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2006年09月30日 研修

研修旅行

 今日は、職員研修旅行で、神戸まで来ています。私の園は、とても見学者が多く、そのためにこちらが勉強になることも多くあります。見学に来た方が感想を言ったり、子どもの様子を教えてくれたりするからです。子どもたちは、私たちの前では見せないような姿を、他人の前では見せることがあるので、その言動を聞いて、びっくりすることがあります。また、職員も、めったに見学者や来客がないとしたら、誰かに見られることは緊張するでしょうが、ほとんど毎日誰かしらいるとなると、なんだか地域の中で生活しているような気分で、逆に、やっていることに対する反応があるので、張り合いになることもあるようです。ですから、見られることはとても勉強になりますが、逆に見ることでも学ぶことが多くあります。そこで、1年に1回、みんなで他の園を見ることにしています。といっても、休園にはできないので、留守部隊が、保育をすることにしています。どうしても、保育を見るとなると、訪問先が保育をしている日でないといけないので、休日に行くわけにいきません。ですから、本当に全員で行くわけにはいきません。ですが、保護者もその趣旨を理解してくれていて、なるべく協力してくれます。そして、研修旅行に行くのですが、以前にブログでも書きましたが、どんなものでも見ると勉強になりますが、それでも、やはり、あまりよくないものから学ぶのは大変です。ですから、なるべくよい保育を見ることにしています。また、同じ考え方の保育をしている仲間でないと、自分たちの保育に取り入れるための参考になることが少なくなってしまいます。ということで、場所への距離は問わず、今年は神戸に来ているのです。朝、6時東京発の新幹線ですので、みんな自宅から始発ぎりぎりでした。どうしても、午前中の保育を見たいですから仕方ありません。また、午後は、そこの園長先生から話を聞くことにしています。同じ理念を、他人から聞くのもとてもいいことです。自分たちの保育を客観的に眺めることができるからです。
 研修旅行で、団体で移動すると、なんだか「修学旅行」を思い出します。私の小学校のときの修学旅行の行き先は日光でした。ちょうど昨日日光市今市に行ったときの電車の路線です。浅草から、東武に乗って行きます。その電車は、駅を出てすぐに隅田川を渡ります。また、帰りも隅田川を渡ると到着です。外から見ると、電車が橋を渡って、ビルの中にすいこまれていくというイメージでいつも眺めていました。中学校では、ちょうど今日乗ってきた東海道を通って、定番の「奈良・京都」でした。私のすぐ後輩からは、新幹線で行くようになりましたが、私のときは、修学旅行列車「ひので号」でした。もともと旅行というと、宗教的な巡礼、神社仏閣への参拝を理由に旅をする事が多かったようです。そのために鉄道ができた例が多くあります。伊勢へは近鉄、高野山へは南海、成田山へは京成、高尾山へは京王などというように路線ができました。近世に入ってからは、イギリスの裕福な市民層の師弟の学業の仕上げとしての「グランドツアー」、家庭教師同伴の長期にわたる海外遊学が、広く行われる様になり、それを世話する業者という旅行代理店が登場しました。今日も存続しているトーマス・クック社は当時の創業になるそうです。又、こうした流行が、明治以降の日本に輸入されて、学校の修学旅行になったのです。
 ちょうど、昨日、今日で、小学校、中学校の修学旅行のコースを辿ったことになります。

投稿者 fujimori : 23:18 | コメント (4)

2006年09月29日 講演先にて

今市

 様々なところに出かけると、思いがけずいろいろなことにぶつかります。それは、そこにある自然であったり、歴史であったり、建物であったり、人物であったりします。そんなときに、いろいろな連想が頭の中を駆け巡りまわります。別々に見えていたものがきれいにつながった時は、なんともいえない快感を覚えます。その時に、いろいろな趣味を持っていることに感謝します。また、いろいろなことに好奇心をもてることをありがたく思います。それは、意外と、小・中学校受験とか、私のころの都立高校受験が9教科だったことに関係がある気がします。最近、あまり古事記などの神話や偉人伝などは教科書では取り上げられません。もちろん、それが、ある時代に、国のある意図を持って教えられた歴史があるので仕方ないかもしれませんが、それらは、その土地と深くかかわっていることが多いので、それらを知ってその地を歩くとまた違ったものが見えてくるような気がします。
 その代表的なものに「二宮金次郎」像があります。薪を背負って本を読みながら歩いている像を、ひとつの象徴のようにどこの学校の校庭でも置いておいたのはおかしいと思いますが、その業績や、生き方すべてを学ばなくなったのはどうしてでしょうね。そんなことで、以前、二宮尊徳の生家を小田原に訪ねました。その時のことは、ブログに書きました。彼は、相模国足柄上郡栢山村(小田原市栢山)に生まれ、14歳で父が死去、2年後には母も亡くなり、伯父の家に預けられます。伯父の家で農業に励むかたわら、荒地を復興させ、また僅かに残った田畑を小作に出すなどして収入の増加を図り、20歳で生家の再興に成功します。生家の再興に成功すると尊徳は地主経営を行いながら自身は小田原に出て、奉公先の小田原藩家老服部家でその才を買われて服部家の財政建て直しを頼まれ、見事に成功させます。そして、その才能を見込まれて、下野国桜町領(現在の栃木県芳賀郡二宮町周辺)の仕法を任せられます。後に東郷陣屋(栃木県真岡市)にあって天領(真岡代官領)の経営を行い、成果を上げ、その方法は報徳仕法として他の範となります。その後、日光山領の仕法を行い、栃木県今市村(現在の日光市)にて没します。その日光市今市が今日の講演場所でした。今市にそびえ立つ日光杉並木は、我が国で唯一、国の特別史跡・特別天然記念物の二重指定を 受けた貴重な文化財でもあり、世界一長い並木道としてギネスブックにも掲載されているそうです。
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 さて、また、尊徳の話に戻りますが、彼と、弟子たちが提唱した経済学説・農村復興運動「報徳思想」が、遠州地方に説かれました。遠州地方から起業家が多く輩出される理由として、一説には浜松を中心とした「やらまいか精神」と、掛川を中心とした報徳思想が起業家に大きな影響を与えたためとされています。そこで、掛川駅北口には、明治天皇愛蔵の二宮金次郎立像(2005年現在、明治神宮蔵)を模した二宮金次郎像が建立されているのです。
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 今年、山内一豊つながりで掛川城に行ったときに、それを見つけてびっくりしました。現在では全国団体である社団法人大日本報徳社が掛川に置かれ、各地、各事業所の報徳社(社団法人)を統括しています。
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明治の建物である本社と報徳の精神を表している正門に掲げた「道徳門」「経済門」
 報徳思想は、あくまで経済学説であり、報徳運動は困窮した村の救済法、経済と道徳を一体とした教えを広める運動で、関係者は、「バブル崩壊で、企業のモラルが問われているこの時代こそ報徳精神が必要」と訴えていて、宗教宗派などとは一切関係が無いのに、なんだか誤解されてしまうことが多いようです。これで、尊徳の生まれたところからなくなったところへ、そして、今に受け継がれているところへとつながりました。

投稿者 fujimori : 18:05 | コメント (2)

2006年09月28日 新聞記事より

名画盗難

 美術館めぐりも、世界となるとスケールが違います。行ったことがある中で印象に残っている美術館というと、なんといっても、ダビンチ・コードでもまたまた有名になった「ルーヴル美術館」。アメリカでは、「メトロポリタン美術館」。思ったより作品数が少なかったのは、イタリアの「フィレンツェ、ウフィッツィ美術館」。それぞれの時代の作品を所蔵している美術館が並んでいるドイツミュンヘンの「アルテ・ピナコテーク」「ノイエ・ピナコテーク」「モダン・ピナコテーク」です。個人の美術館としては、アムステルダム、国立ゴッホ美術館が、やはりよかったですね。有名な「ひまわり」は、世界中に何点かあります。
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 日本でも、損保ジャパン東郷青児美術館にあり、安田火災海上が五十三億円の購入した絵として有名ですが、本物かどうか言われていますが、他にミュンヘンのノイエ・ピナコテークとか、ゴッホ美術館の「ひまわり」は、確かでしょうね。また、この美術館の特別展会場としての新館は、日本人建築家、黒川紀章の設計によります。もうひとつ印象に残っている美術館は、ノルウェーのオスロにあるムンク美術館です。
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 ムンクといえば、「叫び」が有名ですが、この絵が、2004年8月に武装し覆面をした男らが美術館に押し入り強奪されました。しかし、警察当局が8月31日に無事回収されました。盗まれたムンクの代表2作品「叫び」と「マドンナ」が先日の26日、発見後初めて同美術館で報道陣に公開されたという記事が載っていました。「叫び」は絵の一角が損傷、「マドンナ」はキャンバスの2カ所に約2.5センチの裂け目があるなど、両作品とも強奪の傷跡があるそうですが、美術館によると、修復可能だそうです。よかったですね。ムンクの代名詞ともなっている「叫び」という作品は、その遠近法を強調した構図、血のような空の色、フィヨルドの不気味な形、極度にデフォルメされた人物など、独創的で秀逸な作品であり、中学の頃、教科書で初めてこの絵を見たときの衝撃は、いまだ忘れることは出来ません。ただ、そのときは、なんだか不気味だという印象でしたが。ムンクは、ある日、フィヨルドの近くを歩いている時に「自然をつらぬく、けたたましい、終わりのない叫びを聞いた」と言っており、その経験を絵画化したものだそうです。 自己の個人的体験に基づく「愛」「死」「不安」を芸術表現に昇華し、世紀末の人々の孤独や不安を表現したということで、評価されています。「ひまわり」同様、「叫び」も4点制作され、ムンク美術館に2点所蔵されています。絵画の盗難といえば、「モナリザ盗難」が有名です。1911年8月22日、観覧に来た人が気付いて美術館の係員に通報しますが、最初は「スタジオにでも行ってるんでしょう」などという対応。本当に無くなっていることが分かって大騒ぎになるまでかなりの時間がかかりました。国宝級の盗難とあって、大規模な捜査線が引かれました。「モナリザ」が発見されたのはフィレンツェで、犯人はイタリア出身の木工大工で、ルーヴル美術館の絵画の保護ガラスをはめる工事をしていた男でした。彼は「フランスに奪われたイタリアの宝をイタリアに連れ戻したのだ」と供述しました。日本でも、1970年、倉敷市の大原美術館で、ルオーなどの名画5点(約一億八千万円相当)が盗まれ、72年に犯行グループ5人が逮捕されました。どれも、小説になっていますが、名画盗難というと、なんだか、探偵もののにおいがしますが、大切な宝ですので、あって欲しくはありませんね。

投稿者 fujimori : 18:57 | コメント (3)

2006年09月27日 近頃思うこと

病気

 日本の総理が決まり、閣僚が決まりました。そんな政治家たちを見ていると、政治家って、すごいなあと感心することがあります。ひとつは、体が丈夫なことです。今回、入院をした政治家もいましたが、概して丈夫です。生活が不規則だったり、よく飲んだり、精力的に動きます。私から見るとあんなにストレスも溜まりそうなのに、からだを壊さないとは、よほど神経が太いのだろうと思ってしまいます。また、もうひとつ感心することがあります。以前、市議会を傍聴したことがありました。そのとき、ある若い議員が、何か教育基本法のことを質問しました。それを周りで聞いていた他の議員が、というより、暑い暑いと言いながら、横を向いたり、後ろを向いたりして、ほとんど誰も聞いていません。思わず、注意したくなりました。「きちんと聞いてください!」しかし、話しているほうも、気に留めていないように、淡々と話を進めます。そのうちに、聞いていないのに、「なにを若造がえらそうに!」と野次を入れたのです。また、思わず「きちんと、意見を言ってください!」と言いそうになりました。その野次を聞いたほかの議員も「そうだ!そうだ!」とか、「早くやめろ!」とか野次を入れ、発言がまともに聞こえません。それでも、発言している若い議員は、淡々と割り当てられた発言時間を終えました。こんな世界では、絶対に私は生きられないなあと思いました。必ずしもこんな議員ばかりではないでしょうが、こんなことに耐えられないと無理なようです。この神経の太さには、感心するばかりです。この神経の太さに感心するのは、ほかの場面でもあります。ある議員と話をしていたときに、以前に言っていることと違うことを言った時に、まったく動ぜず、前からそう言っていたのだというのです。私だったら、どぎまぎしてしまうでしょう。こんな強い?精神の持ち主なので、あまり病気もしないのでしょうか。
 私のブログで、何回か夏バテをテーマにしましたが、それは、ちょっと最近、体調を崩してしまって、熱が出たり、とてもだるい日を送っているからです。(まだ、すぐれません)そんなときには、いろいろなことに自信がなくなります。何でこんなに体が弱いのだろうとつい、弱気になってしまいます。そんなときにこんな文章に出会いました。これは、今、生死をさまよっている河合隼雄氏の「子どもと学校」に書かれている文章です。
「病いには意味がある。もちろん、病より健康のほうがいい。しかし、病によって深い意味のある体験ができることがある。人間が成長していくためには、外的な世界とのかかわりをもち、そこで活躍するとともに、内的な世界をも豊かにしてゆかねばならない。病は、外的な活動をとめさせる代わりに、内的な世界の存在に気をつかわせてくれたり、内的な成熟を促進してくれたし、するのである。子どもたちも、時に立ち止まって内面を見たり、あるいは内的成熟の進行中は、じっと立ち止まっていたりすることが必要である。このようなことは成長の節目に起こることが多く、案外そのようなときに病気になって、「よかった」と思ったりする。子どもの場合は、心と体との境界が大人ほど明確ではないので、そのような意味での休息が、体、心、心身症などの、どの病として現れるかわからないほどである。」子どもだけでなく、人は、休息のためだけでなく、振り返りのためにも病気が必要なのかもしれません。少し、政治家も病気をしたほうがいいかもしれませんね。

