太陽

 以前のブログで書いた「佐賀のがばいばあちゃん」の映画を見に行ったときに、びっくりしました。なんと、ミニシアター系での上演であるのにもかかわらず、映画を待つために並んでいる人が多いことと、「今はもう立ち見です。」というアナウンスをしているのです。こんなに人気があるのかと思って近づいてみると、思い違いであることが分かりました。その列は、「太陽」という映画のほうだったのです。この俳優のイッセー尾形が昭和天皇を演じたロシア映画で、デリケートな題材だけに日本公開は困難ではないか、と言われていたものです。それが、8月5日から東京で公開されることになったようです。この映画を見に、今日行ってきました。
 この映画はソクーロフ監督で、終戦間際の1945年8月の地下の防空壕から始まり、御前会議、マッカーサーとの対面、1946年1月の人間宣言までを描いたものです。この作品は、今年2月に開催された第55回ベルリン国際映画祭のコンペ部門に出品されたほか、今回、ロシアで開催された第13回サンクトペテルブルク国際映画祭でグランプリを獲得したそうです。イッセー尾形演じる昭和天皇の話し方、特に「あっ、そう…」という口調や、話す時の表情(とくに例の特徴のある口の動かし方)、そして身のこなし方、見ていて、本物と区別がつかないほど似ていました。ソクーロフ監督の記者会見での発言では、「政治・歴史の問題を蒸し返すつもりはない。戦争の犠牲者をこれ以上増やさないため、人間宣言をするに至った昭和天皇の内面的葛藤を描いた」とあります。その人間宣言を表すものとして、途中でも、侍従との会話の「私のからだも同じだ、君のとね」「それは存知かねます」「神が持たぬものを何も持たぬ。皮膚にさえ何の印もない。…まあ、よかろう、怒るな、まあいわば…冗談だよ」というやり取りでは、天皇が生き神とみなされていた時代、本人は、すでに神としての存在を否定していたことが史実にも残されています。それゆえに、孤独で、さびしい存在として描かれています。しかし、なんといっても、人間としての発言は、最後の場面である皇后との会話にある気がします。この場面は、私には、敗戦を認め、玉音放送を吹き込んで、やっと人間に戻ったときの会話に聞こえました。
天皇:「私は成し遂げたんだ。これで私たちは自由になれる。」皇后:「あ、そう。良かったわね。で、何のこと?」天皇:「私は神であることの運命を拒絶した。」皇后:「あ、そう。私もそうだと思ったわ。」天皇:「もしかして、そうするべきではなかったのかな?」皇后:「あら、なにか不都合でもおあり?」天皇:「そうだね。何かこう概して不便だからね。」天皇一首詠む。皇后:「それだけ?」天皇:「いまのところね。」皇后:「あ、そう。」天皇・皇后とも心の重しがとれ、晴れやかな表情をしている。天皇:「で、子供たちは?」皇后:「(明るく)待ってますよ、大広間で」子供と会うのを待ちきれない様子で、手叩きして侍従を呼ぶ天皇と皇后。天皇は子供たちのことを思い、浮き浮きしている。そして、ふっきるように二人は子供たちが待つ広間に向かう。
 やはり、最後は、子どものところに戻っていくのですね。途中では、隠れて、そっと疎開先で離れて暮らす皇后と皇太子たちのアルバムを見つめ、家族に想いを馳せる場面があります。そして、静かに、わが子の写真に口づけをします。戦争が終わること、人間になることを、子どもに堂々と会えることとして結んでいるのは、よい演出ですね。