最近、学校評価が問題になっています。その評価の中で、保護者からアンケートをとります。そのほかの時にも、アンケートをとることがあります。その時に、質問項目をいろいろと考えます。その項目は、知りたいことを質問します。また、書いてもらうタイミングを考えます。事前アンケートと事後アンケートがあります。しかし、アンケートというものは、書くほうは大変です。かなり書く内容を考えるからです。しかも、終わってから書くことが多いので、帰るのを少し遅らせて書かないといけないからです。しかし、終わってから書いてもらうのは、それをどう受け止めてもらったのだろうか、ということを知りたいからです。また、普段、どう思っているかを聞く場合もあります。これは、学校などの評価に使われます。先日、近くの小学校での会合の席上、学校に対してどう思っているのかという、保護者アンケートを見せてもらいました。もちろん、その学校はとてもよい学校で、先生たちは一生懸命にやっています。しかし、その結果は、あまりによすぎる気がしました。それは、このアンケートの質問が、普段、小学校に対するいろいろな不満を聞いていたからです。そして、それに対して、今後どう取り組んでいったらよいかを話し合いをしたり、いっしょに考えたりしたかったからです。しかし、その結果を見て、学校側は、簡単に納得してしまったのです。たとえば、「学校は、教育方針をわかりやすく伝えているか?」では、そう思う、ややそう思うが、全体の96%います。また、「学校は、基礎学力を付けさせようとしているか?」では、そう思う、ややそう思うが、93%います。「創意工夫のある教育活動に取り組んでいる。」では、そう思う、ややそう思うが84%います。そのほかの質問に対しても、ほとんど85~95%くらいが肯定的な答えです。しかし、よく聞いてみると、このアンケートは、記名で、担任に子どもから渡させたそうです。その会合に出ていた元保護者の何人かは、みんな「そのような提出の仕方は、書きにくいのではないか。実際、回収率も57.4%しかない。箱など置いておいて、そこに無記名で入れたほうがよいのではないか。」という意見を言いました。しかし、学校側は、無記名の意見がいいとは限らないのではという答えをしましたが、私は、「このアンケートで、何が知りたいのですか?無記名では、確かに、勝手な意見を言う人がいるかもしれませんし、ひどいことを言う人もいるかもしれません。しかし、学校をよりよくしていきたいのであれば、できるだけ、意見を言い易い環境にしてあげるべきではないでしょうか。」ということを言いました。私も、アンケート結果でいやな思いをすることもありますし、やる気がそがれることもあります。しかし、最近受けた第三者評価の中で、「アンケートの中で、よく書いてある1割と、悪く書いてある1割は差し引いて考えます。」と言っていました。必ずしもアンケート結果を信じる必要はなく、また、その結果どおりに変える必要はありませんが、きちんと受け止める姿勢がほしいですね。
もともと、アンケートの語源は、調査や質問を意味するフランス語「enquete」です。「enquete」は、探し求めるを意味する俗ラテン語「inquarere」に由来しています。つまり、アンケートの根源は「解らないことを調べる」といった純粋な探求心に基づく行為だったのです。日本初のアンケートは、昭和21年、時事通信によって行われた「世論調査」といわれています。それが、昭和30年代に入り、大企業が市場調査アンケートを行うようになり、高度成長が進むにつれ細かな消費者ニーズを把握するため、アンケートは普及していったのです。アンケートは、その結果を読み取るのにも、力が必要ですね。