ボランティア

 夏は、園にさまざまなところから、ボランティアで来る人がいます。年齢もさまざまです。しかし、仕事が助かるかというと、「?」がつくことがあります。それは、動機がさまざまだからです。もともと、ボランティアとは、自発性に基づく活動であるために、動員・勧誘・強制などによる活動への参加は、本人の純粋な自由意思に基づかないので、厳密にはボランティアとは言えないからです。「学校から言われた」とか「親に言われた」からという人がいます。ただ、日本では奉仕活動と同義語に使われることがあるので、そういう意味から来るのでしょうか。しかし、もともとの語源は、よく知っての通り、ラテン語の自由意志「voluntas」ですから、本来は違います。そして、この「volunteer」の語の原義は志願兵であり(反語がdraft―徴募兵)、「志願者(しがんしゃ/自分からあることをやりたいと申し出た人)」あるいは、「自分から申し出る」という意味の英語です。ですから、国語辞典によると、「自分からすすんで社会事業などに奉仕する人」と書いてあります。また、基本的には、無償で労働する意味の表現としてボランティアと呼ぶ場合もあります。そうすると、成績評価のためとか、就職のためとかというと、金銭的報酬ではありませんが、やはり無償ではなくなりますね。子どもたちへのボランティアの説明としては、「人や生き物や地球のために役にたつことをする、報酬(ほうしゅう/お金や物をもらうこと)を目的としない行為のこと」としています。
「お江戸でござる」(杉浦日向子監修)を読むと、学ぶべきボランティアの考え方が江戸にはあったことがわかります。「企業による社会貢献が叫ばれる現代ですが、江戸の大商人たちは、当たり前のように自らの富を社会に還元しています。商売がうまくいけばいくほど町が潤っていくので、お金持ちは尊敬の対象になります。富を持てば持つほど、町のためにいろいろと考えていかなければならないのが大商人なのです。町政一般の管理、指導を行う町人を「町役人」といいます。名前からするとまるで武士の役人のようですが、その正体は地主や家主、商人などの民間人です。掃除、防災、道路整備などの維持補修に使われた町の経費を「町入用」と呼び、町役人たちがこれを支出します。ここには、捨て子や迷子の養育費も組み込まれています。親の見つからなかった子どもたちは、町で育てるのです。商人は「儲けたら儲けたなりに町のために出す」という姿勢がないと、人々の信用が得られません。「儲かった、儲かった」と、大笑いしているような金持ちは町に住めなくなってしまうのです。江戸では他人のために何かをするのは、特別なことではありません。町の中で暮らしていることが、そのままボランティアになります。親の帰りが遅い子は、よその家でご飯を食べるのが当たり前で、いたずらの度が過ぎれば、自分の子であろうと他人の子であろうと雷を落とします。おかずを余分に作ったら、隣にお裾分けするし、足りなくなれば、味噌、醤油などを貸し借りし合います。下町の気質として、「頼まれたら嫌とはいわない」というのは、押し付けがましくなく、相手のプライドもちゃんと考え、「困っているからちょっと助けて」といわれれば、何を置いても助けます。お互いのつながりを尊重しているのです。」介護も、育児も町ぐるみで負担していたようです。福祉とかボランティアに相当する言葉は江戸にはありませんでしたが、力のある人は力を貸し、お金のある人はお金を出す、それがごく当たり前のことだったようです。