暦というのは天体の動きに合わせて作られていますので、とてもややこしく、わかりにくいところもありますが、簡単に言うと、1年を春夏秋冬の4つの季節に分け、それぞれをさらに6つに分けた24の期間を表すものとして使われるのが一般的です。これを、二十四節気(にじゅうしせっき)といいます。そして、さらに約5日ずつの3つに分けた、七十二候という分類があり、各気各候に応じた自然の特徴が記述されました。計算が苦手な人は、ややこしくていやになりますが、日本では暦注など生活暦において使われていることが多いので、なじみのものがあります。たとえば、天象と暦学上の季節区分として、「春分」「夏至」「秋分」「冬至」の4つに分けます。そして、その半分のところが、暦学上の季節区分として、「立春」「立夏」「立秋」「立冬」となります。今日の5月6日が、今年の「立夏」です。「夏の気配が感じられるころ」といわれ、暦便覧には「夏の立つがゆへなり」と記されています。この日から立秋の前日までが夏となり、「蛙が鳴き始めるころ」とも言われています。(そういえば、昨日、散歩の途中で、かえるの声を聞きました)そして、立春から立夏までが春、立夏から立秋までが夏、立秋から立冬までが秋、立冬から立春までが冬というように定められています。日本では、旧暦5月を皐月(さつき)と呼び、現在では新暦5月の別名としても用いられています。他の月よりも、5月のことを旧暦の呼び名の「さつき」と呼ぶのは、より生活に密着している「さつき○○」(実際は、6月のことをさすことが多い)といわれるものが多くあり、なんだか、今の頃の方が「さつき」という感じがします。「さつき」は、本来は、この月は田植をする月であることから「早苗月(さなへつき)」と言っていたのが短かくなったものです。また、「サ」という言葉自体に田植の意味があるので、「さつき」だけで「田植の月」になるとする説もあるそうです。つまり、梅雨時の田植えの季節に由来しているのです。日本書紀などでは「五月」と書いて「さつき」と読ませており、皐月と書くようになったのは後のことであるようです。また、ツツジ科の皐月(さつき)も、旧暦の皐月(5月)に咲くことから命名されました。「皐月躑躅(さつきつつじ)」を省略したものでつつじの一種です。杜鵑花(ほととぎす)が鳴く頃に咲くため、「杜鵑花」とも書きます。江戸時代から庶民より武家世界にまで人気があり、さつきとつつじは見分け方が難しいのですが、さつきはつつじより遅れて咲き,やや花が小型であり,ろう細工のような光沢を持つこと,花びらの色が混じっていることが挙げられます。また「皐月」は花の名前となっていて、今盛りですね。また、もうすぐ咲く「あやめ」から、「菖蒲月(あやめづき)」の別名もあります。しかし、本来、さつきというのは今の6月のことですので、「五月雨を 集めてはやし 最上川」(芭蕉)という句の五月雨(さみだれ)とは梅雨の別名ですし、五月晴れ(さつきばれ)とは本来は梅雨の晴れ間のことです。しかし現在では、5月と6月の両方で「サツキバレ」が使われているのが現状で、「広辞苑」でも「さつきばれ(五月晴れ)」は、①さみだれの晴れ間、梅雨の晴れ間。②5月の空の晴れ渡ること。と両方を認めています。また、5月の蠅はうるさいことから戯れた当て字として、「煩い、うるさ・い」という字を「五月蠅い」と書きますね。そのほか、梅雨の頃の暗さのことを、「五月闇(さつきやみ)」などともいいますね。このように日本には古くから培われた文化があり、それが、旧暦、新暦となんとなく渾然として使われているにもかかわらず、現在も廃れることなく、いつのまにか我々の生活に影響しているのです。ちなみに、欧米での呼び名であるMayはローマ神話で豊穣を司る女神マイア(Maia)の名に由来するといわれています。
昨日の「顔」について「コメント」しようと思いましたが、春眠には勝てませんでした。今日の「立夏」への「コメント」をさせて下さい。まず第一に、私たちが「気候」がどうのこうの、と言っている、その「気候」が二十四節気の「気」、そして「七十二候」の「候」の合成語だとわかり、これまで、何故「気候」というのか、おぼろげに思っていた疑問が一挙に氷解しました。第二に「五月晴れ」が梅雨の合間の「晴れ」のことだと知るに及び、旧暦の5月、すなわち雨の降りしきる皐月こそが鯉のぼりのシーズンとわかり、この上ない感慨に浸りました。水が流れ落ちる滝を昇る鯉のイメージを彷彿とさせたのです。そして第三に、私が住んでいる町の隣町に「マイヤ」というスーパーマーケットがあり、漢字はわかりませんが、「マイヤ」さんという方が何でも経営者さん、だそうで、おそらくローマ神話の「マイア」と自己の姓「マイヤ」を合体させて商売繁盛を祈願したものだ、と勝手に納得しました。イヤー、藤森先生ブログ、本当いいですね、ではまた明日を楽しみにしましょう(映画評論家・水野晴雄さんのノリで)。
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コメントは、決してブログに対する感想だけのものではありません。ブログの注釈であり、ブログをより深く理解するための手立てでもあります。また、私との会話でもあります。それは、コメントの掲載を許可するために、私は、必ずコメントを読むからです。ブログを読んでいる人のためにも、コメントを楽しみにしています。
保育環境研究所(藤森先生が主催されています)のメーリングリストに投稿するのも緊張しますが、それ以上に、藤森先生の臥竜塾ブログに投稿するのは、緊張しますし、また勇気がいります。「コメントを楽しみにしています」などと書いて頂くと、調子に乗って、こうしてまた投稿してしまいます。ブタもおだてりゃ、何とやら。皆さん共々、藤森先生との対話をこのブログで満喫したいと思います。よろしくお願い致します。
藤森先生のブログについてのコメントではありませんが、3月宿泊いただきました、氷見永芳閣の女将のブログが先日日本ブログ大賞のビジネス大賞を受賞しました。女将も氷見をこよなく愛している一人ですが、ヒミクリックの活動の中心人物で氷見の自然や町を県外のアーティストをはじめいろんな角度で表現してみようという試みや活動を展開されています。教育や子育ても未来に何を残していけるか、何をつたえていくことがてきるかを常にもちつづけていくことが大事だと思っています。先生のブログをよんでいますと、いつもいのちによりそっていらつしゃるというか、いのちのありようを見つめていらっしゃるというか、まなざしを感じます。保育の原点に感じ取ることができます。だから見守る保育なんですね。女将のブログを一度ごらんになってみてください。