投稿者 fujimori : 21:40 | コメント (4)

2006年09月26日 近頃思うこと

美術館の楽しみ方

 日本中には、さまざまな美術館があり、それぞれ特徴があります。そして、そこでは、定期的に企画展を行っています。しかし、もともとその美術館が所蔵している作品による常設展というものがあり、それはおおむね時期には関係ありませんので、時間があったりする時は、そこを訪れると楽しめます。しかし、お目当ての作品が、たまたま、どこかの美術展に貸し出していたりすると、がっかりしますが。また、美術館の建物そのものを楽しむこともできます。美術館は、著名な建築家が設計していることが多いからです。また、その美術館の建てられている環境を楽しむこともできます。地方では、特に個人的な美術館は、その建物自体が、周りの景色と一帯になってひとつの美術品として存在していることが多いからです。美術館は、そんなさまざまな楽しみ方ができます。
 それらの中で、私としては、フランスの建築家ル・コルビュジエが設計した本館のすばらしさと、所蔵品のすばらしさとアクセスの便利さからいって総合的一番はなんといっても、上野にある「国立西洋美術館」でしょう。当館は、松方コレクションが核となった、西洋の美術作品の所蔵品が中心です。絵画だけでなく素描や版画のコレクションもおおく、彫刻作品も所蔵しています。建物はよくありませんが、作品と、便利さからいうと「ブリジストン美術館」は、東京駅の近くにあり、印象派、ポスト印象派、マティス、ピカソらの20世紀美術など約1600点の作品が収蔵されています。日本の画家の青木繁や浅井忠、梅原龍三郎などの有名な作品も多くあり、どの絵も教科書で見たものばかりです。所蔵作品でいうと、なんといっても東京の美術館ですね。建物でいうと、私の好きなのは、新しいものでは、安藤忠雄設計の長野県にある「小海町高原美術館」とか、隈研吾設計の「長崎県美術館」で、古い建物を生かしたものとして、倉敷の日本最初の西洋美術中心の私立美術館である「大原美術館」とか、安曇野の「碌山美術館」などはいいですね。壮大さでいうと、箱根彫刻の森美術館が挙げられますが、行ってみて感動したのは、2005年7月1日にグランドオープンした札幌のある「モエレ沼公園」です。イサムノグチ氏による、「公園をひとつの彫刻」とするダイナミックな構想により造られています。もうひとつ、最近知った美術館の楽しみの一つに、その建物の窓から見える切り取った景色を、ひとつの美術品としてみることです。長野県の「北原美術館」は、窓の向こうに諏訪湖が山を背景にひとつの絵画のようです。また、菊竹清訓設計の「島根県立美術館」は、目の前の大きなガラス面いっぱいに宍道湖が広がり、そこに沈む夕日が見えるようになっているために、閉館時間が、3月から9月は、日没時刻の30分後までとなっています。
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     高遠美術館
 また、今年訪れた高遠美術館の窓からは、まさに絵画が何点か並んで展示されているような錯覚をしました。しかし、どこの美術館よりも窓からの眺めがすばらしいところがあります。それは、私の園内にある「絵本の森美術館」です。そこには、絵本の原画が展示されていますが、その展示絵画の反対側は、ガラス戸になっていて、窓枠を額縁に見立てて、そこからの景色を絵画のように見立てています。その絵画は、私にとっては、どんな芸術作品よりも優れた芸術作品だと思います。それは、そこで遊ぶ子どもの姿です。
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 こんなすばらしい芸術作品を、ないがしろにする人がいるなんて、信じられませんね。

投稿者 fujimori : 23:35 | コメント (2)

2006年09月25日 散歩

秋の川原

 秋は、散歩をするのには、最適の季節です。風はさわやかで、日差しはさして強くなく、紫外線の量は少なく、空は、澄んでいます。しかし、春に比べて、花は地味なものが多く、これから厳しい冬が来ることを予感させるものがあります。私の自宅のそばには、多摩川の支流である浅川が流れています。ですから、散歩に出かけるときは、どこに行くにしても、まず、浅川の土手を歩きます。その土手は、今は護岸工事で、その前の自然の草花と違う植生になってしまっていますが、一時期のような、コンクリートのテトラブロックで覆いつくすような工事ではなく、コンクリートのブロックを土で埋め、そこに草の種をまき、緑の帯を作ります。ですから、緑に覆われますが、地下は深くないので、根の深い植物は生えにくいでしょうし、土の中では行き来ができないので、地中の生き物はすみにくいでしょうね。それでも、秋は一面の黄色い花で埋め尽くされます。
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 今が盛りなのは、「キクイモ」という花です。この花の名前を初めて聞いたときには、なんだかイメージには合いませんでした。「キク」は分かりますが、「イモ」は、なんだろうと思いました。それは、この植物は、キク科ヒマワリ属の多年草で、地下に小さな芋ができるのでこの名前がついたのです。別名はアメリカいも、ぶたいもというように、原産地は北アメリカ北部から北東部で、日本には江戸時代末期に飼料用作物として伝来しました。栽培されているもの以外に、第二次世界大戦中に加工用や食用として栽培されたものが野生化したものもあり、雑草特有の,強靭な生命力で、土手などに群生している様は壮観です。茎や葉に小さな刺があり,また,粘液が付いているので手で触るとべとべとした感じがします。塊茎を食用や飼料にするほか、果糖の原料とされる。牛乳で煮たり、バター焼き、フライ、スープ、味噌漬けなどにして食べます。だから、「イモ」なのですね。
 また、秋の川原を一面に多いつくす、もうひとつの黄色い花として有名なのが、「セイタカアワダチソウ」(背高泡立草)という植物があります。これも、キク科の多年草ですが、やはり、北アメリカ原産で、帰化植物(外来種)です。川原では、ススキなどの在来種と競合します。種子だけでなく地下茎でも増え、しかも、根から周囲の植物の成長を抑制する化学物質を出します。(この物質はセイタカアワダチソウ自身の成長も抑制します。)このような圧倒的な強さを持って、川原を覆いつくしそうで、ちょっと、悪者のイメージがあります。しかも、一時は喘息など花粉アレルギーの元凶だと思われ、嫌われる植物のひとつになってしまっていますが、この花は、花粉をミツバチなどの昆虫によって媒介させる虫媒花であり、花粉を風に乗せてばらまく風媒花ではなく、また、花粉の飛散量は少なく、今は、花粉症の原因植物としては濡れ衣であったといわれています。また、最近は、あまり派手な繁殖が見られなくなり、それほど背の高くないものが多くなっています。アメリカのケンタッキー州では、州花となっています。もともとは観賞用に導入されたとか、蜜源植物として優秀であるので養蜂業者が積極的に種子を散布したとの話もあります。和名の由来は、同じ属のアキノキリンソウの別名であるアワダチソウよりも草丈が高いことによっています。いくら外来種といっても、今では、身近な植物となり、秋に咲く花として冬への導きを感じさせ、この花が終わると、季節は一気に花の少ない季節、冬へと進んでいきます。

投稿者 fujimori : 17:31 | コメント (3)

2006年09月24日 新聞記事より

呼び方

 毎日新聞で、とても面白い連載をやっています。あるものの呼び方で、出身地を推測できるというものです。たとえば、ばんそうこうは、各地で「バンドエイド」「カットバン」「サビオ」など商標名で呼ばれていることが多く、どう呼ぶかで出身地が推測できるというのです。東京女子大の篠崎晃一教授(社会言語学)は、呼び方の地域的なバリエーションを「方言」ととらえ、約10年前に全国調査した結果、どの地域でも一般名称である「ばんそうこう」のほかに、複数の呼び方が存在していることがわかりました。広く浸透しているのは、現在43%の市場シェアを誇るジョンソン・エンド・ジョンソンの「バンドエイド」だそうです。「リバテープ」は、熊本県の老舗メーカーで、熊本での認知度はほぼ100%、九州の人なら一度は聞いたことがあるはずといいます。私は、聞いたことがないので、本当か、熊本の人に聞いてみたいものです。また、九州では、ほかに「カットバン」の知名度も高く、命名の由来は「ばんそうこうをカットしたもの」だからで、佐賀県に本社のある会社の商品だそうですが、何で、九州の会社が多いのでしょうか。また、北海道での呼び名の「サビオ」は、もともとスウェーデンの有名メーカーの商品で、20年ほど前は、北海道でシェア1位でした。そのほか、篠崎教授は「現代になって新しくできたものの場合、ホチキス、サランラップ、宅急便などのように、特定のブランド名が一般名称のように定着する例はある。ばんそうこうは、複数の商標名が定着しているうえ、地域的な特徴も大きい」と言っています。大きく分けて、関東と関西、東日本と西日本で呼び方が違います。例えば「赤ちゃんの夜泣き薬」を、東では「宇津救命丸」、西では「樋屋奇応丸(ひやきおうがん)」というような商標名であれば、そのシェアが認知度に影響するのはわかりますが、同じ商品なのに呼び方が違うのは、どうしてでしょうか。画びょうと押しピン、お漬物とお新香、お汁粉とぜんざい、今川焼と回転焼(ほかに大判焼、二重焼などの呼び名もあり)などがあります。私も、初めて関西に行った時に、いろいろなところに「マムシ」を食べさせる店が多くてびっくりしました。あの毒のある蛇を関西では食べるのかと思ったら、「うなぎ」のことでした。あと、町のいたるところに「プール」があるので、よほど泳ぎの好きな人が多いのかと思ったら、関東の「パーキング」が、関西では、「モータープール」と呼んでいます。どうして、違うのでしょうね。また、どこから違うのでしょうか。また、省略の仕方が東西で違う例も多いようです。たとえば、有名なところでは、ファストフードの「マクドナルド」を、関東は「マック」、関西は「マクド」と呼びます。本場のアメリカでは、「マクド」らしいですね。また、私の高校生の時の英語の恩師の著書で、約1500万部のロングセラーである「試験に出る英単語」を、東日本では「でる単」、西日本では「しけ単」と呼ぶのが主流だそうです。また、「局地的」に特殊な呼び方をする物もあるそうです。例えば、中部・近畿ではコーヒーに入れるミルクを「フレッシュ」と呼び、関西では一部年配男性がアイスコーヒーを「レーコー」と言います。鶏肉を「かしわ」と言うのは近畿、九州などで、鹿児島では黒板消しを「ラーフル」と言うそうです。方言だけでなく、最近のものにも違う呼び方をするのは、初めて呼んだ誰かの影響なのでしょうね。こんな狭い国土の中で、情報を共有している日本なのに、不思議ですね。

投稿者 fujimori : 16:14 | コメント (4)

