研修旅行

 今日は、職員研修旅行で、神戸まで来ています。私の園は、とても見学者が多く、そのためにこちらが勉強になることも多くあります。見学に来た方が感想を言ったり、子どもの様子を教えてくれたりするからです。子どもたちは、私たちの前では見せないような姿を、他人の前では見せることがあるので、その言動を聞いて、びっくりすることがあります。また、職員も、めったに見学者や来客がないとしたら、誰かに見られることは緊張するでしょうが、ほとんど毎日誰かしらいるとなると、なんだか地域の中で生活しているような気分で、逆に、やっていることに対する反応があるので、張り合いになることもあるようです。ですから、見られることはとても勉強になりますが、逆に見ることでも学ぶことが多くあります。そこで、1年に1回、みんなで他の園を見ることにしています。といっても、休園にはできないので、留守部隊が、保育をすることにしています。どうしても、保育を見るとなると、訪問先が保育をしている日でないといけないので、休日に行くわけにいきません。ですから、本当に全員で行くわけにはいきません。ですが、保護者もその趣旨を理解してくれていて、なるべく協力してくれます。そして、研修旅行に行くのですが、以前にブログでも書きましたが、どんなものでも見ると勉強になりますが、それでも、やはり、あまりよくないものから学ぶのは大変です。ですから、なるべくよい保育を見ることにしています。また、同じ考え方の保育をしている仲間でないと、自分たちの保育に取り入れるための参考になることが少なくなってしまいます。ということで、場所への距離は問わず、今年は神戸に来ているのです。朝、6時東京発の新幹線ですので、みんな自宅から始発ぎりぎりでした。どうしても、午前中の保育を見たいですから仕方ありません。また、午後は、そこの園長先生から話を聞くことにしています。同じ理念を、他人から聞くのもとてもいいことです。自分たちの保育を客観的に眺めることができるからです。
 研修旅行で、団体で移動すると、なんだか「修学旅行」を思い出します。私の小学校のときの修学旅行の行き先は日光でした。ちょうど昨日日光市今市に行ったときの電車の路線です。浅草から、東武に乗って行きます。その電車は、駅を出てすぐに隅田川を渡ります。また、帰りも隅田川を渡ると到着です。外から見ると、電車が橋を渡って、ビルの中にすいこまれていくというイメージでいつも眺めていました。中学校では、ちょうど今日乗ってきた東海道を通って、定番の「奈良・京都」でした。私のすぐ後輩からは、新幹線で行くようになりましたが、私のときは、修学旅行列車「ひので号」でした。もともと旅行というと、宗教的な巡礼、神社仏閣への参拝を理由に旅をする事が多かったようです。そのために鉄道ができた例が多くあります。伊勢へは近鉄、高野山へは南海、成田山へは京成、高尾山へは京王などというように路線ができました。近世に入ってからは、イギリスの裕福な市民層の師弟の学業の仕上げとしての「グランドツアー」、家庭教師同伴の長期にわたる海外遊学が、広く行われる様になり、それを世話する業者という旅行代理店が登場しました。今日も存続しているトーマス・クック社は当時の創業になるそうです。又、こうした流行が、明治以降の日本に輸入されて、学校の修学旅行になったのです。
 ちょうど、昨日、今日で、小学校、中学校の修学旅行のコースを辿ったことになります。