中国で「論語」がはやっているという理由とは別に、また、その中の言葉が為政者への言葉であろうと、「論語」のなかの言葉を、今の時代のさまざまな状況に当てはめて解釈をすると、意外と物事を見る目が深まることがあります。
「憤せざれば啓せず、悱せざれば発せず、一隅を挙げて三隅を以て反せざれば復びせざるなり」と『論語』述而編にあります。それは、いくら何かやらせようとしても、自身の中に何かをしようとする心が盛り上がってこなければ、教え開いてあげることは、難しい。どのようにしたら、心の中に動機付けが生まれてくるかが問題であると言っています。そのひとつの方法が、たとえば、四角い物のひと隅をヒントとして示し与えて、後の三つの隅については、与えられたヒントから類推し、何らかの反応や行動が現れるまでは、静かに思考が成熟してくるのを待つようにせよということです。これは、私が提案する「見守る」ということかもしれません。なにも示さないで、さあ、考えろ!では、「見守る」のではなく、「見放す」と言うことでしょうね。ただ、ひと隅のヒントから残りの隅が推測できるのは、今の人にとっては難しいかもしれません。それは、少子化になって、一人ひとりに手がかけられるようになったために、自分で推測する場面が必要ないように育てられていることが多いからです。いわゆる、かゆいところに手が届くという育てられ方をしているのでしょう。いろいろなことに満ち足りることが幸せなことだと思っているからです。それは、ものに満ち足りない時代を送ってきた人たちにとっては、ほしいものが手に入るということは夢だったに違いありません。それを、実現しようとして成功したのが、「ダイエー」といわれています。1957年9月に大阪の千林駅前に「主婦の店ダイエー」をオープンさせ、スーパーマーケット事業に乗り出し、高度経済成長の波に乗ってどんどん店舗を増やし、また全国各地の地場スーパーと提携して商業規模を拡大していきました。そして、社名を「ダイエー」と変更し、コンビニチェーンのローソンの日本での展開の権利を取得して、スーパーとはまた別のコンセプトでの商売を目指しました。そして、1980年には三越を抜いて流通業界売上高1位に躍り出ました。創業当初からのダイエーのコンセプトは明確で「より良い物をより安く」販売するということで、誰でも欲しいものが手に入るようにという信念があったようです。いわゆる「中内商法」と呼ばれているものです。しかし、ほしいものには限りがありませんし、すべて手に入れば幸せになるとは限りません。しかし、今はいろいろなものを自分だけのために欲しがります。時間も、自分だけのために使いたがります。そして、それが手に入ります。すると、何とかしよう、どうすればいいのか、これは無理だというように、物事に見通しを立て、工夫し、夢を持ちます。子どもに何かを指示するときでも、自分で考える余地を残しておいてあげるほうが良い気がします。意欲は、足りないところを何とかしようという気持ちかもしれません。また、最近の研究では、どうも、この「どうしたらよいか」という工夫が脳を育てているようです。すべてを与え、すべてを満ち足りさせると、もしかしたら、ボケてくるのが早いかもしれませんよ。