大村湾

 昨日長崎から帰ってくるときに、メンバーの人たちの好意により、とても貴重な、エキサイティングな体験をさせてもらいました。宿泊して、研修したのは、琴海町というところです。琴海町は「きんかいちょう」と読みます。この町は、西彼杵郡に属していましたが、今年1月4日に長崎市に編入されました。この町は、大村湾に面しています。この辺の海は、湖のように穏やかで、青ではなくエメラルドグリーンの海面が広がっています。おだやかな波が海岸に打ち寄せるさまが琴の音色のようだとして、古来よりこの海を指して「琴の海(ことのうみ)」という別名があるので、「琴海町」と名づけたのでしょう。
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 大村湾は、長崎県本土のほぼ中央に位置する湾です。面積は琵琶湖のおよそ半分くらいだそうです。湾内の反対側には日本初の海上空港である長崎空港があり、昨日、その空港まで船で連れて行ってもらったのです。用意された船は「漁船」です。大村湾は、漁業面では、真珠とナマコが特産品として有名で、特に天然真珠は古来より有名だそうですが、今は、養殖真珠に取って代わっているそうです。乗せてもらった漁船も、真珠養殖の船なので船名は「寶珠丸」といいます。途中から、その船の運転をさせてもらいました。免許者が乗船していればいいそうで、横にいてもらい指示を受けながら舵を取らせてもらったのです。大村湾は、四方を陸に囲まれた、まるで湖のような「湾」で、外洋に通じるのはわずか2ヶ所の細い水路を通してのみです。平均の深さは、わずか約15mなので、ところどこに浅瀬があり、そこをよけての舵取りです。この大村湾には、スナメリというとても珍しいイルカの仲間が住んでいます。今回は、残念ながら見ることはできませんでしたが、スナメリは、どういうわけか大村湾から出て行かず、一生をこのせまい湾内で過ごすそうです。
 この湾の中を琴海町から空港まで直行しないで、寄り道をしました。「西海橋」の下をくぐったのです。この橋は、伊ノ浦(針尾)瀬戸に大きなアーチを描いて架かる橋です。建設当時は東洋一、世界第三位のアーチ橋だったそうです。そこに向かう途中、「遠くに見える3本の塔を目指してください!」といわれましたが、後で知ったのですが、それは大正11年に旧日本海軍が建てた無線塔で、真珠湾攻撃開始の無線(暗号は「ニイタカヤマノボレ」)を発信した塔だそうです。近くに行って、端の下をくぐるときに、舵を取られ、船が大きく揺れました。もう少し小さい船だと、転覆することがあるそうです。なんだか、舵を取りながら、ちょっとした荒波を乗り越えていく心境でした。どうしてかというと、この針尾瀬戸はとても狭く、流れが速く、迫力のある渦潮が見られるからです。大村湾と東シナ海を結ぶこの伊ノ浦瀬戸のうず潮は、特に春の大潮の頃が見頃といわれ、直径10メートルほどの大きなうずを巻く事もあるそうです。その荒波を乗り越え、橋の下をくぐってユーターンです。また、ないでいる湾の真ん中に出てから、船を止め、昼食を食べました。本当は、釣った魚をそこで料理をするのでしょうが、お弁当の刺身を食べながら、ちょっとした漁師気分です。その後、空港に横付けされました。こんな経験は、めったにできないですね。
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大村湾” への4件のコメント

  1. うずに突入するとき、写真を撮るために船首にいたのですが
    すごい衝撃でした。小さい船だったら転覆してしまうというのもうなづけました。貴重な体験でした。
    しかし、運転している時の先生の顔は、少年そのものでした。

  2. 船の舵を取るなんて、本当に貴重な体験ですね。実に、うらやましいです。また、一生を大村湾で過ごすスナメリが気になりますね。それほど、住みやすい湾ということでしょうか。少し調べてみると、「海岸近くに留まるという性質のため、毎年多数のスナメリが魚網などによって混獲される」とありました。そんな危険性を考慮しても、その湾に留まる理由がますます気になります。また、スナメリがいる条件として、“魚が豊富で海がきれいなこと”があるそうです。スナメリの存在が、住民にとって安心材料になっているのかもしれませんね。そして、渦潮。正直、吸い込まれそうで怖いですね。乗っていた船が、小型船でなくて良かったです。

  3. 貴重な体験をされたのですね。運転をしながらでも周りの環境について興味を抱かれる藤森先生の姿になんだか癒されるようでもあります。船の運転、私も一度は経験してみたいです。車を初めて運転した時も感動しましたが、自分ではない何かを操縦するのはおもしろいですよね。琴海町という名前も素敵ですね。自然の音に耳を傾け、自然と共にあった人達から生まれた名前のようだなと感じます。自然に耳を傾ける(自分の身体もまた自然なのかもしれません)というのは抽象的かもしれませんが、そのような経験は忘れてはいけないのかもしれませんね。

  4. 昨日、琴海町の園さんから電話があり、藤森先生宛てのお荷物を送られたそうです(業務連絡)。今年の1月、長崎県平戸市での研修に参加する折、飛行機の窓から大村湾を臨む機会を得ました。大きな湖、のような感を受けましたが、あれは海ですね。イルカの一種スナメリが生息する湾、なかなか貴重な自然でしょう。大村湾沿いの浜で遊んだことがありましたね。職員研修先が長崎で、日曜日のことでした。皆さんは帰り、船に乗って、長崎空港に向かい、私は1人翌日も園見学に行くために残りました。懐かしい思い出です。さて、「西海」、この名前を見て思い出すのは、横浜で学習塾をやっていた頃塾の近所に「西海」という名の長崎ちゃんぽん屋さんがあったことです。そこの御主人がなんでも西海橋の近くのご出身ということでした。よく食べに行っていましたね。そして、何といっても、切手です。私が小学生の頃、国立公園シリーズの切手が発行されていて、その中に「西海」国立公園の切手がありました。発行日に郵便局に買いに行ったことも思い出しました。

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