ちゃぶ台

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私が、ドイツの保育家具メーカーに行ったときのことです。そこの社長さんと話をしているときに、こう言われました。「わが社では、世界中からさまざまな保育家具の注文があります。しかし、その中で、日本からしかない注文があります。工場の人たちから、どうして、日本からこういう注文があるのか一度聞いて欲しいといわれていました。その注文は、『机の脚を、たためるようにしてほしい』というものです。日本では、机の脚は、たたむのですか?」確かに、日本の保育室にある机の脚はたたむことができるものが多いです。これは、まさに「ちゃぶ台」文化です。ちゃぶ台とは、「卓袱台」と書きますが、折り畳みのできる短い脚のついた食卓のことです。チャブは「茶飯」の中国音Cha-fan’または「卓袱」の中国音Cho-fuの訛りか、または、中国料理をいう米国語Chop-sueyの転かからといわれています。江戸時代は、家庭では銘々膳で食事をしていました。上下関係が厳しい社会、食卓も身分に応じて、個人別の銘々膳だったのです。ところが明治維新以降、家族みんなで仲良く食事をしたり、団らんすることが大事なこととされ、茶の間で家族全員が向き合うことのできるちゃぶ台が使われるようになったのです。ちゃぶ台は、畳に座って食べるという日本の文化に、みんなで食卓を囲むという中国や西洋の文化を取り入れたのです。その頃の茶の間は、食事をし、くつろぎ、布団を敷き、そこで眠るというように、家の中心的空間でした。そこで、その時に応じて片付けられるように、机として使った後は、立てて、足を折りたたみ、部屋の隅に転がして、片付けます。子どもでも、重くて持てなくても、転ばす事はできます。狭い部屋でも便利に使うことができました。ちゃぶ台によって、食事風景もだいぶ変わりました。おかずを銘々よそらずに、大鉢や大皿に盛り、それぞれが取り皿にとるようになりました。家族が同じものを、一緒の時間に食べるようになりました。食事のマナーも変わりました。銘々膳の食事においては、正座が原則でしたが、家長などの成人男性に限っては、あぐらを組んで食事をしてもよいとされていました。しかし、ちゃぶ台を、5・6人の家族が囲むと、必然的に、正座にならなければなりませんでした。つまり、食事の規範として、子どもに「正座をするしつけ」がされるようになったのです。
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食事の後には、子どもの勉強机として利用されたり、母親が裁縫をする台としても使われたり、家族みんなでお茶をのみながらラジオを聞いたりして過ごしていました。ちゃぶ台は、そんな団欒の場になくてはならないものでした。ちゃぶ台というと正方形や長方形のものもありますが、丸形のものを思い浮かべます。丸形のものでは、ぐるりと囲んで座れるので、どこに座っても家族みんなの顔を見ながら楽しくおしゃべりできます。逆にその家の主人が怒るときには、そのちゃぶ台をひっくり返します。寺内貫太郎一家というテレビ番組では、よくひっくり返していました。確かに、狭い部屋の中で、さまざまなことをしていたので、机を片付ける必要があったのでしょうが、それは、決して貧困というだけでなく、家族のコミュニティー形成のために、とても意味のあるものだったに違いありません。初めて集団を意識し始める2歳児のままごとコーナーでは、こんなちゃぶ台を使っています。
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