているようです。また、逆に配慮のない発言をすることによって、非難が集中し、「炎上」(閉鎖せざるを得ないような盛り上がり方をして、取りやめること)してしまうものもあるようです。また、コメントへの書き込みによってかき回されることもあるようです。そして、ブログを開いた件数によってお金がもらえるシステムもあるようです。それは、そこにある広告の価値に影響するからです。ですから、開いてもらえるような、題名をつけることによって、検索されやすくなります。ですから、怪しげな題名とか、話題になっているような題名をつけることもあるようです。私のブログは、なるべく同じような考え方の人たちが、考える上で参考にしてもらったり、コメントのやり取りで心地よい関係を作りたいという意図があるので、なるべく、不特定多数の人には検索されないような題名をつけています。また、問題のあるような内容は、きちんと調べて一般の人にどのような評価を得ているかを参考にしています。また、子どものことは、さまざまな観点から、さまざまな職種の人にも考えてもらいたい為、また、教育とか、子どものことに直接かかわっている人は、とかく世界が狭くなりがちですので、なるべくいろいろな分野から考えるきっかけを作るようにしています。それでも、どうしても硬くなってしまい、読む人はつまらないだろうなと思うことがありますが、無理をしても続かないので、自然にしています。そんな中で、ブログの多くは、日記的なものが多いようです。私は、日記というものは今まで続いたことがありません。仕方なく夏休みの絵日記は小学生のころ書きましたが、日記は、かつて書こうと思い立ったことがありません。しかし、ここ数日、講演旅行を書いてみようと思います。
 今日は、昼から大分に講演に出かけるので、園では芋ほり遠足でしたが、私は園に残りました。朝、園に着いて、まず、各部屋を見て歩きました。子どもたちの顔を見ると落ち着きます。子どもたちは、芋ほりの出発前でしたが、朝の自由な時間、それぞれが自分のやりたい遊びに熱中していました。最近、3,4,5歳児の子どもたちは、集団でなければできない遊びをする子が増えたと担任が話していましたが、本当に、楽しそうです。そして、部屋に戻りメールと、郵便物をチェックします。最近、とてもうれしいメールが入ります。仲間でやり取りするMLの中での会話も、暖かさがあふれています。10時半ころ園を出て羽田に向かいます。羽田には、正味2時間弱で着くのですが、事故などのトラブルを考えて、フライト時刻の3時間くらい前に出ることにしています。飛行機は、日本中どこに行くにも、羽田を出発して着くまでの時間よりも、羽田まで行くほうが、時間がかかります。あっという間に大分空港です。不思議な気分ですね。大分空港は、市内と国東半島の湾を挟んだ反対側にあるので、車で移動すると1時間くらいかかります。ですから、かつて長崎空港まで漁船で行ったときのように、ホーバークラフトで行くと20分はかからないでいけます。
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別府市内と別府湾
明日は、大分県保育連合会主催の「保育所主任保育士研修会」で、その会場の別府市で、着いてから夜の懇親会に参加しました。保育者は芸達者な人が多いですね。