2006年09月23日 近頃思うこと

夏バテに枝豆

夏も終わり、ビールと枝豆の季節も終わりと思いきや、そうではありませんでした。よく、俳句の季語でイメージと違うことや、言葉の意味を勘違いすることがあります。その代表のひとつに「小春日和」という言葉がありますね。先日の「秋桜」という歌のフレーズにも出てきました。ほかに、意外なもので、枝豆があります。枝豆というと、ほとんどの人は、ビールのおつまみを思い出すかもしれません。また、私は、花火大会を思い出します。どちらも、暑い夏のイメージです。しかし、枝豆は、秋の季語です。陰暦の9月の十五夜は有名ですが、その満月に行く少し手前の十三夜の月を、「豆名月」と呼んで、十五夜にお月見団子を供えるように、枝豆を供える習慣が、古くからあったらしい記載があります。あったそうです。ですから、そのころが枝豆の旬な季節であり、枝豆のことを「月見豆」と呼ぶこともあるのです。ただ、枝豆にもいろいろな種類があって、その種類によって、旬な時期が違っているようです。「振袖大豆」という種類の枝豆は、梅雨の終わりころが旬です。夏の暑い盛りに出回るのが、「東京早生」という種類だそうです。ですから、私の子どものころの思い出の隅田川の花火大会と枝豆が結びつくのは、当然のようです。そして、仲秋の名月のころに出回る晩生が、「鞍掛大豆」と呼ばれる種類です。枝豆は、昔は、関東以北で主に食べられていました。枝豆は、もとはみな、もちろん「大豆」です。大豆は穀物として古くから栽培されていましたが、枝豆が栽培され始めたのは300年程前で、平安時代ごろからこの食べ方があったらしいのです。枝豆として栽培されているものも、収穫適期を越えて、そのまま畑に放置しておけば、鞘も茶色になり、葉もしおれて、最後は葉が落ちます。そうすると莢は水分がなくなりその中の豆は大豆となります。当然ですが、これが種にもなるのです。最近は、品種改良で、生食に適した品種が「えだまめ」として食されています。海外においても、枝豆は人気商品だそうです。未熟な大豆を枝ごと取って食用にすることからエダマメに、あるいは、枝付き豆からえだまめと言われるようになったともいわれています。枝豆は大豆の未熟豆ですが、豆と野菜の両方の栄養的特徴をもっています。枝豆にはタンパク質、ビタミンB1、ビタミンB2、カルシウム、食物繊維を多く含んでおり、ビタミンB1は糖質をエネルギーに変え、体内で疲労物質に変わるのを防ぎ代謝を促す効果 がありますから、特に夏場によく食べる、ざるそば、そうめんやアイスクリーム等の糖質過多になりやすい時期には食生活の大きな役割を果たす食品です。また、大豆には含まれていないビタミンA、ビタミンCも含み、枝豆のタンパク質にあるメチオニンはビタミンB1、ビタミンCとともにアルコールの分解を助け、肝機能の負担を軽くします。ビールのおつまみによく枝豆を食べますが、非常に理にかなった事なのです。
最近、「だだちゃ豆」という日本一おいしいと言われる枝豆があります。独特の旨みとコクがあり、一度食べると忘れられない美味しさがあるといわれています。産地の鶴岡市の農産物直売所には東京や大阪からもだだちゃ豆を買いに来た人で長蛇の列とかうわさを聞きます。最近は東京でも近縁種が出回っています。この豆は、庄内(山形県鶴岡市)の近くを流れる赤川の川原が原産です。砂っぽい痩せた土地だそうですが、梅雨時には大量の雨が降るそうで、気象条件も正統のだだ茶豆の生育にはかかせないようです。他の土地で栽培すると味が落ちてしまうと言われています。旬は、8月ですが、旬というよりも8月しか採れません。”だだ”とは、庄内の方言でお父さんのことです。一番おいしい枝豆という意味があるようです。今年は、それを食べることができました。

投稿者 fujimori : 19:13 | コメント (2)

2006年09月22日 近頃思うこと

ゆとりか詰め込みか

 保護者講演会のときに、いつも親はわが子をどのようにしたいのだろうかと思います。よく、「人に優しく、思いやりのある子に」とか、「人に迷惑をかけない子に」ということがあります。そのとき、逆に親は、「子に優しく、わが子に思いやり」があるだろうか?と、思ってしまうことがあります。また、本心からそう思っているのだろうかと思うこともあります。ここで、自民党総裁が決まりましたが、「わが子を将来総理大臣に!」と思う人は、たぶん日本では、数人でしょう。それも、その世界にいる人だけで、まったく違う世界の親は思わないでしょうね。まあ、子どもになにになって欲しいかという夢を持つのは、私は親の特権のひとつであると思っているのでかまいませんが、実際にそのように仕込もうとすると、本当に子どものためと思っているのか疑いたくなります。でも、本心から、親は子どものためと思っているのでしょうね。一人っ子政策の中国では、「とにかく子どもを最初のスタートラインから負けさせたくない」というのが、幼児英才教育に熱心なパパママたちの本音だそうです。早めの教育投資なら未来の進学や就職競争の中で先にチャンスを押さえたいという発想なのです。以前のブログ(5月12日)で、「大人の熱狂がエスカレートして奪ってしまう子どもの世界」を書きましたが、同じようなことが中国で行われているようです。それは「児童ゴルフ」というものです。新聞には、児童ゴルフのクラスやサマーキャンプの広告がやたらに多く、「児童ゴルフクラブに申込者が殺到」といった記事がよく掲載されています。昨年まで通常一箇所に10数人しか申込者がいなかった児童ゴルフクラブが、今年は夏休みに入る前から電話が殺到し、30人や50人の定員があっという間に埋まってしまい、多くの申込者は秋以降のコース開設まで待たなければならない、という状況だそうです。児童ゴルフクラブといっても決して安くなく、通常、10日間の短期ゴルフ・トレーニング・コースの場合、一人当たり3万円くらいから6万円くらい、3ヶ月におよぶ長期コースの場合は、全コース料金が約15万円にものぼります。しかも、コーチとの間では、英語でコミュニケーションを取るのが普通だそうです。つまり遊びながらのネーティブ・スピーカーによる英会話レッスンでもあるのです。この傾向に、スポーツ医学の専門家は「児童ゴルフは、子どもの筋肉や骨の成長にむしろマイナス影響だ」とメディアを通じて警告。社会学者も、児童ゴルフや児童MBAは単なる親の見栄張りだと痛烈に批判。幼児英才教育が大流行の傍ら、その是非についての大論争はネット上でも喧々囂々となっています。そのほか、上海にある「天才ベービーMBA」クラスは、授業内容が、経済学、想像力、コミュニケーション力など、全部で12科目で、週に1回授業を受けるだけとして、全科目を終了するには2年間もかかり、授業料は2万元(約30万円弱)にも及びます。経済学では、子どもたちに架空のおもちゃ会社を作らせ、そして広告を考案させながら、そのおもちゃを売り出すことを考えさせます。つまり、こういうプロセスのなかで知らず知らずのうちに子どもに「需要と供給」、「所得と支出」といった経済学の基本を習得させるわけなのです。これは、米国式幼児英才教育だそうです。一人っ子政策が始まって20年以上も経ち、子どもの英才教育は、どんどんエスカレートする一方です。「ゆとり」も問題ですし、詰め込みも問題ですし、なにが、子どもにとっていいのでしょうか。昨日、司法試験の合格発表がありました。少なくとも、こんなにお金をかけて詰め込まれた人の判決は、受けたくありませんね。

投稿者 fujimori : 23:24 | コメント (2)

2006年09月21日 講演先にて

喧嘩

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 今日、小松空港から羽田に帰ってきました。空港の駐車場に、一対のブロンズ像が目につきます。それは、弁慶・義経の像です。勧進帳で有名な「安宅の関」が、ここ加賀国(石川県小松市)にあるからです。勧進帳とは、寺院、仏像等の建立などに必要な費用の寄付を求める際に使用した趣意書のことです。もともと「勧進」とは仏教用語で「人に善根功徳を勧誘し、策進する」という意味です。 仏寺建立や修繕などに、その資金を集めるために使われる言葉で、『勧進能』というものが戦国時代からありました。寺社・仏閣に修繕費を寄進させるために能を開催したのです。同様に、勧進相撲も、江戸時代になり、勧進のひとつの手段として興行されました。つまり客から木戸銭を取り、その一部を神社などの修繕費にあてたのです。相撲のルーツは、奈良末期頃であると言われています。相撲とは、「争う、抵抗する」という意味で使われていた「すまう(争ふ、拒ふ)」という言葉が、その由来です。この「勧進」と、先日の日曜日に行っただらだら祭りの芝大明神が結びついています。それは、火消しのめ組と、相撲取りが大喧嘩した有名な「め組の喧嘩」です。この事件を題材にした歌舞伎が、「神明恵和合取組」というもので、今も、役者さんたちは、この演目を上演するときには、この芝大明神に参拝するそうです。
 事件は、文化2年(1805)、芝大明神の境内で勧進相撲が行われていた時に起こりました。相撲見物に、火消しの鳶職人たちがやってきました。彼らは 木戸銭を払わなくてよい特権を持っていましたが、中に火消しじゃない者が混じっていました。「部外者は払え!」「いや、そのくらいいいじゃないか」と、小競り合いが始まりました。ぐっとこらえて、その場はなんとかおさまったものの、芝居小屋で再び鉢合わせしてしまいました。どうもお互いにどうもすっきりしない所に、だらしないと、けしかける輩もいたりして、くすぶっていた火種が再燃してしまいます。さらに、事態に驚いた火消しの長治郎が半鐘を鳴らしたものでしたから、火事だと勘違いして、あっちこっちから火消しが集まって大喧嘩になってしまったという話です。力の強い相撲とりと、気の荒い鳶との喧嘩ですから、大騒ぎになりました。最後は与力、同心が出動し、「め組」の鳶の辰五郎が江戸払いになるなど、お咎めを受けました。しかし、そこでイキな裁きをしたのが、南町奉行所の根岸肥前守鎮衛です。「事の起こりは、半鐘が鳴ったことである」として、半鐘を三宅島に遠島(島流し)にしました。この半鐘が、芝大明神の境内の本殿の脇のほうに置かれていました。
 子どもたちの喧嘩を仲裁しなければならないときがあります。そんなときに、こんなイキなはからいができたらと思います。園に来ていた見学者が、こんな場面を報告してくれました。5歳児の男の子同士が大喧嘩をして、大声で泣いたときに、そばにいる女の子が、気が動転して「誰か、早く先生を呼んできて!」と叫んだのを聞いたほかの子が、「なんで、先生なんか呼ぶの!自分たちで解決してみようよ!」と言い、両方の言い分を聞いたそうです。すると、両方とも言い分がもっともだと思った仲裁に入った子は、どちらが悪いと決め付けずに、「こんなことよして、あっちへ行って遊ぼうよ!」と言って、遊びに誘い、喧嘩など忘れて楽しそうにしていたそうです。大人だったら、片方に不満を残しながら、最後まで決着をつけそうですね。私としては、この子は、粋な決着のつけ方をしたと思います。

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2006年09月20日 近頃思うこと

夏バテ

 9月に入ったころ、なんとなく体がだるい気がしました。もしかしたら、「夏バテ」だったのかもしれません。皆さんは、どうでしょうか。夏バテは、どうして起こるのでしょうか。夏バテの回復方法をお教えします。
 夏バテはおもに、冷房がきいた部屋と室外との気温差が激しいなど、暑さや湿気の急激な変化に体のリズムがついていけず、自律神経の働きが鈍くなることから起こります。症状としては、全身がだるい、思考力が鈍る、食欲がなくなる、夏カゼをひく、下痢をおこす、などがあります。また時には、頭痛、発熱、めまいといった症状を伴うこともあります。夏バテは、自律神経だけでなく、夏に冷たい食べ物を食べ過ぎたり、食欲がなく、毎日ソーメンで済ませたり、食事の不摂生からの胃腸の不調から来る場合もあります。これらの症状に悩まされる人は、まず体力を養うことが大切です。食欲がないときでも、たんぱく質やビタミン、ミネラルを中心に、良質なものを少量でも食べたほうがいいのです。さらに、食欲を刺激するために香辛料を使ったり、香りの強い野菜を摂取します。まだまだ暑い日がありますが、この時期は、極度な温度差は体に負担がかかるので、冷房はなるべく使わず、逆に寒い室内では、温かい飲み物やひざ掛け、カーディガンを利用するなどの工夫も必要です。食材にも、さまざまな効果がありますので、上手に取り入れましょう。エネルギー代謝の促進をしたいときには、ウナギ、えだ豆、ねぎ、豚肉が効果あり、食欲不振の改善には、ししとうがらし、しょうが、とうがらし、みょうががよく、消化活動の正常化には、パイナップル、もやし、胃の粘膜の保護には、おくら、やまいもで、良質なタンパク質を多く含むものとしては、豆腐、のぼせの解消には、とうがんをとるようにします。また、夏バテにはそうめんよりもおそばがおすすめです。小麦粉を原材料とするそうめんなどとそばでは、たんぱく質の性質が大きく違い、そば粉には穀類に少ないリシンやトリプトファンなどの必須アミノ酸が比較的多く、穀類中では最も良質のたんぱく質が含まれているといわれています。またそばの中でも、夏そばが一番ビタミンP作用を持つルチンを多く含んでいます。ただ、ルチンは水に溶ける性質があるので、そばの茹で汁の方に多く含まれます。ルチンは高血圧に良いと言われているので、そば湯も後で、飲んだりするほうが良いですね。もちろんそうめんなどでも、薬味や具を工夫することで栄養を摂ることはできますが、夏バテ気味で食欲がないという人は、おそばで体力の回復を図るといいかもしれません。また、先日、生姜湯を紹介しましたが、夏バテにお勧めは、「菊湯」などはどうでしょうか。菊の芳香には、カンフェンなどの精油成分があり、皮膚を刺激して血行を促進し、身体の痛みをやわらげる効果があります。また保温効果も高く、身体の芯まで温まるので、夏の疲れをほぐすにはピッタリのお風呂です。一般的に菊湯というと、乾燥したものを使いますが、葉をつんで生のまま使ってもよいですし、生の花びらを浮かべて秋の香りを楽しんでもよいでしょう。菊湯に用いるのは、野生で多くみられるリュウノウギクという種類です。リュウノウギクは、秋に花が咲いている時に地上部を刈り取り、陰干しにするか、その都度葉をつみ取り、生のまま使います。2つかみ(30g)を布袋に入れ、上から1升の熱湯をかけて15~20分ほど蒸らし、汁ごと浴槽に入れ、よくかき混ぜます。または少し多めの量を布袋に入れ、水から沸かしてもかまいません。夏バテ気味の人は、一度、試してみてください。

投稿者 fujimori : 23:46 | コメント (2)

