道後

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 後ろから見た道後温泉本館と坊ちゃん列車
 昨日は、久しぶりに道後温泉に泊まりました。いま、ふた月に1回、松山に連続講座で行っているのですが、いつも宿が取れず、シティーホテルに泊まっていたからです。道後といえば、白鷺が教えてくれた由緒ある温泉地ですが、その中でも、「本館」と呼ばれる温泉が有名です。この温泉が有名なのは、さまざまな文人たちが泊まったということもあるのですが、小説「坊ちゃん」の舞台になったからです。今年は、「小説坊ちゃん発表100周年記念」ということで、あちこちにのぼりがたたっています。この「本館」は、建物は由緒があり、趣はあるのですが、湯船は狭く、いつも混雑していて、ゆっくりと手足を伸ばすことができないので、私はあまり行きません。温泉のよさは、湯船の中で、手足を思い切り伸ばせるからです。いつも手足を縮めて入っているので、広々とした湯船で、一人ゆっくり入るのが好きです。ということで、露天風呂付きの部屋もあまり泊まろうとは思いません。狭い湯船だからです。なんだか、それでは家で入っているのと変わりません。ということは、もしかしたら、温泉好きというよりも、小さいころから銭湯に入っていたせいか、広い湯船がすきなのかもしれません。今の時期ですと、温泉地はお年寄りの観光客が多いため、夜中に入ったり、朝遅く入ったりすると、ほとんど人はいないので、一人でゆっくりと入れます。そんなときは、広い湯船を独占できて、極楽ですね。今朝は、小雨のためもあって、屋上の露天風呂には誰もいなかったので、ゆっくりと長く入ってしまったため、昼ころまで体が火照って、汗びっしょりになってしまいました。
 泊まった宿の部屋には、小説「坊ちゃん」が置いてありました。久しぶりに読み返してみました。小説としては、小気味良く、テンポがあり、とても面白いと思います。しかし、坊ちゃんの性格が正義感あふれ、正直であるということを良く聞きますが、申し訳ないのですが、私は、坊ちゃんの教師としての資質はあまり評価していません。坊ちゃんは、赴任先の中学校で、さまざまないたずらに悩まされます。しかし、坊ちゃん自身も「この外いたずらは大分やった。大工の兼公と肴屋の角をつれて、茂作の人参畠をあらした事がある。人参の芽が出揃わぬ処へ藁が一面に敷いてあったから、その上で三人が半日相撲をとりつづけに取ったら、人参がみんな踏みつぶされてしまった。」とあるように、相当ないたずらものです。それが、どうして、中学生のいたずらを理解できなかったのでしょう。教え方にしても、また、中学生とのやり取りにしても、なんだかはじめから田舎ものというように馬鹿にしている気がして仕方ありません。しかし、この「坊ちゃん」が徹底して悪くならなかったのは、清というよき理解者がいて、人が何を言おうが、「いつもあなたは、りっぱだ」「きっとえらくなる」と常々言われていたからでしょう。不幸にして親に理解されない場合でも、誰か信じてくれる人がいれば、それだけでも救われるものです。「この婆さんがどういう因縁か、おれを非常に可愛がってくれた。不思議なものである。母も死ぬ三日前に愛想をつかした――おやじも年中持て余している――町内では乱暴者の悪太郎と爪弾きをする――このおれを無暗に珍重してくれた。略 自分の力でおれを製造して誇ってるように見える。少々気味がわるかった。」この小説の最後に「あら坊っちゃん、よくまあ、早く帰って来て下さったと涙をぽたぽたと落した。おれもあまり嬉しかったから、もう田舎へは行かない、東京で清とうちを持つんだと云った。」とあるように、帰るところは、自分を理解してくれた人のところなのでしょう。

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