儒教復権

先日の朝日新聞の記事によると、最近、中国で儒教が復権しているそうです。(朝日 06/05/05)リードには、こう書かれてあります。「中国で「封建主義の道徳」と批判された儒教が復権、市民生活に定着しつつある。孔子の「論語」を音読する子ども向けの塾は花盛り。ビジネスマンの儒教教室も人気だ。急速な国際化や経済成長が中国人としての自己意識を求めさせる。とはいえ、格差の拡大や拝金主義の横行には不満が強い。国民をまとめる思想を探る当局の思惑もかいま見える。」
 この傾向は、どうも、日本で「国家の品格」が大いに売れているのと似ている気がします。それは、記事のなかの文章でわかります。「市場経済の競争の中で道徳観が低下していると危機感を抱く。『市場経済の道徳として儒教思想は必要だ。教室は学者としての責任感から始めた。政治思想として教えるわけではない』とボランティアで教える戴伝江さんが言う。また、そこに通わせている5歳のこの母親は、『競争の世の中でも、物事の道理はわかる大人になって欲しい』と言う。」
同様に、この現象に対して、このブームの火付け役の一人である中国人民大学農業農村発展学院の教授「康暁光」さんは、こう分析しています。「計画経済から市場経済へ、集団制から私有制へと急速に変わる中で価値観が混乱、みんなが迷っている。そこで、伝統的な倫理観を求め始めた。」と復権の背景を語っています。この言葉は、そのまま「なぜ、国家の品格があんなに読まれているのですか?」と聞かれたときの答えに使えそうです。そのとき、同じようにこんなコメントも言いそうです。北京師範大学哲学社会学学院の教授「李景林」さんが、儒教ブームは歴史の必然だとした上で、こう言っています。「儒教は文化理念であり、今は政治思想でも指導理念でもない。復興はあくまで民間主導でなされるべきだ。現代社会にあった新しい儒教の創造が必要だ。」これは、儒教復権の中で、政府が曲阜の「孔子祭り」を主催して、市長が祭文を読んだことに対していった言葉です。確かに、今一度「国家の品格」が問われ、たとえば、「武士道」を見直す必要があるかもしれませんが、ブームとか、過去への回帰とか、道徳観の押し付けに結びついてくると、なんだか心配になってきますね。
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孔子廟(こうしびょう)は、孔子を祀っている霊廟です。現在の山東省曲阜(きょくふ)に、孔子の死後1年目に魯の哀公が孔子の旧宅を廟にしたとされ、そこに孔子廟がつくられたのがそもそもの初めです。その廟は、現在孔廟と呼ばれ、儒教の総本山として厚く信奉されていて、その廟には、孔子やその弟子たちの像が安置され、「論語」がおさめられています。日本にも、各地に孔子廟があります。一番有名なものが、東京の湯島聖堂です。もともと朱子学の林羅山が上野忍が岡に先聖殿を築いたものを、徳川幕府が日本における儒教の学校として、湯島(御茶ノ水)に移築し、開き、林家の学問所としても発展したのです。ここの構内には、世界最大の孔子像が飾られています。
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むかし日本テレビで放送されたドラマ「西遊記」や、今年のフジテレビの「西遊記」のロケ地としても使用されています。
 そこに、交通博物館に行ったついでに、久しぶりに寄ってみました。