2006年09月19日 新聞記事より

情報

先日のブログのほかにも、よく新聞紙上には、さまざまな調査結果や、アンケート集計が掲載されます。私たちは、その結果を見て、今の時代を知り、今の時代を嘆き、とるべき行動を決めることがあります。しかし、それは危険をはらんでいます。だからといって、一人の力では、傾向を探ることには限界があります。身の回りだけの情報では、偏る可能性が大きいからです。かつて、テレビで放送されていましたが、渋谷で未成年の女の子に喫煙を注意したところ、「タバコなんて、私の知っている子は全員吸ってるよ!」と答えていました。確かに、その子の周りの友達は全員吸っているかもしれませんが、逆に、違う仲間は、全員吸っていないこともあります。そのために調査は必要なのです。そして、その結果から、真実を見る目を持たないといけないのです。次の結果から、皆さんはなにを考えるでしょうか。
調査は7月、全国の高校1~3年の6168人(うち女子3311人)を対象に実施した、高校生向けの月刊紙「高校生新聞」が行ったモラルや人生観に関するアンケート調査です。その結果、高校生の5割は友人との飲酒や、電車内での携帯電話使用を容認していることが分かったそうです。同紙編集部は「教師や親など身近な大人の行動の影響が大きいと推測される。手本となるしっかりした大人が減っている表れでは」と分析しています。
また、調査は昨年11月に第一生命経済研究所が、「情報機器がシニアの生活に与える影響」について、50~79歳(シニア世代)の男女780人にアンケートを郵送し、731人の回答を得た結果です。携帯電話は58%、パソコンは51%が使っていました。携帯電話でメールを使う人に「メールの相手」を複数回答で聞いたところ、一番多かったのは「別居している子ども」(83%)で、「同居している子ども」(77%)、「配偶者」(60%)と続いています。「メールで親密になったと思う相手」もトップは「別居している子ども」(50%)。「同居している子ども」(34%)、「趣味・サークルなどの友人・知人」(32%)と続き、「配偶者」(21%)は7番目で、同居家族や配偶者は、メールの頻度に比べて親密になった割合は低かったそうです。調査した副主任研究員は「別居家族や友人などとのメールは、親密度を高めるのに大きな役割を果たしているが、同居家族とのメールは実用的な連絡手段という意味あいが濃いことがうかがわれる」と分析しています。
米誌ニューズウィークは先月、「世界の大学100校」を選定しました。こうしたランキングはどんな基準で選ばれ、どんな影響力を持つのでしょうか。1位は、ハーバード大、以下、2位スタンフォード大、3位エール大、4位カリフォルニア工科大。5位カリフォルニア大バークレー校、そして6位にやっと英国のケンブリッジ大(英)、7位マサチューセッツ工科大(米)、8位オックスフォード大(英)と続きます。100位までに入った日本の大学では、16位東京大、29位京都大、57位大阪大、68位東北大、94位名古屋大だけです。この結果に対して、数年前、USニューズの元編集担当者が「データには問題がある」と告白し、信頼性に疑問も出ていますが、各大学とも毎年、この順位変動に一喜一憂するほど影響力は大きく、連邦政府の予算配分の結果と序列がほぼ一致していたという報告もあるほどだそうです。そこで、「最も有力な調査で、より上位になるよう戦略を考えることが重要だ」との声も出ています。そこで、評価のからくりをよく知って、正当な評価が得られるよう努力することが求められているとむすんでいます。

投稿者 fujimori : 23:36 | コメント (2)

2006年09月18日 散歩

生姜

 今日、都内を歩こうと思って電車に乗っていたら、社内にはっぴを着た女性が二人乗っていました。どこかで秋祭りでもやっているのだろうかと携帯電話で調べてみたら、「だらだら祭り」というのをやっているようです。祭りの名前が面白いので行ってみることにしました。その場所は、「芝大神宮」通称「芝神明」といい、9月10日~21日まで例大祭の真っ最中でした。
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浜松町の駅のそばで、港区役所や芝増上寺の近くにあります。この芝大神宮は、伊勢神宮の御祭神、天照大御神(内宮)、豊受大神(外宮)の二柱を主祭神としてお祀りしています。御鎮座は遠く平安時代に創建された由緒あるお社です。普通の祭りは数日間ですが、ここの祭りは10日間にも渡って行われるために、口の悪い江戸っ子は 「だらだら祭り」と呼びます。秋の長雨の頃にかかって、祭りの最中よく雨が降ったので「めくされ祭」とも云われました。このお祭りは、別名を「生姜市」と言います。それは、境内で「御膳生姜(ごぜん生姜)」と呼ばれる縁起物の生姜が売られているからです。
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ここの生姜を食べると、風邪をひかないと言われています。生の生姜のほか、生姜飴、生姜湯なども売られているので、それらを買いました。昔このあたりには生姜畑がたくさんあったそうが、今は、高知生姜が売られています。昔は売れると柏手を打つくらい、そうまるで熊手市のようなにぎわいだったと言われます。生姜といえば、昔、浪人、由比正雪が幕府転覆の謀反を仕掛けたとき、川に毒を流したとの噂が流れました。しかし、上流で老女が生姜を洗っていたため、江戸は無事だったということから、毒消しの生姜は大変な人気になりました。お寿司の「ガリ」にも 殺菌作用があるということでつかわれています。生姜には、主に3つの種類があります。年中出回っている「ひね生姜(根生姜)」と、栽培した年にできた新物の「新生姜」、谷中生姜のような葉をつけたまま出荷する「葉生姜」です。「ひね生姜」は、皮に傷がなく、肉厚でみずみずしい鮮度感のあるものがよいといわれています。保存方法は、水分があるとカビが生えやすいので、湿ったものは少し陽にあてて乾かし、肌が白っぽくなったらラップで包むとよいそうです。冷蔵庫に入れたほうがより風味が保てるようです。また、季節の変わり目は、なにかと風邪を引きやすいものですが、風邪の引きはじめには、生姜汁にお湯を加え、砂糖かハチミツを入れて甘くした「生姜湯」をよく飲みますが、これは日本に限ったことではないそうです。中国ではスープや粥に生姜を入れて食べますし、スエーデンでは、生姜とハチミツ入りのビールを飲み、インドではこしょう入りのハチミツを生姜につけてなめるそうです。それは生姜に含まれている辛味成分と精油成分が、血行を促進させて身体を温める効果があるからです。また生姜の辛味成分には、防腐・抗菌作用と抗酸化作用があるほか消化を助ける働きもあります。日に日に寒くなるこの時期には、身体の芯から温めてくれる「生姜湯」のお風呂がお勧めです。熱めのお湯での足湯でも、十分に身体を温めることができます。風邪でお風呂に入れない時などに試してみてください。まず、市販の生姜をひと握り分(80g)をすりおろします。そして、そのしぼり汁を浴槽に入れてかき混ぜます。さらに、薄くスライスした生姜を布袋に入れ、揉みながら入浴すると芳香効果が増します。早速、今日買ってきた生姜をいただきました。

投稿者 fujimori : 20:30 | コメント (2)

2006年09月17日 近頃思うこと

自然の脅威

昨日の土曜日に、福岡で研修会があり参加をしました。しかし、今日は、大型台風が九州に近づき、予定を変更して、昼前に飛行機から新幹線に切り替え、無事に帰ることができました。案の定、登場予定の飛行機の便は、欠航になりました。よく、日本に上陸しますね。日本に上陸したり、接近したりする台風がデータ的にも増えているようです。1976年から1980年の間の5年間では、上陸回数は11回だったのが、2001年から2005年の間では、20回あるそうです。接近した回数も、49回から67回に増えているようです。
「記録的な猛暑」「記録的な豪雨」「気象庁始まって以来の記録」「観察史上初めての」こんな言葉が気象情報ではよく流れます。そんなに、毎年記録を更新しているのでしょうか。こんな異常気象になんだか、寒気を覚えます。そして、それに慣れていく人々を見ると、心配になります。本当に、異常気象は起きているのでしょうか。しかし、数字で見たり、発表を聞くと、確かに自然現象に異変が少しずつ起きてきている気がします。これは、日本列島だけでなく、世界規模でもあるようです。たとえば、「記録的な豪雨」というところで見ると、1時間の雨量が50ミリ以上を「非常に激しい雨」と言うようですが、この量を降った回数は、1976年から1985年までの10年間の平均は、年209.0回だそうです。それが、1996年から2005年までの10年間では、289.8回に跳ね上がるのだそうです。そして、1時間に80ミリ以上の降水量のときを「猛烈な雨」といいますが、これになると、12.5回から21.5回と72%も増えているのだそうです。1時間あたりの降雨量だけでなく、1日あたりの降雨量でも、200ミリ以上あった回数も、162.7回から、239.0回へ、400ミリ以上という危険な降雨量は、6.3回から14.9回へと2.4倍になっているそうです。その原因は、上陸、接近した台風の回数が増えたこともありますが、今年は、梅雨のころも異常な豪雨がありました。また、冬は冬で、最近記録的な豪雪に見舞われることもしばしばあります。これらは、「自然の脅威」といわれますし、「自然を征服することはできない」というように、仕方ないかのように言われます。確かに、人間では、大自然の営みをコントロールするのは、難しいでしょう。しかし、これらの現象は、どうも、純粋な自然界の営みではなく、人間が引き起こしている部分が多くあるようです。となると、今後、ますます記録は更新されていくでしょう。この現象は、気象上記録を更新していくだけならまだいいのですが、実は、被害に影響するのです。たとえば、台風などの風水害や雪害による死者の数が、10年前の1994年には、36人で、その後この数を下回った年はないそうです。なんと、台風の上陸回数が観測史上最多の2004年には、259人も亡くなっています。この都市の水害による被害総額も2兆138億円と統計開始以来最悪の記録だったそうです。このような被害の拡大に向けて消防庁が今年の5月に「風水害対策の強化について」という通知を各都道府県に対して出しました。そこには、「避難体制の整備」「初動体制の確立」「防災知識の普及啓発」といった項目が並んでいます。保育園では、毎月1回以上は、避難訓練、消火訓練、通報訓練、そして、年1回広域避難訓練、引渡し訓練が義務付けられています。これは、風水害に対してというよりも、主に火災や地震に対してですが、やはり、きちんと避難訓練をやることが必要だと思います。そして、年1回は、給食に「すいとん」を食べ、隔年で、保存用パンと、飲料水を配っています。自然のことだからどうしようもないといわずに、日ごろからの意識が大切でしょうね。

投稿者 fujimori : 20:59 | コメント (4)

2006年09月16日 新聞記事より

調査結果

 新聞などに、よく「調査結果によると」ということが発表されることがあります。しかし、その結果を見ると、「本当かな?」と思ってしまうこともよくあります。また、結果については改ざんできませんが、その分析では、どうにでも取れるものがありますし、自分の都合のよいように解釈して、やはり、「そんなことかな?」と思うことがあります。しかし、少なくともそんな傾向であることは間違いないでしょうが、この調査結果から、逆に違う問題点も見えてきます。
 9月13日発表で、「公立小学生の校内暴力、過去最多に 対教師30%超増」という記事が掲載されていました。「05年度に公立の小学校内で児童が起こした暴力行為の件数は、前年度より6.8%増の2018件で、統計を取り始めた97年度以降、過去最多となったことが13日、文部科学省の調査でわかった。特に教師への暴力は38.1%増の464件と、3年連続で30%を超え、歯止めがかかっていない。公立の小中高生全体の校内暴力も0.9%増の3万283件となり、2年ぶりに増加に転じた。」というものです。この調査は、全国すべての公立小中高校が対象で、各教委を通じて実施したそうです。その中で、教師に対して、いすを投げつけたり故意にけがをさせたりといった、一定水準以上の暴力について、学校から上がった報告を集計したといいます。しかし、この数字で?と思うことがあります。この件数の各都道府県別を見ると驚きます。東京近郊の今年の件数の数字では、埼玉は113件、千葉は54件、東京は65件、神奈川は501件となっています。地域のよって差があるのは当然でしょうが、神奈川県に比べて、東京都が余りに少ない気がします。そんなに東京の子は、いい子なのでしょうか。これは、調査方法をもう一度見ると、「学校からあがった報告を」ということは、実際に起きた件数ではなく、学校の認識の違いかもしれません。しかし、「一定水準」を定めているので、認識にそんなに違いは出るはずはありません。では、どうしてでしょう。ラジオで尾木教授がこう言っていました。「東京は、今学校選択性を行っている地区が多いため、自分の学校が暴力が多いと、選択されなくなり、校長としての力量が問われることになる。また、教師も人事考課を行っているので、自分のクラスに起きているとなると、給料や昇進などに影響する恐れがあるので、報告しない場合がある。」こんなことでは、本当に子どものための教育を考えることができないでしょう。単純に、企業の競争原理を教育、福祉に持ち込むと、このようなことが起きる可能性は大いにある気がします。また、分析にしても、文科省によると、昨年より増えた原因のひとつに「なかには子どもの暴力行為がわかっても、保護者が注意しないといった事例も報告されている。」からと言っています。私は、この状況をすぐに保護者のせいにすることがありますが、もう少し、真摯に教育方法、教師のあり方を見直すべきだと思います。また、文科省は「はっきりとした原因は分からないが、けんかの仲裁に入った教師に逆上し、矛先を向けるケースが多いようだ。子どもの暴力について小学校側の危機意識は、もともと希薄。学級担任制で、担任一人に任せきりになるため、問題が放置されやすい状況がある」と分析しています。大人の目が届かないからという分析も、おかしい気がします。子どもがどうしてそのような行動をとるのかの検証がもっと必要でしょう。