星空

 少し前まで放映されていたテレビCMで、こんな場面を覚えているでしょうか。2005年は、ネスカフェゴールドブレンド「違いを楽しむ人・満天のプラネタリウム」篇で、2006年は、ネスカフェゴールドブレンド「星振る大地」篇というもので、美しい星空のもとで、二人でコーヒーを飲んでいる場面です。この二人のうち一人は唐沢寿明ですが、もう一人彼と共演しているのは、大平貴之という人です。彼は、1970年神奈川県川崎市に生まれます。小学校の頃からプラネタリウム作りを始め、学生時代の1991年にアマチュアとしては前代未聞であるレンズ投影式プラネタリウム「アストロライナー」を完成させ話題となります。大手電機メーカーSONYに就職してもその情熱は冷めることがなく、仕事が終わってはプラネタリウム作りを続け、そして1998年に、当時世界最高の170万個の恒星を投影することができ、重量わずか30キログラムの移動式プラネタリウム「メガスター」を個人で完成させたのです。その後SONYを退社しフリーとなり、2003年、星の数を410万個に増やすなど機能を強化した新型プラネタリウム『メガスターII』を完成させ、渋谷東急文化会館の閉館イベントで初公開されるなど話題となりました。2004年4月、メガスターII-1号機『Phoenix(フェニックス)』が川崎市青少年科学館で通年公開開始されることになりました。この映写がテレビでのCMに使われることになったのです。これを見に、日曜日に行ってきました。
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プラネタリウムには、一時はよく行きましたが、今回、久しぶりでした。この科学館は、多摩丘陵のゆるやかな起伏に富んだ生田緑地の中にあります。ほかに、枡形山展望台、噴水広場、かおりの園、岡本太郎美術館、全国の古民家を集めた日本民家園、藍染め体験のできる伝統工芸館等があります。メガスターを作り上げた大平さんが初めて見たプラネタリウムも、この青少年科学館のGM II-16-Tだそうです。メガスターIIは、本当の星空と同じように、目に見えない明るさの星まで映し出します。そこには、本当の空では望遠鏡でなくては見られないような星雲・星団まで映し出す星の数は、410万個に上ります。ここの青少年科学館では本格的な双眼鏡を入り口で貸してくれます。これで覗くと、肉眼ではうすい雲のように見える天の川も、実際は微細な星の集まりであることがわかります。まるで本当に無限の宇宙を見上げているような、星空の奥行きが感じられます。アンドロメダ銀河も、円盤型をしているのがわかります。2004年12月には『メガスターII-Cosmos』が「世界で最も先進的なプラネタリウム」であるとギネスの認定を受けています。
プラネタリウムは、さまざまな時間や場所の、星空や宇宙の光景を再現するシミュレーターです。1923年にドイツ博物館とカール・ツアイス社が、 部屋の中にドーム型のスクリーンをもうけ、そこに投影機で好きな季節や時刻の星空を計算機で投影して再現するタイプのプラネタリウムを発明しました。そこには、動きが複雑な惑星や太陽、月もふくまれていました。いま、プラネタリウムというとこのタイプを指します。最近はコンピュータグラフィックスで全ての星を映し出し、オリオン座の星から見た星空や数百万年後の星空もうつすことができるデジタルプラネタリウムも普及しはじめました。現在プラネタリウムを最も多く保有している国はアメリカで、その次に日本の約300基です。ドーム直径の大きさは世界5位までが全て日本のものです。国の大きさから考えて、日本は、星空に関しては先進国ですね。

