宇宙日記

 一昨日、景観について書きましたが、看板なり景観を損なっているものを、もっと上空から見るとどうでしょうか。たとえば、飛行機に乗って下を見たときの景観を壊しているものは何かというと、看板ではありませんし、電柱でもありません。私から見ると、それは「ゴルフ場」の気がします。ゴルフ場ラッシュの地域の上を飛ぶと、山肌は削り取られ、川は茶色によどみ、見るからに無残です。山が開発され、町ができ、道が敷かれる景色は、それと比べるとあまり、自然を破壊しているようには見えないほどです。本当は問題なのでしょうが、上空に上がると違ったものが見えてきます。もっと、上空から日本、地球を見るとどう見えるのでしょうか。昨日、知人からある本をいただきました。「宇宙日記」(世界文化社)という本です。この本は、ディスカバリー号に乗っていた15日間のことを、野口聡一さんがシャトル内で日記として書いたものです。この本の「はじめに」に、宇宙から見た地球の景観のことが書かれています。そのなかに書かれている文章に、
「実際に宇宙空間に出て見た地球はすばらしいものだった。宇宙船の中から見るのと、船外活動中に見るのは本質的な違いがある。」
とあるように、今までの宇宙飛行士が地球を見たときの感想と違うものがあるようです。最初に宇宙船から地球を見たガガーリンが「地球は青かった。」と言って有名になりましたが、野口さんは、宇宙船内からガラス越しに見る地球は、景色を見ている感じだそうです。というのは、機械のある船内と、外の景色は違うものとして見えるからだそうです。それに引き換え、船外活動をしているときに見る景色は違うようです。私も、飛行機から見る景色は、やはり、どこか傍観者的なところがあります。では、野口さんは、宇宙船から外に出て、地球がどう見えたのでしょうか。
「同じように宇宙空間に漂う同士として、ある意味地球と対等な立場で向き合うことができる。二次元的な景色でなく、三次元的な、まるで意識を持った存在として地球を感じることができる。それが、圧倒的な存在感であり、手を伸ばせば届きそうなリアリティーであり、生命の輝きに満ち溢れた天体であるのだ。」
 私たちも、地球の上で、地球そのものと一体となって生き、生活をしているのです。決して、どちらがどちらを征服するのでもなく、どちらが優位に立つというわけでもなく、ともに生きているのです。どうも、それを忘れている気がします。そのことを、野口さんは、こう言っています。
「宇宙飛行をして外から地球を見るという経験は人を変えずにはいられない。なにしろ生まれて以来見てきた全ての人々、全ての生命、全ての景色、全ての出来事は、目の前にある球体で起きたことなのだから。」
 私たち人間でさえも、地球という景観の中のひとつなのでしょう。そう考えると、「景観を壊しているのは、人間である。」といわれないように、そこでの生活を考えないといけないのかもしれません。この球体のなかで、自然を壊していくというのは、人間を壊しているということにつながるからです。野口さんの「宇宙日記」を読んでいて、自分自身が宇宙の船外活動をしながら地球を眺めている気になってしまったのかもしれませんね。

宇宙日記” への7件のコメント

  1. 先生が以前ブログで紹介されていたサン・デグジュペリの
    「人間の大地」という小説の中に「なぜ憎しみあうのか?
    僕らは同じ地球によって運ばれる連帯責任者だ、
    同じ船の乗組員だ」という一節があります。
    宇宙飛行士たちは宇宙から青い地球をながめて同じような心境
    にかられたことでしょう。平和な世界をつくるにはこんな
    素朴な心をすべての人々が持つことが必要なのかもしれません。
    それにしても、藤森先生は、道端の一木一草から宇宙まで
    目を向けておられるのには感嘆します。

  2. 藤森先生のマルチ眼には、いつも敬服しています。どこに発想法があるのかと考えていたとき、「宇宙日記」のブログをみました。ああ、そうか、これなんだと思いました。
    養老孟司さんふうにいえば、『逆の立場で考える』。藤原正彦さんふうに言えば『ならぬものはならぬ』。同じように、藤森先生の場合は『離れてみてみる』。
    利害得失で客観的にみることが難しい世の中です。離れてみる(観察)ことでもう一度みている(見極める)のではないでしょうか。視点を変えた目線、二つの見るがあるように思いました。

  3. コメント、ありがとうございました。
    いただいた本のお礼もまだ申し上げていません。
    とてもよい本をありがとうございました。
    また、話を久しぶりにしまして、
    生粋の編集人である思いがしました。
    新しくいただいた本についてのブログも、また今度書かせていただきます。

  4. はじめまして、私もガガーリンを敬愛するひとりです。
     野口さんのこちらの記事、大変興味深く拝見しました。 宇へ行くと世界観が変わる?とよく聴きますが、体験していない我々にもなんとなく理解できる感じです。
      ガガーリンについてですが、世界で敬愛される彼の偉業は、当時冷戦下での熾烈な開発競争から行われたとは今では考えられないほど科学的で神聖な気がします?。
     私もやっと今回、「七夕」にちなんで(?)簡単にですがガガーリンについて記事にしました。 よろしかったら遊びにいらして下さいませ?ではまた!

  5. 宇宙から地球を見た野口さんの言葉はリアリティがありますね。実際に宇宙に行くことはできませんが、野口さんの言葉からなんとか頑張って、宇宙を感じてみました。私が特にそうなのですが、時折、視野というのでしょうか、視界というのでしょうか、それが狭くなってしまい周りを見ることができなくなってしまいます。そんな時の解決策はきっと周りの人の話や声を素直に聞き入れることしかないのかもしれませんが、それもうまくできなくなることがあります。俯瞰で自分を見ること、高い視点で物事を見ること、人の話を聞くことを意識していきたいと思って、過しています。

  6. 「この球体のなかで、自然を壊していくというのは、人間を壊しているということにつながる」という視点は、もったことがありませんでした。自然を壊し、結果的に人間が住みずらくなるといったようにしか認識していませんでした。地球という存在を、人間と区別するのではなく、同じ生命体であり「共に」生きている存在として見る感覚を大切にしていきたいです。そう考えると、地球を自分と重ね合わせて見ることができますね。

  7. 野口さんのコメントには身震いを感じました。私たち存在の真実を言い当てているようです。「同じように宇宙空間に漂う同士」というところです。野口さんという存在と地球という存在が等価で語られる。共に創られた存在同士。サムシンググレートの意志により誕生した宇宙という存在を構成する地球であり、私たち一人ひとり。もう感動せざるを得ません。宇宙飛行士の体験という視点も凄いですね。「全ての人々、全ての生命、全ての景色、全ての出来事は、目の前にある球体で起きたことなのだから」。こうした地球の見方はやはり地球を離れて初めて可能なことなのでしょう。私も飛行機にのると、可能な限り窓外を見ています。国内線は日本列島の形を確認できて楽しいですね。国際線は、昼間の飛行の場合は地図と照らし合わせながら位置を確認して楽しんでいます。夜間の場合は眼下の点在する光の群れを観ながら、様々な生活があるのだろうな、と思いながら眺めています。

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