運動会の思い出

 今日は、姉妹園の運動会でした。来週が、私の園の運動会です。両園とも、会場は小学校の体育館です。私は都心の小中学校出身でしたし、しかも団塊の世代ですから子どもが多く、自校の校庭で運動会をしたことがありませんでした。小学校のときは、近くの高校のグランドを借り、中学校のときは、さまざまなグランドやサッカー場を借りて行っていました。ですから、その場所でやる練習は、小学校のときは、1回の予行練習だけで、中学生のときは、予行練習はしませんでした。小中学校の運動会の思い出は、余りありません。楽しかったはずですが、印象に残らないのでしょうか。その中で思い出すのは、小学校のときは、確か1年生のときでしたが、リレーの選手に選ばれ、放課後、先輩の子にバトンの受け渡しを教わったことです。そして、特に、ある先輩にとても世話になりました。その先輩は、足が速く、とてもかっこよくて、当時は私と顔が似ているので、兄弟のようだと言われていました。今は、まったく違う顔ですが、その先輩は、最近あまりでなくなったので、若い人は知らないと思いますが、俳優の「柴俊夫」さんです。当時、近くに住んでいました。異学年の子との付き合いは、印象に残るのですね。あと、運動会というと、やはりお弁当です。私のころは、昼になると親の席に行っていっしょに食べたのですが、私が教員をしていたころは、親がいない子はかわいそうだということで、子どもたちは教室にいすを持っていったん戻り、子どもたちだけで給食を食べました。私のときは、会場が自校ではないので、当然給食は無理なのでお弁当でしたが、いつごろ給食だったのでしょうか。わが子のときは、親子がいっしょに観覧席で食べたのですが、今はどうでしょうね。私が子どものときの運動会のお弁当といえば、我が家では、必ず「栗ご飯」でした。前の晩に、私たちも手伝って、栗の皮をむきました。今、給食で栗ご飯が出ることもありますが、薬品で皮を剥いた栗を使います。本当は、よくないのでしょうが、仕方ないですね。そして、デザートは、お初の「みかん」です。このころのみかんは、まだ緑が多く、すっぱかったのですが、その味は、これから冬が来ることを予感させました。教員のころの運動会の日の給食には、冷凍みかんが出ました。私の冷凍みかんのイメージは、夏に汽車でどこかに出かけるときの車内販売で買うイメージで、秋のイメージではありません。もうひとつ、運動会といって思い出すのは、必ず前に日に洋品店に行って、運動会のときにはく「足袋」を買ったことです。1日が終わるころ、この足袋の裏に穴が開くことが、ひとつの誇りでした。充分と運動をしたという実感が持てたからです。そして、種目として思い出すものが二つあります。ひとつは、高学年で行った騎馬戦です。私は、体が大きいほうだったので、いつも下で馬をすることが多かったのですが、一度どうしても上に乗りたくて乗ったところ、すぐにつぶれてしまったことを思い出します。もうひとつ種目で覚えているのが、「フォークダンス」です。「コロブチカ」とか「セブンステップス」などは、なぜかわかりませんが、よく覚えています。時代的にも、女の子と手をつなぐことが普段ない中で、女の子と手をつないだことといっしょに強く思い出すのでしょう。そういえば、よくフォークダンスを踊りました。いつころから踊らなくなったのでしょうね。それとも、今でも、学園祭などで踊っているのでしょうか。あとになって、なにが思い出になるかは、そのときはわかりませんが、意外なことをよく覚えているものです。