今年2月にドイツに行ったときに、飛行機内でふたつの映画を見ました。その映画が今公開されています。そのふたつの映画のテーマは、同じでした。
 ひとつは、「ゴール」という作品です。今日から、サッカーワールドカップが始まりましたが、そのFIFA(国際サッカー連盟)が製作を強力にサポートしたことでも大いに注目を集めたサッカー映画です。そのせいか、あまり意味がなく、突然と映画の中にベッカムやジタンやラウルら現役スーパースターも多数登場します。話の内容は、メキシコ生まれのサッカー少年が、プロでの成功を夢みてイングランド・プレミアリーグの名門チーム、ニューカッスル・ユナイテッドで奮闘する姿を描いているというものです。メキシコの貧しい家庭に生まれた少年サンティアゴは、家族と共に米国ロサンゼルスへと移住し、次第に大好きなサッカーの才能を開花させていきます。やがて20歳になったサンティアゴは、ニューカッスルのスカウトの目に留まり、父親の反対を押し切り、単身英国へと渡ります。このときに反対する父親が、大邸宅の芝を刈る仕事をしながら、こう言います。「世の中には、二種類の人間しかいないのだ。一種類の人間は、このような芝生の庭をもった邸宅の中に住む人。もう一種類は、その芝を刈る仕事をする人だ。」しかし、夢が捨てきれず、なんとかニューカッスルの練習生となりますが、数々の試練が待ち受けています。というような「サクセスストーリー」です。この作品は、全3部作の第1部で、ヨーロッパ・チャンピオンズリーグを舞台とした第2部、ワールドカップでの戦いを描く第3部へと続くそうです。
 もうひとつは、「夢駆ける馬ドリーマー」という映画です。このストーリーは、奇跡の復活を遂げた競走馬を巡る実話をヒントに、骨折した競走馬と少女の友情と、馬の再起に壊れかけた家族の再生を託す調教師の姿を描いたものです。タイトルである馬の名前の「ドリーマー」は、映画の中では、「ソーニャドール」という名前です。この意味は、スペイン語で「夢見る人」という意味です。ということで、レースで転倒して骨折してしまい、安楽死を命じられた馬を引き取り、手厚い看護により、徐々に回復してレースに出ることになりますが、そう簡単にはいきません。次々の難題が降りかかりますが、馬主になった少女が、いつでも馬の名前のように、夢を持ち続けるという話です。
 まあ、ふたつともできすぎた話ではありますが、長い飛行時間の辛い時間中では、あまり重い話はきついですから、ちょうど良かった気はします。しかし、辛い時間は、今の時代、飛行機の中だけとは限りません。ですから、こんな映画がはやるのでしょうね。最近、中公新書から出された「希望学」(玄田有史編)という本の帯封には、「希望は求めれば求めるほど逃げていく。しかし希望を求めなければ、強い充実も得られない。それは、いわば希望のパラドックス(逆説)だ。そして、これが希望に関する事実なのだ。」この本の中でも山田昌弘氏と対談していますが、彼の著書に書かれている「希望格差社会」という本の中では、「努力すれば報われるという希望を持てるのが、一部の特定の人々に集中しつつある。残りの大部分の人々は、希望そのものを持てないか、そうでなければ実現不可能な夢物語の世界に浸るしかない。」夢を持つことと、夢物語に浸ることとは違うのです。卒園式の日に「将来の夢」を語る子どもたちが、次第に夢を失っていくのは悲しいですね。