誕生日

 今日は、このブログ「臥竜塾」の誕生日です。昨年、8月28日から始めたからです。このブログを1年間書いてきたことで、いろいろなことを知りました。いろいろなことに目を向けるようになりました。新聞記事を丹念に目を通し、園庭をはじめ、道端にも目を配り、日曜日にどこに出かけるかを考え、講演先では、さまざまな地域を訪ね、飛行機に乗ると、機内誌に目を通し、新幹線に乗ると車内誌に目を通すようになりました。
「心を常に曇らさずに保っておくと、物事がよく見える。学問とは何か。心を澄ませ感応力を鋭敏にする道である。」 この文章は、ブログの初日に書いたものです。ブログをはじめるときの心がけを書いたものです。1年を経過して、果たして、この初志を貫けたか、と思います。
 また、このブログのコメントを通して、さまざまな人と出会い、会話をしました。いろいろな人の顔を思い浮かべるとき、以前のブログで書いた「論語の学而篇」を思い出します。
「吾(われ)、わが身を日に三省す」ということです。それは、曾子のことばです。曾子は、「反省」の重要性を説いています。自己の内面を見つめること、これは儒家思想の基本の一つです。ただ曾子はそれを「日に三たび」と説くのです。この「三」は三つのことであるという理解もありますが、漢文では通常「たびたび」「何度も」というイメージを伝えることばです。では、どのようなことを「省み」(かえりみ)たのでしょうか。
「人の為に謀(はか)りて忠ならざるか。」(人のために世話をしながら、真心が足りなくはなかっただろうか)
「朋友と交わりて信ならざるか。」(友達との付き合いに、信義が欠けたことはなかっただろうか)
「習わざるを伝うるか」(人から教わったことで、まだ自分のものとなりきっていないものを、口先だけで人に受け売りしてはいなかっただろうか)
この「わが身を日に三省す」から、「省我」という言葉が生まれていることもブログで書きました。この言葉を、今日は、1年経過して振り返ってみました。
「学問はその知識や解釈を披露したりするものではなく、行動すべきものである。その人間の行動をもってその人間の学問を見る以外に見てもらう方法がない。」
そして、よく知ることは知るだけでとどめず実行を伴わないといけないと初日のブログで書きました。1年を振り返ってみて、このブログを書くことを通して、学んでいるだけでも、知識を蓄えるだけでも、憂えているだけでも、人に伝えるだけでもなく、何かの行動に移したでしょうか。
 初日のブログを読み返すだけで、ずいぶんと振り返りが多くなります。誕生日とは、祝うことではなく、1年を振り返る日かもしれません。