子の心

 よく「親の心子知らず」といわれます。親がどれほどの愛情を注ぎ、また、どれほど苦労しているか、当の子どもは気付き難い。子どもは親の望むような振る舞いをしないものだということです。英語では、No child knows how dear he is to his parents.といいますが、このような言い方もあります。It is a wise child that knows its own father.これは、逆説的に「 親の気持ちがわかれば賢い子」という意味です。これとまったく反対にいう場合もあります。「子の心親知らず」ということわざです。この意味は、「親というものは我が子をいつまでも幼いままに見てしまうので、年々成長し発達する子どもの気持ちがなかなか理解できないということ。」と書かれていますが、私は少し違うような気がします。「親の心…」の反対で、「子がどれほど親を思い、慕い、信頼しているかということを、当の本人の親はなかなか気づかない」という意味の方が当てはまる気がします。ですから、違う言い方をすれば、「子の気持ちがわかれば、賢い親」ということになります。一昨日のブログの「アンパン」では、どんな仕打ちをされようが、どのような扱いをされようが、子どもは親を信用しているのです。また、子どもは、一生懸命に親からの愛情を受けるために、親の望みの通りの子どもになろうとします。最近、依存症の若者が増えています。これは、少子化の中で、一生懸命子どものために尽くそうとする親に対して、自立をしてしまうと、親がさびしがり、悲しがると思って、いつまでも親に甘えているのです。子どもなりに気を使っているのです。
 有名なシェークスピアのリア王のなかで、父親であるリア王が、娘3人に自分への気持ちを問いただすこんな場面があります。娘は、このような言葉で父親への愛を表現します。長女「私は、言葉で言い尽くせないほど、お父上を愛しています。私のこの目よりも、自由よりも、命よりも、もっともっと愛しています。」次女「お父様を愛することだけが、私の喜びです。その喜びのためには、世の中のどんな喜びだって、捨ててしまいます。」そして、最後の3女がこう言います。「私は、お父様の子として生まれ、育てられ、かわいがられてきました。そのご恩に報いるため、子としての務めを果たします。お父様の仰せにはよく従い、愛しもし、敬いもいたします。」それぞれ、3人の誰の言葉の中に、深い愛を感じるでしょうか。この言葉の中から、本当の子として親を思う気持ちを感じ取れなかったリア王は、不幸な最後を迎えることになるのです。また、親と子どもの気持ちのすれ違いからの不幸もいろいろとあります。「ピーターパン」でも、あの大活躍する話の前の原作には、こうあります。ピーターのお父さんとお母さんが「この子が大きくなったら、どんなになるだろうね。兵隊さんかな。お役人さんかな。」と話し合っているのをピーターが聞いて、「大きくなるのなんか、いやなこった。」と思います。そして、外に飛び出します。しばらくして、母親の元に戻ってきたら、母親は、窓をぴったりと閉め、中でかわいい赤ちゃんを抱いて、幸せそうに眠っていて、ピーターが大声でいくら呼んでも気がつきません。そこで、ピーターは、もうお母さんのことは忘れることにし、しかも、大人になることを拒否してしまったのです。一時期、ピーターパンシンドロームと呼ばれる若者が問題になりました。いつまでも大人になりたくない若者にみられる精神的症候をさすこの言葉の語源は、ここからきています。過度の親の期待は、子どもの気持ちを無視することになり、かえって自立を遅らせてしまうのです。