今、電車の中刷り広告にこんなものが貼ってあります。「ある特権が、明治の中ごろに全人口の1%だけの人にありました。」とあります。これは、選挙権です。日本で初めての選挙が行なわれたのは、1890年(明治23年)の衆議院議員選挙のときです。その前年に大日本帝国憲法が発布されています。しかし、そのときの選挙では、投票できる人は、直接国税を15円以上おさめている満25才以上の男性に限られていたので、全人口の1%の人しか投票できませんでした。その頃の物価は、もりそばが1銭、牛乳(1本)が3銭でした。これから今の物価で計算すると、当時の15円は、現在の60万~70万円ぐらいと思われます。この一部の人にしか選挙権が与えられていない制度に対して批判が出て、少しずつ制度が改正されてきました。そして、1925年(大正14年)には、25才以上のすべての男性が選挙権を持つようになりました(男子による普通選挙の実現)。そして、ついに1945年(昭和20年)、満20才以上の男女すべての日本国民が選挙権を持つようになったのです。しかし、今でも国によって選挙権が持てる年齢はさまざまです。イランでは15才、ニカラグアやキューバなどでは16才以上となっています。また、21才以上という国もあります。ヨーロッパの国の多くでは18才以上とされています。
先日の日曜日に「国際子ども図書館」に行ったついでに、東京藝術大学大学美術館(上野公園)で行われている「ルーヴル美術館展 ~古代ギリシア芸術・神々の遺産~」を見に行きました。そこで買ってきた冊子は、展示とは関係のない「古代ギリシャのこどもたち」です。(展示カタログはあまりに重くて、最後まで迷ったのですが、結局買いませんでした。)買った冊子にこんなことが書かれていました。
「リシュマケとクリステネスが住んでいたころ、アテネの人口は約40万人でしたが、人々の身分や生活の仕方はさまざまでした。あらゆるものごとは4万人の市民の利益を考えて決められました。市民になるのは男の子だけです。市民とは18歳以上の自由民で、父親が市民、母親が市民の娘である人を指します。市民とその家族はアテネの全人口の3分の1、およそ13万人でした。土地を所有する権利はアテネ市民に限られ、市民は地主として土地から収入を得ることができたため、1日のほとんどを政治や、戦争にそなえた訓練をしてすごしました。」
国を支えている人々の利益を考えていろいろなことが決められていたのではなく、一部の特権階級の人のためだったのは、どこの国でも同じですね。日本でも、明治の頃は、結局は一部の選挙権のある人から選ばれた人によっていろいろなことが決められていたのですから。その点、いまは、成人は全員選挙権を持っています。ですから、選挙で選ばれた人たちは、国民の合意で物事が進められていくはずでしょうね。それに比べて、直接実務に携わり、また、基本的な施策を決めている官僚は、私たちの選挙で選んでいるわけではありません。私たちの思いを直接、だれだれにと、ある個人に託しているわけではありません。これは、官僚だけでなく、各市区町村の公務員にしても同様です。ですから、その人たちには、自ら広い見識をもち、国民の思いを感じ、広く国民のためにいろいろなことを決めていってもらいたいものです。