投稿者 fujimori : 16:45 | コメント (3)

2006年09月15日 新聞記事より

選択

 私の園では、食事のときには、自分で食べる量とか、食べたくないものの選択ができるようになっています。また、自分で、自分の体をコントロールできるようになると、お昼寝をするかしないかを自分で決められるようになります。そのほかの活動においても、基本的には、少なくとも二つ以上の選択肢が常にあるようにしています。たとえば、どの活動の時間帯でも、図書コーナーだけにはいってよいことになっています。それは、必ずしも自分勝手に好きなことをしてよいということでなく、提示した活動を子どもがしようとしないときに、その気持ちを考えることで、子どもの心が見えてくることがあるからです。その気持ちに沿い、共感することで、自ら提示した活動に取り組みようになるからです。また、別の意味では、活動を自ら選択することで、その選択肢が少なく、大人から見ると究極の選択であるかのように見えても、子どもからすると、自発的な活動をしている気になるのです。子どもたちに、絵を描かせたいと思ったときに、「描きたくない!」という子が、何人かいます。そのときに、「遠足の絵と、運動会の絵とどちらが描きたい?」と聞くと、思わず、どちらかの絵を言うことが多く見られます。そんなことに近い話が、9月15日の 読売新聞に掲載されていました。「『選択理論心理学』教育に成果、広がる実践」というタイトルです。「教師が強制するのではなく、子供に自分で行動を選ばせ、責任を持たせる教育手法が注目されている。選択理論心理学に基づくもので、アメリカでは多くの学校で取り入れられ、成果を上げている。国内でも、日本選択理論心理学会がサマースクールや教員への講習を通じ、実践を試みている。」というリードがあります。内容は、「自分で選び行動に責任」ということで、実践が紹介されていました。この選択理論心理学は、自ら行動を選択する心の動きを研究し、カウンセリングなど様々な分野に応用するものだそうで、1970年代、米国で教育分野に取り入れる試みが始まり、カナダやオーストラリアなどにも広がっているようです。「自分自身で選ぶことにより、子供は行動に責任を持つようになる」という考えに基づき、暴力を振るったり、騒いだりする子供についても、しからずに自分の行為を振り返らせ、間違いに気づかせます。米国ではこうした教育が約200校で採用され、暴力行為やいじめなどが減り、学力も向上したといいます。日本では80年代後半から研究が始まり、2002年には日本選択理論心理学会が発足。現在、教員や主婦、会社員ら約600人の会員がいる。同会の実施する講習を受けた教師たちが、学校での指導に同理論を生かしているケースもあるといいます。「学年の枠を超え、共同作業をさせることで、競争意識ではなく、協調する気持ちを育てる」と、指導の特徴を説明しています。これは、小学生以上を対象としていますが、私は、幼児の世界こそ、その考え方を持つべきだと思います。その理由のひとつには、幼児期こそ、発達の個人差が大きいことがあります。また、認知的なものよりも、体験からの発達を促すことに課題があるからです。しかし、きちんと、幼児においての選択能力の領域の把握が必要です。その能力の範囲内での選択肢を用意するべきです。これは、必ずしも幼児に限らないかもしれません。大人でも、自分で選択する能力がなければ、決めてあげるとか、強制せざるを得ませんね。最近の飲酒運転のニュースを聞くたびに、そんな気がします。

投稿者 fujimori : 21:15 | コメント (2)

2006年09月14日 近頃思うこと

好き嫌い

 「キャベツ」と「レタス」の話題をもうひとつお話します。皆さんは、キャベツとレタスのどちらが好きでしょうか。漠然とそう聞かれると、たぶん、食べるときの好き嫌いで答える人が多いでしょうね。食べるときでも、味だけでなく、舌触りや、色も影響するでしょう。また、違う聞き方をするとどうでしょうか?形はどちらが好きですか?色はどちらが好きですか?感触はどちらが好きですか?と聞かれると答えは違ってくるかもしれません。好きですか?と聞かれて、どの部分を優先して答えるのでしょうか。以前、子どもの絵本の編集委員をしていたことがありました。そのときに、4月号の表紙を決めることになり、「キャベツ」か、「レタス」か議論をしたことがありました。そのときは、どの観点から選ぶのでしょうか。そこで、現場の保育者さんに、ふたつの写真を見て、なにもいわずに印象でどちらがいいか聞いてみることにしました。何園かで行いましたが、どこの園でも、まったく答えが、同数で分かれました。おおよその傾向として、年配者は「キャベツ」、若い人は「レタス」と答えた人が多くありました。キャベツを選んだ人は、その理由として、「色がはっきりしているから」「形がはっきりしているから」で、レタスを選んだ人は、その理由として、「形がソフトだから」「色が淡いから」そして、なにより「フレッシュで、さわやかな感じがするから」というものでした。そのときの私の意見は、「絵本を指導するときに、4月号として、モンシロチョウなどと関連して春を認識させたり、身近な食事からのイメージを膨らませるには、料理法の多い「キャベツ」のほうが子どもに話しやすいのではないだろうか。また、葉の筋を道になぞらえたりして、そのあとに子どもの好奇心を膨らませやすいのではないだろうか。」といろいろと考えてしまいます。
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    キャベツをテーマにした運動会プログラム
 そこで、当の本人である子どもはどう思うかを聞いてみることにしました。すると、ほとんどの子が、食べるのは「キャベツ」の方が好きなのに、絵として、雰囲気として、理由はよくわからないけれど、「レタス」の方が好きと答えました。でも、それでいいのかもしれません。子どもたちの毎日は、理屈ではありません。大人の好みの押し付けで過ごすのでもありません。絵本の内容にしても同じようなことに出会うことがあります。どうしてこれが面白いのか大人にはよくわからない場合があるのです。逆に、面白いのではと思うのに、子どもは少しも喜ばないこともあります。とくに、読んでほしいような、ためになるような本は、その思いが強いほど子どもは嫌がることが多くあります。矢玉四郎さんの「はれぶた」シリーズや、那須正幹さんの「ずっこけ」シリーズなどは、始めは大人の評価はあまり高くありませんでした。しかし、子どもの絶大な人気を得て、あらためて評価されたものです。私の好きな作家の山中恒さんも、「児童書は、ただ面白ければよい:」とまで言い放ち、自分の書いたものを「児童文学」と呼ばずに「児童読み物」と呼びます。子どもたちが、なんとなく「おもしろい」と思う裏には、それなりの理由が潜んでいるのかもしれません。それは、決して、大人の世界での享楽的なものとかではなく、子どもの共感を得るものだからです。そこで、子どもに「この本を読みなさい!」「この本は、おもしろいよ」と押し付ける前に、本を読み聞かせたあとなどに、「ああ、面白かった!」とか、「ああ、かわいそうだね。」と、自分の感想を、大人は言うだけでもいいと思います。

投稿者 fujimori : 21:44 | コメント (2)

2006年09月13日 近頃思うこと

利用と収集

 ある小冊子に池谷裕二氏という気鋭の脳研究家がこんな記事を書いていました。「私たちは、情報の“利用”と“収集”という背反する二つの選択の中で生きている。スーパーマーケットでサラダ用にレタスを買っている女性を例に考えてみよう。彼女は、レタスが大好物である。逆にキャベツやきゅうりは好きでないので、あまり買うことはない。そんなある日、いつものように買い物に出かけると、レタスの隣に“甘さたっぷり”とかかれた新種のキャベツが並んでいた。いつも通りレタスを買えば、美味しいサラダが食べられることは約束されている。しかし、新しいキャベツはどうだろう。もしかしたらこの新種キャベツはレタス以上に自分の嗜好にあっているかもしれない。もちろん、この新野菜に挑戦したところで、やはりニガテな味だったということもありえるだろう。この例では、“いつも通りレタスを買う”という選択が、過去の情報を“利用”することに相当し、“新種キャベツを買ってみる”ことが新しい情報を“収集“するという冒険に相当する。安全の確保かリスクに賭けるか―彼女は、この背反する選択肢から意思決定しなければならない。この時、脳はどのようにして判断を下すのだろうか。」このときの脳を、今年の6月にロンドン大学のドウ教授という人が報告したそうです。私は、性格だと思いますが、どうも新しいことを多少リスクがあってもやろうとしてしまうところがあります。分かれ道にくると、つい、今まで行ったことのないほうの道を選んでしまいます。また、以前、ある人とイタリアに行って、レストランに入ったときのことです。メニューに何が書いてあるかわからなかったので、何でもいいと思い、上から適当に何品か頼んでみました。そして、食べ終わった後で、最後のもう一皿頼もうとしたとき、仲間たちは、「頼んだ中で一番美味しかったものを最後に頼もうか。」と言ったのに対して、私は、「どうせ、あと一皿頼むのだったら、まだ食べていないものを頼んでみようよ。」と言ったのです。どうも、私は、「安全」よりも「冒険」を好むようです。この冊子の最後には、「日常生活でも、当初最もよい選択であったからといって、安全パイばかりを選んでいると、知らぬ間に世界が変わっていて、浦島太郎よろしく、気づけば大損をしていることもありうる。だからといって、根拠のない賭けばかりでは、これもまた問題である。つまりは、“情報利用と情報収集のバランスを保て”ということになるのだが、不思議なことに、年を重ねると、私たちは情報収集型人間から情報利用型人間へと変化していく傾向がある。身近な人との会話だけで1日が終わっていないだろうか。新しいレストランが開店しても、行きつけの店ばかりに通っていないだろうか。改めて生活習慣を見直してみれば思い当たる方もいるだろう。たまには思い切って冒険脳“前頭極皮質”を開放すれば、普段とは違ったワクワクするような道が開けるかもしれない。」
 子どもを相手にする仕事や、人を相手にする仕事は特に時代によっての情報をきちんと得ていかなければなりません。子どもの育つ環境、文化をきちんと理解しないと、適切な援助が行えないからです。古い情報からだけの「利用」は、安全パイどころか、危険パイに変わっていることがあるからです。新しいものへの改革とか、変化とかは、とかく「向こう見ずな冒険」と勘違いされることがあります。しかし、きちんとした「情報収集」があれば、「冒険」は、長い目で見た安全パイを見つけることになるのです。

投稿者 fujimori : 19:51 | コメント (1)

2006年09月12日 近頃思うこと

IT活用

 最近、学校での授業にずいぶんとコンピュータが活用されるようになりました。しかし、これは、あくまでも機械であるので、ヒューマンパワーとしての教育界では、まだまだ抵抗があります。しかし、どうも反対を唱える人は、コンピュータを駆使していない人に多いようです。なんだか、自分が使うことに抵抗あったり、改めてその勉強をするのを避ける人に多い気がします。私は、幼児を対象にいろいろと考えることが多いので、特にその活用には慎重になります。しかし、最近、特に先進国と呼ばれている国々では、幼児に対してもそのつかい方をきちんと考えている気がします。アメリカで、乳幼児施設を評価する基準があります。法律文化社から「保育環境評価スケール①<幼児版>」の翻訳版が出版されていますが、その中で、こんな基準があります。幼児施設の評価を7段階で評価します。(番号が大きいほうが望ましい環境)
1段階:使われている教材が発達段階にふさわしくない (例.特に暴力的・性的な内容、闘争的な登場人物や物語、むずかしすぎるコンピュータ・ゲーム)。
2段階:テレビ/コンピュータが使われているときに他の活動ができない。 (例. 全員が一斉にビデオを見る)。
3段階:どの教材も暴力的なものではなく、文化的に配慮されたものである。テレビ/コンピュータが使われているときに他の活動ができる。テレビノビデオを使う時間が限られている(例・テレビノビデオは全日保育であれば1日1時間以下に限られている。コンピュータは最長20分で交代する)。
5段階:教材は「子どもにふさわしいもの」に限られている。(例.セサミ・ストリート、教育的なビデオとコンピュータ・ゲーム、あまりに漫画的でないもの)。コンピュータは多くの自由選択活動のひとつである。ほとんどの教材は子どもが主体的に取り組めるものである(例.ビデオを見て踊ったり/歌ったり/運動ができる、コンピュータのソフトで考えたり意思決定ができる)。保育者はテレビ、ビデオ、コンピュータを積極的に利用する。(例.ビデオを見て子どもと話し合いをする、教育的なテレビ番組で見たことを実際にやってみる、子どもがコンピュータ・プログラムを使って学ぶのを手助けする)。
7段階:創造性を刺激するようなコンピュータ・ソフトがある(例.創造的な絵画・描画、コンピュータ・ゲームで問題解決ができる)。教材が保育室での活動のテーマや内容を発展させるのに役立っている。(例.自然をテーマにした活動に昆虫のビデオやDVDからの知識が役立つ、農場についてのビデオで遠足の準備をする)。