他人との違い

 昨年、ドイツのミュンヘンで行われた世界保育大会のテーマは、「幼児教育とインクルージョン」でした。このテーマは、まさに、昨日ブログに書いた運動会での出来事です。それは、インクルージョンとは、障害児教育に使われることが多いのですが、障害児がいない状況でも常に多様な教育形態が行なわれているという方法なのです。インクルージョンは各々の個性を考慮しながら、協力・協調する教育方法であるとされています。ですから、障害児のみを対象としているわけではなく、困難を感じている全ての子どもに対して行われることになります。これによって、国連が提唱している「万人のための教育」が実現するわけです。普通学校の学級に、「障害児」と言われる児童がいなくても、「成績が悪い子」あるいは成績の差があるわけですから、当然、顧みられない子どもがいます。これらの子ども達が常に一緒に授業を受け、各々の目標を実現できる学級経営があって、初めて「万人のための教育」が行われ、だれも見捨てない教育が一箇所でできることになります。この様式がインクルージョンといわれる形態です。外国では、インクルージョンを国の施策としている国があります。ドイツのミュンヘンでも取り組み始めていました。その場では、子どもたちが自分で授業を自己決定し、自分の行動には自分で責任をもつとか、自分が好きな教材を選び、コンピューターを使いながら行うとか、多様な教育形態で授業を行っています。このなかに、独創性どうやって育むのかというヒントがインクルージョンから感じます。教師は複数で、そのなかに巡回してくる特殊教育教師がいたり、保護者や同級生が教師役をしたり、多様な支援が行なわれています。障害児がいる環境の中で人権を尊重し、違いを認めながら教育を進めていく、そこにインクルージョンの目的があると思います。 日本では、いつからかみんな一緒ということが、みんな同じことをする、同じようになるということを目指してきてしまいました。また、みんなバラバラでいい、みんな勝手にやればいいと勘違いされてきました。10月3日の朝日新聞の根本清樹氏のコラムを妻から紹介されました。「日本人は集団主義的で、米国人は個人主義的だという常識がある。確かに、日本には会社人間が多く、出る杭は打たれる。山崎教授の実験は、この常識が間違っていることを示した。人工的な環境の実験室で人がどう行動するかを比較すると、米国人の方が集団に協力的で、日本人の方が一匹狼的に行動する傾向が強かった。つまり、日本人は集団志向な心の性質をもともと持っているわけではない。相互監視、規制、しがらみや圧力といった社会の仕組みに促されて、そう行動しているに過ぎない。監視も圧力もない実験室の環境が、そのことを明るみに出す。」そして、最近多くなったいじめでも同じことが言えるのではないかと、原因を考察しています。思いやりの心が失われたからいじめがはびこるのではないというのです。いじめをやめさせようと立ち上がった子が、返り討ちに合い、いじめがさらに続くという結果から、見て見ぬふりをするか、いっそいじめに加担するほうが合理的な行動となる。人の行動は、他の人たちがどう行動するかに大きく依存しているということであるといいます。多くの子がいじめはよくないと思っていても、いじめが続いています。このような、他人の行動に大きく依存しているのが今の日本の子どもたちの気がします。教師は、インクルージョンという「各々の個性を考慮しながら、協力・協調する教育方法」をとることで、子どもたちに一人一人を認め合う意識を共有させていく必要があるでしょう。

自分

 昨日は、園で運動会がありました。その中で、とても感心したことがありました。私の園の運動会では、年齢ごとに障害物越えがあります。障害物を越えるためには、跳ぶ力、乗り越える力、歩く力など必要です。それは、競争するためではないので、一人ずつスタートして、ひとつずつ障害を越えていきます。その障害は、二通り用意されています。子どもたちは、どちらを越えていくか決めるのです。たとえば、2歳児では、渡る橋は、その幅が2種類あります。幅の広いのと、狭いのとがあります。また、登ってその上からジャンプする台も、高さが違います。見ていると、2歳児でも、その前に来た子に先生が「どちらにする?」と聞くと、迷ってから、どの子も自分で挑戦するほうを指差します。最近の子どもたちは、意思決定する力が不足しているといわれています。何かを聞いても、「よく、わかんない!」「どっちでも、いい!」と答える子が多い中、園の子どもたちは、きちんと自分のやりたいことを言うようにしています。普段から遊ぶときでも、2歳児に先生は、「好きな遊びをしてもいいよ!」とは言わずに、「なにをして遊ぶ?」と聞くようにしています。そして、そう聞くだけでなく、子どもが答えたことを実現できるように、できるだけしてあげています。そんなことが、運動会にも現れます。きちんと、全員が自分のやりたいほうを選択しました。3,4,5歳児も同じような選択をするのですが、5歳児では、もっと感心したことがありました。運動棒を飛び越える場所は、片方は、順に1段、1段、2段か、2段、3段かを選ぶようになっています。すると、ある女の子が、2段の前に立って、しばらく考えていました。どちらかを選んでいいのか考えているのかと思っていたら、そのうちの1段を取り上げ、3段の上に乗せ、4段にしました。そして、数を数え、また考えてから、もう1段を上に乗せ、5段にしました。そして、それを飛び越えたのです。5歳児になると、用意されただけでなく、自分のできるものに自分で変えたり、変えることを要求したりする子が何人もいました。きちんと、自分で主張しているのです。最近、OECDの学力調査で好成績であったフィンランドの教育方法が注目されていますが、フィンランドの子どもの特徴として、「自己主張」が強いといわれています。きちんと自分を主張するということは、自分の行動にきちんと責任を持つこととつながっていくようです。日本では、自己主張は、わがままにつながるといわれていました。自分で、これに挑戦する、自分はこれがしたいと主張することがどうしてわがままなのでしょう。
 もうひとつ感心したことがありました。5歳児の種目に、自由演技というものがあって、自分でやりたいもの、自信があることを披露するというものがあります。サッカーでシュートする、ボールを投げる、縄跳びをするなどですが、その中で、フラフープをするというのがあります。これはとても人気がありますので、それを選んだ子は半数近くいました。しかし、それは、女の子が選びます。すると、その中に一人だけ、男の子が混じって一生懸命やっていました。その子は、女の子の中でたった一人の男の子とは気が付いていないようですし、それを見ているほかの子もそんなことはなんとも思っていないようです。自分がやりたいことをやっているとしか思っていないのです。なにができるとか、なにを知っているかということより、こんなことが人生の中では大切なことだと思いました。

