園で、子どもクッキングをすることがあります。手打ちうどんとか、パン作りとかです。また、定期的にするものとして、「お米とぎ」もやります。家庭で炊く大きさの炊飯器分ですが、当番の子がといで、炊飯器にかけ、昼食のときに調理室で炊いたご飯と混ぜて食べます。また、誕生会の日のおやつを、その月に誕生日がある3,4,5歳児で作ります。その前の日に、その材料をその子たちで買いものに行きます。「のびちゃん、おつかいに行ってきてちょうだい!」とアニメ「ドラえもん」の中で、お母さんはすぐ買い物かごを、のび太にわたします。同じように、ジャイアンの家庭でも、サザエさんの家庭でもかつおくんにお使いを頼みます。昔は、買い物は子どもの役目でした。買うものを覚えていくこと、お店でその素材のよしあしを見分けること、買うものを注文すること、時には値段の交渉をすること、お金のやりとりをすること、などその中には様々なことが含まれていました。今は、残念ながらなかなかそんな環境はありませんが、できるだけそんな体験をするようにしています。
同様に、大人も買い物は楽しいですね。毎年、調理の人と一緒に、合羽橋まで、買い物に行きます。私も楽しみですが、調理の3人もとても楽しみのようです。また、私が運転して車でいくのですが、道中の車の中も、話がゆっくりでき、お菓子などを食べたり、さながらピクニック気分です。毎年行くのは4月だったので、途中、靖国神社脇など通るときは、花見気分です。今年は、今日行ってきました。桜は終わっていましたが、神宮外苑や東宮御所あたりの新緑は、とてもきれいでした。

このあたりは、もともとは入谷たんぼ(低地で水たまりや沼が多く、農家は殆どレンコンを作っていた)の水を集めての川が、新堀川で、合羽橋、菊屋橋を経て蔵前の所で鳥越川(三味線堀から隅田川に注ぐ)に合流し隅田川につながっていました。どうして、合羽橋というかというと説が二つあるようです。1つめは、その辺りにその昔伊予新谷の城主の下屋敷があり、小身の侍や足軽が内職で作った雨合羽を、天気の良い日に近くの橋にズラリと干していたという、「雨合羽」説です。もう1つは、今から約180年前、合羽川太郎(本名合羽屋喜八)は、この辺りの水はけが悪く少しの雨ですぐ洪水になってしまうのを見かね、私財を投げ出して掘割工事を始めました。なかなか捗らない工事の様子を見ていた隅田川の河童達は、川太郎の善行に感動して夜な夜な工事を手伝ったそうです。そして、なぜか河童を見た人は運が開け、商売も繁盛したといいます。近くに通称「かっぱ寺」(曹源寺)があります。大正の頃から現在のような道具専門店街の形を取り始めて合羽橋と名付けられました。合羽橋道具街は、例えば、レストランを開店するコックさんやすし屋を始める板前さんが、食器から厨房器具、看板からユニフォームまですべて揃えることが出来、この業種としては日本一の問屋街です。包丁、鍋、冷凍、冷蔵庫、サンプル品、ショーウィンドウ、ケース、看板、いす、テーブル等々があります。そして、レトロ調、中華調さまざまです。今日も、すれ違う人たちは、専門のお店の人というより、外国人が、カメラを片手に歩いている姿の方が多く見えました。蝋細工の料理サンプル品が外国人に人気だそうです。