 この評価基準には、すこし抵抗があるものもありますが、積極的に活用している姿勢が分かります。
2006年6月28日の毎日新聞に、「1人1人の子供にふさわしい学習を」ということで、イギリスでの取り組みが紹介されていました。イギリス教育技能省のケビン技術局戦略遂行本部長は「学力を向上させるためには、教育を学習者中心に考え、生徒1人1人に適した学習を提供する必要がある。それはITで実現できる」と語っています。イギリスでは、ITを活用しているかどうかが学校選択の理由のひとつになっているようです。

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2006年09月11日 近頃思うこと

子の心

 よく「親の心子知らず」といわれます。親がどれほどの愛情を注ぎ、また、どれほど苦労しているか、当の子どもは気付き難い。子どもは親の望むような振る舞いをしないものだということです。英語では、No child knows how dear he is to his parents.といいますが、このような言い方もあります。It is a wise child that knows its own father.これは、逆説的に「 親の気持ちがわかれば賢い子」という意味です。これとまったく反対にいう場合もあります。「子の心親知らず」ということわざです。この意味は、「親というものは我が子をいつまでも幼いままに見てしまうので、年々成長し発達する子どもの気持ちがなかなか理解できないということ。」と書かれていますが、私は少し違うような気がします。「親の心…」の反対で、「子がどれほど親を思い、慕い、信頼しているかということを、当の本人の親はなかなか気づかない」という意味の方が当てはまる気がします。ですから、違う言い方をすれば、「子の気持ちがわかれば、賢い親」ということになります。一昨日のブログの「アンパン」では、どんな仕打ちをされようが、どのような扱いをされようが、子どもは親を信用しているのです。また、子どもは、一生懸命に親からの愛情を受けるために、親の望みの通りの子どもになろうとします。最近、依存症の若者が増えています。これは、少子化の中で、一生懸命子どものために尽くそうとする親に対して、自立をしてしまうと、親がさびしがり、悲しがると思って、いつまでも親に甘えているのです。子どもなりに気を使っているのです。
 有名なシェークスピアのリア王のなかで、父親であるリア王が、娘3人に自分への気持ちを問いただすこんな場面があります。娘は、このような言葉で父親への愛を表現します。長女「私は、言葉で言い尽くせないほど、お父上を愛しています。私のこの目よりも、自由よりも、命よりも、もっともっと愛しています。」次女「お父様を愛することだけが、私の喜びです。その喜びのためには、世の中のどんな喜びだって、捨ててしまいます。」そして、最後の3女がこう言います。「私は、お父様の子として生まれ、育てられ、かわいがられてきました。そのご恩に報いるため、子としての務めを果たします。お父様の仰せにはよく従い、愛しもし、敬いもいたします。」それぞれ、3人の誰の言葉の中に、深い愛を感じるでしょうか。この言葉の中から、本当の子として親を思う気持ちを感じ取れなかったリア王は、不幸な最後を迎えることになるのです。また、親と子どもの気持ちのすれ違いからの不幸もいろいろとあります。「ピーターパン」でも、あの大活躍する話の前の原作には、こうあります。ピーターのお父さんとお母さんが「この子が大きくなったら、どんなになるだろうね。兵隊さんかな。お役人さんかな。」と話し合っているのをピーターが聞いて、「大きくなるのなんか、いやなこった。」と思います。そして、外に飛び出します。しばらくして、母親の元に戻ってきたら、母親は、窓をぴったりと閉め、中でかわいい赤ちゃんを抱いて、幸せそうに眠っていて、ピーターが大声でいくら呼んでも気がつきません。そこで、ピーターは、もうお母さんのことは忘れることにし、しかも、大人になることを拒否してしまったのです。一時期、ピーターパンシンドロームと呼ばれる若者が問題になりました。いつまでも大人になりたくない若者にみられる精神的症候をさすこの言葉の語源は、ここからきています。過度の親の期待は、子どもの気持ちを無視することになり、かえって自立を遅らせてしまうのです。

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2006年09月10日 散歩

コスモス

 電車の中吊り広告で、こんなものを見ました。「初秋の庭園、花と音めぐり音めぐりコンサート」というもので、9月1日から一月間、浜離宮で「コスモスが咲くお花畑を背景に、懐かしのフォークサウンドや琴の演奏、津軽三味線などの音楽をお楽しみいただけます。」というものでした。懐かしのフォークサウンドというメッセージに引かれて行ってみました。しかし、今日は、花てまりという姉妹で、「琴とフルート」演奏でした。最初の曲は、あの「淡紅の秋桜(コスモス)が秋の日の 何気ない陽溜りに揺れている」と始まる「さだまさし」作詞作曲で、山口百恵さんが歌った「秋桜(コスモス)」です。この歌は、嫁ぐ娘が、母の優しさを感じる歌で、1番の最後のフレーズの「こんな小春日和の穏やかな日は あなたの優しさが浸みて来る」というところが印象に残ります。でも、今日は、小春日和というよりも、残暑厳しい日和でしたが。そして、この歌う姿の後ろには、一面のコスモスが咲き乱れていました。
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 コスモスといっても、イメージするあのピンク色の花ではなく、今咲いているのは、「キバナコスモス」という品種で、大正時代に日本に渡来し、コスモスに比べて暑さに強いためにこの暑いころから咲き始めます。花は黄色やオレンジが中心です。コスモスの原産地はメキシコの高原地帯で、18世紀末にスペインマドリードの植物園に送られ、コスモスと名づけられ、日本には明治20年頃に渡来したと言われています。渡来当時は、「あきざくら」と呼ばれていました。「秋桜」の字は、主に秋に咲き、花弁の形が桜に似ているところからの和名です。また、大春車菊(オオハルシャギク)とも呼ばれます。コスモス(cosmos)の語源は、ギリシャ語の「秩序」「飾り」「美しい」という意味の「Kosmos, Cosmos」の言葉に由来することから、星がきれいにそろう宇宙のことを、cosmosと呼び、また、花びらが整然と並ぶこの花もcosmosと呼ぶようになったのです。
 また、ここ「浜離宮」は、潮入の池と二つの鴨場をもつ江戸時代の代表的な大名庭園です。潮入の池とは、海水を導き潮の満ち干によって池の趣を変えるもので、海辺の庭園で通常用いられていた様式です。この地は、寛永年間(1624~1644年)までは、将軍家の鷹狩場で、一面の芦原でした。ここに初めて屋敷を建てたのは、4代将軍家綱の弟で甲府宰相の松平綱重が、将軍から海を埋め立てて甲府浜屋敷と呼ばれる別邸を建てる許しを得ました。その後、綱重の子どもの綱豊(家宣)が6代将軍になったのを契機に、この屋敷は将軍家の別邸となり、名称も浜御殿と改められました。以来、歴代将軍によって幾度かの造園、改修工事が行なわれ、11代将軍家斉のときにほぼ現在の姿の庭園が完成しました。明治維新ののちは皇室の離宮となり、名前も浜離宮となりました。
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 将軍や大名たちは、贅沢で、権力を行使し、こんないい場を自分の別邸にしたり、遊び場(狩場とか鴨場など)にしたりしてと腹も立ちますが、今となっては、都心にこんなに緑を残してもらえるとは、何が幸いするか分かりませんね。東京都武蔵野市と三鷹市にまたがる都立公園である「井の頭恩賜公園」も、三鷹の地名に残るように、この一帯の武蔵野は徳川歴代将軍が鷹狩りを楽しんだ鷹場であり、3代将軍家光が鷹狩りに訪れた際の休息のため、井の頭池を見渡す場所に御殿を造営したことから御殿山の地名が起こったといわれていますし、井の頭池の名も家光によって名づけられたと言われています。これからは、都内の公園めぐりによい季節になります。

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2006年09月09日 教員の頃

アンパン

 今日の新聞広告のページで、こんなタイトルがありました。「子どもの危機を食から見直す!」というものです。サブタイトルには、ショッキングな言葉が並びます。「味噌汁を知らない子どもがいた!」「遠足のお弁当が菓子パンだけ?」「乳幼児までが朝食抜きで登園…」など、太文字で書かれています。こんな例は、現場ではいくらでもあります。本当に困ったものです。しかし、このタイトルを見たときに思い出したことがありました。
 私は、大学は、建築科を卒業しました。そして、卒業制作のテーマに「学校建築」を選びました。そこで、卒業後、どうしても学校に実際に勤めてみたくなり、他大学で小学校の教諭の資格を取り、実際に勤めてみることにしたのです。しかし、教師になろうと思っていたわけではありませんでしたので、いろいろな形式の学校、そして、本とかに紹介されているような学校で教えてみたいと思ったために、育休産休代替職員で勤めました。初めて受けもった1年生に、A君がいました。とても目がキラキラ輝いて、真剣に人の目を見ます。その子が、遠足の参加申し込みをしませんでした。どうしてだろうと思って、その子から理由を聞く前に、その子の環境を調べてみました。すると、近所では、その子は毎日家では夕食を食べさせてもらっていないので、学校の給食だけで生活をしているということでした。ですから、土、日はほとんど何も食べないので、近所では、かわいそうに思い、食事を食べさせてあげたり、お風呂に入れてあげたりしているということです。どうも、遠足の参加費が払えないようです。そこで、まず、子どもに遠足に参加したいのか確かめてみました。子どもは、本当は行きたいといいます。私は、校長のところに行って、何とか、学校で遠足の参加費を負担してもらえないか交渉しました。校長は、何とかしてくれると約束してくれました。次に、母子家庭でしたので、母親を説得するために、その子の自宅を訪ねました。家について、何度、声をかけても返事がありません。家の中には、誰かいるようです。あまり何度も大声で呼びますので、やっと出てきました。私は、遠足の費用は学校で出すので、ぜひ参加させてほしいと頼んでみました。あまり熱心に話すものですから、その母親は、玄関先に立っている私に向かって、「先生、どうぞ座ってください。」と言いながら、ほこりだらけの玄関先をそこにあった広告の紙でさっと拭きました。そして、こんな愚痴を言い始めました。「私は、いま、家で男に体を売って生計を立てているのです。ですから、子どもを家の中に入れるわけには行かないのですよ。そして、私には男の子と女の子がいたのが、別れた旦那は女の子を連れて行ってしまったのです。女の子だったら、早く稼げるのに、私は、男の子なんか引き取ったので、まったく嫌になってしまう。」私にとっては、ずいぶんと刺激的な話でしたが、産休代替ということもあって、あまり深入りは出来ないと思って、とりあえず遠足への参加だけを承知してもらいました。当日、喜んで参加したA君と一緒にお昼を食べました。すると、お弁当は、アンパン2個だったのです。私は、つい、「先生のと交換しようか?」と言ってしまいました。すると、その子は、私の言葉から哀れみを感じてしまったのでしょうか、「僕は、アンパンが好きなんだ。だから、お母さんがアンパンを入れてくれたんだ!」とつき返されてしまいました。その子は、今は、40歳位になっているでしょう。今でも、あの時の誇りを忘れないでいてくれたらと思います。

投稿者 fujimori : 19:48 | コメント (3)

2006年09月08日 近頃思うこと

教育

 教育団体のネットワーク化を目指す民間シンクタンク「日本教育再生機構」の発足に向けての精神科医の和田秀樹氏の発言が紹介されていました。「フィンランドがなぜ注目を集めているかというと、OECDの学力調査で、義務教育を卒業した人の学力が世界で一番高かった。特に読解力が高かった。そして世界経済フォーラムの国際競争力ランキングで、3年連続で世界一になった。学力がいかに国力に結びつくかを例証している。かなり生徒の自主性に任せた教育をやっていながら成績がいいので、ゆとり教育派の人たちはフィンランドを例に出すことが多い。しかし私が行ってみて、一つはっきり分かったことは、生徒の自主性に任せても生徒がよく勉強するのは、国民の教育に対する意識が高いからだ。1686年に世界で最初に義務教育法を制定し、世界で一番識字率が高い国だった。赤ん坊からお年寄りまで平均して年間20冊の本を図書館で借りている。テレビ番組も、日本のバラエティーに類するものはほとんどない。教育再生は国民の意識から始まるのだと思う。フィンランド人は昔からみんな字が読めたとか、勉強ができたということを誇りに思っている。日本は自腹を切って寺子屋へ行き、みんなが勉強したのだからフィンランドより上だ。そういう歴史をもっともっと教えていかないといけない。」
 たしかに日本でも、江戸では学問が盛んでした。しかも、庶民から、武士まで幅広くさまざまな学校で学んでいました。幕府直轄としては、昌平坂学問所がありました。
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 はじめ、林家の家塾でしたが、後に、正式に幕府直轄の学問所となりました。ここには、推薦状があれば面接試験程度で入れました。4級から9級までのクラスがあって、「素読吟味」「学問吟味」などの進級試験があり、段階ごとに振り落とされていきます。歳は関係なく学べますが、30歳過ぎても下のクラスにいると恥ずかしいので、自主退学する人が多く、最後まで残るのは1割に満たなかったといいます。藩校は、諸藩がおもに藩士の子弟のために設立した教育機関でした。内容や規模はさまざまでしたが、藩士の子弟はすべて強制的に入学させ、庶民の子弟は原則的に入学できませんでした。7~8歳で入学してまず文を習い、のち武芸をまなび、14~15歳から20歳くらいで卒業します。教育内容も藩によって異なりますが、一般に四書五経の素読と習字を中心としています。庶民のための学校として、読み、書き、算を教えたのが、寺子屋です。江戸時代後期には、江戸市内だけでも1500もの指南所がありました。(寺子屋というと、最後に屋がつくので、なんだか商売じみているというので、江戸では指南所といっていました)7~8歳から、3~5年間子どもたちが通います。男女の区別なく通っていて、義務教育制度がなかったのに、江戸の7~8割の子どもが通っていたそうです。同じ頃、欧米の先進国では、イギリスなど高いところでも2~3割の就学率でしたから、日本はかなり高かったのですね。朝8時くらいから、昼ごはんをはさんで2時くらいまで勉強しました。そのあとに時間は、いろいろな事情で読み書きが学べなかった大人のために教えていました。「その子に一番役に立つように」ということで、一人ひとり違う教科書が使われていました。机の向きなどもばらばらで、かなり自由な雰囲気だったそうです。先生は、さまざまな職業の人が複数いて、女の先生も3人に一人はいました。公でも私でも、授業料はあってないようなもので、「出世払い」が普通でした。そんな寺子屋のおかげで、1900年頃の日本人の識字率は、90%程度はあつたと推測されています。これには、さまざまな説がありますが、世界の中ではかなりの水準の高さだったと言われています。どこからおかしくなっていったのでしょうか。

