国引

 なんだか、週末になると地方めぐりです。どうしても、研修は土、日曜日しか取れないですね。今日宿泊しているのは、三瓶山の山間に有る宿です。
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 石見国と出雲国の国境に位置する三瓶山は、「出雲国風土記」が伝える「国引き神話」に登場しています。国引き神話とは、「八束水臣津野命(ヤツカミズオミヅノミコト)というとても力の強い男の神様が、出雲の国がまだ出来たばかりで、ちょうど幅のせまい布のような形をしているのを見て、何とか自分の力で広い大きな国に、作り直してやろうと考えました。そこで、海の向こうの新羅の国に余った土地のあるのが見つかったので、その端の所に大きな鋤を打ち込み力一杯ぐっと手元へ引き寄せ、太い丈夫な綱を結び付け、その網の一方を持って、「国来、国来(くにこ、くにこ)」と掛け声を掛けながら引っ張りました。するとその土地は、こちらに近づき、出雲の国の北側にくっつきました。その時、この北山が出雲の国から離れないため、南の山の中に1本の大きな杭を打ち込み、それに引いてきた綱の端をしっかり結び付けておきました。その杭が今の三瓶山で、引いてきた綱が長浜だということです。その後も、いろいろなところから余った土地を引っ張ってきて、出雲の国を広げたということです。」この国引神話には、北陸の能登半島の珠洲岬から新羅の岬までが入っているように、出雲の国だけでなく、対象範囲が非常に広く、ずいぶんとグローバルで、ダイナミックな神話ですね。たぶん、そのころは、新潟、北陸、更に新羅の国とも交流があったのでしょう。
 これが書かれている「出雲国風土記」は、713年の奈良時代に、時の政府は全国60余りの国に、その地方の地名の由来、特産物、古老の伝承などを調査し、報告するように命じ、作らせた風土記のひとつです。しかし、これらの『風土記』は1,300年もの長い間に、大半のものが部分的に散脱しており、すべてが完全に残っているのは『出雲国風土記』だけです。日本の古代の書物は、『古事記』『日本書紀』などが有名ですが、これらは中央政府(奈良の都)の政治史を中心に書かれており、地方のことは詳しく書かれていません。その点、風土記は、その地方がどのような姿をしていたかが克明に記されていますので、奈良時代の様子を知ることができます。風土記は、国を引っ張るというような途方もない話が登場するので、架空の世界ととらえられがちですが、ある程度は事実だろうと考えられています。これまでも、風土記の記述を頼りに、さまざまな建物や宝物が発掘されているからです。日本神話によると、日本列島はイザナギとイザナミが生んだということですが、「出雲國風土記」では、土地を造る手段は国引きであるとしています。この土地を引くというのは「出雲國風土記」だけでなく、「万葉集」の恋歌にも「山を引く」とでてきますし、朝鮮半島からシベリアにかけての北方にもあるそうです。この三瓶山は、風土記では、佐比売山(さひめやま)という名で記されています。「佐比売」の名は、1954年に大田市に合併するまでの地名「佐比売村」として残っていました。ここでは、町村合併で、由緒ある名前が消えてしまっています。現在では大山隠岐国立公園の三瓶山地域として年間多くの観光客が訪れています。三瓶山は標高1,126mの男三瓶を中心に、女三瓶、子三瓶,孫三瓶の四つの峰から成り立っている火山です。山麓には北の原,西の原、東の原という緩やかな平原や浮布の池などのレジャースポットが点在しています。また裾野には湧き出る温泉を利用して旅館施設などがあります。また平成10年には、噴火によって埋没した杉などが発見され話題になっています。今日は、それを見ることができずに、残念です。