カレー

 最近、都内では本場のカレー屋さんがはやっているそうです。以前のブログでも書きましたが、私は辛いのがニガテなので、本場のカレーはニガテです。やはりカレーは、日本味が一番ですね。カレーといってもさまざまな味がありますね。やはり私たちのカレーの味といえば、大きく2種類思い出します。ひとつは、給食のカレーです。子どもの好きなメニューのひとつですね。明治22年に始まった日本の学校給食は、食うや食わずの時代、子どもたちの食の一翼を担っていました。現在でも、年間に一人あたり約180食、子ともたちの年間食事回数のおよそ1/6を占めます。鯨肉の竜田揚げ、あげパンなどのメニューなどの思い出の味のなかで、必ず語られる懐かしいメニューのナンバーワンは、なんといっても「脱脂粉乳」でしょうね。私が、その話題についていけないのは、クラスで唯一脱脂粉乳が好きだったからです。もちろん、牛乳も好きですが、脱脂粉乳は脱脂粉乳の味がしました。こんな話題にこと欠かない給食も、メニューによって時代の移り変わりを表すことがあります。1889年(明治22年)のころの代表は、「おにぎり、塩鮭、菜の漬け物」です。1947年(昭和22年)になると、いよいよ「脱脂粉乳、トマトシチュー」が登場します。1965年(昭和40年)では、「ソフトめんのカレーあんかけ、牛乳、チーズ、白菜甘酢あえ、黄桃の缶詰」です。いよいよ、人気のカレーが出てきます。このメニューについての話題は、その食べ方です。ソフトめんをカレーの中に一気に入れると、カレーが溢れてしまうので、半分ずつ入れるのがコツでした。1976年(昭和51年)は、私が教員をしていたころですが、「カレーライス、牛乳、キャベツの塩もみ、バナナ、スープ」というメニューです。このころから、カレーが給食の定番になるのです。1982年には、全国学校栄養士協議会で1月22日の給食のメニューをカレーにすることが決定され、全国の小中学校で一斉にカレー給食が出されました。
 もうひとつのカレーの味で思い出すのは、戦後から次々に各社から発売された固形や粉末の即席カレーです。まず、1945年にオリエンタルから発売された「オリエンタル即席カレー」は、炒めた小麦粉にカレー粉を加えたものでした。そして、1950年、キンケイから発売された固形ルーが、「キンケイミルクカレー」で、石鹸に似た形でした。当時、石鹸と間違えて使った人もいたそうです。形も溶けやすいようにと、いろいろと工夫されました。板状の固形ルーは、同年にベルから発売された「ベルカレールウ」です。粉末タイプは、1954年発売の「ヱスビーモナカカレー」で、最中の中に入っていました。その後、即席カレーは固形タイプが一般的になりました。また、カレーは、子どもがすきということもあって、テレビコマーシャルに盛んに登場しました。そのコマーシャルは、今でも耳についています。「リンゴとハチミツ、ハウスバーモントカレー」とか「インド人もびっくり!」という「特製ヱスビーカレー」などがありますが、「3分間待つのだぞ」という「ボンカレー」は、大塚食品から世界初のレトルトカレーとして発売されました。「ボン」はフランス語のBON(良い、おいしい)です。ボンカレーのコマーシャルといえば、松山容子さんの看板を思い出します。
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 「おせちも いいけどカレーもね♪」はキャンディーズのククレカレーの「ククレ」は、「調理いらず」のcook lessからとったものです。カレーは、ずいぶんと生活に密着していますね。

