昨日、我が家の食卓に「ふき」が出ました。こんなくさいものが今は、大好きです。「ふき」といって思い出すのが、先日帯広に講演に行ったときです。足寄を通過したとき、あたり一面に「ふき」が大きな葉を広げていました。そして、帯広百年館に行ったときに、ふきの葉を持った小さなアイヌの子が描かれたロゴマークがありました。私は、聞いてみました。「これは、コロボックルですか?」「そうです。いろいろなところで言い伝えがあり、苫小牧などは有名ですが、足寄地方でも、その伝説はあるのですよ。」と言われました。そういえば、足寄の道の駅正面を入っていくと、改札の横に、松山千春さんの等身大パネルがかざってあります。

それは、2階のギャラリーに千春さんのステージ衣装や、愛用のギター、ツアーグッズなども展示してあるように、ここ足寄が彼の出身地だからです。ですから、ずっと松山の歌が流れていました。私は、その展示物は見なかったのですが、写真は驚きました。というのは、松山千春が、蕗を持っていたからです。ここの足寄町の東に位置する螺湾地区には、「日本一大きなフキ」として全国的にも有名な「螺湾ブキ」が自生しているからです。世界には約20種の蕗の仲間があるそうですが、日本には、フキとアキタブキ(オオブキ)のみだそうで、普通、食用として利用されるワセブキやミズブキは前者のフキで、足寄町螺湾地区で育つ大きな螺湾ブキは、後者のアキタブキと同じものとみられています。この螺湾地区の沢沿いに群生するフキは、草丈2~3m、茎の直径が10cmにもなり、とても大型です。こんな蕗を見ると思い出すのが、「コロボックル伝説」です。コロポックル(korpokkur)とは、アイヌの伝承に登場する小人で、アイヌ語で、一般的には「蕗の葉の下の人」という意味であると解されているからです。アイヌの小人伝説は広く北海道や南千島や樺太に流布しており名称もこのコロポックル・コロボックルのほかにトィチセウンクルとかトィチセコッチャカムィとかトンチ(これらはみな「竪穴に住む人」の意)というふうに呼ばれることもあります。屋根をフキの葉で葺いた竪穴にすんでいたといわれています。彼らは情け深くアイヌに友好的で、鹿や魚などの獲物をアイヌの人々に贈ったりアイヌの人々と物品の交換をしたりしていましたが、姿を見せることを極端に嫌っており、それらのやりとりは夜に窓などからこっそり差し入れるというやりかたでした。あるときあるアイヌの若者がコロポックルの姿を見ようとそのものを差し入れるを待ち伏せ、贈り物を差し入れるその手をつかんで屋内に引き入れてみたところ、美しい婦人のなりをしており、その手の甲には刺青がありました。(なおアイヌの夫人のする刺青はこれにならったものであるといわれています)コロボックルは青年の無礼に激怒し、以降アイヌの人々がコロボックルの姿を見ることはなくなったといわれます。しかし、このコロボックルが有名になったのは、1959年に佐藤さとる氏がコロボックルをテーマにした「だれも知らない小さな国」を出版したことが、現在のコロボックルのイメージの礎となっています。この作品は「コロボックル物語」としてシリーズ化され、「豆つぶほどの小さないぬ」「星からおちた小さな人」「ふしぎな目をした男の子」「小さな国のつづきの話」などの続篇が書かれ、私も夢中で読みました。そして、最初に出版された時に挿絵を担当していたのは、若菜珪さんという人でしたが、途中から、村上勉さんが挿絵を担当しています。あるパーティーで村上さんと会ったときに、ミーハーのように一緒に写真を撮らせてもらいました。