今日は、明日、長野での講演のために、佐久平駅で新幹線を降りました。最近、駅名に、町村合併などで聞きなれない名前が多くなりました。この駅名も、佐久市にあるので、当然、ただの「佐久駅」という名前でもいいのではないかと思います。しかし、やはりいわれがありました。この新幹線の駅を設置することになったとき、佐久市と小諸市の間で、駅名についての紛争が発生したことの名残だそうです。この紛争は、佐久市側が「佐久駅」を、小諸市側が「小諸佐久駅」または「佐久小諸駅」を、それぞれ主張し譲らなかったことから、最終的に当時の長野県知事の調停を仰ぐ事態にまでエスカレートしました。そして、その調停において提示された案がこの「佐久平」の名称を駅名にしようというものでした。この「佐久平」は、小諸市を含む佐久盆地一帯を指し、かつ、県歌「信濃の国」に登場するなど親しまれている名称であったことから、両市ともに受諾して、その名前を使っています。そういえば、長野県では、この「信濃の国」という歌を好んで歌います。私の先祖が長野県の出なので、親戚が長野に多いために、おじたちと一緒の席で、飲むとこの歌を覚えさせられたものでした。よほど、愛着があるのですね。山梨県の人は、よく「甲斐の山々 陽に映えて われ出陣に うれいなし…」と歌いだす「武田節」を歌いますが、これは、レコード会社の専属楽曲のため、少し違うようです。「信濃の国」は、明治32(1899)年、長野師範の教師浅井洌が作詞した県歌です。内容はお国自慢の歌ですが、山に隔てられ、バラバラになりがちな県民の心を一つにする役割もあったようです。今でも県民が集まる所や学校で歌われています。しかも、この歌には,長野県の地理、産物,名所,偉人、など、信濃の国と呼ばれた信州の特徴、概要が歌い込まれています。たとえば、1番が「長野県の地理に関する概要」2番が「山河」3番「産業」4番「旧跡・名勝」5番「信州出身の著名人」6番が「碓氷峠と鉄道(作曲の数年前に開通した信越本線)と結句」となっています。その中の1番は、このような歌詞です。「信濃の国は 十州に 境連ぬる国にして そびゆる山は いや高く 流るる川は いや遠し 松本 伊那 佐久 善光寺 四つの平は 肥沃の地 海こそなけれ 物さわに 万ず足らわぬ 事ぞなき」とあります。長野県は海のない内陸県で、隣国八県十ヶ国と接しています。越後(新潟県)、上野(群馬県)、武蔵(埼玉県)、甲斐(山梨県)、駿河(静岡県の東側)、遠江(静岡県の西側)、三河(愛知県)、美濃(岐阜県の南側)、飛騨(岐阜県の北側)、越中(富山県)に囲まれ,峠を通じて往来しました。そして、そびえる山はとても高く、流れる川はとても遠くまで流れていきます。また、松本、伊那、佐久、善光寺の四つの盆地はよく肥えた土地で、この代表的な盆地を「平」と表現しているのです。そのひとつが、この「佐久平」です。海はないけれども物産が豊かにあって、不足するものはなにもありません。と歌っています。県を紹介しながら、堂々と自慢しています。みんなで歌うわけですね。同じように歴史や名所を歌っているものに、以前のブログで書いた「鎌倉」という歌があります。しかし、他県で、これほど歌われたり、有名な県歌はないでしょうね。果たして、東京都の「都歌」って、あるのでしょうか。歌を歌いながら、歴史やストーリーが覚えられるのは、昔話の歌に多いですね。今の子に、どれだけ伝承しているでしょうか。
縁あって、長野は学生時代からよく訪れる場所となっています。海岸育ちのせいか、あるいは海岸近くに長く住んでいるせいか、高く聳え連なる山岳を見ては、無量の感慨に浸ります。松本、諏訪、八ヶ岳、軽井沢、佐久、小諸、長野、安曇野、高遠、そして昨年は中央地溝帯を感じるため伊那山地の谷々を訪れました。そうそう昨年は大阪へ行く途中、飛行機で長野上空を縦断しました。飛行機の窓から見える長野の風景に再度魅了されたことを今日の藤森先生のブログから思い出しました。長野県歌『信濃の国』は好きですね。