聴導犬

 このブログを書き始めて気が付いたのは、機内誌が情報の宝庫だということです。昨日の帰りの機内誌に面白いことが書かれていました。それは、「聴導犬」の記事です。盲導犬や介助犬は「ユーザーの命令に従って働く犬」といわれています。しかし、聴導犬のユーザーとなる人は耳が不自由なので、「今、音が鳴っているから私に教えなさい」とは命令できません。ですから、聴導犬は、犬自身が自分で音を聞き分け、ユーザーに必要な音と判断したときに、教えるように訓練されています。「自分で考える」能力を生かすように訓練されているのです。これは、今年の1月に、日本で初めて、国際アシスタンスドッグ協会が実施する補助犬育成団体の国際認定試験に、世界で22番目に合格した「厚生労働大臣指定法人 社会福祉法人日本聴導犬協会」のホームページに書かれている説明です。機内誌を読んで、興味を持ったのは、聴導犬の役割です。「日常生活に必要な音を知らせる:ドアチャイムやブザーの音、FAX受信音、料理タイマーや目覚まし時計の音など」「家族間のコミュニケーションのための音:家族同士で呼び合う、赤ちゃんや幼児の鳴き声など」「保安のための音を知らせる:笛吹きケトル、煙感知器や火災報知機の音、ホテルのドアノックの音など」「自宅外の音を知らせる:銀行などの順番待ちの呼び出し、公衆トイレでのドアノック、踏み切りの警報機など」こう整理してみると、ずいぶんと知らないうちに、音によっていろいろなことをしているのですね。しかも、それらの音の種類によって、とるべき行動が違います。たとえば、ホテルのドアノックの音が保安のためというのは、「有事の際の避難確認のドアノック」を知らせるからです。また、家族同士で呼び合うということは、家の中で、事故が起きたときに、助けを求めに家族を呼びに行くときに特に必要になります。また、赤ちゃんの泣き声をすぐにしらせることから、ひきつけや泣くことによる嘔吐などを防ぎます。他の音の場合も、音を知らせるだけでは意味がなく、音のなっている場所まで連れて行く必要があるのです。目覚まし時計の音を知らせようと思ったら、寝床まで起こしに行かなければなりません。タイマーの音がなったら、タイマーの場所まで導く必要があります。それは、タイマーは、電子レンジや調理時間のほか、洗濯機や風呂の水がいっぱいになった時などにも使うからです。そして、機内誌には、さらにこう書かれています。「音がなったからといって、その場所に連れて行くだけでなく、逆に、危険を知らせる音の場合は、そこに連れて行くと危険です。そのときは、その音を聞き分け、身体にタッチしたあとで足元に伏せをするように訓練されています。そして、ユーザーがそれを見て安全な場所に避難するべきか判断するのを待ちます。」すごいですね。そんなことができるのですね。また、意味のない雑音には動じない訓練もします。たとえば、ドラムを叩いたり、缶のふたを投げて大きい音を立てて、それにはまったく動じないように訓練します。そのような聴導犬が、今、日本で働いているのは11頭で、イギリスでは、1000頭いるそうです。犬の種類は問わないそうですが、健康で、攻撃性がなく、人が大好きで、どんな場所でもリラックスできるような自信のある犬の子が向いているそうです。自信のあるというのは、デパートとかで万が一火事になったとしても、落ち着いてユーザーに警報機の音を危険と教え、一緒に避難するために、どんな状況でも平常心でいられないといけません。そのためには、訓練士やユーザーからほめてもらって「ボクはやればできる」というように、犬自身が自信を持つようにすることが大切だそうです。