投稿者 fujimori : 22:54 | コメント (1)

2006年09月07日 近頃思うこと

ノンタンとジョージ

 朝日新聞の9月06日の記事に「ノンタン30歳に 絵本34巻、子供たちを魅了」という記事が掲載されていました。「ノンタン」といえば、ネコの男の子が主人公の絵本「ノンタン」シリーズで、わが子が小さかった頃にとても好きな絵本で、いつも読み聞かせをしていました。そのシリーズの歌のカセットテープも持っていて、「ノンタン ノンタン ぶらんこの~せて!」「だめ~ だめ」という歌を何度も歌った思い出があります。
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 このシリーズが、偕成社から出版されて、今夏、30年を迎えたそうです。これまでに総計2700万部に達し、児童書としては類を見ないベストセラーとなっています。ノンタンは、76年8月に『ノンタンぶらんこのせて』でデビューしました。私が歌でおぼえている記憶では、ノンタンが、ぶらんこを独り占めして、なかなか友達に譲りません。記事によると、「あかんべノンタン」でも「あっかんべえ」とみんなを驚かせて喜び、おひさまから「あっかんべえ」と仕返しされます。しかし、最後は「でもやっぱりやめられない」で終わるというような内容に対して、そこには、教訓もなければ、道徳も説かない。こんな姿に、「わがままで反省がない」「子供のいたずら心を増長する」と児童書業界では当初、批判の声があったようです。しかし、そこには、子どもの心に共感するものがあるのでしょう。この姿は、誰でも持っている「子どもらしさ」かもしれませんし、子どもとしての発達の証かもしれないのです。心理学者の富田たかしさんは「ノンタンは共感を得るポイントを押さえている」「すごい人がすごいことをやっても共感できない。人間はネガティブな感情を共有して初めて、同じ立場に立つことができる。失敗したり、だめなところがあったりするノンタンは、身近な存在です」と指摘しています。「いつの時代も、子供たちはノンタンに自分を投影してきたのだろう。身近に感じるのと同時に、普通すぎる「非凡さ」ゆえ、ノンタンの淡々とした日常が理想的な世界にも見えてくる。」と記事は結んでいます。
同じように、子どもの共感を得る絵本に「ひとまねこざる」シリーズがあります。この本の主人公は、知りたがりやのかわいい、こざるジョージです。
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 H.A.&M.レイによるこの絵本シリーズは、半世紀にわたって、親から子へと親しまれてきました。動物園に住んでいたおさるのジョージは、とても知りたがりやで、人まねが大好きでした。ある日、動物園の外がどんなか知りたくてたまらなくなり、かぎを盗んで抜け出します。ところが、レストランに行けば、大きなお鍋いっぱいのスパゲッティを体中に巻きつけてしまうし、窓のガラス拭きに雇われても、のぞいた部屋のペンキ屋さんの真似をして、勝手に部屋中に絵を描き、ジャングルにしてしまい大騒動になります。とにかく好奇心いっぱいで、ひとまねの大好きなジョージが繰り広げる冒険に、子どもたちも夢中になって楽しみます。私は、このシリーズを使って、保育者養成校での「保育原理」の授業をすべて行おうとしたことがありました。この本の中には、保育者が知っておいてほしい子どもの姿が描かれているからです。「ひとまねこざる」という、レイ夫妻による絵本のシリーズのあと、この作品を原案にした「おさるのジョージ」シリーズがヴァイパー・インタラクティヴによって制作され、今でも続いています。この話の映画が今年上映されていました。よく、ジョージ・W・ブッシュ 大統領が、この主人公の猿と同名なため、揶揄するのに使われることがありますが、こちらの悪戯は、少しもかわいらしさは感じませんね。

投稿者 fujimori : 16:41 | コメント (1)

2006年09月06日 新聞記事より

文章題

 私が小学校で1年生を教えていたときに、算数の問題でこんな経験をしました。文集題の出し方で、子どもたちは解けなくなるのです。「鳩が電線に3羽いました。地面に2羽いました。あわせて何羽いるでしょうか?」子どもたちはほとんど全員、「3+2=5 5羽」と答えます。ところが、「鳩が電線に3羽いました。そこへ2羽飛んできました。何羽になったでしょう?」すると、半分くらいの子どもたちは、「先生!これって、足すの?引くの?」と聞いてきます。この二つの問題は、どう違うのでしょうか。子どもは、どう考えるのでしょうか。
 9月2日 の 読売新聞にこんな記事がありました。「小中学生 計算「文章題」は苦手」というものです。これは、いまさらという気がします。というのも、昔から、算数が苦手な子は、文章題は苦手であることが多いからです。記事の内容は、「計算は出来ても、文章題から計算式を導き出す力は低い――。」これは、文部科学省が所管する総合初等教育研究所が1日、発表した「『計算の力』の習得に関する調査の結果です。計算問題については、例えば、「0.3÷0.4」という、小数同士のわり算の正答率が、小5で82.5%に達するなど、好結果が出ました。一方、文章題から計算式を導き出す問題では、小中とも正答率が低かったようです。たとえば、「0.6メートルの青いテープと、1.5メートルの赤いテープがあります。青いテープの長さは、赤いテープの長さの何倍でしょう」という問題の正答率は、小学5年で47.1%。計算式を作ることができたのも51.2%にすぎませんでした。「6リットルは、何リットルの1.2倍か」という問題では、「6×1.2」「1.2×6」「6÷1.2」「1.2÷6」の四つの選択肢から解答を選ぶのにもかかわらず、正答の「6÷1.2」を選んだのは、小5で50.3%。中学生でも65.4%にとどまったようです。この結果に対して、毎日新聞では、結果を分析した清水静海・筑波大大学院助教授(算数・数学教育学)のコメントが掲載されていました。「計算技能が身についているわりに、計算の意味を理解したり、活用する能力が劣る。読解力を磨き、見積もりや確認の習慣を育てることを学校現場でもっと意識してほしい」
 今後、教師の指導法を改善する冊子などを開発していく方針だそうですが、私の経験では、ちょっと違う気がします。鳩を数える問題のとき、文章の最後の「あわせて」ということは、子どもたちは、「足す」と思います。「3羽いました。2羽いました。あわせて何羽?」子どもたちは、この文を、そのまま数式に当てはめます。「3と2を、たす。」と考えます。ところが、「何羽になったでしょう?」という設問は、足す場合も、引く場合もありえます。「なった」という文を「足す」か「引く」のどちらに当てはめればいいかわからなくなるのです。文章題では、文を数式に当てはめようとするのではなく、頭の中で、その場面を描くことが必要です。3羽いて、2羽飛んできたことを頭に描くと当然加わると思い、足せばいいとわかります。ということで、文章題が苦手な子は、文を実体験と結びつけないで、数式に当てはめようとする子どもに多いのです。それが、「算数が苦手」ということです。しかし、最近は、苦手な子だけでなく、子どもたちはいろいろな体験が少なくなってきていて、「文章題が苦手」な子が増えている気がします。もっと、幼児期に、さまざまな体験をすることが必要だと思います。

投稿者 fujimori : 23:43 | コメント (2)

2006年09月05日 近頃思うこと

最近の保育園事情

 先日、NKH教育テレビにチャンネルをあわせたら、ちょうどこんな質問をしていました。「ウチの子は、すぐかみつきをするのですが、どうしたらよいでしょうか。」答えは、「どうしても、発達段階で、かみつきがあります。それを、ただ、だめ!としかるよりも、噛み付いてもよいものを与えて、それを噛み付かせ、手などに噛み付いたときは、きちんとしかることが大切です。」という場面が流れました。また、TBS系のテレビの「知っとこ!」という番組で、ある保育園風景をやっていたそうです。(私は見ていないので、聞いた話ですので、その保育園をネットで調べてみました)その保育園の案内には、こう書いてありました。(ちょっと、語尾を言い換えています。)「共働きの家庭だけでなく、お友達を作ってもらいたい、社会経験を積ませたい、と預ける人も増えてきています。お友達と触れ合う機会があるほうが、成長します。また、保育園でどう過ごしていたか、成長ぶりはどうなのか、園のスタッフはつぶさに連絡帳に記録をします。」とあります。そして、HPに書かれている特徴は、「この保育園では子どもだけはなく、大人も大歓迎。様々な年齢のお友達を作ることができます。」「園児数分の“安心な場所”をご用意しております。」「“連絡帳”で園での変化や成長をお知らせし、ご家庭との橋渡しを致します。」「携帯TV電話“うちの子モニター”で園での様子をご覧いただけます(別途料金)。」「お食事は、おうちで食べ慣れたものをお持ちください。手作り食のお持ち込みもしていただけます。」「予防注射済票、混合ワクチン証明書をお持ち下さい。当保育園は徹底した安全・衛生管理をモットーとしております。」開園時間は、AM 9:00~PM 7:00(登園・お迎え時間自由)延長保育は、AM 8:00から受付(~PM10:00まで)入園前に、アドバイザーと「三者面談」をいたします。育った環境や現在の状況をお伺いし、保育園での「教育方針」をお話し合いいたします。」入園前に「一日体験入学」をしていただけます(有料)。一時預かりも、1050円/時間(1時間経過後、15分毎に250円追加)で預かります。そして、そのあとにQ&Aが書かれています。「うちの子、よその子が苦手なんだけど…通えるかしら?」「最初からたくさんの子に慣らすのではなく、恥ずかしがり屋にも優しく接し、アドバイザーがしっかりとケアいたしますので心配ありません。」「うちの子はもう5歳…。今からでもしつけってできるのかしら?」「小さいうちよりも時間はかかるかもしれませんが、今まで育ってきた環境や性格を十分に考慮し、好きなこと・得意なことを上手に取り入れ、楽しみながらトレーニングできる工夫をいたしますのでご安心ください。」
 ここまで読んでみて、保育園関係者は、こんな園が何で、テレビで取り上げられるのか不思議に思うでしょうね。どこでもやりそうなことですから。ですが、びっくりします。じつは、これらの子どもは、すべて「犬」なのです。「現代わんこ事情のこと知っとこ!」というテーマでの番組なのです。いまやペットは家族の一員。「番犬」と言うより、「わが子」のポジションなのです。他にも、「わんちゃんと一緒に泊まれるホテル…ではなく、ペットのためのホテル」お値段なんと1泊2万円!から埋まっていくそうです。オプションで人間ドックならぬペットドック(12万円!!)もあり、人間並みの本格的な検査を受けられます。また、犬のためのフィットネスクラブ。少子化といわれる時代、人とペットといわれる動物との関係は、どうなっていくのでしょうか。

投稿者 fujimori : 21:40 | コメント (2)

