うどん

 先日、園で給食に「冷やしうどん」が出ました。来客にも好評でしたが、いつもと違って、麺がおいしく感じました。そこで、調理に聞いてみたところ「これは、東京の讃岐うどんです。」と言われました。それでも、本場の讃岐うどんほど腰が強くはありませんし、おいしくはありませんでしたが。東京にも最近讃岐うどんの店ができてきましたが、でもどうしてそんなに本場と違うのだろうと思います。どうせなら、どの店もおいしく作ればいのにと思います。まあ、人によって、好みが違うのでいいかもしれませんが。
イメージでは、西日本ではうどんをよく食べ、そばは、東日本でよく食べるという気がしますが、どうもそうとはいえないようです。たとえば、稲庭うどんは秋田ですし、水沢うどんは、群馬です。しかし、実際は、東京周辺、関西ともにうどんの専門店はそれほど多くなく、「そば屋」と称してうどんとそばの両方がメニューにあります。しかし、関西ではうどんを注文する客のほうが多く、一方、そばの専門店は東京には数多く存在しますが、関西では比較的珍しいそうです。
私は、やはりうどんは、「讃岐うどん」に限ります。腰が強く、トッピングが自由にでき、安いところがいいですね。私がはじめて讃岐うどんを食べたのは、こんぴらさんの参道で、参詣した帰りに食べたものです。昨日は、その琴平温泉に泊まりました。そして、今日の昼は、讃岐うどんを食べました。その歴史は、今から1200年前(奈良時代)に讃岐の国屏風ヶ裏(今の香川県善通寺市)に誕生した空海(弘法大師)が、遣唐使として唐の国から郷里の讃岐に伝授されたという説が最も有力です。日本の文化や農業等は中国より伝来したものが多く、小麦粉の栽培も加工技術もまず中国から伝わった事に間違いないようです。ここでうどん作りが盛んとなった背景には、水利に恵まれない土地柄から主食の米作を補う麦作が盛んであったことに加え、瀬戸内海沿岸で生産される塩やイリコ、小豆島で生産される醤油など、うどんの材料となる主要な産物が、瀬戸内海の海運により流通しやすい状態にあったからのようです。今、温暖な瀬戸内の気候を背景に栽培された良質小麦を原料(今は、ほとんどオーストラリア産の小麦粉で作られています。しかし、何とか、讃岐の小麦で、との願いにこたえて、地元産の小麦を研究改良しています)とし、土三寒六常五杯という塩加減を意味する独自の製法が確立され、手打職人により永い歴史を受け継がれてきました。そして、今やうどんと言えば「さぬき」と言われる程「さぬきうどん」は大変有名になりました。特に、こんぴらさんの愛称で知られる金刀比羅大権現が徳川幕府の御朱印地となり以後400年の間、年と共に金刀比羅参りが盛んとなり、全国の善男善女の信仰の的となり、その旅先で食べたうどんのうまさが口伝えで全国に広まっていったのです。香川県に来ると、本当にみんなうどんをよく食べます。香川県民は一人当たり年間180食以上(全国平均では70食前後のため、3倍近くも食べていることになります)のうどんを消費すると言われています。この量は日本一です。街を歩いていると「うどんタクシー」という看板がありました。うどんツアーをするためのタクシーのようです。さすがですね。今年の8月、讃岐うどんを題材にした映画『UDON』が公開予定だそうです。監督は香川県出身の「踊る大捜査線」の本広克行です。

うどん” への1件のコメント

  1. 藤森先生、香川での講演お疲れ様でした。今年も昼食はうどんでしたね。さぬきの住人の主食はやっぱりうどんです。
    高松では、セルフの店が多いですが、琴平あたりでは、お店に入って、「冷や冷やの大」とか、「冷や熱の小」とか言って
    食べたい量や麺とつゆの温度を申告しないといけません。私はこんな店に行くとせいがの森の園児になった気分になります。ついでにうどん屋におでんを置いているのは香川県だけでしょう。本場さぬきうどんの世界は結構奥が深いです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">