提言

 今、少子化の進行が騒がれていますが、確かに国の問題としては憂慮すべきことかもしれません。ですから、何とか子どもを多く産んで欲しいといろいろと考えること、どうして産もうとしないのかを考えること、産みやすい、育てやすい、生きやすい社会を作ることはとても重要なことです。しかし、今現実に子どもたち、親たちは少子社会の中で生活しています。かつての多子社会の頃の社会的システムの見直しと同様に、多子社会のころの保育、教育システムの見直しをしなければいけないと思います。これが、私が活動している、提案していることです。最近、その弊害が出始めてきているので、少子社会での子どもの育ちの支援を考えるようになって来ました。先月22日に東京都児童福祉審議会から「少子社会の進展と子どもたちの自立支援」という提言がされました。その趣旨をこのように書いてあります。
「先日、厚生労働省は平成17年の合計特殊出生率が過去最低を更新したことを発表しました。現在、多くの人々は、将来の我が国における人口減少の面に関心が向き、そのことに対する施策の議論が盛んに行われています。今、大切なことは、少子社会にあっても、子どもたちが自立した存在として希望をもって生きていけるよう我々大人が自覚をもって育てていくことであり、都民一人ひとりが自立について考えることです。東京都児童福祉審議会では、現代社会における子どもたちの自立とは何か、自立をはぐくむためにどのような環境を整えることが望ましいかを幅広く議論し、提言しました。」
 この提言を具体化していく中で、少しだけですが、とても重要なことを言っています。それは、子ども・若者の自立の礎(いしずえ)となる五つの要素を明確化する意味として、「自立とは、成長していくプロセスも含むものであり、そのプロセスを支える基礎となる」とあります。私は、ここのところが最も重要だと思っています。自立は、生長してプロセスなのです。自立だけでなく、最近、教育の中で論議されている「愛国心」とか「道徳心」とかも成長プロセスなのです。何歳になったらできるとか、何歳から教えるとか言うものではありません。ですから、難しいのです。覚えこませてできるなら簡単なのですし、教えるならいつ教えればよいかということを決めて、一斉にできます。しかし、成長となると、生まれた瞬間から重要ですし、ここによってその過程は違ってきます。ですから、この「自立」は、乳幼児教育が重要になるのです。しかし、この提言には、そこが抜けている気がします。自立を困難にする背景として、家庭における子育ての問題が挙げられています。そのなかで、核家族化の中で祖父母からの知恵の伝達がなくなったこと、親の養育力の低下により過干渉や放任が多くなったこと、父親の育児参加不足などがあげられていますが、これらは、少子社会の問題ではないと思います。もちろん、関係はしていると思うのですが。考えなければいけないのは、子どもの数が、家庭の中、地域の中で少ないということです。そこには、大きくふたつの意味があります。ひとつは、子ども集団がなくなってきて、そこから学ぶ機会が少なくなってきたこと。もうひとつは、親子の距離が近くなりすぎてきたことです。ドイツのミュンヘンでは、今、3歳まで取れる育児休暇を18ヶ月にする検討が行われています。私は、これは最初、後退かと思ったのですが、少子社会では、3歳まで、家庭に置くと、母親とだけになってしまうので、集団の意識ができてくる18ヶ月くらいから子ども集団に出すべきだと思っているからだと思います。この提言は、もっと、成長プロセスを考えて欲しいと思いました。

提言” への1件のコメント

  1. 自立と依存の関係については、光が粒であり波であるという次元で悩ませます。自立も依存も単品だけでは価値がなく、徹底した自立は依存し合う共同体担って意味を成し、依存を極めるとみんながそれぞれの次元で自立の過程を歩む姿に出会うと思います。
    どちらにしても、保育や教育のありようと社会のありよう=人の生き方は変形した相似形のように思います。

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