ふしぎなマチルダばあや

 映画を見た時、本を読んだ時、その内容にとても感動する場合、その作品が誰にとってもよいものであるほかに、自分だけに原因があることがあります。その多くの場合、自分の生きてきた人生において共感したり、自分の人生とダブって見たりと、その人の生きてきた過去や、いま生きている環境に関係することがあります。子どもという観点から映画を眺めて見ると、また違った感動や参考になることがあります。日曜日に見た映画もそうでした。原作は、「ふしぎなマチルダばあや」(クリスチアナ・ブランド著 原文では「NURSE MATILDA」)という本です。原作は読んだことがありませんが、映画と違う部分は、この主人公の子どもたちは兄弟が多いのですが、映画では7人のところ、原作では、30人以上いる設定です。また、映画では、母親は死んでしまっていますが、原作では、子どもたちの親のブラウン夫妻は「とっても優しい 善良な人たちなのだけど、子どもたちをやたらと甘やかしてしまい、とんでもない悪ガキぞろいにしてしまったダメな親」として描かれているようです。そこで、子どもたちはいたずらで、何人ものナースをやめさせてしまい、マチルダばあやがすこし過激な方法で子どもたちをしつけていくというものです。保育園のことをナーサリーと訳すことがありますが、ナースも看護師という意味だけではなく、「乳母」とか「保護者」という意味があります。この本の訳者によるあとがきにも、「子どもたちの一番たよりにしてよいもの、それをNURSEといいます」と書かれてあります。
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今回の映画の主人公のナニー・マクフィーを演じているのは、アカデミー賞主演女優賞をとったことのあるエマ・トンプソンであり、彼女は、原作に創作を加え、脚色し、自ら主人公を演じています。映画のストーリーは、母親が亡くなり、子どもたちは、その寂しさからいたずらが激しくなり、どんなナニーが来ても追い出してしまいます。そこに伝説の「ナニー・マクフィー」が来て、ステッキを床につくと、不思議なことが起こります。そして、レッスンが始まります。「夜は寝ること」「朝は起きること」、そして、「服を着替える」「人の話を聞く」などです。また、子どもを健全に育てるためにもいくつかのポイントが出てきます。「人にお願いします。と言うこと」、「野菜を食べること」、「自分で責任を取ること」。これらの内容は、当たり前のことですが、今の子どもにとても必要なことかもしれません。また、子どもに対する考え方でとても参考になる言葉が、映画のパンフレットに書いてあります。脚本家の「永田優子」さんの言葉です。「ナニー・マクフィーの魔法は、子どもたちを受け入れることから生まれる特別なものだ。時に大人は、子どもを従わせることに躍起になり、理解することを忘れてしまう。もちろんそれは、子どもたちに幸せな人生を生きてほしいという願いから来るものであり、愛情がなければできることではない。だが、その愛が、完璧なものでなかったら…。そこに弱さやゆがみが生じてしまえば、愛は間違った方向に進んでしまう。そして、弱く、ゆがんだ愛を受けた子どもたちは、自身の力で生きていく方法を見失ってしまうのだ。子どもたちに必要なのはどこまでも深く、厳しくも強い愛。」
 子どもに弱さやゆがみが見られるとき、それ自体に対応するのではなく、その原因を見、理解する必要があります。子どもによって、傷つくこと、ショックを受けるところは違います。ほかの子は大丈夫だったからという見方をしないで、その子がどのように感じているかを見ないといけないのです。

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