2006年09月04日 近頃思うこと

セミ

 季節を感じるものはいろいろありますが、音で感じるのは、虫の鳴き声です。これからは、秋の虫の鳴き声で溢れるでしょうが、今は、やはり「セミ」の鳴き声ですね。日本ではヒグラシやミンミンゼミ、アブラゼミなどが有名ですが、世界中にはなんと3,000種以上のセミがいるそうです。ですから、世界では、1年中鳴いているそうです。しかし、セミが鳴くのには、それぞれに適した温度や日の照り具合、湿度などが影響するため、鳴く時間は種類によって異なります。梅雨が明けるころから、「チー」または「ジー」と長くなき続けるセミが、「ニイニイゼミ」です。朝薄暗いうちから鳴きはじめ、ほぼ一日中鳴いています。扁平の体で、胸が張り出ていて、羽は、木の幹との保護色のために黒褐色のまだら模様をしています。最近、都心でも増えてきたセミが、「ミンミンゼミ」です。朝も午後も鳴きますが、朝のほうが盛んに鳴きます。鳴き声は、その名のとおり、「ミーンミンミン」と鳴きます。体は、やや偏平の太く短く、頭と胸は緑色と黒色のまだら模様です。最もうるさく、騒音のように盛んに鳴くのが、「アブラゼミ」です。「ジージリジリ…」という鳴き声は、油を加熱したときの音に似ていることからきています。日本中に分布し、気温が20℃以上になると鳴き始めます。ジジジとやかましく、午後、とくに3時頃から夕方によく鳴きます。このブログを書いている今、外の園庭で鳴いているのもこのセミです。関東地方ではアカジリと呼ぶ所があるそうが、子どもの頃からよく捕まえたので、その姿は良く知っている子が多いと思います。体は黒く、胸は赤褐色、羽は茶褐色です。他のセミの羽は、ほとんど透明に模様があるのですが、このアブラゼミは透き通っていません。また、クマゼミは、やはり、都市部ではよく見かけます。ただ、関西の方が多いのですが。「シャア、シャア…」とか「ワシワシワシ…」と聞こえます。午前中だけ鳴きますが、曇っていたり、午前中雨の時は午後も鳴きます。「ワシワシ」と呼ぶ所もあるそうです。鳴き声ではっきりわかるのが、「ツクツクボウシ」で、「ツクツクホーシ」と鳴きます。仲間がそばで鳴きはじめると、それにこたえるように「ジュー」と鳴きます。また、警戒心が強く、近づくと「ツクリョーシ」と速度を上げて鳴きます。黒地に緑の模様があります。夕方、薄暗くなると、そのなんとなく淋しい時間のBGMのように聞こえるのが、「カナカナカナ…」と鳴く「ヒグラシ」です。頭と胸は緑色と茶褐色のまだら模様です。平地では明け方と夕方に鳴きますが、明るさや湿度の変化に敏感に反応し、日中でも夕立が近づいてきて辺りが急に暗くなると鳴き始めます。鳴き声からカナカナゼミの別名があります。ヒグラシは夕暮れに鳴くので日暮らし(ひぐらし)という名がついていますが、どうして夕方にしか鳴かないのかはよくわかっていないそうです。
 ところで、イソップ物語の「アリとキリギリス」の話はもともと「アリとセミ」だったようです。しかし、セミは、熱帯系の昆虫で、日本より緯度が高いヨーロッパや北アメリカでは種類も少なく、小型で迫力がないこともあって知名度が低く知らない人々が多かったため、セミのいない地域では、セミがキリギリスやコオロギなど別の昆虫に変わっていったのだといいます。ロシアでは、アリがトンボになっているようです。日本ではじめてイソップ寓話がもたらされたときも、「アリとセミ」だったようです。日本では、セミの方がよかったかもしれませんね。

投稿者 fujimori : 18:10 | コメント (3)

2006年09月03日 映画

太陽

 以前のブログで書いた「佐賀のがばいばあちゃん」の映画を見に行ったときに、びっくりしました。なんと、ミニシアター系での上演であるのにもかかわらず、映画を待つために並んでいる人が多いことと、「今はもう立ち見です。」というアナウンスをしているのです。こんなに人気があるのかと思って近づいてみると、思い違いであることが分かりました。その列は、「太陽」という映画のほうだったのです。この俳優のイッセー尾形が昭和天皇を演じたロシア映画で、デリケートな題材だけに日本公開は困難ではないか、と言われていたものです。それが、8月5日から東京で公開されることになったようです。この映画を見に、今日行ってきました。
 この映画はソクーロフ監督で、終戦間際の1945年8月の地下の防空壕から始まり、御前会議、マッカーサーとの対面、1946年1月の人間宣言までを描いたものです。この作品は、今年2月に開催された第55回ベルリン国際映画祭のコンペ部門に出品されたほか、今回、ロシアで開催された第13回サンクトペテルブルク国際映画祭でグランプリを獲得したそうです。イッセー尾形演じる昭和天皇の話し方、特に「あっ、そう…」という口調や、話す時の表情(とくに例の特徴のある口の動かし方)、そして身のこなし方、見ていて、本物と区別がつかないほど似ていました。ソクーロフ監督の記者会見での発言では、「政治・歴史の問題を蒸し返すつもりはない。戦争の犠牲者をこれ以上増やさないため、人間宣言をするに至った昭和天皇の内面的葛藤を描いた」とあります。その人間宣言を表すものとして、途中でも、侍従との会話の「私のからだも同じだ、君のとね」「それは存知かねます」「神が持たぬものを何も持たぬ。皮膚にさえ何の印もない。…まあ、よかろう、怒るな、まあいわば…冗談だよ」というやり取りでは、天皇が生き神とみなされていた時代、本人は、すでに神としての存在を否定していたことが史実にも残されています。それゆえに、孤独で、さびしい存在として描かれています。しかし、なんといっても、人間としての発言は、最後の場面である皇后との会話にある気がします。この場面は、私には、敗戦を認め、玉音放送を吹き込んで、やっと人間に戻ったときの会話に聞こえました。
天皇:「私は成し遂げたんだ。これで私たちは自由になれる。」皇后:「あ、そう。良かったわね。で、何のこと?」天皇:「私は神であることの運命を拒絶した。」皇后:「あ、そう。私もそうだと思ったわ。」天皇:「もしかして、そうするべきではなかったのかな?」皇后:「あら、なにか不都合でもおあり?」天皇:「そうだね。何かこう概して不便だからね。」天皇一首詠む。皇后:「それだけ?」天皇:「いまのところね。」皇后:「あ、そう。」天皇・皇后とも心の重しがとれ、晴れやかな表情をしている。天皇:「で、子供たちは?」皇后:「(明るく)待ってますよ、大広間で」子供と会うのを待ちきれない様子で、手叩きして侍従を呼ぶ天皇と皇后。天皇は子供たちのことを思い、浮き浮きしている。そして、ふっきるように二人は子供たちが待つ広間に向かう。
 やはり、最後は、子どものところに戻っていくのですね。途中では、隠れて、そっと疎開先で離れて暮らす皇后と皇太子たちのアルバムを見つめ、家族に想いを馳せる場面があります。そして、静かに、わが子の写真に口づけをします。戦争が終わること、人間になることを、子どもに堂々と会えることとして結んでいるのは、よい演出ですね。

投稿者 fujimori : 21:37 | コメント (1)

2006年09月02日 新聞記事より

今年のG賞

 何回かブログに登場した「グッドデザイン賞」の今年の選考に際し、「グッドデザイン・プレゼンテーション2006」が、東京ビッグサイトにて、8月23日から延べ4日間開催されました。今年の選考について、夕刊フジは8月25日発行の紙面で「グッドデザイン賞 アダルトグッズ No!」という記事を掲載しました。その内容は、約1年間で100万個を売り上げた男性用自慰用品「TENGA」がグッドデザイン賞の1次(書類審査)をパスしたものの、2次審査直前に不明瞭な理由でノミネートを取り消された、というものです。「多忙な審査員は審査前に初めて現物を見る。女性など一部審査員から批判があり、(2次審査)直前になって対象外となった」という事務局の説明に、販売元の社長は怒り心頭なようです.この判断は、なかなか難しいですね。「TENGA」のブースを一方的に撤去された「株式会社TENGA」の松本光一社長さんはこう憤っています。「アダルトグッズも日本の技術力に見合う、お客さんに喜ばれる物を」という思いから、自己資金1000万円と3年の歳月をかけ開発したTENGAは、精密な内部構造に加え、「部屋に置いても恥ずかしくなく、女性からもプレゼントできるように」と手に取りやすいデザインを採用。昨年7月の発売以来、100万個を売り上げた。 そこで、「TENGAに携わるすべての人に誇りを持ってもらいたい」と賞に応募したそうです。「ビッグサイトに展示されると知り、生産工場で働く職人さんやパートのお姉さんたちも『自分らの仕事が認められた』とすごい喜んでくれた。見に行くのを楽しみにしてくれていたのに」 確かに、ものづくりをしている人たちは、それが、どんなものでもその商品に対しては誇りを持っていると思います。普段は、なかなかスポットライトが浴びない中小企業の職人に勇気を与えるかもしれません。しかし、本来は、デザインとしてどうだったかという基準、観点から判断すべきでしょう。もし、その観点から外れているのであれば、この社長さんの言うとおりに、「応募の際、『男性用マスターベーション補助具』と明記し、性欲制御や性感染症、性犯罪防止など商品の意義を説いた。ダメなら1次審査で落とせばいい。」という言い分ももっともだと思います。もう一度、私が受賞したときのことを振り返って見ました。2001年度受賞したときは、1次審査のときに、さまざまな質問項目がありました。応募対象サブタイトル「人々の関係性のデザイン」応募対象区分「地域づくりのデザイン」応募対象の概要「地域コミュニティーの欠如によって、さまざまな犯罪や、子ども環境においての問題がおきている。保育園という場の提供の中で、空間や情報をデザインすることによって、異年齢の子ども同士、大人と子ども、地域と子ども、大人と大人、大人と地域などの関係性を再構築し、地域コミュニティーの結節点としての役割をもつ。」デザインのポイント「単に、集まる施設としての機能だけでなく、地域の自立を助ける機能への転換」デザイナーの思い・主張「子ども達は、人との関係を学ぶ機会は母親からだけになってきている。その観点から、最近、青少年が起こす事件を見てみると、人とのかかわる力がないことに起因することが多いような気がする。また、事件とまでいかずとも、最近、問題にされている学校での現象の「引きこもり」「不登校」「いじめ」「学級崩壊」等々、すべて人とかかわる力が薄れてきた結果の気がする。」今考えると、ずいぶんと理屈をつけたものです。

投稿者 fujimori : 19:49 | コメント (1)

2006年09月01日 近頃思うこと

2歳児

 皆さんは、子どものどの年齢がかわいいでしょうか。もちろん、それぞれの年齢には、それぞれのかわいさがあります。特に、わが子になると、今のわが子の年齢がとてもかわいく思えます。それは、大きくなるにつれて、わが子のその年齢は初めての体験だからです。こんな付き合い方が出来るのだ、こんな考え方があるのだと感心します。そして、その瞬間、瞬間は二度と戻ってはきませんので、いとおしく、大切にしたい想いがあります。しかし、それとは別に、それぞれの年齢の時期を振り返ったときに、また、園にいる子どもを見たときに、かわいいと思える年齢は「2歳児の頃」です。いろいろなことが話せるようになり、一緒に遊ぶことを楽しみ、空想の世界にも浸ることが出来、一緒にいるととてもかわいく思えます。やっと、人としてかかわれるようになる気がします。そんな2歳児ですから、私は、2歳児についての原稿を依頼されることがあります。先日、読売新聞大阪本社から新聞が送られてきました。それは、私のコメントが掲載されたからです。私の地域では、もちろん掲載されないので、あとで送ってきたのです。私の掲載分は、「2歳児を育てる」という5回連載の中の②で、7月27日掲載でした。私のコメントの主な内容は、「0歳や1歳の時に十分に自分の気持ちや要求を受容された体験があるからこそ『自分でしてみよう』との意思が生まれる。受容を飛ばして我慢することや生活自立を教えても、うまくいかないのです」自己主張が強くなり、「自分でする」「これは自分の物」と主張する2歳児。それに対し、制止するか何でも受け入れるかという二者択一ではなく、気持ちを受け止めながらも、我慢することも覚えるようにし向けることが必要だ。『みんなで遊ぶのは面白いから、中断したくない』『大好きな先生や、友達を悲しませたくない』といった、愛着関係と集団の意識があるからこそ、順番にしたり、少し待ったりすることができる。」ということでした。私は、確かに2歳児は自己主張したり、一見わがままなことを言ったりしますが、それは成長であり、集団から学び始める移行の時期だからだと思います。この連載のほかの日の掲載分が同時に送られてきたので読んでみると、びっくりしました。そこに書いている文字は、「2歳児と付き合うのはくたびれる。欧米では、厄介で手がかかるという意味をこめた『テリブル・ツー』という言葉もあるほどだ。」「日本でも『魔の2歳児』といわれている。」ということで、いかに2歳児が魔であるかの実例をあげています。そして、それは何も自分だけではないことに安心しています。そして、みんなの支え合いが必要なことを訴えています。これは、育児が大変だから支え合いが必要というよりも、2歳児は、そろそろ集団での体験が必要だということを子どもが訴えているような気がします。少子社会では、子どもたちは集団の中で過ごす機会があまりありません。2歳児の反抗を、まともに親だけで受けてしまいます。また、この時期の発達を、大人の価値観からコントロールしやすくなります。そのときだけ、「良い子」にしても、後になってそのねじれは、違う形で現れてきます。私の記事の最後のまとめは、「どの時点で活躍する子どもを作りたいですか?社会に出て、生きていけるように育てているはず。ピークを迎えるのは、今ではないのです」最近の子育てを見ていると、こうすると、将来どうなるかという見通しがなく、今、大人にとって都合の良い子にしようとすることが多いような気がします。

投稿者 fujimori : 19:22 | コメント (2)