今、園では毎日クラスごとの保護者会が開かれています。今日は3歳児の保護者会でした。私の園では、男性保育者が多いせいか、送り迎えに父親の姿を多く見かけます。また、今日も出席していましたが、保護者会にどのクラスも父親の参加があります。これは時代かもしれませんが、子どもにとって、育児を女性だけがするものであるという刷り込みを持たせないためにもよいことだと思っていますし、多様な価値観で子どもを育てるためにも必要なことです。また、園に対しても、父親はまったく違う観点から園を支えてくれます。そういえば、昔は、そのような集まりの会を「父兄会」と言っていましたね。どうして、兄なのでしょう。たぶん、「父母兄弟」ということから、家族という意味を略して言ったのでしょう。しかし、父兄という言葉は、戦前の家父長制のなごり、男性社会へ差別用語であるといわれていたり、一方、この言葉は、日本語にある片方の性で、両性を代表する言葉(帰国子女などの)の一つであり、語源的に差別的ではないとの見解もあるようです。しかし、語源や、過去にどういう使われていたかというより、やはり「父兄会」というのは、変ですね。父親はほとんどでないし、兄などはもっと参加しません。そういう意味では、「父母会」というようになったのはわかります。しかし、これもなんだか変な気がします。参加する人が、必ずしも父親か母親に限らなくなっているからです。そこで、私は、「保護者会」という言葉を使いますが、それも最近は、怪しくなってきました。この人は、保護者だろうかと思うことがあるからです。しかも、記入上の保護者ではなく、「子どもを保護している人」となると、首を傾げたくなる人もいるようになりました。などと考えると、言葉って、難しいですね。もう一度、「家族とはなにか」、本来の「保護者会」は、どうあるべきかを考える必要があるかもしれませんね。
戦前から「父兄会」や「学校後援会」は、学校後援会組織として、学校設備を寄付したり、周年行事をサポートしたりするものだったようです。それが、第二次世界大戦後、GHQ(連合国最高司令官総司令部)の指示・勧告により、日本の文部省が「父母と先生の会委員会」を設置したのが、日本でPTAが誕生した始まりといわれています。そして、1947年に『父母と先生の会ー教育の民主化のために』というPTA設立の手引書を作成して、全国に配布しました。PTAとは文字通り『父母(親)と先生の会』ということで、親と先生が一緒に子ども達のために活動するものとなったのです。しかし、多くの学校のPTAでは、子どもの入学と同時に保護者が自動的に加入することになっていますが、“PTA”の“A”はAssociationということで、一般には任意の民間団体を指していることから、「その活動に賛同する人だけが、加入申込書を提出した上で会員になる」というのが本来の姿だそうです。もともとのアメリカでは、PTAはどんなかというと、「学校」単位というよりも「地域」を単位にした組織になっていて、活動に賛同する人は、子どもがその学校に通う保護者だけでなく、地域の市民だれでもが参加できるシステムなようです。また自分の子どもが通う学校だけでなくて「全国・全世界の子どもたちの幸せのために」という理念のもとに結成されている場合が多いようです。私の園での開園時の職員のキャッチコピーに「私たちは、世界の子どもの担任です」というのがありました。PもTも、そうあるべきでしょうね。