秋山好古と秋山真之
「楽天家たちは、そのような時代人としての体質で、前をのみ見つめながら歩く。のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶(いちだ)の白い雲がかがやいているとすれば、それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう。」これは、約4年間、産経新聞夕刊に連載された司馬遼太郎の歴史小説「坂の上の雲」の第一巻「あとがき」にある言葉です。「坂の上の雲」とは、封建の世から目覚めたばかりの幼い日本国家が、そこを登り詰めてさえ行けば、やがては手が届くと思い焦がれた欧米的近代国家というものを、「坂の上にたなびく一筋の雲」に例えた切なさと憧憬をこめた題名です。この話の主人公は、より日本騎兵を育成し、中国大陸でロシアのコサック騎兵と死闘をくりひろげた秋山好古。東郷平八郎の参謀として作戦を立案し、日本海海戦でバルチック艦隊を破った秋山真之。病床で筆をとり続け、近代俳諧の基礎を築いた正岡子規。この三人を中心に、維新を経て近代国家の仲間入りをしたばかりの「明治日本」と、その明治という時代を生きた「楽天家達」の生涯を描いています。その中で、病床の子規を訪ねていた、真之が、こんな言葉を言います。
「経験は必要じゃが、経験によってふえる智恵とおなじ分量だけのかきがらが頭につく。智恵だけ採ってかきがらを捨てるということは人間にとって大切なことじゃが、老人になればなるほどこれができぬ」真之は、子規が俳句や短歌というものの既成概念をひっくりかえそうとしているのを知るに及び、自分も海軍の概念をひっくりかえそうとしていると告白します。軍艦は遠洋航海に出て帰ってくると、船底に「かきがら(=牡蠣の貝殻)」がいっぱいくっついて船足が随分と落ちてしまいます。人間も同じだと言ったのです。私は、昨年、ドイツのミュンヘンで行われた保育世界大会に参加しました。そのときのテーマが、「幼児教育とインクルージョン」でした。人は、さまざまなすり込みを持っています。園に男性保育者が職員として採用したとき、ある保護者から、「男性がいるのなら、サッカーくらいやってくれそうなものなのに。」と言われました。私は、「何で、男性ならサッカーなのですか?もしサッカーをやってほしいのなら、女性であっても要求すべきではないですか?」と答えたことがありました。同様に、最終的には個人差であるものに対して、世界のさまざまな場所では、さまざまな思い込みがあります。世界大会のときに、アメリカでは、「黒人と白人」に対する刷り込み、イギリスでは、「貧富の差」に対する刷り込み、ヨーロッパ全体では、「多国籍の人」に対する刷り込みがあることを知りました。その点、日本では、「年齢」による刷り込みが多いようです。通常は経験を積めば積むほど、知識が増え、知恵がつき、物事をうまく運べるようになります。保育者も、経験を積むことで、子どもを見る目が深くなります。しかし、年齢を増すことのマイナス面を意識するのはとても難しいことです。経験は、知恵という果実を実らせる一方で、自分の周りに既成概念という柵を作っていき、容易にその柵を越えようとしなくなります。ましてや、壊そうとは思いません。気がつくと、周りはどんどん開けてきていますし、どんどん変わってきています。早く出ないと、怖くて、本当に出ることができなくなると思いますよ。
秋山兄弟、正岡子規、3人の故郷に来ています。以前のブログにも書いた(1月23日)松山です。