イルフ

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 今日は、長野県岡谷市にある「イルフ童画館(日本童画美術館)」に行ってきました。この岡谷は、童画家である武井武雄の出身地なので、童画のほか、武井武雄の幅広い世界をじっくり堪能することができます。(ちなみに「イルフ」とは、「新しい(フルイの反対)」という意味の武井の造語で、イルフトイスと名付けた玩具の制作も行っていました)。武井は、私たち幼児教育にかかわるものにとっては、とても馴染み深い人です。それは、武井の作品を、単行本として知っているより、「コドモノクニ」や「キンダーブック」、そして展示されていた原画が「チャイルドブックゴールド」に掲載されていたもので、挿絵画家として有名です。武井は、「子どもの心にふれる絵」の創造を目指して、童話の添え物として軽視されていた子ども向けの絵を「童画」と命名し、芸術の域にまで高めたのです。武井の童画は、大胆な構図や幾何学的な描線によって、モダンかつナンセンスな味わいを感じさせ、残された作品はいまもって古びていません。そんな彼は、子どもの時から絵を描くことが好きで、5歳の頃に「エ兆金」と題した豆本の絵本を制作したのです。また、小学校では綴り方に「わたしは絵描きになります」と書いていたほどです。早くから自分の進むべき道が見え、その道に実際に進むことができるのは幸せなことですが、この道に進むと決めたとき、両親はどう反応したでしょうか。また、学校の先生は、どう助言をしたのでしょうか。子ども自身がどう思うかというよりも、それを正しい方向、本当に本人のためになる助言がそのときにできるかが問題なのでしょう。しかし、こんなに才能が現れていれば、誰でも認めざるを得ないかもしれませんね。武井武雄は病弱であった幼少時に、「ミト」という妖精といつも一緒に遊んでいたといいます。「ミトはいつでも思い出しさえすれば、もうそこへ来ていた。しまいには金平糖の芯の処へ来ていて、なめているうちに芥子といっしょにポイと出てきたりなんかした」というのです。このミトこそが、のちに武井が描く空想世界の源となる童話の主人公なのでした。その後、東京美術学校(現東京芸大)に進学し、西洋画科を卒業しました。そして、生活を支えるためのアルバイトのつもりで、「子供之友」や「日本幼年」などの子ども向けの雑誌に絵を描き始めます。そして、しばらくするうちに、子どものために絵を描くということは腰掛けでできるようなことではなく、「男子一生の仕事にしても決して恥ずかしくない立派な仕事」であると思うようになるのでした。
 今日は、企画展として、「武井武雄の科学絵本- 自然のしくみ 地球のふしぎ -」が開催されていましたが、単なる理科の初歩的内容を図解するのではなく、「やがて科学の世界に興味と情熱を持つ素地を養うような絵本」を作ろうと、この分野にも積極的に取組み先駆者的な役割を果たした科学絵本が展示されていました。
 同時企画展が、「かこさとし絵本の世界 ─だるまちゃんがやってくる─」でした。「かこさとし」も東京大学工学部を出て、工学博士ですが、学生時代からセツルメント活動や地域の子ども会の指導などを通して、間近に子どもたちと向き合い、その反応を一つ一つ確かめながら、絵本などの制作にあたってきた人です。専門知識を生かして制作された絵本は、動物や植物といった自然界の仕組みや成り立ちに小さな疑問を抱かせ、子どもたち自身の持つ「考える力」を引き出してくれます。

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