海洋深層水

 今日泊まったホテルのバスには、「海洋深層水」の入浴剤が置いてありました。場所は、富山です。なぜここにあるかというと、富山湾は、広さが約2,120平方キロメートル、最深部が1,000m以上あり、駿河湾や相模湾と並んで我が国で最も深い湾の一つですであり、深層水を育んでいるのです。最近、海洋深層水がさまざまなところで話題になっており、化粧品や飲み物などいろいろな商品の材料にも使われています。それは、海の底を、はるかな年月をかけて循環してきた深海水には、健康に役立つさまざまなパワーがあると、言われているからです。しかし、この「階層深層水」とは、いったい何なのでしょう。簡単に言うと、深層水とは、大陸棚より沖合で太陽光が届かない水深にある海水のことで、現時点で確立された定義はなく、一般的に「水深200m以深の海水」という意味で使用されているようです。そうすると、実は、地球上の水のほとんどである93%が深層水なのです。ですから、よく「母なる水」というのは、海洋深層水のコトをさしていることなのです。「深海」は、光の届かない(無光層)大陸棚外縁より沖合で、植物が光合成することもほとんどできない、ごくわずかな太陽光線しか届かないところです。この水は、北極グリーンランド周辺で、塩分濃度差によって生じる「プルーム」と呼ばれる垂直に沈む海流が始まり、そこから、水深2,000m以上、深いところでは4,000mの深海にもぐりこむ海流となります。その水は、なんと約2000年間、一度も大気と接することなく深海を循環し続け、北太平洋にまでたどり着くのです。それが、ここ富山湾や高知県室戸市沖あたりで上昇して、わき上がってくるのです。富山湾は、大きく分けて三つの層で構成されており、海岸に近いところには河川などの影響を受けた塩分濃度の低い「沿岸表層水」、その下層から200?300メートル付近には「対馬暖流系水」、そして300メートル以深には低温の「日本海固有水」が無尽蔵に存在し、この日本海固有水が「深層水」と呼ばれ、富山湾の容積の約6割を占めています。アサヒビールは、富山湾の深層水を使った発泡酒「アサヒ本生」を発売しました。しかし、以前、高知県はアサヒビールに開発のためのデータなどをあげたりしたので、高知県の橋本大二郎知事が、アサヒビールに対し、「商品開発に協力したのに、富山の水で製造するのは問題」とおこったそうです。深層水は、富山、高知以外にも沖縄、静岡でも取水されており、これから石川や北海道でも取水する計画があるそうですが、どうして、そんなにも必死になるのでしょうか。それは、海洋深層水には、必須微量元素や、さまざまなミネラル成分がバランス良く約60種類含まれているからです。特に摂取しにくいマグネシウムは、深層水コップ2杯程度で、1日の分が補えてしまうほどです。そこで、健康飲料や食品、医薬品などの分野でも注目されています。例えば、化粧品や食品です。化粧水に深層水を入れると、ミネラルが豊富になり、肌にいいとして、全国的なヒット商品も生まれています。ジュースやお酒などの飲み物や、とうふ、かまぽこ、つけ物、パンなど、深層水入りの商品がどんどん開発されています。また、2000年もの間、海の奥底を循環し、表層の海水と混じり合うことがないため、キレイな水を保っています。表層の海水と違い、産業廃水や生活廃水、大気からの化学物質による汚染がほとんどありませんし、陸水から来る大腸菌や一般細菌にも、ほとんど汚染されていません。また、光が届かないので、光合成も行われず、海洋性細菌そのものの数も表層に比べて非常に少ないそうです。まだまだ解明はされていないようですが、やはり、自然の中には、さまざまな力があるのですね。