遠足

 昨日は、園の遠足でした。私の園の遠足は、園の周辺の地域を、ウォークラリー形式で問題を解きながら親子で回るというものです。そして、そのポイントで出される問題は、その年のテーマに関係のあるものです。今年のテーマは、「森でかなでるオーケストラ」ということで、楽器に触れ合わせるというものです。その形式の遠足を始めたころ、保護者からある苦情がきました。午前中は、0歳児から年長児までいっしょに行いますが、後日のアンケートに、「午前中、いっぱい歩かされて疲れてしまった。」「歩くのが少なすぎて、なんだか物足りなかった。」「バギーを押して歩くのに、階段があって困った。」「平らなところばかり歩くので、もっと、坂とか階段があったほうが良かった。」などがありました。このように並べて書いてみると分かりますが、相反するような感想なので、こちらとしては、どうしたらよいか、考えてしまうような内容ですね。みんないっしょに行う行事では、個々の対応は難しいのです。もちろん、子どもの年齢によって、歩く距離は変えているのですが、人によって、感じ方の違い、普段の運動の量の違いがあります。それは、必ずしも、年齢によって、比例するものではありません。そんなときに、良い解決策が浮かびました。それは、普段の保育でも行っている方法です。保育の内容も、子どもの年齢に必ずしも比例はしません。しかも、その年齢とは、日本の場合は、生年月日によって、4月生まれから3月生まれの子をひとつのくくりとして考えるので、個々によって当然無理が生じます。遠足のときにこんな方法をとりました。事前に保護者にどのコースを歩きたいか希望を取ります。たとえば、こんな様なものです。「ゆったりコース:ポイントが5で、アップダウンがなく、バギーを押しながらでも歩けます。ゆっくり歩いて、20分くらいで歩くことができます。」「ほどほどコース:ポイントが8で、階段はありませんが、少しアップダウンがあります。行程40分くらいで歩けます。」「たっぷりコース:ポイントが12で、坂あり、階段ありと、普段の運動不足が解消します。行程1時間くらいです。」というような具合です。当日は、それぞれ自分で選んだコースによって、地図を見ながら歩いてもらいます。この方法をとってから、一切苦情は出なくなりました。たとえ、思ったより疲れても、楽すぎてもです。それは、自分で選んでいるからです。人は、他人から与えられたことに対しては、あれこれ文句を言いますが、自分で選択したことには責任をとろうとします。
 今回の「楽器」をテーマとした各ポイントの問題はそれぞれ職員が下見をし、工夫をしたもので、なかなか面白いものが多かったのですが、特に私が気に入ったものがありました。ひとつは、ある場所で、「ここにある音の出るものは何でしょうか?」という問いに対する答えの「水琴窟(すいきんくつ)」です。子どもたちが、そこに水を落として、音を聞いていました。「水琴窟」とは、400年程前、作庭家でもある茶人、小堀遠州が考案した、つくばい周りの排水装置「洞水門」が起源と言われています。後の江戸期に、排水機能と同時に音を楽しむことを目的に、庭師達が秘伝として各地に作ったのです。滴が水面に落ちて、甕の空洞に反響する音は、琴の音のように聞こえます。水琴の残響に耳を傾けた古人のわびさびの風情が味わえます。下見のときに、こんなものが、近くにあることを見つけた喜びもある遠足です。